英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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41話

 列車がホグワーツに着く頃には、外にはどしゃ降りの雨が降っていた。ずぶ濡れになった生徒達を、諸先生と温かい食事が出迎える。組み分けの儀式が終わって食事の段になると、ダンブルドア校長の一言を賜った。「思いっきり、搔っ込め」

 「いいぞ、いいぞ!」校長の一言を合図にしたかのように、目の前の金の食器に多種多様な食事が並んだ。腹ペコの生徒達が我先にと、自分の皿に料理を取り分けて行く。

 「ああ、やっと落ち着いた」

 マッシュポテトを口いっぱいに頬張ったロンが言ったので、オーシャンはやんわりと微笑みかけながら、彼に飲み物を差し出した。「そんなに急いで食べてたら、喉が詰まってしまうわよ。食べ物は逃げないんだから、落ち着いて食べなさい」

 

 そう言った彼女を、ロンは口を食べ物で膨らませたまま、ジト目で睨んだ。

 「もう僕たち、四年生なんだぜ?いつまでもママみたいに世話を焼かなくたっていいじゃないか」

 そう言いつつも、オーシャンが差し出した飲み物はしっかりと受け取っている。そんな風に言われると思ってなかったオーシャンは、面食らってしまった。反対隣りに座っている双子の兄が、ケラケラと笑っている。

 「おっと、坊やも言う様になったもんだぜ」「そういう事だ。オーシャン、残念だが、これも時間の流れさ」

 

 すると、グリフィンドールの幽霊「ほとんど首なしニック」が現れて、美味しそうに食べているロンの斜め迎えに腰を据えた。隣にはハーマイオニーが座っている。

 「気持ちのいい食べっぷりですな。実に羨ましい。-今夜はご馳走が出ただけでも、運が良かったのですよ」

 「先ほど、厨房でちょっと揉めましてね」言ったニックに、ハリーが聞く。「何があったの?」

 「ピーブズですよ、また。いつものやつです。自分も祝宴に参加したいと駄々をこねましてね。しかし、彼はあの通りの粗暴者でしょう?『ゴースト評議会』を開いて話し合ったのですが、ピーブズの主張は『血みどろ男爵』に却下されましたよ。バッサリと。私もその方が賢明だと思いましたね」

 

 「なるほど、ピーブズの奴、だからあんなことしてきたのか」

 ロンが言った。祝宴の前、生徒でごった返している玄関ホールに、ピーブズは水風船で爆撃を仕掛けてきたのだ。最初の一、二発が破裂した後は、オーシャンの手によって、落ちてくる前に全て回収されたが。

 「それで、ピーブズは厨房で何を?」

 「いつもの通りですよ」ハリーの質問に、ニックは、うんざりだとでも言いたげに答えた。

 「皿や鍋をひっくり返しての大暴れ。厨房の中はスープの海。屋敷しもべ妖精たちはソースまみれ-」

 

 ニックの言葉に、ハーマイオニーが愕然として、ゴブレットをひっくり返してしまった。

 「ホグワーツに屋敷しもべ妖精がいるっていうの?」

 「さよう。イギリス中のどこの屋敷よりもいるのではありませんかな?百人以上は」

 「私、一人も見た事無いわ!」さも当たり前に言ったニックに、ハーマイオニーが声を荒げる。

 「日中は滅多に厨房から離れません。夜中になると出てきて、掃除をしたり、火の始末をしたり…。生徒達に存在を気づかれない、優秀な屋敷しもべ妖精ばかりですよ。ここにいるのは」

 「でも、彼らはちゃんとお給料とか、お休みとか、貰っているのよね?」

 ハーマイオニーが確認する様に聞いたのを、ニックは笑って一蹴した。「屋敷しもべはそんなもの、望んでいませんよ!」

 

 ハーマイオニーは目の前の豪華な料理を見渡した。「そんなの、奴隷労働よ!」

 そう言ったきり、唇を真一文字に結んで、むっつりと黙り込んだ。

 「ほら、ハーマイオニー。プディングだよ!」タイミングを見計らった様に出てきた数々のデザートの類で、ロンが彼女を誘い出す様に言った。しかし、糖蜜パイを彼女にすすめようとした所で、その目が鋭い一瞥を投げかけてきたので、ロンもそれ以降はすっかり諦めてしまった。

 「あらあら」

 やりとりを見ていたオーシャンはころころと笑う。すっかり大人になった気でいるロンだが、そういう所は昔と全然変わっていないのだ。

 

 みんながデザートを食べ終えて皿が綺麗になると、ダンブルドア校長が再び立ち上がった。

 「みんな、よく食べた様じゃの。さて、今年もいくつか注意事項がある。ベッドに入る前に、しばしの間お耳を拝借しようかの」

 注意事項。これまでの校内持ち込み禁止の品に、何品かが新たに加わった事。(フレッドとジョージが目を見合わせた。)例年通り、『禁じられた森』には立ち入り禁止。ホグズミードにも、三年生になるまでは禁止。更に驚くべきは、次の事項だった。

 「寮対抗クィディッチ試合も、今年は取りやめになる。これをわしの口から伝えるのは、辛い事だがの」

 

 生徒達から、驚きの声と大ブーイングが起こった。グリフィンドールのクィディッチチームであるハリーと双子のウィーズリーは驚いて物も言えない様子で、口をあんぐりと開けている。

 ブーイングの嵐を制して、ダンブルドア校長は続けた。

 「この決定は、十月に始まり、今学期一杯続く一大イベントの為じゃ。先生方も、授業以外はほとんどこれの準備にかかりきりになる。-とはいえ、君達はそんなに肩を落とす必要はないぞい。君達も、大いにこの催しを楽しめる事だと思う。ではそのイベントとは何か、発表するとしよう。今年ホグワーツで-」

