英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

56 / 98
55話

 マッド・アイ-ムーディだと思われていた人物は、バーティ・クラウチ氏の息子だった。バーティ・クラウチJr.。魔法省高官の一人息子にして、死喰い人の一人である。

 本物のアラスター・ムーディは、偽ムーディのトランクの中から見つかった。彼には計画を遂行する為に、本物のムーディの髪の毛が入ったポリジュース薬を飲み続ける必要があった。その為に本物のムーディを生かした状態で、且つ自分の手の届く所に置いておく必要があったのだ。

 

 魔法のトランク(これも本物の持ち物なのだろうが)の中には石牢の様な空間があり、本物のムーディはその中で身ぐるみをほとんどはがされた状態で倒れていた。

 「アラスター、大丈夫か?」

 校長がトランクの中のムーディに呼びかけると、彼は弱々しい声で「ああ」と答えた。ダンブルドア校長が、オーシャンを振り返る。

 

 「彼は酷く衰弱しておる。Ms.ウエノ、大至急、彼とMr.ディゴリーを医務室へ連れて行くのじゃ」

 「大の男二人を抱えて医務室まで行けって言うの?それよりもハリーについていてあげなくては」

 オーシャンは言われた言葉に眉根を寄せたが、校長はそんな彼女に鋭い一瞥を投げかけた。

 「ハリーにはわしがついておる。行くのじゃ。人命第一」

 

 それ以上の反論を許さない、と言う様なダンブルドア校長の一言に、オーシャンは一つため息を吐いた。そして本物のマッド・アイ-ムーディが入ったトランクの蓋を閉めて、乱暴に持ち上げる。校長が嗜めた。

 「これこれ、怪我人が入っておるのじゃ。くれぐれも優しくな」

 「…失礼、教授」トランクにそう言うと、次にオーシャンは杖を振り、椅子に力無くもたれたままピクリとも動かないセドリックに、浮遊術をかけた。彼の体が浮き上がると、その頭をドアにぶつけない様に慎重に杖を操りながら、オーシャンはムーディの部屋を後にした。

 

 

 医務室に到着すると、ロン、ハーマイオニー、ウィーズリーおばさんにビル、それに赤毛の双子と、ディゴリー夫妻がいた。マダム・ポンフリーを取り囲んで、質問攻めにしている様だ。

 「ハリーなら、まだ来ないわよ」

 よいしょ、とトランクをその場に置きながら言ったオーシャンに気づいて、ディゴリー夫妻が彼女を向いてハッとした。彼女の杖の先でぐったりと力なく宙ぶらりんになっているのは、正しく愛息子ではないか。エイモス・ディゴリーが声を荒げたのと、ハーマイオニーが訊いたのはほとんど同時だった。

 「セド!!お前、セドに何をした!?息子を放せ!」「どうして?ムーディ先生がさっき、連れてきてくれたはずでしょう?」

 

 凄い剣幕でつかつかとオーシャンに歩み寄ったセドリックの父親を片手で制して、彼女は医務室の主に問いかけた。

 「ちょっと、色々あったのよ。後にして頂戴。-マダム・ポンフリー、彼をこちらに下ろして良いかしら?」

 マダムの了承を得て、オーシャンは左手にあったベッドにセドリックを下ろした。すぐに両親が飛んできて息子に呼びかけるが、息子は答えない。オーシャンはさっき置いたばかりのトランクを再び持ち上げながら、ベッドに寝ている息子に詰め寄る二人に言った。

 「何かの魔法薬を飲まされたみたい。下手な事をしないでマダムに任せた方がいいわ。死んではいないから大丈夫よ」

 

 「死んでないだと!?何故分かる!セド…セド…目を開けておくれ!」

 「ハリーも同じものを飲んだはずだけど、死んでないわ。大方しびれ薬でも飲まされたのではないかしら」

 忍者が生成する『しびれ薬』は強力で、飲む者の体調によってはそのまま昏睡状態になってしまう事もある。多分ハリーとセドリックの二人も似た様な薬を飲まされ、ハリーは耐えきれたがセドリックの体はその効果に耐えきれなかったのだろう。二人が今夜遭遇した苦難を考えれば、無理もない。

