英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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52話

 「ハリー。ハリーったら。…もう、そろそろ機嫌を直して頂戴」

 ホグズミードからの帰り道、いきなり名付け親に炎を浴びせて燃え上がらせたオーシャンに怒りが収まらず、ハリーは彼女と話をしない様にしていた。彼は親友二人とオーシャンを背中にして、一人で一歩前を歩いている。その肩が今までになく怒っていた。

 

 確かによくよく考えれば、説明してから実験をするべきであった。いきなり親に向けて杖を突き付けられて、愉快である子があるものか。それに加えて、いつまでも臍を曲げているハリーに向かって、「子供じゃないんだから」と口を滑らせてしまえば、ハリーの怒りはとどまるところを知らなかった。

 

 「悪かったと思ってるわ。あの『身代わりの藁人形』は、貴方の為に作ったのよ。次の試合では何があるか分からないんだから-」

 「いつまでも子ども扱いしてるのはどっちなんだ!?僕の事は放っておいてくれよ!」

 そう言ってハリーはすたすた歩いて行ってしまった。その後ろ姿とオーシャンを見比べる、ロンとハーマイオニー。オーシャンは頭を抱えて二人に言った。

 「…ハァ。私の事は気にしないで」

 僅かに迷った二人だったが、すぐに親友を追って行った。オーシャンは一人で歩きながら、尚も頭を抱える。結局、彼の為に完成させた人形は、その手に渡らなかったのである。 

 

 

 火曜の朝、ハーマイオニーが朝食の席で悲鳴を上げた。

 「あー!」

 大粒の涙を流した彼女の手は、手紙に入っていた液体でべとべとになり、赤くボコボコと腫れあがって痛々しいものになっていた。ハーマイオニーの手と手紙に残っている液体を見て、オーシャンが言う。

 「『腫れ草』の膿の原液ね。すぐに医務室に行きましょう。さあ、立って」

 彼女を介助し、オーシャンとハーマイオニーは大広間を出た。

 

 医務室に向かって歩きながら話を聞いている内に、どういう訳でこんな事態になったのかをオーシャンは理解した。『日刊予言者新聞』の、ハーマイオニーがハリーとクラムの心を弄んでいるとされた記事を信じた者達からの手紙が、溢れかえっているというのだ。脅迫文はまだ可愛いもので、中にはこんな嫌がらせの手紙もあったという。

 「手紙は捨てないで、取っておくといいわ。私が思いの丈を込めて、呪い返してあげる」

 

 しかしハーマイオニーは、ローブの袖で涙をぬぐいながら言った。

 「いえ、大丈夫よ。…それよりも、あの女がどこで情報を仕入れているのか気になるわ」

 「あの女って、リータ・スキーターの事?」

 「ええ」

 ハーマイオニーの顔が憎々し気に歪んだ。なんでも、元凶の記事を書いたのがあのリータ・スキーターであるらしい。

 しかも、クラムが夏の休暇にハーマイオニーを家に誘ったという事実は試合会場であった出来事で、会場に入れないスキーターが知りえる事ではない。何故その情報を知っているのか…。

 

 「あの女に、何とか目に物を見せてやりたいわ!」

 臍を噛む思いのハーマイオニーの隣で歩きながら、オーシャンは頷いた。

 「そうね…。私の記事でも人狼との交流がどうとか書いてたけど、どこから嗅ぎつけたのかしら」

 今までは好きにやらせてきたが、可愛い後輩に被害が及んだ以上、黙っている事はできない。さて、どう料理してやろうか。

 それから一週間、ハーマイオニー宛の嫌がらせの手紙は降り続いたが、彼女は何の悪態を吐くことも、手紙の主に呪いを送り付けるのをオーシャンに頼む事もしなかった。

 

 

 五月の最後の週、三校の代表選手が呼び出された。夜も暗くなってから、ハリーがマクゴナガル先生から呼び出しを受けてグラウンドへ向かった事を、オーシャンは後輩二人から聞いた。

