英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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33話

 『叫びの屋敷』の中には、ハリー、ロン、ハーマイオニー、それにシリウス・ブラックとルーピン先生がいた。物音を立てるのは、ロンの手の中から必死に逃げようともがいているネズミのスキャバーズだけだった。

 ハーマイオニーの厳しい口調が、沈黙を裂いた。「でも、人狼と一緒に暗い中を走り回るだなんて!もし誰かに噛みついていたら、どうなったの!?」

 「ああ、それを思うと今でもゾッとする」ルーピン先生が答えた。

 「私たちは、若かったんだ。自分達の才能に酔っていた」

 

 その時、無造作にドアが開いて、みんながハッとなった。そこに立っていたのは、片手にゴブレットを携えたオーシャンだった。

 「オーシャン、どうしてここが!?」後輩達が声を揃える中、オーシャンは無表情に周りを見回した。土にまみれてボロボロになったハリー、ハーマイオニー。ロンはベッドに横たわっていた。脚が不自然な方向に曲がっている。

 

 「砕け散れ!巨人の一撃!」

 オーシャンが素早く杖を抜いて唱えた魔法を、ブラックはあわやという所で躱した。後ろにあったピアノが粉々に粉砕される。ハリー、ロン、ハーマイオニーがびっくりして目を丸くした。ブラックはピアノの残骸を見て、危ない所だった、と口笛を吹いた。

 「私の可愛い後輩に手を出すなんていい根性してるわね、馬鹿犬!」そう言うオーシャンが構えた杖は、今度はぴったりとブラックの顔を狙っていた。

 「悪かったと思っている。不可抗力だ。…というか、せめて馬か鹿か犬かのどれかにしてくれないか」

 「あら、ジャパニーズジョークで返ってくるとは思わなかったわ。ご丁寧にどうも」

 

 未だにブラックを狙っているオーシャンの杖先を、ルーピン先生は制した。

 「ウミ、落ち着くんだ」

 優しくそう言われたオーシャンは、ゆっくりと杖を懐に仕舞った。その様子にブラックはクスクス笑っている。ここに手裏剣の一つでもあったなら、額のど真ん中を狙えるのに。オーシャンはせめて、ポケットに入っていたまきびしを、彼に向かって力任せに投げた。見事に頭に命中する。「痛い!」

 

 「オーシャン…何で、シリウス・ブラックと仲良さそうにしているの!?それに、その人に気を付けて!」

 ルーピン先生を指さしたハーマイオニーの言葉に、オーシャンは冷静に答えた。

 「ハーマイオニー、その問題は間違いよ。第一に、私はこの駄犬と少しも仲良くない。第二に、私はルーピン先生を危険だと思った事は無いわ。だからこの人は危険ではない」

 そこで左手に持っていた物を思い出したオーシャンは、ゴブレットを先生に渡した。「あ、先生。これ、スネイプ先生から預かりました。薬です」

 「あ、ありがとう…」ルーピン先生は呆気に取られて薬の入ったゴブレットを受け取った。ハーマイオニーが愕然として言う。「先生が人狼だって…知ってたの…?」

 

 数舜の、間。

 「…嘘。私、人狼の人に初めて会ったわ。意外と、外見で分からないものなのね」

 先生は薬をぐいと飲み干して言った。

 「元は君達と同じ、完全な人間だからね。怖くないのかい?」

 「何故怖いと思う必要があるの?変身しない限り、先生は先生のままでしょう?危険は種族ではなく、その人の人格で判断されるべきだわ」

 今度はブラックが茶化す隙も無かった。理解しがたい現状に業を煮やしたハリーが、「どういう事か、説明してくれる!?」と怒鳴った。

 「良いわ。丁度私にも、説明が必要だった所よ。そもそも、貴方達が何故ここにいるの?そして-」オーシャンはブラックに、鋭い一瞥を送った。「何故、ロンがあんな怪我をしているの?」

 

