英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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25話

 「-と、いう事なのよ!どう?可哀想だと思わない!?」

 「う…ウゥーン?」

 口から曖昧な音を出すハリーに対して、ハーマイオニーが積極的に発言した。

 「もちろんよ!男の子って、みんなして何でそうおバカなのかしら!そんな意地悪な事しないで妬いてるなら妬いてるって素直に口に出せばいいのよ!オーシャンが可哀想だわ!」

 「おーい」「聞こえてるぞー」

 目と鼻の先で開かれている会議場に向かってフレッドとジョージが声をかけるが、当の主催者達はそれを無視した。

 

 場所は大広間。全校生徒で賑わう朝食の席で、アンジェリーナとハーマイオニーはハリーを巻き込んでその会議を始めた。(ロンは巻き込まれては敵わないと、食事に集中しているふりをしていた)

 議題は、オーシャン・ウェーンについて。同室のアンジェリーナが言うには、いつも気丈なオーシャンが昨晩帰ってきた時に、声を上げて泣いていたらしい。オーシャンが泣いている所なんて想像がつかない、とハーマイオニーが口走った時、彼女はふと思い出した。

 そういえば、昨日の談話室では、ウィーズリーの双子とオーシャンが険悪なムードだったと口に出すと、たちまち会場は双子非難で轟々となった。(非難しているのは女子二人だけだったが)

 

 「可哀想に、オーシャン…叶うかどうか分からない恋だもの。泣きたいくらい不安な気持ち、分かるわ。その上あいつらにひどい事されて…それでも私にさえ愚痴一つ溢さないなんて、いじらしいにも程があるわ」

 アンジェリーナは頬に手を添えて桃色のため息を吐いた。ハーマイオニーも悩まし気に頬杖をつく。

 「相手は年上の教師…悩ましい事よね。ルーピン先生はオーシャンの事、どう思ってるのかしら」

 

 ハーマイオニーの言葉を聞いてアンジェリーナはピンときた。「それよ!」

 「ルーピン先生の気持ちを聞いて、オーシャンに教えてあげるといいんだわ!」

 画期的なアイディアだとでも言いたげなアンジェリーナだったが、あまりハーマイオニーは気が進まない。

 「え…それって、大丈夫かしら…。やったらやったでオーシャンにおせっかいとか言われそう」

 しかしアンジェリーナには火がついていた。自分が正しいと信じて疑わない。

 「オーシャンの不安を取り除ければ、それでいいのよ!」

 

 結局それ以外オーシャンに元気になってもらう方法が思いつかなかった二人は、その作戦に賭ける事にした。そしてルーピン先生がオーシャンをどう思っているかを聞く、重要な作戦実行者は、

 「じゃあ、ハリー。頼んだわよ」

 ハリーは二人にポンと肩を叩かれると、素頓狂な声を上げた。「え、僕?何で?」

 「仕方ないじゃない、直接聞く以外に方法が無いんだもの。相手が『闇の魔術に対する防衛術』の先生である以上、『開心術』を使う事も『真実薬』を使う事も出来ないわ」とハーマイオニー。

 「そもそも『開心術』なんて使った事無いしね。…先生も同じ男同士の方が、話しやすい事もあるんじゃないかしら」と楽観的なアンジェリーナ。

 

 「ちょっと待って、僕…」と反論しようとしたハリーの声はハーマイオニーに黙殺された。再び肩を叩かれて入り口の方に目を向ける様に促されると、そこにはオーシャンの姿があった。空いている席を探して歩いてくる。

 アンジェリーナが場所を開けようとしたが、オーシャンは三人に目を向け「おはよう」と朝の挨拶をするなり、通り過ぎて行ってしまった。彼女は少し離れた、ほとんど上級生ばかりの席に座ったのだった。

 

