英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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48話

 自分がセドリックとダンスパーティーに行く事で、ハリーは無事にチョウ・チャンとパーティに行けるだろう。そう考えての事だったのだが、それ以来ウィーズリーの男子共が妙にツンツンしている。確かに双子の誘いを断っておいてセドリックの誘いに乗った事は今になってみればちょっと悪いかな、とは思った。しかし、何故ロンまでが怒っているのだろう。

 

 「ハーマイオニーを誘ったんだけど、『他の人と行く』って断られたらしいの。ロンったら、それが嘘だって怒っているのよ」

 「それが私に何の関係があるっていうのよ」

 事情を知るジニーに話を聞きながら、オーシャンは散らばっていた魔法のチェス駒を拾い上げた。最近やっとルールを覚え始めたので、こうしてたまにジニーに指導してもらいながら遊んでいるのだ。オーシャンが並べ直したところで、ジニーがキングとクイーンの配置を正しく戻す。

 

 「ロンに言わせれば、ハーマイオニーが自分に嘘をついているっていうのに、オーシャンまで、ハリーのライバルのセドリック・ディゴリーとダンスパーティーに行くって言い出すんですもの。純粋に面白くないのよ」

 先手をジニーに譲られる。オーシャンはポーンを前に進めた。

 「ほとんど八つ当たりじゃない。しょうがない子ね…。ところで、ハリーは無事にチョウ・チャンを誘えたのかしら」

 「本人に聞いたらどう?」

 ジニーの視線を追って振り返ると、ちょうどハリーとロンが談話室に入ってきた所だった。分かりやすく満面の笑みを浮かべている所からして、どうやら首尾よくいったらしい。ジニーがナイトを先へ進めた。

 

 

 

 

 クリスマスに学校へ残る生徒の数は今までよりずっと多かった。パーティーの為に四年生以上の生徒のほとんどが休暇を寮で過ごすのだと考えれば、それも当然だが。

 夜に控えているクリスマスパーティーまで男子共が雪合戦をして遊んでいるのを、オーシャンとハーマイオニーは少し離れた所で見ていた。寒さしのぎの対策として、ハーマイオニーはお得意の青い炎を瓶に入れて持ってきていた。

 「オーシャンがまさか、セドリック・ディゴリーと一緒にパーティーに行くなんて思いもしなかったわ。まあ、ほとんどそのおかげでハリーはチョウとパーティーを楽しめる訳だけど」

 

 ハーマイオニーがおもむろに言った。「オーシャンはそれでいいの?」

 「何故?」

 「あなた自身は、セドリック・ディゴリーと一緒にパーティーに行きたかったわけじゃないでしょう?」

 「ハリーが幸せであれば、それでいいじゃない」

 「…ハリーの幸せ、ねえ。その代わり、フレッドとジョージは幸せそうじゃないけれど」

 「それを言うなら、ロンもじゃない?」

 ロンが丁度、双子の兄達の雪玉に倒れた所だった。

 

 「ロンにもハリーにも言えない様な相手。少なくとも、あの二人がいい顔をしないであろう相手なのね。代表選手のライバルとか、他のクィディッチチームのメンバーとか」

 今夜のハーマイオニーのダンスの相手の話だ。彼女は少し頬を染めて、オーシャンを睨んだ。可愛い事この上ない。

 「…意地悪な言い方するのね」

 オーシャンはその反応を見て笑った。この可愛い後輩のダンスの相手は、今夜における最高の幸せ者だろう。

 「ごめんなさい。好きな子程、いじめたくなるの」

 

 夕方になると手元も暗くなってきたので、みんな寮へ引き上げた。談話室へ通じる隠し扉にかけてある絵画『太った婦人』は、別の絵画から訪ねて来た友人と一足先に盛り上がっていた様だった。

 ほろ酔い気分の婦人に合言葉を言って中に入ると、談話室は閑散としていた。多分みんな、寝室で今夜のパーティーの支度の真っ最中に違いない。ハリーやフレッドとジョージも寝室へ上がっていき、一人取り残されたオーシャンは押し寄せてくる不安にため息を吐いた。振袖でどうやってワルツを踊れと言うのだ。