 「全く、困っちゃうわ。あの子、そろそろこれを素直に受け取ってくれないかしら」

 『身代わりの藁人形』を片手に、オーシャンはさめざめと呟いた。ロンが「君もちゃんと謝らないから」とからかう様に言う。

 「私はちゃんと、あの時に謝ったじゃない」

 

 遅くまで談話室のテーブルでロンとチェス盤を囲んでいると、寮生が一人、また一人と寝室に上がって行った。そろそろ勝負をつけて自分達も寝室へ上がろうか、という所で、ハリーが隠し扉を通って談話室に入ってきた。何やら息が上がっている。急いで帰ってきたのだろう。

 

 「ロン、ハーマイオニー、聞いて-」

 親友二人に語り掛けるハリーに、オーシャンは席を譲ろうとロンの対面から立ち上がった。ハリーが動きを止めてオーシャンを恨めし気に睨んだ時、ハーマイオニーがうんざりした口調で言った。

 「もう、二人共いい加減にして!」

 

 

 

 

 

 

 「つまり、こういう事ね」

 ハリーが今しがた起きた出来事を全て語り終えると、ハーマイオニーが言った。

 ハリーが語ったのは、夜のグラウンドでクィディッチピッチに設営された第三の課題のお披露目の後の出来事だった。クラムが突然、二人で話がしたいと言ってきたのだ。

 禁じられた森の端で話をしていると、森の中から満身創痍な様子のバーティ・クラウチが現れた。加えて何やら様子がおかしく、森の木をパーシーだと思い込んで話しかけたり、息子と妻がまだ生きている体で話したりしていた。

 

 ダンブルドア校長を呼びに行こうとした所で、クラウチ氏は急に正気になってハリーに話しかけた。曰く、ダンブルドアに警告しなければならない、バーサ・ジョーキンズの死、何かを自分のせいだと責めていた…。

 ハリーがクラムにクラウチ氏を任せて校長を呼びに学校へ戻り、校長や先生達を連れてまた森の端へ戻るとクラウチ氏はその場からいなくなっており、クラムは『失神』させられていた。

 

 「クラウチがビクトールを襲ったか、それともビクトールがよそ見をしている隙に、現れた第三者が二人を襲ったか、ね」

 ハーマイオニーが言った。ロンがすかさず切り込む。「クラウチの方に決まってる。それで、人が来る前にとんずらしたんだ」

 ハリーが親友の言葉を否定した。「でも、クラウチはとっても弱っている様子だった。『姿くらまし』なんて出来る筈がないよ」

 それに言い返すハーマイオニーは、もううんざりしている。「だから、ホグワーツでは『姿くらまし』出来ないんだってば。何回言えばわかってくれるの?」

 

 オーシャンはひとつ大きな欠伸をした。「ふわぁ…失礼。では、仮にクラウチさんがクラムを襲って、どこかに姿をくらましたとしましょう。であれば、彼の目的は何だったのかしら?」

 みんな首を捻っていた。その目的はクラウチ氏自身が口にしている。彼の言葉を借りるのであれば、ダンブルドア校長への警告だ。わざわざ人目を忍んでおいて、その目的がダームストラングの生徒一人を失神させる事であるはずがない。

 

 四人が話し合っているうちに、気づいたら夜が明けていた。ハリーとハーマイオニーの提案で、まだ薄暗い中暖炉の明かりを頼りにブラックに手紙を書き、こっそり談話室を抜け出してふくろう小屋に来た所である。三人は酷い顔をしており、上級生一人は歩きながら時々眠っていた。

 

 ふくろう小屋に近づいてきた所で、中からぼそぼそと怪しげな会話が聞こえてくる事に気づいた。オーシャンが中を窺うと、フレッドとジョージがこちらに背中を向け、身を寄せ合わせて何か話し合っている光景に行き会った。二人がまだこちらに気づいていないのをいいことに、気配を殺して彼らに近づく。

 