 オーシャンが着席したのを確認したアンジェリーナとハーマイオニーは、すかさず教員席で食事をとっているルーピン先生の様子を見た。しかし二人が期待していた様な反応(例えば、オーシャンを目で追っていたり、彼女の方をチラチラ見たり)は当然得られず、ルーピン先生は隣に座っている『呪文学』のフリットウィック先生と和やかに話していた。

 しかし双子のウィーズリーはその通りの反応を示した。いつもならもっと近くに席をとるはずのオーシャンの姿を、その場から動かずに穴が開くほど見つめている。

 

 「二人とも勝手な事言いやがって…」とジョージ。アンジェリーナとハーマイオニーの会話は全て聞こえていた。それとも、二人が聞かせていたのかもしれない。

 「なあ、相棒。俺たち二人とも、妬いてるんだと思うか?」フレッドが片割れに聞いた。

 「いいや、違うね」とジョージ。

 「断固として、違うね」とフレッド。

 しかし、あのオーシャンが泣くとは思っていなかった。その事実を知って、少し尻込みする気持ちと、昨日の顔を赤らめたオーシャンの様子が脳裏に蘇って、どうすれば良いのか分からなくなる。

 「…俺たち、謝った方がいいと思うか?」今度はフレッドから聞いた。

 「いいや、俺たちは別に悪い事はしてないだろ…そういえば、『女を泣かす奴は男じゃねえ』って、よく伯父貴が言ってたっけな」とジョージ。

 「ああ、よく覚えてる。ジニーを泣かせるとよく言われたもんだ」フレッドの視線の先で、オーシャンはキドニーパイをちびちびと食べている。

 「じゃあ、俺たちの方から謝ってやっても問題ないな?」ジョージが隣の相棒を見て笑った。

 「仕方ないな。俺たちは男だから」フレッドも吹っ切れた顔で笑い返した。

 

 

 

 一方、オーシャンは少し寝不足気味だった。

 昨夜は声を上げて思い切り泣くなんて幼児の様な情けない事をしてしまったが、おかげで気持ちは楽になった。慣れない色恋の考え事でごちゃごちゃした頭の中がすっきりとして、今後の事を考える事が出来た。

 今は色恋になど現を抜かしている場合ではない。そもそも、恋なんてするつもりもなかったし、あちらの方から舞い込んできた、言わば厄介ごとである。オーシャンはその問題をさて置いて、今年自分が成すべき事を考える事にした。今は、この居場所を守る事こそが大切なのだ。

 

 

 十月末のハロウィーンの日に、第一回目のホグズミード行きの日程が張り出された。ハリーはロンと思案して、何とか自分も行ける方法は無いかと考えている。ほとんど衝動的に親戚の家を出てきてしまったので、ホグズミードに行くために必要な許可証に保護者のサインが貰えなかったのだ。

 

 オーシャンは少し憂鬱だった。ホグズミードに行く時は、何だかんだ言って双子に引っ張りまわされていたから。

 しかし双子は今回、自分をいつもの様には引っ張りまわさないだろう。一人寂しく村内を回る位なら、今回は行かないという選択肢もある。そう考えていて、ふと気づいた。何故そう言う事になる?別に、双子に引っ張りまわされないならそれはそれで有意義な時間ではないか。別にホグズミードに行くのはオーシャン一人ではない。アンジェリーナもケイティもアリシアもいる。今年は後輩達だっているのだ。相手が双子ではないだけで、十分楽しめる筈ではないか。それに、思う存分一人の時間を楽しめるのだって、悪くはない。双子に引っ張りまわされて普段できなかった事を、ゆっくり楽しむチャンスである。例えば、一日中『三本の箒』に居座るとかだ。

 

 日は矢の様に過ぎて、ホグズミード行き当日が来た。

 ハリーは、お土産を約束してくれたハーマイオニーとロンを送り出して、自分は談話室に戻ろうと正反対に歩き出した。しかし談話室にいざ入ると、ハリーを熱狂的に慕うコリン・クリービーに見つかってしまった。コリンのおしゃべりに付き合わされる嫌な予感がしたハリーは、やっぱり図書室に行くと言って、談話室を出て歩き出した。