 本をただせば、ハグリッドからバックビークが処刑される事の連絡が来たことが始まりだった。

 ハグリッド一人に死刑執行人を待たせる事が心配だったハリー達三人は、『透明マント』を使ってハグリッドの小屋へ向かった。そこで、ポットに隠れていたスキャバーズを見つけたのである。

 「それで-」「ああ、待って。大体察したわ」説明を続けようとするハリーの言葉を遮って、オーシャンは杖を再び取り出して弄び始めた。

 「要するにそこの馬鹿犬は、貴方達の危険も顧みずにスキャバーズに襲い掛かった。スキャバーズの危険に、ロンが黙っている訳ないものね。大方、スキャバーズごと強引にロンを『暴れ柳』の入り口に引きずり込んで、骨折させたんでしょう?馬鹿にも程があるわ。死んで」

 最後の一言はブラックに向かって発せられた。ブラックは頭を搔いている。

 「だから、本当にすまない事をしたと…。日本のハラキリは勘弁してくれ」

 

 今度はオーシャンが説明する番だった。クィディッチのレイブンクロー対グリフィンドールの試合があった日に、隠し扉の前でブラックを捕まえた事。そしてそれから折を見てはこの『叫びの屋敷』を訪れて、『餌付け』をしていた事。(「餌付けじゃない」とブラックは言ったが、オーシャンは無視した。)ブラックの目的を知っている事。スキャバーズというネズミが、本当は誰なのか知った事。

 「ここへはどうして?」

 ルーピン先生が聞いたので、オーシャンはテーブルに置かれた空のゴブレットを指さした。

 「スネイプ先生に聞きたい事があったのよ。質問と引き換えに、貴方の部屋にそれを持っていく様に言われた。貴方の部屋にあった『忍びの地図』で、貴方の名前がここに消えるのを見たわ。飼い主としては、先生に失礼があったら大変じゃない?それで追いかけてきたの」

 「誰が飼い主だ」と、ブラックが睨んだ。オーシャンは笑顔で応じる。「じゃあ、今日までに食べた牛乳とパンを吐き出しなさい」

  

 ブラックが黙ったのを見て、オーシャンはロンに微笑みかけた。

 「と、言うわけよ。ロン。貴方が今大切に守っているのは、実はこの駄犬と同い年のおっさんなの」

 その言葉に、おっさん二人が後ろで仲良く小突き合った。「言われているぞ。リーマス」「否定はしないが、シリウス、今のは君だ」

 「スキャバーズの無実を証明したかったら、さっさとその小汚い鼠小僧をこちらによこしなさい」

 鋭利な刃物でも孕んだかの様な視線に、ロンはぐっと怖気づいた。そこにルーピンが優しさを伴って出てくる。まるで、飴と鞭の様な二人。

 

 「ロン。そいつを渡すんだ。もし本当のネズミなら、この術で傷つく事は無い」

 ロンは一瞬躊躇ったが、先生の言葉についにスキャバーズを差し出した。しかし、手渡される瞬間にスキャバーズは先生の指を噛んで、拘束を潜り抜けた。思い切り噛まれた指に、先生は顔を顰める。「つっ!」

 床に鮮やかに着地して、出口に走るスキャバーズだったがオーシャンの呪文が一足早く、その姿を捉えた。

 「跳ねろ!月面宙返り!」

 呪文が当たり、天井近くまで跳ね上がったスキャバーズは、その意思とは正反対にそのままオーシャンの足元近くに戻ってきて、べちゃっと落ちた。その背中を、オーシャンはぎりぎりと踏みつける。

 「往生際が悪いわよ。大人しく正体を明かすのと、私の足にこのまま踏みつぶされるのと、どちらか選びなさい」

 

