英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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53話

 「おい、ポッター、調子は大丈夫か!?今日は、暴れて僕たちを襲ったりしないだろうな!?」

 スリザリンの一団が、大広間の端からそう囃し立てた。ゲラゲラ笑う彼らに聞こえる様に、オーシャンがハリーの隣で食事を進めながら穏やかな口調で言った。

 「貴方の調子が良くても、私の調子がいいとは限らないのに。みんな呑気なのね、ハリー」

 ハリーににっこり微笑みかけるオーシャンの後ろの方で、スリザリン生のゲラゲラが一瞬で静まり返った。

 

 先日、『占い学』のクラスでハリーの額の傷跡が痛み、彼は授業中に倒れてしまった。またヴォルデモートの夢を見たそうだが、そんな事など知る由もないリータ・スキーターが、(知っていた所でそうしなかったとは思わないが)ハリーは情緒不安定とか夢遊病の発作があるだとか、面白おかしく『日刊予言者新聞』に書き立てたのだ。おかげでスリザリン生のからかいはおろか、他の寮の生徒達までどこかハリーを遠巻きにしていた。

 「本当にあの女、どうにかならないのかしら!」

 本日何度目かのからかいを受けて、ハーマイオニーが肩を怒らせる。オーシャンも憎々し気に言った。

 「あのパパラッチ女、どこから情報を仕入れてくるのかしら。今までの事はともかく、今回の事は完全に学校の中で起こった出来事なのに」

 

 オーシャンの口調にロンが笑う。「パパラッチ女って」「あら。私、そんなに面白い事言ったかしら?」

 「もしかして、本当に『虫』を使ってるんじゃないか?」

 「ハリー、何度言わせるの?そういう機械類は、ホグワーツではまともに使えないのよ!」

 何度目かに聞くハリーの意見を一蹴したハーマイオニーは、オーシャンを向いた。今この場でまともに話が出来るのは貴女だけだ、とその目が言っている。「オーシャンはどう思う?」

 

 後輩の質問にオーシャンは腕を組んだが、かと言って正解が出てきそうにもない。彼女はハリーを倣って、とりあえず思いつくものを片っ端から上げていった。

 「一番手っ取り早いのは『透明マント』。だけど、これはとても高価なものだから、そもそもあの女が持っているとは考えられないと思う。次に『隠れ蓑術』だけど…これは言わずもがなの忍術だし、もしこれを使っていたら、私が見つけられない訳が無い。あとは、ダンブルドア校長の様に、『透明呪文』で自分を透明にするか…。でも、これも考えられないと思うの。あの女が書く記事からは、そのレベルの術を使いこなせる様な知性は微塵も感じられない。あとは-。…そうね、『隠遁術』」

 

 「なあに、それ?」

 「『隠れ蓑術』もこの術の一種よ。『木を隠すなら、森の中』という言葉があるでしょう。群衆の中に入り混じって標的を尾行したり、情報捜査の時に忍者はこの術を使うの。例えば、どこかからホグワーツの制服を一着調達したら、それを着て怪しまれずに学校に出入りできるでしょう?」

 

 「リータ・スキーターが生徒の恰好して歩いてたら、いくらなんでも分かるだろ。あのおばはん、いくつだと思ってるんだ?」ロンがからかう様に言ったが、オーシャンはいたって大真面目だった。

 「ロン。女性の化粧は、それこそ魔法よ。いくつにだってなれてしまうのだから」

 「へえ。」

 ロンは興味なさげにポテトを頬張ったが、ハーマイオニーはブツブツと呟きながら何かを考えている様だ。

 

 「『隠遁術』…絶対に見つからない方法…『木を隠すなら』…-」

 最後に彼女は自身のブロンドに手櫛をかける。そして何かを思いつた。「…『虫』!そう言う事だったのね…」

 不思議がる三人に、ハーマイオニーは鞄を引っ掴んで言った。

 「今度こそ、あの女の尻尾をつかんだわ!図書館に行かなくちゃ!」

 バタバタと走っていく後ろ姿に、ロンが言った。「おったまげ。あと十分で『魔法史』のテストが始まるってのに」

 「ふふ…彼女より自分の心配をしたらどう?」

 「「それなら君も、ハリーより自分の心配をした方がいいな」」

 背後からの声にオーシャンが振り返ると、ロンの双子の兄達がじとっとした目で立っていた。

 

 「あら、もう行く?」「お前、よくそんなに余裕だよな」「次のテストは『変身術』だぞ。早く行かないと、間に合わない」

 フレッドの口から出た言葉に、オーシャンは笑いつつも鞄を持って立ち上がった。「十分もあれば余裕で間に合うでしょう。じゃあ、ハリー、また後でね」

 双子達と大広間を出ようとするオーシャンの耳に、マクゴナガル先生の言葉が聞こえた。「ポッター。対抗試合の選手は、朝食の後でこちらの部屋に集合するように」

 

 変身術の教室に足を向けながら、フレッドが話し出した。「で、今度は何をコソコソしてるんだよ?」

 「別に、コソコソなんかしてないわよ。ただ、あのパパラッチ女の尻尾をどうやったら掴めるか、作戦会議していた所なの」

 「「パパラッチ女?」」二人の声が重なり、オーシャンは端的に答えた。「リータ・スキーター」

 「ああ…最近かなりこっぴどく『日刊予言者新聞』に書かれてたものな」

 「私の事はどうでもいいのよ。ハリーや狼人間の事を好き放題に面白おかしく書き立ててるのが許せないの」

 

