英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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24話

 翌朝、大広間で朝食を摂っていると、しばらくして入り口にハリー達の姿が見えた。するとスリザリンのテーブルから、どっと笑い声が上がった。見ると、ドラコ・マルフォイが大げさに気絶する真似をして、周囲の笑いをかっさらっていた。

 「あの子、いつから魔法使いをやめてコメディアンになったのかしらね」

 ジョージの隣にどかりと腰を下ろしたハリーだったが、オーシャンの呟きを聞いてみんなと一緒に噴き出した。マルフォイはグリフィンドール生が楽しそうに笑っているのを見て、不機嫌に口元を歪ませている。目が合ったのでオーシャンが微笑みかけると、彼は面白くなさそうにプイとそっぽを向いてしまった。

 

 ひとしきり笑うと、ジョージはハリー達に三年生の新学期の時間割を手渡していた。「ハリー、マルフォイの事なんか、気にするな。昨日はあんなに気取っちゃいられなかったみたいだぜ?なあ、フレッド?」

 フレッドが相槌を打った。「ああ、俺たちのコンパートメントに駆け込んできた時は、すっかり怯えてほとんどお漏らししかかってた」

 オーシャンは尚もモノマネを続けているマルフォイを一瞥した。「それにしても、似てないわね。モノマネするのなら、せめてもう少しクォリティを上げる努力をするべきだわ。私の真似はしてくれないのかしら」

 ジョージがオーシャンに突っ込む。「いや、それやったら頭打って本当に気絶するから。…っていうか、怒ってるのか?」

 「いいえ、こんな事で怒ってないわ。ハリー、あれは『馬鹿の一つ覚え』というのよ。勝手にやらせておきなさい」

 フレッドが身の毛もよだつ、という感じで言った。「やっぱり怒ってるじゃん…怖っ」

 

 

 

 今日は午後から『闇の魔術に対する防衛術』だった。新しい先生は傍目に頼りなく見えるからか、他の寮生はあまり期待していないようだった。確かにルーピン先生の身なりは、他の先生に比べたらみすぼらしく見える。しかしオーシャンは、昨日の汽車での事もあって、この時間を楽しみにしていた。吸魂鬼を追い払ったという事から頼りになる先生である事は目に見えているし、(実際には見ていないが。)あの穏やかな笑顔を少し見たい気もあった。何より、去年の防衛術の授業よりは、ましなものをしてくれるだろうという期待があった。

 

 教室に入って着席して待っていると、なかなか現れない先生の姿が何故か気にかかって、背後にあるドアの方を見たり、そわそわと落ち着かなかった。たまらずに隣のフレッドが大きな声を出す。

 「いい加減にしろよ、そんなに『まだか、まだか』って言ってなくても、その内来るだろ!少し落ち着けって」

 「え…?私そんなに、声に出してたかしら?」

 オーシャンが度肝を抜かれた様子で問いかけると、フレッドの隣にいるジョージもうんざりした声を出した。

 「ああ、『まだかしら』ってブツブツブツブツ…。かれこれ三十回は言ってたな」

 すると前の席に座っていたアンジェリーナが「正確には、三十四回よ」と訂正した。怖い。

 

 アンジェリーナの隣に座っているリーが、苛立っている三人を宥める口調で言った。

 「まあまあ、そんなに目くじら立てるなって。ほら、来たみたいだ」

 その通りだった。「みんな、待たせたね」と言って現れたルーピン先生は、汽車の中で見た時よりも健康そうだった。去年の『闇の魔術に対する防衛術』の講師、ギルデロイ・ロックハートには遠く及ばない曖昧な微笑み方で笑っている。昨日の汽車で見た、あの微笑み方だ。

 

 その笑みを見た途端、不思議な事が起きた。オーシャンの体の中で、急に胃の腑がググッと持ち上がった様な、でもストーンと真っ逆さまに落ちて行った様な…そんなよくわからない無重力状態が起こって、彼女は何も考えられなくなった。

 先生が言っている言葉を、ちゃんと聞き取れない。周りのみんなは先生の言葉を聞いて、突然立ち上がり、教室を出て行こうとするが、何故出て行こうとしているのかオーシャンには分からなかった。