 

 オーシャンはまずマダム・ポンフリーに事情を話し、奥の事務所で二人っきりになって『魔法のトランク』の中身を開いて見せた。マダムは血相を変えて、奥に倒れているムーディを診始めた。

 そしてマダム・ポンフリーの事務所を出たオーシャンを待っていたのは、ウィーズリーの兄弟達にハーマイオニー、そしてディゴリー夫妻の、説明を求める顔だった。

 オーシャンはみんなに、知り得た情報を話し出した。ハリーとセドリックがムーディの部屋へ連れていかれた事、そして魔法薬を飲まされてセドリックが気を失った事、ムーディがヴォルデモートを闇の帝王と呼んだ事、そしてハリーを殺そうとした事…。

 

 先生がハリーを罠にはめてヴォルデモートへの供物にしようとした事に、みんなが息を飲んだ。誰もが言葉を失っている時に、ウィーズリーの双子が「待てよ?」と眉を顰めた。

 「それでお前は、何でそんな事を知ってるんだ?」

 「ハリーが心配だったから、『隠れ蓑術』で後を尾けたのよ」

 「まあ、オーシャンったら、また危険な事を!」

 ウィーズリーおばさんが衝撃に大きく開けた口を覆ったが、ロンは慣れた物だった。「ママ、そのおかげでハリーが無事なんだから。そうだよね、オーシャン?」

 

 「もちろん。大事な後輩が殺されるのを黙って見ている訳が無いでしょう?まあ、さすがに殺す訳にはいかなかったから、杖腕を一本切り離す位にとどめておいたけど」

 その言葉を聞いてぎょっとしたディゴリー夫妻が、身を寄せ合ってオーシャンからわずかに距離を取った。

 その時マダム・ポンフリーが事務所から出てきて、真っ直ぐにセドリックの様子を見に行った。両親が追いかけてカーテンの向こう側に消えた。

 

 それからしばらくして、ハリーとダンブルドア校長、そして二人の後ろから大きな黒い犬が医務室に入ってきた。みんながわっと群がりそうになった所を、校長が手で制す。

 「今、彼には眠りが必要じゃ。今夜は何も聞いてはならん」

 ハリーはセドリックの隣のベッドに横になり、マダムの運んできた薬を飲むとたちまち眠ってしまった。利口な飼い犬よろしく自分の隣にお座りしたシリウス・ブラックをオーシャンが一瞥すると、真っ黒い犬はこちらを見てウインクした。

 ウィーズリーおばさんとマダム・ポンフリーが、目を白黒させながら真っ黒い犬を見た。「あ…あの、校長?これは、一体-?」

 

 「おお、この犬はハリーに大層懐いておっての。Ms.ウエノのペットじゃ。心配する事は無い。ちゃあんと躾けられておる」

 柔和に答えたダンブルドア校長に、オーシャンは驚いて目を見張る。ハーマイオニーは何とか笑いをかみ殺した。

 寝入ったハリーが心配なのか、ブラックがハリーに触ろうと手を伸ばしかけたので、オーシャンはその前足を遮って言った。「伏せ。そして、待て」

 ブラックは一瞬不服そうな目でこちらを見たが、オーシャンに睨まれると大きくため息を吐いてその場に体を伏せた。ウィーズリーおばさんが素晴らしい躾具合に目を見張る。

 「本当だわ。随分お利口さんなのねぇ」ロンはついに噴き出した。

 

 真夜中も近くなり生徒は自分たちの寮に帰る様に言われるかと思ったが、マダム・ポンフリーから忠告が飛んでくる事は無かったのを良い事に、ロンとハーマイオニー、オーシャンの三人は医務室を動かなかった。ハリーのベッド脇に椅子を並べて皆が彼を見守る。オーシャンはハリーから目を離さずに、ブラックのもふもふの毛皮を撫でていた。