 彼女の言葉に双子は少し悲しい様な、苛立っている様な顔をしたが、オーシャンは気が付かなかった。

 「そんなに憎たらしいなら、いつだかに言ってた日本式の呪いでやっちまえよ」

 フレッドは苛立ちをぶつける様に言ったが、オーシャンから返ってきた言葉に青ざめた。「簡単に言わないでよ。『丑の刻参り』は時間が限定される上に、姿を見られたら呪っている私の方が死んでしまうわ。貴方、私に死んでほしいの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 『変身術』の試験を何とかやりおおせて双子と一緒に昼食を摂りに大広間に戻ると、そこではハリーと、双子の母と兄が仲良く食事を楽しんでいた。

 「ママ、どうしてここに!?」「ビルまでいるじゃないか!」

 「ハリーの最後の試合を観に来たのよ。どう?この息子達は、いい子にしてる?」

 双子の横っ腹越しにウィーズリー夫人に問われたオーシャンは挨拶をしてから、「ええ、とってもいい子ですよ」と答えた。

 「そりゃないぜ、ママ」「まるでこいつが、学校での俺達の保護者みたいじゃないか?」双子が不貞腐れて言うと、母は「あら、違うの?」ととぼけた声を出す。その内にロンやジニーも試験を終えてやってきて、まるでウィーズリーの『隠れ穴』にいた日々の様な優しい時間がそこに流れた。

 

 

 やがて試合の時間が訪れた。第三の課題は巨大な迷路だった。クィディッチピッチ一杯に生垣が張り巡らされ、樹木が生い茂った巨大な迷路が建っている。去年卒業したグリフィンドールのクィディッチキャプテン、オリバー・ウッドが見たら、卒倒しそうな有様だった。尤も、ビーターである双子達もかなり憤慨しているが。「なんだ、コレ!」「グラウンドはどうなってるんだ!?」

 「随分と大きな迷路ね…。これじゃあ、中の様子なんて全然分からないじゃない。ハリー大丈夫かしら」

 

 「あの…ウエノ」

 後ろから声をかけられて振り返ると、そこにセドリック・ディゴリーが立っていた。

 「あら、ディゴリー。どうしたの?ハリーはもう選手の控えテントに行ったけれど」

 「ああ…うん」

 言ってもその場から動かない彼に、オーシャンの後ろで双子があからさまにイライラしている。彼らの顔が肩口に近づいたので、オーシャンは振り返らずに裏拳を放った。見事に命中して、双子がその場へ蹲る。

 「あの…僕、行ってくるよ」セドリックは言葉を探したものの見つからなかった様で、真っ直ぐな視線でオーシャンに言った。彼女は柔らかく微笑んで返す。

 「頑張って。でも、無理はしないでね。もし、強い敵に行き当たって、勝ち目がない相手だと判断したら、逃げるか、死んだふりでもしてやり過ごすといいわ。とりあえず、自分の命だけは守って」

 

オーシャンはポケットから、ハリーに渡し忘れていたものを取り出した。一応、選手達の全員分。

 「これ、何かあった時のお守りよ。みんなに渡してくれない?この間からハリーにも渡そうとしているのだけれど、あの子ったら受け取ってくれなくて」

 『身代わりの藁人形』を四体受け取ったセドリックだったが、どうしていいか分からずにそのまま固まってしまっている。「これは…?」

 「こうやって使うのよ-ちょっと、失礼」

 オーシャンはセドリックの頭に手を伸ばした。素早く一本拝借する。「痛っ」

 

 「ごめんなさい、こういう道具だから」そう言って、オーシャンは彼の短髪を『藁人形』の体の中にねじ込んだ。

 何が何だか分からず目を白黒させている彼に、彼女は笑いかけた。「これを持っていれば、危険な事から一度だけ身を守ってくれるわ」

 「あ…ありがとう」

 微妙な顔をする彼の考えている事は、容易に想像がついた。恐らく、日本人が趣味の悪いお守り人形を渡したくらいにしか、彼は思っていないに違いない。オーシャンは笑顔を添えて畳みかけた。「私だと思って持っていてくれる?」

 

 「あ…ああ!」

 セドリックは頬を紅潮させて嬉しそうに言うと、『藁人形』を抱いて選手達の控え席に走っていった。オーシャンの後ろで鼻の頭を赤くしている双子が言った。「おお、やだやだ。純情な男心を弄んでやがるぜ」「ああ、こいつは稀代の悪女だな」

 振り返った彼女の怪しい微笑みに、ウィーズリーの男児達はその場に固まり、唾を飲んだ。「その悪女に何年間も世話を焼かれている、手のかかる子はどこの誰かしら?」

 

 いい席を探す女性たちの後ろについて歩く双子に、ビルが面白そうに話しかけた。

 「彼女、一筋縄じゃいかないな」

 長兄に言われて双子達は頬をほのかに染める。反対にロンは青ざめた。

 「ん?どうした、ロン」

 「…オーシャンはいい奴だけど、親戚にはしたくないな。毎日からかわれっぱなしになる僕の身にもなってくれよ」

 ビルはハンサムに笑って、弟の頭をぽんと撫でた。

 





ビルみたいなお兄さん欲しいなあ…


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