 

 その時、校長の言葉を遮って、突然大広間の扉が勢いよく開いた。

 生徒達がみんな、扉をいっせいに振り向いた。その視線の先には、真っ黒い外套を着た男が杖に寄りかかって立っている。

 全員の視線を集める様に、その男はゆっくりと教職員テーブルに向かって歩き出した。歩くたびに、片方の足がこつっこつっ、と高らかな音を立てている。木製の、簡素な義足がチラリと見えた。

 

 ダンブルドア校長は、その男の手を取って迎えた。固い握手を交わしながら、二人は二言三言、短い会話をした。

 「新しい『闇の魔術に対する防衛術』の先生を紹介しよう」

 握手を解いた校長先生が、生徒達に言った。「ムーディ先生じゃ」

 オーシャンは儀礼的な拍手をしたが、周りからは拍手の音が聞こえなかった。みんなムーディ先生の纏う、不気味とも言える雰囲気に中てられた様に、身じろぎ一つしない。ただ、教職員テーブルにいるダンブルドア校長とハグリッドの二人だけが、温かい拍手を贈った。ムーディ先生本人はといえば、そんなことには無頓着な様で、無言で席に着くと目の前の皿に出てきた料理を、自前の小刀を使って食べ始めた。ロンやジョージが、ひそひそと話し出した。

 

 「マッド-アイ・ムーディ?」

 「今朝パパが助けに行った人も、そんな名前だったよな?」

 新しい先生の事をひそひそと話し始めた生徒達の意識を咳払い一つでそちらに戻して、ダンブルドア校長は言った。「さて、どこまで話したかの?…おお、そうじゃ」

 校長先生はにっこりとした。

 「まさに百数年ぶりに、今年、ホグワーツで三大魔法学校対抗試合を行う」

 

 校長の言葉を聞いた途端、大広間に歓声が弾けた。フレッドが反射的に立ち上がり、「ご冗談でしょう!?」と叫んだので、オーシャンは思わぬ不意打ちに驚いて、肩を震わせた。

 「Mr.ウィーズリー。わしは冗談など言ってはおらぬ」ダンブルドア校長は壇上から、にこやかにフレッドに話しかける。

 「三大魔法学校対抗試合?なぁに、それ?」フレッドとは対照的に、不思議そうに首を傾げているのは、オーシャンとハリーの二人だ。ハーマイオニーでさえも、喜びを顔に出している。きっと、何かの文献で読んだに違いない。

 

 校長の説明によると、三大魔法学校対抗試合とは、ヨーロッパの三校の魔法学校、つまり、ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの代表選手が、三つの魔法競技で競い合うという五年に一度のイベントであるらしい。三つの魔法学校の絆を深める事が目的とされる。百年前には夥しい死者が出て、それ以来開催していなかったが、この度魔法省の「国際魔法協力部」と「魔法ゲーム・スポーツ部」との協力の下、復活する運びとなった。

 「ボーバトンとダームストラングの校長が、各校の代表選手の最終候補生十人を連れて、十月にホグワーツへ来校する。ハロウィーンの日に、三校同時に代表選手の選抜を行う。選ばれた生徒は、優勝杯、学校の栄誉、そして優勝者個人に与えられる、一千ガリオンのために戦うのじゃ」

 

 双子は決意を固めて、「エントリーするぞ!」と、声を大にして叫んだ。隣に座っているオーシャンが、耳をふさぐ。「さっきも思ったけど、いきなり大きな声出さないでよ!私の耳をおかしくする気なの!?」

 

 「ただし、危険が伴う行事であるからして、今年の開催では、代表選手に年齢制限を設ける事にした。つまり、十七歳以上だけが、代表選手に名乗りを上げる事が許される」

 今度は一斉に、ブーイングが起こった。フレッド、ジョージも、期待に胸を膨らませた分、その落胆ぶりがすごかった。「そりゃないぜ!」「俺達は、あと何か月かで十七歳だぞ!こんな事ってあるか!?」

 

 少し声を大きくして、校長は続けた。

 「今回の措置は、各校の校長と、魔法省のお役人と決定した事項じゃ。課題は全てが困難を極め、六年生、七年生以下の者がそれをやりおおせるとは考えにくい」

 十七歳以下の者が、選手選考の審査員を出し抜こうとしたりしない様に、校長自らが目を光らせるとのことだった。その目がぶんむくれているフレッドとジョージを見た。

 十月にボーバトンとダームストラングから、代表選手候補団が到着するので、生徒達は皆、礼儀を持って温かく出迎える様に、との忠告をした後、宴会はお開きになった。

 フレッドとジョージは、代表選手にエントリーする事すら叶わずにプリプリしている。彼ら以外にも多くの生徒が、がっかり肩を落としたり、決意に拳を固めたりしている。

 

 「そんなにみんな、栄光が欲しいのね。何だか、この正直さが、時々羨ましいわ」

 アンジェリーナ達と歩きながら、オーシャンは言った。日本人には内向的な性格の人が多く、イベント事にも、あまり多くの人が立候補したりしない。あるいは、立候補したくても自ら早々に「無理だ」と判断して、その内情は口に出さない、いわゆる恥ずかしがり屋が多い。三校魔法対抗試合の代表選手なんて、日本では貧乏くじ的に押し付けられそうだ。

 

 「オーシャン、立候補したらいいのに!丁度十月で十七歳でしょう?オーシャンなら、絶対優勝よ!」オーシャンを半ば崇拝しているアンジェリーナが言った。

 「いやよ、面倒くさいもの…あれ?私、誕生日貴女に教えたかしら?」

 話したことは無い個人情報に首を傾げていると、アンジェリーナはにっこりして答えた。「あなた、私より一日お姉さんなのよ。知ってた?」

 


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