 

 それからフラフラ歩いていると鉢合わせしたフィルチに難癖をつけられて、談話室に戻れと言われたが、ハリーは談話室には戻らなかった。ふくろう小屋にでも行ってヘドウィグに会いに行こうかと考えながらまたフラフラ歩いていると、とある部屋から自分を呼ぶ声がした。

 

 「ハリー、どうしたんだい?ロンとハーマイオニーはどうした?」

 ルーピン先生が部屋から覗いている。

 「ホグズミードに行きました」とハリーが返すと、ルーピン先生は得心がいったという顔をした。

 ハリーは部屋に招き入れて貰うと、次の授業で使うという水魔を見せてもらった。とても大きな水槽に、気味が悪い緑色の生き物がいる。

 

 先生に紅茶を勧められたので、ハリーはご馳走になる事にした。どうせ、他にする事も無い。

 先生とお茶を飲みながら、お茶の葉の話や、ボガートの授業の事を話した。ハリーは、ルーピン先生がハリーを臆病者だと思っていると考えていたので、そうではなくて安心した。

 ハリーの心が軽くなって紅茶に口をつけた時、ふと、彼の脳裏にアンジェリーナからの命令が蘇った。「ルーピン先生から、オーシャンの事をどう思ってるか聞き出すのよ!よろしくね、ハリー!」

 「どうしたね?」

 「あ、ウウン…」

 先生に気取られるが、ハリーは躱した。こんな質問、面と向かって出来るわけがない。ほんの数回授業をした生徒相手に、先生が特別な感情を抱いているとはハリーには思えなかった。

 しかし任務を遂行するには、チャンスはこの時間しか無い。ハリーは苦肉の策で、少々でっち上げをかますことにした。

 「このお茶美味しいですね。オーシャンにも飲ませてあげたいなあ。彼女は紅茶が大好きなんです」

 本当にオーシャンが紅茶を愛しているかはハリーは知らなかったが、イギリスが大好きと豪語する以上多少は紅茶を嗜むだろうという憶測だ。こんな反則スレスレの一言が出てきた自分を、ハリーは逆に褒めてあげたい。

 

 ルーピン先生は、少し意外そうな顔をした。「へえ、そうなんだ。少し持っていくかい?」

 ハリーは少しティーバッグを分けてもらった。「ありがとうございます」

 ルーピン先生はいつも通り優しく笑った。「何で君たちは、ウミの事をオーシャンと呼んでるんだい?」

 ルーピン先生に聞かれて、ハリーは答える。「オーシャンがそう呼んでって。彼女自身がつけた英名だと聞いています」

 それを聞いてルーピン先生は笑った。どこか懐かしんでいる様な笑い方だった。

 「どうされたのですか?」ハリーが聞くと、先生は手を振って答えた。

 「いやいや…自分たちだけに通じるニックネームをつけるのは、みんな学生時代にはよくやる事だ。彼女はもしかすると、少し向こう見ずな所もあるんじゃないのかな?」

 「アー…」ハリーは少し悩んだ。この三年間を振り返る。そして、今学期ホグワーツに到着した夜に、マクゴナガル先生が言っていた言葉を思い出した。あなたには自分に対する警戒心がかけている。

 「少し…ちょっと…いや、かなりかな」

 

 「っぐじゅん!」

 「やだ、オーシャンったら。風邪かしら」

 「-いえ、ごめんなさい。何だか鼻がムズムズしちゃったの。誰か噂でもしているのかしら」

 『三本の箒』で、オーシャンはアンジェリーナや他の女友達とバタービール片手に女子会をしていた。オーシャンの言葉を聞いて、ケイティがニヤニヤする。

 「あら、誰が噂しているのかしらね?優しい年上の男の人かしら?」

 「そうね。もしかしたら、従兄の三郎かもしれないわ」

 そう返して、オーシャンは思い出した。そういえば、三郎に送ってほしいものがあったのだ。今から連絡を取らないと、間に合わないかもしれない。

 