 

 立ち上がろうとしないオーシャンに仲間たちが気づいて、声をかけてくれるが、その言葉もオーシャンには分からない。心配そうに顔を覗き込みながら語りかけてくるアンジェリーナの言葉を、集中して聞こうとすると、少しだけ言葉の能力が戻ってきた。

 「-訓練だ、て」

 訓練?教室を移動するという事か?そう考えてオーシャンが立ち上がりかけた時、ルーピン先生が近づいてきた。「どうし―具合で、悪ー?」

 

 その瞬間また体の中が無重力に侵され、無意識の魔力によって周囲の机が次々になぎ倒された。仲間たちにもクラスメイトにも当たっていない様だが、みんなは突然の事に困惑している。英語が話せなかった頃の自分を見る目が、また自分に注がれているのに気づいて、オーシャンは怖くなった。違う、今のは、みんなに怪我をさせるつもりじゃなかったー。オーシャン自身も初めての事に困惑しているのだ。

 すると突然、ルーピン先生がオーシャンの手を握った。他の生徒達には何事か指示を与えて、魔法で立ち上げた椅子に座る様に促している。オーシャンは促されるままに、椅子に座った。

 

 誰もいなくなった教室で、先生は椅子をもう一つ杖で呼び寄せて、自分もそこに腰掛けた。そして、何も言わずに、ただじっと、オーシャンが落ち着くのを待っていた。

 オーシャンに何の声をかけるでもなく、また何をするでもなく、ルーピン先生はただ黙ってオーシャンの手を握って、オーシャンの目を優しいその瞳で見つめていた。

 

 しばらくして心の落ち着きを取り戻したオーシャンから、口を開いた。最後の仕上げに、ひとつ、深呼吸をして。

 「申し訳ありません、ルーピン先生。私ー」

 続けようとしたが、オーシャンは何故かそれ以上ルーピン先生の瞳を見つめながら話をすることができなかった。小さい頃から、人と話をする時は相手の目を見て話しなさい、と教育されてきたのに。オーシャンはそんなつもりはないのに、俯いて話を続けた。俯かなければ先生と話す事が出来ないと感じていた。

 

 「-私、ちょっとしたアクシデントがあると、言葉が通じなくなってしまうんです。それで…」

 そこまで言うと、ルーピン先生が明るい声を出した。「ああ、良かった」

 「え?」ルーピン先生の言葉に思わず顔を上げてしまったオーシャンは、また視線を外す為に今度は目を閉じてそっぽを向いた。何だか、顔がやたらと熱い。

 「突然具合が悪くなった訳じゃなくて、良かったよ」

 先生は続けた。「君の言葉の能力の事は、マクゴナガル先生から聞いているよ。…困難な問題があっても、友がいれば楽しいものだ」

 そう言った先生は、少し間を置いた。何かに思いを馳せている様な間だった。そして、「…私は何か…君に嫌われてしまったかな?」と聞いた。

 

 オーシャンはそっぽを向いたまま答える。何だか恥ずかしい。冷静に、落ち着いて。心を落ち着けるまじないをかけたいが、それをかけるための右手はルーピン先生の大きな掌に包まれている。

 「…申し訳ありません。先生相手に失礼な態度をとって。…で、でもあの、な、何故か自分でもわわ、分からないのですが…」

 「うん?」

 「せせっせ、先生の目を見てお話しす、する事が…困難であります…」

 オーシャンが言った言葉に、先生は優しく笑った様な気がした。彼の顔を見ていないから分からないが、そんな感じがした。

 

 「今日は実地訓練をする事にしたんだ。みんなには先に行ってもらってる。みんな待ってるよ。私たちも行こう。もう大丈夫かい?」

 ルーピン先生がゆっくりと立ち上がったのが分かり、オーシャンも彼の顔を見ない様に恐る恐る立ち上がった。そして、ルーピン先生の大きな手に引かれて、ゆっくりと教室を後にする。オーシャンの手を引きながら、ルーピン先生は杖を操って倒れた机や椅子を元に戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オーシャンがあんなに年上が好きだとは…思わなかったわ」