 「…こんなやり方じゃ駄目だ。まるで、俺達が奴を脅迫しているみたいじゃないか

?」

 「いいや、そろそろ大きく出るべきだ。奴さん、俺たちが学生だと思って甘く見てやがる…」

 「何の話?私にも一枚噛ませて」

 「「うわ!」」 

 肩越しに突然声をかけられて、二人は寄せ合っていた体を離した。フレッドと、オーシャンの後方にいるロンの声が重なる。「「何だってこんなところにいるんだ?」」

 

 「何でって、ふくろう便を出しに来たんじゃない。それで、貴方達は?」

 聞いたオーシャンに、ジョージが明後日の方向を向いて、さあなぁ、と答えた。ハーマイオニーが疑わしく二人を見る。「ふぅーん。二人でふくろうに餌をやりに来たって訳?」

 「誰を脅迫する気か知らないけれど、まだ尻の青い学生の貴方達ではかえって痛い目を見るわ。早々に手を引くべきよ」

 オーシャンの言葉をのらりくらりと躱して、二人は小屋を出て行った。その後ろ姿を見送るオーシャンは、しょうがない子達ね、と腕を組む。

 

 学校のふくろうの足に、ブラックへの手紙を結びつけながらハーマイオニーが言った。「あの二人、誰を脅迫する気だったのかしら」

 ロンが首を傾げた。「さあ。近頃あの二人は、お金集めに夢中になってるから」

 「あら、そんなの初めて聞いたわ。一緒にいる時は、全然そんな素振り見受けられなかったけれど。一体何のために?」オーシャンがこの頃の二人の様子を思い出しながら言うと、ロンが首を振った。

 

 「あの『悪戯専門店』の為さ。僕ずっと、あの二人がママを困らせる為に言ってると思ってたんだけど、どうやら本気らしいんだ。二人で店を始めるには資金が必要だけど、パパは二人を支援する事が出来ないから、二人は金貨が必要だってしょっちゅう言ってる。ホグワーツ卒業まで、あと一年しかないしね」

 「へえ…意外と、あの二人なりに考えているのね」

 今までに知りえなかった友人たちの一面に、オーシャンは舌を巻く思いだった。それが悪戯専門店なのは横に置いておくとして、二人で企業するとは恐れ入る。そういう意味では、自分も人の事を感心している場合ではないのだが。

 

 翌日、ハリー宛にブラックからの返事があった。それと同時に、オーシャンの所にも一羽のふくろうが舞い降りた。脚に括られている紙質から見るに、日本からの手紙ではない様だ。

 中は、ハリーに送られてきた手紙の筆跡と同じ字で、びっしりと英文が並んでいた。オーシャンが目を点にしている間に、ハリーは自分に届いた手紙を持って憤慨していた。「危ない事はするなって、僕に指図する資格あるのか!?自分が学生時代にやった事は棚に上げて!」

 どうやら過保護な名付け親は、息子を心配するあまり彼の監視で外堀をいっぱいにするつもりらしかった。オーシャンは英語で書かれた手紙を読まずに、そのまま鞄の中へ仕舞いこんだ。どうせ、書いてある事は想像に難くない。ずらずらと単語を書き並べてはいるが、結局言いたい事は一つ、「ハリーをよろしく頼む」なのだ。

 

 それから一週間、ハリーとその親友たちは、第三の課題をクリアするための訓練に取り掛かりっぱなしになった。幾多の苦難を乗り越えたハリーにとっては、今度は少しばかり分があると言っていい。聞く話によると、ムーディ先生もハリーに太鼓判を押したそうだ。

 しかし、不穏な影は確実に近づいてきている。後輩三人を空き教室に送り出した後、オーシャンはハリーにまだ藁人形を渡していない事に気が付いた。

 




先週の金ローで放映されたアズカバンの囚人を観て、私の中のオーシャンがしばらく死んでました。
(死因…ルーピン先生がかっこよすぎる事によりキュン死)

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