英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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30話

 対レイブンクロー戦で大勝利を収めたグリフィンドールの宴は深夜まで続いた。

 皆が寝静まった時間、寮塔に通じる隠し扉がある廊下に、一人の男の影があった。

 扉絵に近づき、合言葉をどうしようと辺りを見回して、廊下の端に一枚の紙切れが落ちている事に男は気づいた。ゆっくりとそれに近づき、暗闇に慣れた目でそれを見ると、どうやら合言葉が書かれた紙であるらしい。かがんでそれを拾おうとして、指先に鋭い痛みが走った。

 「痛っ!?」

 飛び退く様に体を起こした時に反射的に足を引くと、何かを踏みつけた。靴底を突き抜けて、指先と同じ痛みが足の裏に走る。

 「いっつっ!!」

 

 足の痛みに悶絶していると、突然目の前に逆さの人の顔が現れて、男は驚いて尻餅をついた。一人の少女が天井に立っている。

 「なっ…き、君は…!?」

 男が絶句しているのを見て、オーシャンは笑った。「驚いた?簡単な『くっつき呪文』を足の裏にかけてみたの」

 男-シリウス・ブラックが立ち上がろうとして傍らに手をつくと、その手がまた鋭い痛みに襲われて、飛び上がった。オーシャンは逆さのまま、忠告する。

 「むやみに動かない方がいいわよ。そこらへんに『透明呪文』をかけた『まきびし』が散らばっているから。さて、シリウス・ブラックは再びホグワーツに何をしに来たのか、教えてもらいましょうか」

 

 その時、遠く階段の方から一人分の足音が聞こえてきた。見回りに来たマクゴナガル先生だろうか。

 「…一緒に来てもらおうか」

 目撃者に通報されたくは無い、しかし殺す気も無いので、口封じの為についてこいと言うわけか。オーシャンは従う事にした。恐るべき脅威が目の届く範囲にいれば、心配する事など何も無い。

 

 

 

 

 オーシャンは犬の姿に変化したブラックの後をついて、暴れ柳の下に隠されている通路を通り、古びた洋館の中に通された。階段を上がる黒い犬と、ベッドのある一室に入る。そこでシリウス・ブラックは変身を解いた。

 「貴方って、動物もどきだったのね」オーシャンが言うと、ブラックは事もなげに答えた。

 「未登録の、だけどね。私がアニメーガスである事は、私の友人達しか知らない。所で、君は随分と落ち着いているんだな。殺される、とか何とか、抵抗してみないのかね」

 「殺されるなんて思ってたら、そもそも待ち伏せなんてできるわけが無いじゃない。貴方は、無関係の人間は殺さない人よ?そうでしょう?」

 ベッドに腰掛けながらオーシャンが言うと、ブラックは驚いていた。「…何故、そう思う?世間のニュースでは-」

 「貴方がピーター・ペティグリューもろとも道路を吹き飛ばして、無関係の非魔法族を大量に殺した、って言われてるわね」ブラックの言葉をオーシャンは引き継いだ。

 「あれは、ピーター・ペティグリューがわざと起こした爆発でしょう?そうじゃなかったら、指なんて真っ先に吹き飛んでしまうもの。指が焼け焦げた腕が残ってたらまだ説得力もあったけど、残念ながら、裏工作が下手だったのね」

 

 「君は一体…?」

 不思議そうに言うブラックに、オーシャンは笑顔で答えた。

 「オーシャン・ウェーン。ちょっと好奇心旺盛な、ただの日本人よ」

 

 

 シリウス・ブラックから聞いた事件の真相はこうだ。

 最初、ジェームズとリリー・ポッターはブラックを『秘密の守り人』にしようと考えていた。そこにピーター・ペティグリューが名乗り出て、自分が『秘密の守り人』になる、と言い出した。結果ジェームズとリリーは幼いハリーを残してヴォルデモードに殺された。ピーターは、友人を裏切り、闇の陣営に付いたのだ。