 どう足掻いてもオーシャンの足の下から逃げ出せないとふんだのか、スキャバーズは前者を選んだ。オーシャンの足の下で、ネズミは禿頭の小男に姿を変えて行った。

 「…意外に、根性無いのね」オーシャンが言うと、ブラックが汚いものを見る目でペティグリューを見た。「こいつはそういう男だ。自分の死は絶対に選ばない」

 「そう。小ネズミ。ご機嫌はいかが?」オーシャンは四つん這いになっている男の脇腹を足蹴にして、ペティグリューを転がした。小男の目がオーシャンを見、ルーピン先生、ブラックを見た。

 

 「やあ、ピーター」

 ルーピン先生が朗らかに声をかけると、ペティグリューは上ずった声で応じた。「り、リーマス…我が友よ…」

 ブラックが杖腕を上げようとしたのを、オーシャンが制した。「待て!」

 「せめて、躾のなってない馬鹿犬ではない所を見せなさい。待・て。」そう言い放つ自称飼い主を反抗的に睨んだブラックに、ルーピンは笑いかけた。

 「君もまあ、随分と聞き分けのいい飼い犬になったんだな」「飼い犬じゃない」ブラックがむすっとして答えた。

 ペティグリューは、ブラックを指さして叫んだ。「こ、この男はリリーとジェームズを殺した。今度は私まで殺そうとしている…」

 「誰も君を殺しはしないよ、ピーター。少なくとも、話の整理がつくまではね」

 「は、話など…何を話すと言うのか…」ルーピン先生の言葉にもぞもぞと返答しながら、ペティグリューは窓とドアをさっと目で確認した。

 

 「こいつが私を追ってくる事は、わかっていた。こいつが私を殺しに戻って来る事を、私は知っていた!」

 「シリウスがアズカバンを脱獄すると、分かっていたというのかね?未だかつて誰も破った事が無い、あの監獄を」

 「こいつは私たちが知る事の無い闇の力を持っている!そうでなければ、どうやってそんな大それた事が出来る!?『例のあの人』がこの男にその悪しき術を教えたに違いないんだ!」

 「ヴォルデモートが、闇の魔術を私に?」ブラックの口から出てきた言葉に、小さなペティグリューは身を震わせた。ブラックが声を上げて笑い出す。

 「どうだ、久々にご主人様の名前を聞いた気分は?お前はこの年月、私から逃げていたのではない。かつてのお前の仲間から逃げていたのだ」

 

 その後二度、ハーマイオニーがペティグリューの助け舟となりうる質問を口にしたが、どちらもブラックに論破された。三年間同じ寝室に寝泊まりしていたというのに、何故ハリーを殺さなかったかという質問に、ブラックはこう答えた。

 「お前は、自分の得になる事がなければ、誰の為にも何もしない奴だ。お前のご主人様は今や半死半生だと言われている。そんな不確かな存在の為に殺しをするお前ではあるまい。ウィーズリー家にペットとして入り込んだのも、情報がいつでも手に入れられる様にしたかったからだろう?ご主人様が復活し、またその下に戻る日を、お前は淡々と狙っていた」

 そもそものブラックがどうやって脱獄したのかは、オーシャンは聞いた事が無かった。特に知った所でオーシャンには関係の無い事柄だったからだ。ハーマイオニーのその質問にも、ブラックは答えた。

 「私が正気を保っていられた理由は、自分が無実だと知っていたからだ」逆に言えば、当時のブラックにはその思いしか無かった。幸福感など一切ないその感情は吸魂鬼からブラックを守った。魔法大臣から貰った新聞でペティグリューがどこに潜伏しているかを知ったブラックは、犬に身をやつしてアズカバンから逃げ出した。吸魂鬼は目が見えないのだ。

 

 ブラックはハリーを向いた。「ハリー、君のお父さんとお母さんを殺したのは、私も同然だ。あの日、こいつを『秘密の守り人』にしなければ…。だが、信じてくれ。一度だって私は、君の両親を裏切った事は無い」

 ブラックの言葉は、ハリーの心に届いた。信じる、と言う様に、ハリーはブラックに向かって頷いた。

 「駄目だ!」

 ペティグリューが叫んだ。二人の旧友に杖を向けられ、命乞いを始める。

 「シリウス…リーマス…懐かしい友人達よ…。殺さないでくれ…お願いだ…」

 

