英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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49話

 ダンスは心配していた程酷くは無かった。マクゴナガル先生が先日、授業が終わった後にみんなに軽く指導してくれたお陰もあるが、セドリックはダンスに慣れないオーシャンを優しくリードしてくれた。

 ゆったりしたスローテンポの曲が終わってホッと一息吐いたオーシャンだったが、すぐに少し速めのテンポの曲が始まった。踊り慣れていない身でこの曲についていけるか不安に思った彼女を察した様に、セドリックは「少し休もうか?」と言った。

 

 「少し、風に当たって話そう」

 二人は飲み物を持って外に出た。大広間から出る時に、テーブルに着いてつまらなさそうな顔をしているハリーと、悪鬼の様な表情でダンスホールを睨みつけるロンの姿をチラリと見つけたが、話しかける暇は無かった。二人のパートナーが見当たらなかったが、一体どうしたのだろう?

 

 玄関ホールを出ると目の前はまるで貴族の庭園の様だった。灌木の中にはいくつもの散歩道が伸びていて、至る所にバラの花が咲き誇っている。どこからか噴水の音が聞こえてきて、点々と置かれたベンチには彫刻が施され、腰掛けた恋人たちが愛を語り合っている(様に見えた)。

 

 ゆっくりと歩きながら、オーシャンは感嘆の声を漏らした。これは、夢にまで見たヴェルサイユ宮殿の庭(ただし想像)にそっくりだった。この素晴らしい庭園を、あの華やかなドレスで歩けたら、どれほど素晴らしかっただろう。

 「やっぱり、ドレスを新調してくるべきだったわ…」

 美しいバラのアーチを見上げながら呟いたオーシャンの横顔に、セドリックが言った。

 「キモノは日本のドレスだろう?そのままでも君は十分素敵だと思うけれど…」

 「違うの。そういう事じゃなくて…何て言うのかしら…わびさびの問題、というか」

 

 バラを見上げながら言い返したオーシャンに、セドリックは神妙な顔をして首を傾げた。ドレスと英国庭園の素晴らしい関係性は、きっと一夜では語り切れない。

 

 しばらく二人は無言で歩いていたが、やがてセドリックの方から話し出した。

 「君の魔法、凄いんだね。選手席から見てたけど、あんな魔法は見た事無いよ」

 「えっ…?-ああ、」

 突然言われて戸惑ったオーシャンだったが、すぐに、第一の試合の対ドラゴン戦の時の事だと思い当たった。今思えば、完全にやっちまったものである。

 

 「試合妨害をする気では無かったのよ…。でも、あの時は考えるより先に体が動いちゃって…貴方達の方がよっぽど勇敢よ」

 言ったオーシャンを遮って、セドリックが言った。「とんでもない!」

 「三校対抗試合の代表選手が、何だって言うんだ!一匹のドラゴンを出し抜くのにも精一杯だってのに、君はそれをいとも簡単にやってのけた上に、あの場で大勢の生徒を守ったんだ!勇敢なのは君の方だよ!」

 セドリックがやや興奮気味に言ったのに対して、オーシャンは首を傾げる。「さあ、どうかしら…」

 

 「火の魔法と氷雪の魔法は、日本では初歩の初歩よ。あの程度の氷壁は、水柱があれば誰でも作れるわ」

 「だ、誰でも?それ、本当?」

 「ええ」

 「へえ…」セドリックが感心した声を出した所で、空いているベンチを見つけた。彼に手で促されたので、初めてのレディーファーストに慄きながら、オーシャンは座った。隣にセドリックも腰掛ける。

 「もっと日本の事を話してよ。最近日本でのニュースとか、何か無いの?」

 セドリックに言われてオーシャンは少し悩んだ。そして、この夏に父から聞いた事っを思い出した。

 

 「最近で言うと…嫁小人問題かしら…」

 「嫁小人?」

 「ある錬金術師が、自分が好きなマンガのヒロインそっくりの生命を創ったの」

 「ホムンクルスってやつか」

 「問題なのが、ただの『小人』としてじゃなく、自分の『嫁』としてその生命を創り上げたって事よ。真似をして自分の『嫁』を作り出す錬金術師や、それに目をつけてビジネスまで始める人まで出てきて、日本では近年結婚率が下がっているのよ」

 術士達がこぞって『嫁』として創った『小人』なので、『嫁小人』と言われている。それは日本の魔法省でも話題に上がっていて、早急に何かしらの対応策を施すという話だ。それでも嫁小人を創り出す錬金術師は後を絶たず、ついに女性の錬金術師による『彼小人』まで出来上がったらしい。

 

 「結婚率は下がったっていうけど、出生率は変わらないんじゃないのか?『嫁』として創った小人ならもちろん、その-」

 その先はさすがのセドリックも言葉を濁してしまった。彼が聞きたかった事を汲み取って、オーシャンは笑顔で言った。

 「小人に総じて生殖機能は無いから、出生率はダダ下がりよ」

 「わお。とってもクレイジーだね」

 もちろん『生殖能力を持った小人を』と、恐れ多くも神の御業に挑戦しようとした錬金術師はもれなく逮捕されている。何が彼らをそこまで突き動かすのだろう。

 

 話に花を咲かせていた所で、セドリックが一つ、控えめにくしゃみをした。「ごめん」照れたようにこちらを見る。

 「いいえ。…少し風が出て来たかしら。中に戻りましょうか」

 オーシャンが言った言葉に遠慮がちに頷いて、彼らは立ち上がった。オーシャンが先に立って歩き出した所で、セドリックに呼び止められる。

 「ちょっと、聞いていいかい?」

 「なあに?」

 オーシャンが肩で振り向くと、セドリックは意を決した表情でこちらを見つめて立ち尽くしていた。オーシャンの方も彼にきちんと向き直る。

 