 そしてピーター・ペティグリューはブラックに濡れ衣を着せて、自分で自分の指を切り落として爆炎に紛れて逃げた。ピーター・ペティグリューは、ネズミの動物もどきだったのである。

 

 「この夏に、『日刊予言者新聞』の紙面にあいつが写っているのを見て、驚いたよ」ブラックは言った。「何食わぬ顔をして、家族のペットを装っていたが、あの姿は間違いない。やつが変身するのを、学生時代に何度見た事か。私があいつの姿を見間違うはずがない。指が一本かけていたのを見て、私は確信したよ」

 「では、貴方はハリーを殺すためではなく、ピーター・ペティグリューを探す為に、ホグワーツに侵入したのね?」オーシャンが尋ねると、ブラックは、そうだ、と頷いた。オーシャンは頭を抱えた。

 

 「新聞に載ったネズミって言ったら、間違いなくロンの所のスキャバーズね…。何てこと」

 そんな名前で誰かのペットをやっている事に、ブラックは、まったくやつらしいな、と笑みを溢した。それをオーシャンが、笑い事じゃないわ、と叱りつける。

 「ハリーの親友のロン・ウィーズリーという子のペットよ。寝室まで一緒なんだから」

 「何てことだ…!こうしちゃおれん!」再び犬の姿に身をやつして出て行こうとするブラックに、オーシャンはそのまま動かずに声をかけた。

 「待て、お座り!」

 その言葉にもの言いたげにこちらに顔を向けたブラックに、オーシャンは笑顔を湛えてもう一度同じ言葉を口にした。

 「お・す・わ・り」

 

 

 

 夜が明ける前に、オーシャンは城に戻った。ブラックには、もう二度とホグワーツに侵入しないと約束させて。

 その代わりに、オーシャンがスキャバーズもといピーター・ペティグリューを捜索する事となった。どうやら、ハーマイオニーの猫、クルックシャンクスにも捜索を頼んでいるらしい。道理で事あるごとにスキャバーズを追いかけていた訳である。

 

 しかし寮に戻ると、スキャバーズは雲隠れしていた。ロンは酷く落ち込んでいて、クルックシャンクスがスキャバーズを食べてしまったのだろう、とハーマイオニーを責めていた。

 「ハーマイオニー、根を詰めすぎるのはよくないわ。せめて食事休憩は、しっかり気を休めてとるべきよ」

 昼食をとりながら『数占い』の教科書とヒッポグリフの裁判記録二冊を広げて、食い入るように読んでいるハーマイオニーを心配そうに見つめて、オーシャンが言った。ハーマイオニーは目の下にくまを作って、今やいつでも何かに追われている様な顔をしていた。

  

 「大丈夫よ、心配しないで」言って、ハーマイオニーは食事を掻き込むと、裁判記録を鞄に詰めて、教科書をその手に開いたまま、次のクラスへ向かってしまった。オーシャンはその背中を見つめて、呟いた。「あーあー…ついに二宮金次郎に…」

 

 週末のホグズミード行きを控えた前夜、寮生が見守る中、オーシャンはまた、ひざ詰めでロンを説教していた。

 「クルックシャンクスがスキャバーズを食べたという根拠を述べなさい」

 「だから、何度も言ってるだろ!僕のシーツに血が付いてたんだ!見てよ、これ!」ロンは握りしめていたシーツを、オーシャンに広げて見せた。確かに、点々と血痕が付いている。

 

 発端は十五分ほど前、ロンがポケットに残っていたハエ型ヌガーを見つけて、ハーマイオニーに聞こえよがしにこう言った事だった。

 「スキャバーズにやろうと思って、とっておいたの忘れてた。あいつ、これが好物だったんだ。食べさせてやりたかったな…」

 この言葉にハーマイオニーは張りつめていた糸が切れてしまった様に泣き出して、寝室へと退散してしまった。これを見たオーシャンは、ロンの母親モリー・ウィーズリ―も顔負けの剣幕で、そこに直れ!と言ってロンをその場に正座させ、今に至る。