 

 寝室へ上がり先にノックをすると、部屋の中からアンジェリーナの声が答えた。「いいわよ」と言うので、ドアを開けて寝室に入る。

 「オーシャン、遅かったじゃない。早くしないと間に合わなくなるわよ」

 そう言う彼女は、華やかなローブに身を包み、鏡を見ながら髪の毛を梳かしていた。部屋の奥にパーテーションが置いてあり、その上にはアンジェリーナが脱いだローブが置きっぱなしになっていた。

 「アンジェリーナ、忘れているわよ」

 黒い学用ローブをアンジェリーナに渡して、オーシャンはパーテーションの向こう側で荷物を解いた。襦袢に振袖、帯に小物が色々。

 

 そう言えば、足元の事を忘れていた。今持っている学用の履物と言えば革靴であり、振袖に合わせるには些かTPOに欠ける。

 どうしよう、と荷物をひっくり返した所で、夏の休暇で着た袴とブーツが出てきた。足元とダンスステップの問題が一気に解決する。

 

 着替え終わるやいなや、アンジェリーナの賛辞が止まらなかった。曰く、「今夜の主役はあなたよ!」とか、「私がディゴリーになりたいくらい!」とかだ。彼女の方は、鮮やかな赤色のドレスローブに身を包んでいる。情熱的な赤色だが、扇情的であり上品な所もあるそのドレスは、彼女のイメージにぴったりと合っていた。

 

 アンジェリーナと一緒に寝室を出て螺旋階段を下りる。階下にいるフレッドとジョージがその音に反応して、こちらを見上げた。フレッドはアンジェリーナとパーティーに行く約束をしている。

 「やっとかよ、アンジェリーナ。また白髭が生えちまうかと-」

 双子はこちらを見上げて、目を見開いて硬直した。 

 

 アンジェリーナが双子に言い返す。「乙女は時間がかかるものなのよ。黙って待てないの?」

 「じゃあ、行きましょうか」オーシャンが言い、四人連れ立って寮を出て玄関ホールへ向かった。ジョージのダンス相手であるアリシアと、オーシャンの相手のセドリックとは玄関ホールで待ち合わせている。

 

 待ち合わせ場所へ向かっている間も、双子は不思議な事に一言も発しなかった。これはホグワーツの悪名高い悪戯双子らしからぬ反応である。

 「二人共、熱でもあるの?さっきからやけに静かで気味が悪いわ」

 オーシャンが後ろを歩いている双子を振り返って言うと、二人は一瞬ぎくり、とした。「い、いや…」「何でもないよ…」それぞれ言って、オーシャンからパッと視線を逸らす。オーシャンの隣を歩いていたアンジェリーナが足を止めて、ははぁん、と目を眇めた。

 

 「アンタ達、あんまりオーシャンにばっかり見惚れてたら駄目よ。今夜はそれぞれ、相手がいるんだから」二人の顔を見て言ったアンジェリーナは、また前を向こうとして、再び振り返った。「ていうか!私の方がオーシャンの相手をさせてもらいたいわよ!」

 「もう、アンジェリーナったら」

 オーシャンの微笑みに、ふと、双子の表情がヴィーラにでも魅せられたかのようになった。

 

 

 階段を下りると玄関ホールだ。大勢の生徒がそこで待ち合わせをしていて、そこにはハリーとロンの姿もあった。ロンのローブの袖は、何やら少しボロボロになっている様に見えるが、果たしてどうしたと言うのだろう。

 セドリックの姿はすぐに分かった。ダンス相手を待っている人波の中で、明らかに女子の視線を集めている。自分のパートナーをそっちのけで、凛とした立ち姿に見入っている女の子もいた。

 