 夕食の席で隣に座っていたアンジェリーナが唐突に言った。自分の名前が出たのに驚いて、ミートパイを頬張っていたオーシャンは思わず喉に詰まらせる所だった。

 「-何ですって?」

 やっとの事で飲み下したオーシャンが聞くと、アンジェリーナは複雑な表情をしていた。

 「そりゃあ、だってオーシャンだもの!綺麗だし優しいし何でもできるもの!そりゃあ、オーシャンが見初める男性ならそれはそれは素敵な方でしょうと思ってたわよ!?確かにあの先生はいい先生よ!?いい授業をしてくれる、いい先生よ!?でも恋人になるっていったら、また別の話じゃない!」

 「え?え?ごめんなさい、訳が分からないわ。何の話?」

 

 ぐびりとジュースを飲み干したアンジェリーナは、まるで娘に彼氏を紹介された父親がやけ酒をしている様だ。オーシャンがオロオロしていると、アンジェリーナは今度は彼女に抱き着いてきた。

 「でもでも!オーシャンが決めたなら私は何があっても応援するからね!少し寂しいけど、でもオーシャンの幸せを祝福するから!」

 「いや、ちょっと待ってちょうだい、だから何の話!?」

 何とかしてちょうだい、と向かい合って座るフレッド、ジョージ、リーに助けを求めたオーシャンだったが、双子は何処か機嫌が悪そうにむっつりと黙って、黙々と食事をしていた。オーシャン、アンジェリーナの二人と双子を交互に見て、リーは肩を竦めていた。

 

 談話室に帰ると、二つの話題で持ち切りだった。一つは、マルフォイがあくどい手を使って、ハグリッドを辞めさせようとしている事。そしてもう一つは、日本人留学生、オーシャン・ウェーンが新しい『闇の魔術に対する防衛術』の教師、リーマス・ルーピン先生に恋をした、というものだった。

 

 「恋!?私が!?いつ!?」

 珍しく声を荒げるオーシャンの顔は、真っ赤になっていた。ケイティ・ベルが、面白そうに笑う。

 「いつって、今日の午後のクラスの時でしょ?見てるこっちがドキドキしちゃったわよ、オーシャンったら、分かりやすいんだもの!、で!?実地訓練に遅れて二人で来たでしょ!?どうだったの?どんな話をしたの!?」

 ケイティが目を煌かせて、にじり寄ってくる。あまりの顔の近さに、オーシャンは身を引いた。

 「どうって…」

 恋ー。そんなもの、恋愛ドラマか可愛い女の子にしか降りかからない、特別な事象だと思っていた。自分が、恋をしたというのか?あの時に感じていた変な感じは、そういう事なのか?午後の授業で起こった出来事が、オーシャンの頭の中に反芻する。穏やかな笑顔、大きな掌、自分をじっと見つめていた、あの瞳…。

 

 思い出すにつれて顔が熱くなる。両の手の平で包むと、赤くなっているのを実感できた。まずい。多分、自分はこういう事に疎いのだ。これが恋なのかどうかは分からないが、あの時突然言葉の能力が遮断されてしまった理由は理解できた。こんなに紅潮してしまっては、冷静でいられることなどできるわけもない。

 するとその時、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が談話室に入ってきた。オーシャンがはケイティの追及から逃れて三人に近づいた。顔色を気取られてはいけない。後輩達に、色恋沙汰で右往左往している情けない姿は見せたくなかった。冷静に、冷静に。

 

 「遅かったじゃない。何してたの?」  

 オーシャンは問いかける。ハリーはオーシャンの顔を見て曖昧な返事をすると、質問で返した。「オーシャンこそ、どうしたの?顔、赤くない?」

 ハリーの言葉を聞いて、ハーマイオニーもオーシャンの顔色を見た。「まあ、本当。熱でもあるのかしら?マダム・ポンフリーに診てもらわなきゃ」

 二人の反応にオーシャンは血相を変えると、素早く両手で顔を隠す様に包み込んだ。何でもない、と言おうとした言葉は、後ろから聞こえてきた、ジョージの棘のある言葉に飲み込まれる。

 

