英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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34話

 ピーター・ペティグリューを手錠で繋いでおく役目をオーシャンが買って出たが、年上二人に一蹴された。先生に、君は生徒だし、女の子だから、そんな事はさせられないよ、と優しく言われればそれまでだった。

 そんな訳で、ペティグリューは旧友二人に手錠で繋がれてトンネルを歩く事となった。彼は歩いている間一言も話さず、口から漏れ出てくるのは嗚咽ばかりだった。

 

 オーシャンは一行の先頭のクルックシャンクスのぴんと立った尻尾を見て歩きながら、ペティグリューを魔法省に突き出せばかどうなるのかを考えていた。ペティグリューのアズカバン行きが決まれば、ブラックは晴れて自由の身だ。しかし、魔法省は誤認逮捕を認めるのだろうか?

 「何を考えているんだい、ウミ?」

 後ろにいる先生に声をかけられて、ハッとした。一瞬の沈黙。二人の後方を歩いているブラックとハリーの会話が、トンネルに反響して聞こえてきた。「僕、あなたと暮らせるの?」

 

 「魔法省は、すんなりと誤認逮捕を認めるものでしょうか?」考えていた不安を口にすると、ルーピン先生が聞いた。「不安かい?」

 「不安…ではないですが、怪しいと思っているのが正直な所です」

 「…確かに、時間はかかるかもしれない」ルーピン先生は答えた。「しかし、公正な裁判で裁かれれば、きっとシリウスの無実は証明できるだろう」

 先生の答えに「そうでしょうか…」と返すと、先生が笑い声を漏らした。

 

 「なんです?」

 「シリウスの事がそんなに心配なんだね。まるで、出来の悪い親を持った娘を見ているみたいだ」

 「-っ…」先生が言った一言が、何故そんなにも心を抉るのか、オーシャンはすぐには分からなかった。まるで、「君の事は娘としてしか見る事が出来ない」と言外に言われている様で、喉の奥から心の臓がせり上がって来ている様な心地がして、酷く気持ちが悪い。

 少し時間をかけたが、オーシャンはやっとの事で言い返した。「-心配なんかしていないわよ!あんな馬鹿犬、どこで野垂死にしたって構わないわ!」

 先生の背後から、ブラックの呟きが聞こえた。「二人とも酷い言い様だな…」

 

 

 トンネルを抜けて外に出ると、もう真夜中だった。一行は城に向かって歩いたが、その時ふと雲間が切れて、白い月が顔を覗かせた。

 背後の空気が変わった気がして、オーシャンはみんなを振り返った。ルーピン先生が立ち止まり、真っ白い月を一心に見上げている。ハーマイオニーが叫んだ。「いけない!満月だわ!」

 慌てている三年生達を、先生と手錠で繋がれたブラックが制した。「落ち着くんだ。今夜の脱狼薬は飲んでいる。ちゃんと効いていれば、こちらに危険は無いはずだ」

 

 オーシャンはじっとその場に立ち尽くして、先生が変身していく様を見ていた。ゴキゴキと鈍い音を立てて骨格が変わり手足が見る見る内に伸びて行き、全身から狼の毛が生えてくるのと同時に、長い尾が生える。手錠がねじ切れて、ペティグリューが情けない声を出した。その彼をブラックが押さえつける。

 完全な狼が姿を現し、ハーマイオニーが怖々声をかけた。「あの…先生…」

 ハーマイオニーの声に狼の目がジロリとそちらに走った。三年生達は身を縮ませる。ブラックはペティグリューを首根っこを捕まえながら、いつでも変身できる様に身を起こした。

 先生は三人に襲い掛かるかと思われたが、口から涎を垂らして、鼻息も荒く必死に耐えている様に見えた。ペティグリューだけではなく、ロンまでが情けない声を出した。「ひぃぃ…」

 

 「ロン、情けない声を出すものじゃないわ」その場を動かずに言ったオーシャンの声に、先生は反応してこちらを向いた。

 「先生は自分と戦っているのよ。その勇気は称えるべきで、畏怖するものじゃないわ」

 オーシャンはゆっくりと狼を刺激しない様に近づこうとしたが、そこに飛んできた魔法が、ルーピン先生に当たった。彼は叫んでよろめいた。出処を探ってオーシャンが振り返ると、そこには、杖を構えたスネイプ先生がいた。

 「これはこれは…人狼と凶悪犯がどこから入り込んだものやら…」

 

 ピタリとルーピン先生を狙っているその杖から、再び火花が放たれた。二度目の魔法が当たると、先生の口から耐えきれない様な唸り声が聞こえ始める。狼の本能と薬で保たれた理性が戦っているのだ。

 「やめて!」三度狼を襲おうとするスネイプ先生の杖を、オーシャンが遮った。「やめなさい!」

 「私に命令するな!」スネイプ先生の顔が怒りに歪んだ。

 狼の唸り声が高くなる。いつ人を襲うかもしれない興奮状態に陥っている事が見てとれて、ブラックはその身を躍らせた。ペティグリューを放り出したその体が、瞬く間に黒い巨大な犬に変わる。「落ち着くんだ、リーマス!」