 「-君は去年、ルーピン先生の事が好きだったって聞いたんだけど、もしかして、今も…?」

 オーシャンは一つ笑って答えた。「ええ。敬愛しているわ」

 

 それからダンスホールに戻って、セドリックとダンスを楽しんだ。途中フレッドとジョージに見つかって攫われそうになったが、結果的にはアンジェリーナに手を取られて、女同士のダンスを楽しんだ。

 演奏が終わった頃には真夜中を過ぎていた。生徒達が寮へと帰っていく人波の中にハリーの後ろ頭を見つけて、オーシャンはセドリックに別れを告げようとした。すると、セドリックの方から「ちょっと待ってて」と言って、ハリーの背中を追いかけだしたのだ。

 

 残されたオーシャンはぽつねんと立ち尽くしたが、ふと視線を感じて振り返った。チョウ・チャンがこちらをじっと見つめていた。

 「こんばんわ」

 目が合ったのでこちらから声をかけたが、すぐにそっぽを向いて歩いて行ってしまった。何かを言いたげな顔をしていたが、何か気に障る事をしただろうか?

 程無くして戻ってきたセドリックとおやすみを言い合って、二人はそれぞれの寮へと帰って行った。

 

 

 次の日は、学校中がなんだかぼうっとしていた。夜が明けてみんながダンスパーティーの夢から覚め、現実に戻ってきて鬱々としている様だった。

 ハーマイオニーの髪はまた元通りになっていて、あの一夜の為になんとか言う魔法薬で直毛にしていたのだという事をオーシャンは教えてもらった。

 ハリーとロンは、昨日の夜に偶然に耳にしたという話を聞かせてくれた。ハグリッドとボーバトンの校長、マダム・マクシームがあの庭園で仲睦まじく話していたというのだ。二人は途中まで、非常に良い雰囲気だったという。

 

 「何だか意外ね。ハグリッドはもっと素朴な感じの人が好みかと思ってたわ」

 マダムの様な、どこかお高くとまった感じの人間とは馬が合わないのだろうと思っていた-オーシャンはそう言ったが、どうやら事情はもっと複雑な様だ。

 ハグリッドは自分の事を半巨人だと告白し、自分と同じ種族には初めて出会ったとマダムに語ったという。マダムはハグリッドの言葉に憤慨し、自分は常人より少し骨が太いだけだと言い捨ててその場を後にしたという。マダムとハグリッドの体格を見比べる限り、苦しすぎる言い逃れだ。

 

 それを聞いても、ハーマイオニーはさして驚いていない様子だった。

 「そうだろうと思っていたわ。そんな事でヒステリーになるなんて、マダムはどうかしてるわよ。全部が全部恐ろしい訳じゃないのに…狼人間に対する偏見と同じよ」

 最後の言葉を言った時、彼女はオーシャンの顔をチラリと見た。オーシャンの脳裏に、昨日のセドリックからの質問が蘇った。-「もしかして、今でも…?」

 

 光陰矢の如し。新しい学期が始まった。今回のクリスマス休暇はほとんどの生徒が学校に残っていたので、休暇が明けても校内はあまり変わり映えしなかったが、また勉強の日々が始まった。

 朝食の時間にふくろう達が手紙を運んできた。ハーマイオニーの所にも、日刊予言者新聞が運ばれてくる。食事を勧めながらペラペラと紙面を手繰った彼女は、突然、正面でパンを頬張るオーシャンに声をかけた。

 

 「ねえ、オーシャン。これ、見て!」

 「何が書いてあるの?読めないわ」最近みんなが(時には先生でさえも)、オーシャンは英語が出来ないという事を忘れているので、もはや読めない事に開き直ったオーシャンだった。ハーマイオニーはため息を一つ吐いて、紙面を読み上げ始める。

 

【今年、百数年ぶりに三大魔法学校対抗試合が催されているホグワーツ魔法魔術学校には近年、日本のとても可愛い女の子が留学に来ている。頭脳明晰にして笑顔がとてもチャーミングなウミ・ウエノは、同校の校長、アルバス・ダンブルドアに「少々やんちゃな所が玉に瑕」と評価されている】

 

 「笑顔がとってもチャーミングなんて、照れちゃうわ」

 ざっと聞き流したが、オーシャンがハリーとセドリックの二股をかけている上に、先学期に教鞭を取っていた狼人間とも関係があり、危険行動を繰り返す人物として書いた記事で、オーシャンが頭のおかしい要注意人物とされていた。

 隣に座っていた双子達がいきり立った。「何だよ、その記事!誰が書いてるんだ!?」

 非難の声を上げる双子を、当のオーシャンが宥めすかす。「貴方達、落ち着きなさい。らしくないわ、こんなことで大声を上げて」

 

 「お前、こんな風に言われて悔しくないのかよ!」二人は声を揃えたが、言われたオーシャンは牛乳をお茶の様に、音を立てずに啜った。

 「いつもの貴方達だったら、こんな記事くらい笑い飛ばすはずでしょう?でも、そうね-」オーシャンは一呼吸置いて、カップをテーブルに置いた。

 

 「浅い知識で狼人間の事をとやかく書いているのが許せないわ。事務所に、髪が伸びて絡みついてくる市松人形でも送りつけてやろうかしら」

 




皆さまご愛読、評価ありがとうございます!

どうでもいい設定
・日本アイテム【市松人形】
 一家に一台いる可愛らしい人形。嫌がらせをしたい相手の人形に呪いをかけると、もれなく真夜中に髪が伸びる。しかし深夜にひとりでに枕元まで歩いてくる奴が一番ヤバい

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