 二人へ命を乞うのが無駄だと悟ると、ペティグリューはロンに縋りついた。「君は優しい子だ。情け深いご主人様…二人に私を殺さない様に言ってくれ…」

 素早く駆け寄ったオーシャンは、ペティグリューの後ろ髪を乱暴にひっつかんで、ロンから引きはがした。その顔を床に容赦なく叩きつける。

 「私の可愛い後輩に近づかないで。貴方には地獄の業火がお似合いよ。鬼達に存分にいたぶられてから、釜でぐつぐつ煮込まれるといいわ」

 そのままオーシャンの足にしがみついて尚も命乞いをするペティグリューの顎を、オーシャンは容赦なく蹴り上げた。「貴方一人が死んだ所で、みんな痛くも痒くも無いみたい。恐ろしいお山の大将に怯えるより、死んで楽になった方がいいんじゃない?」

 最後の一言は、笑顔で発せられた。ブラックが呟く。「今のピーターより、今の君の方がよっぽど闇の魔法使いらしい」

 「誉め言葉として受け取っておくわ、ありがとう。あまり名誉ではないかもしれないけど」

 

 ペティグリューは、オーシャンに押さえつけられたまま今度はハリーの名を口にした。口の端から、唾が床に流れている。

 「ハリー…君はお父さんに生き写しだ。助けてくれ…ジェームズはこんなことを望まないだろう…」

 ブラックの怒号。「ハリーに話しかけるとは、どういう神経だ!?」そして、オーシャンがペティグリューの頭を持ち上げ、再び床に叩きつけた。脆い床板は、あと一撃で崩れ落ちそうだ。

 

 「友を裏切るくらいなら、死ぬべきだった」「ウミ、そこをどくんだ。-ピーター、さらばだ」

 ブラックとルーピン先生が口々に言い、オーシャンが腰を浮かした。二人の杖が今にも振り下ろされそうになった時、ハリーが叫んだ。

 「やめて!」

 止めに入ったハリーをみんなが呆然と見つめる中、ハリーは言った。「こんな奴の為に親友が殺人者になるのを…父さんは望んじゃいない」

 泣いて礼を言うペティグリューの手を、ハリーは払いのけた。「お前の為じゃない。こいつを城に連れて行こう。ディメンターに引き渡すんだ。こいつの居場所は、アズカバンがお似合いだ」

 

 「…ハリー、いいのね?」

 オーシャンが聞く。ハリーは頷いた。ブラックは感嘆の声を出した。「ハリー、君は…私が思っていた以上に、お父さんにそっくりだ」

 「分かったわ、ちょっとどいて。縛り上げるから」そう行ってオーシャンは杖を構え、唱えた。「緊縛せよ!混沌の鎖!」

 ペティグリューの両脇から、床板を突き破ってじゃらじゃらと鎖が現れて、彼に巻き付いた。ブラックが乾いた笑いを漏らす。「さっきも思ったけど…日本の術は何というか、こう、派手…だな」

 「そんなことないわ。対して変わらないわよ」オーシャンが言うと、ルーピン先生が堪えかねた様に噴き出した。ブラックとオーシャンは同時に彼を振り返る。

 

 「ごめん、あまりに君達二人の会話が面白くて、つい。…いい飼われっぷりだな、シリウス」

 くつくつと笑われながら、オーシャンは自分の顔が赤くなっていくのを感じた。ブラックがニヤリと笑う。

 「俺のご主人様は、怒ると手に負えないんだよ」

 「先生達から話には聞いていたが、あんなに勇ましいウミは初めて見たよ…」

 ルーピン先生の言葉に耳まで赤くなりながら、英語が利けなくなったオーシャンはにやにやしているブラックの顔に、平手打ちを往復で四回見舞った。

 

 そしてペティグリューを繋いだ一行は、ホグワーツに向けて歩き出した。

 






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