英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

38 / 98
炎のゴブレットと、英語ができない魔法使い
37話


ホグワーツ魔法魔術学校の六年生になる上野海(英名、オーシャン・ウェーン)は、この夏の休暇中、呪術師である父の書斎に閉じ籠っていた。

 

 先学期の終わりの出来事を経て、海は「狼人間」について自ら勉強を始めた。何と言っても「人狼」や「狼人間」についての文献は多く、またその中から「脱狼薬」の作り方を探すのは骨が折れる作業だった。

 「脱狼薬」はごく最近開発されたばかりの薬だというが、完全に狼人間を治す力はない。狼人間を完全に治す薬の開発を始める為には、まず「脱狼薬」の作り方をマスターしなければならない。

 

 それに加えて、父が連日修行だなんだと口うるさく言ってくる。

 去年、殺人犯を捕まえるためにまきびしに「透明呪文」をかけたり、足の裏に「くっつき呪文」をかけて天井に「隠れ蓑術」で隠れたりといった、忍法と魔法の合わせ技を父に話した所、とても誉められた。それは海にしか出来ない術であり、徹底的に伸ばすべきだと。そんなわけで、海は充実した夏の休暇を送っていた。

 

 脱狼薬についての複雑なノートを取り終えて筆を起き、一つ伸びをした所で突然目の前の窓がスパンと開いた。

 「やった…やったでござる!」

 「うわっ、三郎!?びっくりさせないでよ!」

 突然現れた従兄弟で忍者の三郎は、興奮した様子で懐から二枚のチケットを取り出した。

 

 嬉しいのは分かるが、英語で書いてあるチケットを目の前にされた所で、生憎海にはさっぱり意味がわからない。

 「何、それ?」

 首を傾げて聞くと、三郎は鼻息も荒く「クィディッチワールドカップの観戦チケットでござる!」と言った。「決勝戦の!」

 「あら、前に言ってたやつ、取れたのね」

 

 魔法使いの家系に生まれたにも関わらず魔法力が顕れなかった三郎は、魔法の中でも特に、箒で空を飛ぶ事に並々ならぬ憧れを持っていた。箒に乗る事が苦手な海でさえ、昔から羨望の眼差しで見られたものだ。

 そんな三郎は魔術学校の忍術部門を首席で卒業し、『十連吹き矢の三郎』として忍者界に名を馳せていた傍らで、『クィディッチ』という競技に出会った。箒で空を飛ぶ事だけでもすごい事なのに、それがさらにチームプレーのスポーツになるなんて!

 

 クィディッチのワールドカップが開かれるという情報を手に入れてから、三郎は何とか観戦チケットと休みを取得するべく、上司とにらみ合いを続けてきたという。

 最早これまでかと思われた時、決勝戦のチケットと有給の両方を獲得する事に成功したと言うのだ。

 上司に「有給をいただけなければ、退職する上にライバル組織に再就職してやる」と言った所、一発で有給を四日分貰えたという。

 

 「それでも四日しかお休みを貰えないの?忍者も大変ね」

 二人で書斎を出て居間に移動し、卓袱台を囲んでいると、母がお茶を淹れてくれた。お茶うけはお煎餅だ。

 「四日いただけただけでも十分でござる。皆が馬車馬の如く働いているのに、それ以上の休みを取るのは申し訳ないでござる…」

 

 「お休みを取るのは立派な権利よ。大手をふって、一週間くらい貰えば良かったじゃない」

 海がそう言った所で、三郎はもはや聞いていなかった。目をキラキラと輝かせ、両手で持ったチケットをしげしげと眺めている。ふとそのチケットを見て、母が会話に入ってきた。

 

 「二枚あるわね。誰と行くの?彼女?」

 聞かれて、三郎はハッとして背筋を正した。「それについて、物は相談なのでござるが!」

 「海に共に行って欲しいのでござる!本日はそのお願いに参ったのでござる!」

 チケットの一枚を海の方に差し出して三郎は言った。海はあからさまに嫌そうな顔をしている。

 

 「嫌よ、興味無いもの。他の人を誘いなさいよ」

 「そう言わず!開催地は英国であるからして、普段あちらで生活している海がいれば、鬼に金棒なのでござる!」

 昨今は英語ができる忍者も中にはいると聞くが、三郎は海と同じで英語などは全く出来ない。三郎は床に手をついて頭を下げた。「見知らぬ土地で独りは心細いのでござる!」

 

 土下座までされた所で、自分が興味の無いものに付き合うほど海はお人好しではない。どうしようか困っていると、襖が開いて風呂上がりの父が姿を現した。

 「おお、三郎ではないか。何をしている?」呼ばれて、三郎は顔を上げる。「叔父上」

 父は娘の隣に腰を下ろした。そこに母から風呂上がりの一杯が差し入れられる。

 「三郎君、クィディッチのワールドカップに海と一緒に行きたいんですって」

 それを聞き、父は娘の顔色も気にせずに膝を叩いた。

 「そうか。ならば行くぞ、海!支度をしろ!」

 父は、腰帯に挟めていた一枚のチケットを取り出した。

 