 オーシャンの答えを聞いて、ケイティはつまらなさそうな顔で、ぷいと窓の外に顔を向けた。そこを、同学年の中でも有名な仲睦まじいカップルが腕を組んで歩いていく。

 「ほら、あの二人、きっとまたマダム・パディフットのお店へ行くんだわ。ホグズミードに来るといつもそうだもの」

 「有名なお店なの?」

 聞くと、ホグワーツのカップルの大半は、そこでデートをするのだという。内装やメニューがとても可愛らしく、恋する乙女のための様な店なのだとか。オーシャンも他人事じゃないわよ、と出し抜けに言われたが、完全に他人事である。

 

 「そうね…。ルーピン先生は大人だから、デートするとしてもそういう場所じゃないのよね、きっと」

 アリシアが言った。ケイティとアンジェリーナは大人のデートを想像して、桃色吐息を吐いた。そして三人とも、目をキラキラさせてオーシャンを見ている。彼に恋している当人としての意見を待っている様だ。

 

 「…ちょっと、郵便局に行ってくるわね」

 突然そう言い残して、オーシャンは席を立った。唖然とする友人達を振り返らずに店を出る。

 危ない所であった。またあの流れに引き戻されては、今年の目的は達成できない。

 

 オーシャンの目的は、今年もハリーを、果てはホグワーツを守る事だった。

 それもこれも原因は、シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄した事にある。どうやら魔法省は、ブラックがハリーの命を狙っていると考えており、今学期の吸魂鬼による警備も、ホグワーツの警備というよりは、ハリーの警備のためのものらしかった。

 つまりブラックはハリーに接触しようとする可能性が十分に高いということである。そしてオーシャンは、考えた。ブラックが誰かに危害を加える前に、捕まえれれば事は簡単。確実な方法として思いついたのは、ブラックがハリーに接触しようとした所を捕らえるという、一見難易度の高いミッションである。

 

 そこでさらに、オーシャンは考えた。日本でプロの忍者をしている従兄の三郎に頼み、忍具を貸してもらってブラックが必ずかかる罠を仕掛ける。よし、これだ。そう考えると、何やらワクワクしておちおち恋もしていられない。

 

 後ろから二人分の足音が近づいている。振り向くと、フレッドとジョージがこちらに歩いてきていた。同じ方向に歩いているというよりは、オーシャンに向かって歩いてきている様な歩き方だった。

 「尾行が下手ね。私に何か用?」

 声をかけると、フレッドが答えた。

 「お前こそ、隠し事が下手だよな。また何か面白そうな事考えてるのが見え見えだぞ」

 続けてジョージ。「俺たちにも一枚噛ませろよ」

 「駄目よ、危険だもの」と答えながら、郵便局のドアを開けると、フレッドとジョージの二人も続けて入ってきた。「その危険な事を、お前は何度もやっているじゃないか!」

 

 オーシャンはその場で従兄の三郎宛に手紙を書きながら、その様子を見つめている双子に話しかけた。

「貴方達を守るためにやろうとしているのに、貴方達がでしゃばってきたら何の意味もないじゃない」

 「え…?」二人が声を揃えたので、オーシャンは言い添えた。「『貴方達を』と言うより、『ホグワーツを』ね」

 すぐに手紙を出し終わり、三人は郵便局を後にした。双子はオーシャンとは並んで歩かず、常に三歩位後ろをついてきた。淑やかな武士の妻か、とオーシャンは頭の中で突っ込みを入れる。オーシャンはまた『三本の箒』に足を向けた。双子も黙ってついてくる。今日は何故だか、オーシャンが双子を連れまわしている感じになっている事に気づいて、彼女は小さく笑った。

 

 




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