 

 オーシャンは、ロンが信じて疑わない証拠品をもぎ取って、ぐしゃぐしゃと丸めて投げ捨てた。「何するんだよ!」ロンが叫んだ。

 「これでは食べられた事の証拠にはならないわ。切り傷を負って、どこかに隠れちゃったのかもしれないじゃない」

 「…でも、オーシャンも、あの化け物猫が何度もスキャバーズを襲うのを見ただろう!?」

 「戯け!今は私が聞いておる!話をすり替えるな!」オーシャンの口調が激しくなる。

 

 オーシャンの今まで見た事のない剣幕に、ロンは縮こまった。聴衆は怖々と二人の様子を見守り、ついにオーシャンの怒気にこれまでにないものを感じた何人かが、先生を呼びに行くほどの騒ぎとなった。気が弱そうな一年生は、数名すでに泣いている。慌てて来たマクゴナガル先生が仲裁に入り、オーシャンとロンは寝室へ下がるように言われ、事は治まった。

 戦乙女の今までに見なかった一面に、談話室は静まり返っていた。

 

 オーシャンはベッドに寝転がって、ピーター・ペティグリューはどこへ隠れたのだろうと考えた。ブラックが逮捕された時には自分の指まで犠牲にした男だ。自分で切り傷を創る位の事は、訳なくやってのけるだろう。前回と同じ手法をとるとは、芸が無い。

 翌日、オーシャンはホグズミードへは行かず、牛乳がなみなみと入った瓶を持って、暴れ柳の下の通路を通ってブラックに会いに行った。ピーター・ペティグリューが寮から逃げた事の連絡と、ある目的のために。

 

 「…何でミルクなんて持っているんだ?」

 「校舎裏で秘密に飼っている犬には、残り物のパンと牛乳を持って行くのが定番じゃない」

 「私は犬では無いが、ありがたくいただこう」

 「ごめんなさい、今日の朝食にパンが出なかったものだから、パンは持ってこられなかったの」

 「パン以外のものでも、腹に溜まるものがあれば嬉しかったかな」

 

 そのやり取りが終わると、ブラックは瓶の栓を開けて牛乳をぐびりと飲んだ。一口で半分近くが彼の胃の腑に消えた。

 「…そのまま飲むのね」

 「他にどんな飲み方が?」

 ブラックに問われ、オーシャンは懐に忍ばせていた深皿を取り出した。ブラックの表情が凍り付く。「……何のつもりなんだね、君は」

 「最近、何だか怒ってばっかりで疲れているのよ。私、犬って大好きなのよね」

 

 深皿を床に丁寧に置いて、オーシャンはブラックを見上げた。「貴方はペティグリューを求めているでしょう?私は今日のところ、癒しを求めているの」

 「ペティグリューを捕まえたのか?」息せききって聞いてくるブラックに、オーシャンは頭を振った。

 「残念ながら、一歩及ばなかったわね。グリフィンドール塔にはいないみたい。でも、学校の敷地からは出られないわ」

 返答を聞いてあからさまに不機嫌な顔になるブラック。「それなら、どうして私が君の要望に応える必要がある?」

 「それはおかしいわ。貴方の要望に応えているのはこっちよ。厳重な警備で自由に動き回れない中、小さなペティグリューを自分で見つけるのは至難の業よ?まだ、校舎内にいるかもしれないのに」

 

 結局ブラックが折れて、大きな黒い犬は深皿から牛乳を飲み、食後はオーシャンにブラシで毛並みを整えられた。しばらくはされるがままになっていたブラックだったが、首輪をつける事だけは、断固として拒否した。

 

 




お気に入り登録888件!ありがとうございます!
ゾロ目を今か今かと待ってました!笑
いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます!

やっとブラックの登場です!お待たせいたしました。

そして分かる人には分かる(と思う)水戸黄門(ドラマの)ネタを仕込むおべん・チャラ―であった…。

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