 

 

 

 

 「ポートキー」というものを使ったのは初めてだった。臍の裏側をぐいっと引っ張られるような感覚は、好きにはなれない。

 

 オーシャン・ウェーン(本名・上野海)とその父、従兄弟の三郎の三人は、クィディッチワールドカップ競技会場に隣接されているキャンプ場にたどり着いていた。キャンプ場の支払い等は全て、英国人と会話のできるオーシャンが済ませた。その間、おのぼり二人はキョロキョロとせわしなく辺りを見回していた。

 勘定をしてくれた主人は疑い深い性格らしく、今日はここで何かの集会でもあるのかと執拗に聞いてきたが、オーシャンは英語ができないふりをして(実際に英語はできないのだが)それを躱した。

 

 キャンプ場を歩いていて思ったのは、みんなテントの装飾が派手だという事だ。何故か煙突が付いていたり、噴水がある豪華な庭付きのものまである。三郎はまだ落ち着かない様子で辺りを見回していた。「すごいでござる!すごいでござる!」

 「ちょっと、止めなさいよ、三郎。ただでさえジロジロ見られるんだから、恥ずかしいわ」

 オーシャンが言った通りだった。彼女は袴に編み上げブーツと、日本においては特に目立たない『はいから』と呼ばれるスタイルだったが、父は服装には特に気を使わず呪術師の仕事着のまま。三郎なんて非魔法族に紛れる隠遁術は得意な癖に、何故か黄緑地に緑の三つ葉のクローバー柄のド派手な忍者装束を着ている。三人が通ると、テントから出てきていた人達のキョトンとした目がついてきた。

 

 森の近く、少し手前の所にテントに挟まれた空いたスペースがあり、「ueno」と書かれた小さな立て札があった。通り過ぎようとした二人に、オーシャンが声をかける。「ああ、父様、三郎、待って。どうやらここみたいよ」

 テントを立てるのは三郎に任せた。仕事柄野宿も多いので、こういう事には一番慣れている。テントが一つしか無いため父や従兄弟と一緒に寝泊まりしないといけないのがオーシャンは残念に思ったが、贅沢は言っていられない。そんなことを言い出したら三郎は進んで木の上ででも眠るだろうが、そこまでして自分の我を通そうとは思わなかった。

 

 テントが着々と出来て行くのを父と一緒に見守っているそこへ、赤毛の双子達が駆けてきた。

 「オーシャンじゃないか!」「何でワールドカップに!?クィディッチに興味無かったんじゃないのかよ!」

 「あら、二人とも久しぶりね。従兄弟がついてきて欲しいと言うものだから、仕方なく、ね」

 「何だ、海の級友か」

 言った父に二人の友人を紹介する。双子が会釈を返すと、出来上がったテントの中から派手派手しい色の三郎が姿を現した。「叔父上、出来上がったでござる」

 一瞬キョトンとした双子だったが、すぐに「おおーっ!」と声を上げて三郎に駆け寄った。

 「ゴザル!ゴザルだ!」「ニンジャだ!ニンジャがいる!」

 「んなっ!?なんでござるか!?」

 突然現れた謎の英国人に圧倒される三郎。そこにロン、ハリー、ハーマイオニーのいつもの後輩三人組が通りかかった。

 「二人とも、何をやっているんだ?」

 

 

 

 オーシャンはウィーズリー一家のテントに招待され、昼食を振舞われた。父と三郎は飯盒でご飯を炊く用意をしてくれたが、炊き上がるまで待てなかったオーシャンは、こちらでソーセージと目玉焼き、マッシュポテトをご馳走になる事にした。食卓を囲みながら、双子はウィーズリーおじさんに言った。「俺たち、ニンジャを見たんだぜ!」「オーシャンのテントにいたんだ!」

 おじさんは突然の話題に、目を丸くした。

 「ほお、ニンジャ。ご兄弟かね?」

 おじさんがオーシャンに聞いた。「従兄弟なんです。あれで日本では結構名前が知られている忍者なのよ」

 

 「ニンジャが来てるの?ああ、オーシャン、是非会わせて。会ってみたいわ」

 そう言ったのは知識欲に駈られたハーマイオニーだった。ウィーズリーおじさんがそれに首肯する。

 「ぜひ私も会ってみたい。本物のニンジャに会える事なんて、そうそう無いからね。どうだろう、夕食をご一緒出来るかな?」

 おじさんの提案に、オーシャンは笑顔を見せた。「是非、ご一緒したいわ。二人に聞いてみますね」

 フレッドとジョージがみんなより先に食べ終わったその時、森の方から手を振って歩いてくる三人組がいた。先頭は双子の兄のパーシーだが、後ろの二人に見覚えが無い。オーシャンが「誰?」とジョージに聞くと、彼はニヤっとして答えた。「何だ、俺たちの兄貴の顔も知らないのか?」

 