 「我らが留学生は新しい先生に夢中なのさ。ハリー、今はやっこさん、何を話しても聞こえちゃいねえぞ」

 初めて聞いたジョージの棘のある言葉に、オーシャンはびっくりして振り向いた。後ろにいたジョージと数時間ぶりに目が合ったが、その視線に冷ややかな物を感じて、ヒヤリとしたものが背筋を駆け抜けていく。

 数舜ジョージと見つめあうが、何故突然そこまで悪意ある言葉をかけられなくてはいけないのか、オーシャンは分からなかった。何故そのような冷たい瞳を向けるのだろう。

 

 オーシャンの狼狽が伝わったのか、ジョージは彼女がその名を呼びかけるより先に、プイと向こうを向いてリー達の元へ行ってしまった。あちらでは、楽しそうないつもの顔を見せている。

 

 「どういう事だ?何だっていうんだよ、ジョージの奴」

 ロンが意味深な事を言って去って行った兄に向けて言う。オーシャンは、おかげで冷静ないつもの自分が戻ってきた心地がした。一瞬血の気が失せるかと思ったが、何とかその場に踏み止まる。

 ハーマイオニーが、みるみるうちに変わっていったオーシャンの顔色を見て、再度聞いた。「オーシャン…大丈夫…?」

 「ええ、何でもないから、もう心配しないで。それより貴方達、こんな時間までどこに行っていたの?」

  

 聞こえてくる自分の声に、オーシャンは、もう大丈夫だと思った。心の中で安堵のため息を吐く。

 「アー…ちょっと…」

 オーシャンの質問をはぐらかそうとする三人に彼女は、まさかこんな時間にハグリッドに会いに行ってたんじゃないでしょうね?、と予想される三人の行動を言ってみた。三人がぎくりとする。図星か 。

 ハグリッドが大変だという話は、オーシャンも聞いている。オーシャンは三人の夕方の外出には何も言わず、次は私も誘ってね、という笑顔だけ残して寝室に向かった。その後ろ姿に、ハーマイオニーは心配そうに呟いた。「…本当に、大丈夫なのかしら」

 

 

 寝室のベッドに仰向けに横たわったオーシャンは、どっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。今日は精神的に、どっと疲れてしまった。

 

 あれがケイティの言うように恋なのだとしたら、恋とは何とも不自由なものだ。行動や思考までもが自分ではない誰かに支配され、思うように身動きをとる事が出来ない。何よりあの、突然体の内側だけが無重力状態の様になる感覚は、とても気持ちが悪い。

 あの時間の記憶に浸っている時、自分の思考はフワフワとして夢心地のようになる。その感覚は嫌いではなかったが、何故か双子はあの出来事以来目も合わせてくれない。

 

 先ほどジョージに初めて悪意ある言葉を向けられた時、背筋を何かが伝い降りて行った。氷の様な、水の様な、あるいはもっと、ドロドロしているかもしれない、冷たいゾクリとする何か。

 今まで大切にしてきた温かい空間が壊れてしまうのであったら…世界が終わってしまうのであれば、

 

 今日のこの思いなど、二度と感じたくはない。

 

 オーシャンは周囲に防音の魔法をかけるのも忘れて、久方ぶりに思い切り声を出して泣いた。

 その嗚咽を、隣のベッドの上で布団に包まれながら、アンジェリーナは聞いていた。




評価1200pt越え、お気に入り800件越えありがとうございます!
あのオーシャンがなんと初恋!ということで今回は初恋の甘酸っぱいお話でございました。
(賛否両論あるかと思いますが…汗)

実際おべん・チャラーも、アズカバン編をはじめて読んだ中学生の頃、ルーピン先生大好きでした。
それが故に最終巻で呆然となりましたが…いや、でも一番はドビーかな

そういえば、オーシャンもなんか大人好みそうだし、これで1話書けるんじゃね?って思った初恋の話…
書いてて凄い楽しかった!笑
乙女の心情書いてる時って、アクション書く時並みに楽しい!笑

しかし私がルーピンファンだったからといって、決してドリーム的な感じではなく、オーシャンというキャラとして淡い初恋を楽しんで欲しいと思います。
(結末大体決まってるけど)

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