 「じゃあ、行ってくるわね」

 友人達に行って階段を下りると、セドリックはオーシャンの足音にすぐに気づいて振り向いた。

 「やあ-あ…」

 近づいたオーシャンの姿を見て、セドリックは一瞬口ごもったが、すぐに笑顔で言った。

 「とても素敵だ。綺麗だね」

 あまりにもストレートに褒められたので少し気恥ずかしかったが、オーシャンもいつもの笑顔でセドリックに賛辞を返す。

 「ありがとう、貴方もとっても素敵よ」

 

 セドリックが照れながら腕を差し出す。最初何を求められているかが分からずに首を傾げてしまったオーシャンだったが、周りの参加者を見てすぐに理解して、セドリックが差し出した腕を取った。日本ではそうそうエスコートなんてされない。彼に悟られずに歩調を合わせるのは、存外難しかった。

 

 大広間には色とりどりの花が咲き誇っている様だった。子供の頃憧れた、英国の舞踏会。その中に迷い込んでしまった一人の日本人。女の子たちのドレスの花びらが、オーシャンに一瞬この中に入ることを躊躇わせた。

 入り口で足の止まったオーシャンに気づいて、セドリックも足を止めた。

 「…私、やっぱり浮いているかしら」

 オーシャンの視線の先には、色鮮やかなドレスを身に纏った女子達が、自分のパートナーと楽しくおしゃべりをしている。セドリックが、腕を解いてオーシャンの手を引いた。

 「そんな事無いよ。行こう」

 

 「代表選手はこちらへ!」

 マクゴナガル先生の声が響いて、四人の代表選手とそのパートナーは審査員テーブルに近づいた。ハリーとチョウは、何だかムードが良くない様子だ。おまけに、一瞬目が合ったチョウ・チャンには何故か軽く睨まれた気がした。

 

 ビクトール・クラムの隣に立つのは、誰あろう、ハーマイオニーだ。

 夏に一度見せてくれた明るいブルーのドレスを着込んだ彼女は淑女然としていて、髪の毛を何とか美しくまとめて結い上げていた。こんなハーマイオニーを見れば、ロンの心臓なんて止まってしまうかもしれない。目が合うと、彼女はオーシャンににっこりと笑いかけた。そんな彼女は最高に可愛い。今夜の席では間違いなく一等賞だった。(オーシャン・ウェーン調べ)

 

 審査席のクラウチ氏の席には、何故かパーシー・ウィーズリーがいた。ハリーがその隣に座る。各校の生徒が自分達の校長の隣に座るので、セドリックとオーシャンもダンブルドア校長とルード・バグマンの隣に収まる。

 審査員と代表選手達の前には磨き上げられた金の皿が用意されている。フォークとスプーンまで用意されているが、肝心の食事はまだ出てきていなかった。おもむろにダンブルドア校長が、自分の皿に向かって「ポークチョップ」と言うと、次の瞬間には注文通りにポークチョップが出て来た。

 

 みんな合点がいって同じ方法で注文をしては、金食器は要望通りの食事を出した。どれも出来立ての状態で出てくるので、とても美味しそうである。

 セドリックがローストチキンを注文した隣で、オーシャンは恐れおののいていた。こんな事が起こるなんて…!このクリスマスディナーは、恋しい日本食に触れられるかもしれない、数少ないチャンスだった。

 「頼まないの?」セドリックが聞く。

 「これ…何でも注文していいのかしら…?」

 「好きな物を頼むがよいぞ」オーシャンの呟きを拾ったダンブルドア校長が、にっこりと言った。

 

 「では…お寿司を」

 ドキドキしながらこほんと一つ咳払いをして注文をすると、オーシャンの望み通りの握り寿司が出て来た。サーモン、赤身にはまちにえんがわ。うにの軍艦巻きまである。きちんと醤油もついてきた。

 オーシャンは感動に声を無くした。久しぶりの白いお米!ぷりぷりの新鮮なお魚と酢飯が奏でるハーモニー!赤身を口に運んでみると、丁度いい具合にツンと効いたわさびの香りが鼻腔を抜ける。その刺激と懐かしさは、彼女の目頭を熱くした。

 セドリック・ディゴリーは、ディナーを食べながら突然涙を流し始めたパートナーに、困惑の色を隠せないのだった。

 





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