 パーシーはオーシャンがいる事に驚いていた。「オーシャンじゃないか。クィディッチには興味が無いんじゃなかったのか?」

 「兄弟して全く同じ事を言うのね」オーシャンは肩を竦めた。「誰だい?」と言う二人に、ウィーズリーおじさんが答えた。

 「二人はまだ会った事が無かったな。ほら、オーシャンだよ。お前たちの弟達が、大変お世話になっている」

 おじさんの言葉にオーシャンは謙遜の色を示した。ロンは曖昧に笑い、双子は反論している。「俺たちがいつお世話になったっていうんだ?」「さっぱり心当たりがないぜ?」

 「オーシャン、長男のビルと、次男のチャーリーだ。それと、パーシーは魔法省に勤め始めたんだ」

 おじさんの紹介で、オーシャンはビルとチャーリーに日本人らしい挨拶をした。パーシーにも祝いの言葉を口にする。二人の兄は兄弟から彼女の話を聞いていたそうで、笑顔で挨拶を返してくれた。

 みんなのお腹がいっぱいになった所で、何かに気づいたおじさんが立ち上がって手を振った。あちらの方から、恰幅のいい魔法使いが、ニコニコしながら歩いてくる。

 「これは、これは!ルード!」

 ルード・バグマンは、本日の三郎の衣装と負けず劣らずな服装をしていた。蜜蜂の様な色合いの縞模様のローブだ。昔はどこだかの国の何だかというクィディッチチームのメンバーとして活躍していたという話だが(オーシャンはほとんど聞き流していた)、現在は魔法省の魔法ゲーム・スポーツ部で部長を務めているそうだ。

 

 「どうだい、この天気は!雲一つ無いこんなゲーム日和は、またとないな!」

 焚火に近づいて来たバグマンにパーシーが素早く近づき、握手を求めた。

 「全部君の子供かい?」

 目を丸くしたバグマンがウィーズリーおじさんに言った。おじさんは笑った。「いや、赤毛の子だけだ。その子はパーシーだ。魔法省に勤め始めたばっかりでね-こっちはフレッドとジョージ。ビル、チャーリー、ロン、そして娘のジニーだ。こちらはロンの友人の、ハーマイオニー・グレンジャーとハリー・ポッター」

 ハリーの名前を聞いて、バグマンは僅かにぎくりとした。ウィーズリーおじさんは続けた。「-それに、オーシャン・ウェーンだ。私の家族は、数えきれないくらいこの子に世話になってるよ」

 

 言って、おじさんは快活に笑った。バグマンは不思議そうにオーシャンを見ている。オーシャンは軽い会釈を返した。

 バグマンは一転して上機嫌に、「誰か試合の結果を賭けるかね?」と言い出した。ウィーズリーおじさんはアイルランドチームが勝つ方に一ガリオン賭けて、双子は父親に止められようがお構いなしに、四つのポケットの全財産を賭けた。

 

 その後、ウィーズリーのテントでは色々な役人に出会った。

 まず、バーティ・クラウチ。パリッとした背広を着こなした初老の魔法使いはパーシーの直々の上司で、彼はこの人物に心酔している様子だった。

 アーノルド・ピーズグッドは『忘却術士』で、『魔法事故リセット部隊』の隊員だった。先学期が始まる前に、ハリーが自分のおばさんを風船にしてしまった事故もこの魔法使いの手によって、おばさんの記憶から忘却されていた。

 最後に挨拶に来たのは、ボードとクローカーという名前の『無言者』だという。

 「え、なんですか?」

 ハリーとオーシャンが声を揃えて聞くと、ウィーズリーおじさんも首を傾げて答えた。

 「『神秘部』に所属している。一体あの部門は何をしているのやら、私たちにも分からん。極秘事項だ」

 

 夕方が近づくにつれて、人々の興奮が高まっていた。魔法の印や花火があちらこちらで上がり、その辺の至る所に行商人が「姿現し」して、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は買い物を楽しんでいた。背後から突然聞こえた三郎の声に、オーシャンは飛び上がった。「海、海!」「-ひゃあ!何よ、三郎。びっくりするから気配を消してまで近づかないで!」

 「拙者も!拙者も買い物したいのでござる!ついてきてほしいのでござる!」

 「…えぇ?お金は?」

 思い切り嫌そうな顔をしたオーシャンに、三郎は今までにない熱意を持って言った。

 「今日の為に、コツコツ貯めてきた金子を下ろしてきたのでござる!上野家の生活費半年分くらいは持っているのでござる!」

 「…換金した時、妙に多いと思ったわ。-で、何が欲しいの?」

 

 ため息を吐いたオーシャンが三郎と買い物をしていると、どこか森の方から重厚な鐘の音が聞こえてきた。人々がそちらを振り返ると、赤と緑のランタンが森の中でぽつぽつと灯って、競技場までの道のりを示していた。三郎の叔父が、テントからバッと飛び出してきて、オーシャンと三郎に向かって叫んだ。

 「さあ、行くぞ!」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。