 

 その隙にペティグリューがネズミに変化し、手錠から逃れた。ハリーが叫ぶ。「シリウス、ペティグリューが逃げた!」

 ブラックは、ルーピン先生を必死に落ちつかせようとしている。スネイプ先生が二人を狙って杖を振るったが、オーシャンがそれを阻止した。

 

 「何故邪魔をする、ウエノ!シリウス・ブラックを庇えば、貴様も罪を逃れられないぞ!」

 「誰が馬鹿犬なんて庇いますか!先生こそ、罪無き狼をいきなり攻撃するなんて、どういうおつもりで!?」

 「当然だ!生徒に何かあってからでは遅いだろう!もっとも、このままでは教師生命も危ういだろうがな!」

 最後の一言を意地悪く言った先生の呪文で、オーシャンの杖がその手から吹き飛ばされた。彼女はその一言が意味する事に気づいて、愕然とする。

 「…知っていたのね…!?知っていて、攻撃するなんて!」

 スネイプ先生はすんとすましている。「残念な事に、私はやつらとホグワーツでの同輩でな。もっとも、やつの正体を知っているのは、やつの仲間と我輩だけだったが」

 

 その時、ルーピン先生とブラックが、森の方へ駆けて行った。

 「待て、汚らわしい狼め!」スネイプ先生が叫んで追撃しようとしたが、それよりも一瞬早くオーシャンが杖を拾い上げて叫んだ。

 「緊縛せよ!混沌の鎖!」

 地面から現れた二本の鎖が、ジャラジャラと音を立ててスネイプ先生に巻き付いた。先生は身動きが取れなくなり、杖を取り落とした。

 「貴様、何のつもりだ!」

 「ちょっと大人しくしていてもらうわ」

 スネイプ先生の杖を拾おうとしたオーシャンだったが、湖の方からキャンキャンとした犬の鳴き声が聞こえて、即座にその方向に振り返った。ハリー、ハーマイオニー、ロンもそちらに気づく。

 

 「ねえ、今のって…」

 「シリウスだ」

 ハーマイオニーとハリーが呟き、ハリーはロンと顔を見合わせて頷き合った。次の瞬間、鳴き声の聞こえた方に向かって三人は走り出した。その後をオーシャンは追っていく。

 

 湖に近づくにつれて、鳴き声が徐々にか弱いものになっていくのを感じた。鳴き声が全く聞こえなくなった時、四人は湖にたどり着いた。人の姿に戻ったブラックが、湖のほとりにうずくまっていた。「やめろ…やめてくれ…」

 彼を取り囲んでいたのは、百人はゆうに超える吸魂鬼の群れだった。ヒヤリとした感覚、頭から冷水をかぶせた様な不気味な感覚が四人を襲う。ハーマイオニーは息を飲み、ロンは悲鳴を上げた。一部の吸魂鬼が、こちらに近づいてきている。

 ハリーは杖を抜いて叫んだ。「みんな、何か幸せな事を考えるんだ!オーシャン、何とか、シリウスを!」

 「分かったわ」オーシャンはハリーの頼みに応えて、何とか吸魂鬼をかいくぐってブラックに近づこうとした。行く手を黒い死神達が遮る。

 「イクス-エクスべくとー」

 

 ハッフルパフ戦の時にはうまくいった守護霊の呪文が、上手く唱えられない。たちまち幸福感が奪われていく。後方で二人の人間が倒れた音が聞こえた。心の臓が早鐘を打っている。振り返るとハリーが一人で戦っていた。杖先から、弱弱しい守護霊が現れている。ハリーに一番近い所にいた吸魂鬼が、フードを脱いだ。

 わが身のリスクと後輩の命。オーシャンは後者を取った。素早く印を切る。

 「来たりませ、来たりませ。その御力を授けませ。穢れを退け、この身に代えて、清浄なる光にて、我を守りたまえ」

 

 「破っ」の一声で、オーシャンの体に守護霊が舞い降りた。守護霊の発する光でその身は淡く輝き、吸魂鬼達が怯む。腕をひと薙ぎして彼女の周りにいた吸魂鬼を蹴散らすと、彼女は気を失いそうなハリーの元に駆け戻った。彼を囲っていた吸魂鬼を薙ぎ払い、ハリーを抱きかかえる。その時、湖の端から、聞きなれた声が聞こえた様な気がした。

 「エクスペクト・パトローナム!」

 途端に銀色の光がこちらに近づいて、ブラックに群がっていた吸魂鬼を全て追い払った。滑る様に湖を駆けていたのは、銀色に輝く牡鹿だった。

 「誰…?」静まり返った湖のほとりで気を失ったハリーを抱きかかえて、オーシャンは呟いたが、対岸にいるはずの術者を確かめる間もなく、膝から崩れ落ちてばたりと倒れた。

 




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