 

 カーテンの外でひそひそと話している声が聞こえて来た。次第に声が高くなってきたのでビルがカーテンを開けると、そこには今にも怒鳴り合いを始めそうなコーネリウス・ファッジ魔法大臣と、マクゴナガル先生、そしてスネイプ先生がいた。

 オーシャンは立ち上がってカーテンの外に出た。「もう少し静かにしていただけますか?ハリーは眠っています-」

 「Ms.ウエノ。それができれば」彼女の寮監は唇をわなわなと震わせて、やっとの事でそう言った。

 

 騒々しさに呼ばれた様に、校長が再び医務室を訪れた。事態の説明がマクゴナガル先生によってなされた。魔法大臣は、身の危険を案じて吸魂鬼を一体護衛として連れて、

死喰い人、バーティ・クラウチJr.の尋問に臨んだ。しかし部屋に着いた途端、吸魂鬼がクラウチJr.に死の接吻を施したのだと言う。

 「どのみち、あの男が死んだ所で、何の弊害があるというのだ!」

 大臣が赤い顔で言った言葉に、ダンブルドア校長が静かに返した。「しかし、コーネリウス。それでは奴はもう証言出来まい?」

 「証言?何を証言するというのか?奴が何人も殺したというのは、周知の事実だ!今更証言の必要はあるまい!」

 

 ヴォルデモート卿が復活するという由々しき事態となった今、バーティ・クラウチJr.がどのようにヴォルデモート卿の復活に関与したか、また、アズカバンに収監されていたはずの彼がどの様に解放されたのかの情報を、明るみに出す必要がある。クラウチJr.本人の証言が無くしては、それを達成するのは難しいだろう。

 

 室内の騒がしさにハリーとセドリックが目を覚ました。安堵に泣き崩れた父と母に目を白黒させて、セドリックはこの状況に混乱していた。

 「父さん、母さん、落ち着いてよ…。参ったな…」偽ムーディの部屋で魔法薬を飲まされ、目が覚めれば医務室のベットの中である。両脇には父と母が泣き崩れて、部屋の中央には魔法大臣と先生方が侃々諤々の言い争いをしている。混乱しない方がおかしかった。

 

 ダンブルドア校長がバーティ・クラウチJr.から聞いた事の真相を話しても、魔法大臣は頑として信じなかった。アズカバンで頭がおかしくなっているものの話を信じるとは、ダンブルドアも落ちぶれたものだ、など酷い言い様で、マクゴナガル先生はあまりの物言いに腹を立てたし、オーシャンの隣では愛犬が今にも飛び掛からん剣幕で唸っていた。

 ハリーとセドリックが声を荒げても、それも大臣は取り合わなかった。証言者が学生二人では信じるに足りない、と。

 

 結局大臣は事態を信じようとしないまま医務室を出て行こうとして、セドリックを向いた。そしておもむろに、ポケットから大きな金貨の袋を取り出して彼に手渡し、不愛想に言った。

 「一千ガリオンだ。授賞式を執り行う予定だったが、この分では…」

 そしてそのままこちらを振り返ることなく、大臣は出て行った。大臣が歩き去る音が遠のいて、セドリックの両親は歓喜の声を上げる。

 「やったな、セド!さすが俺の息子だよ!」

 

 しかしセドリックは、静かにベッドを出るとそれを持ってハリーの方へやってきて言った。

 「これは君が受け取るべきだ」

 しかし、ハリーは首を振った。「やめろよ。君が先に優勝杯にたどり着いたんだ。僕の物じゃない。君のだ」

 「じゃあ…」セドリックは次にオーシャンを向いた。

 

 「彼女のものだ。彼女がいなけりゃ、僕は死んでる所だった」

 君もそれがいいと思わないかい?、と言う様な顔でセドリックがハリーを見たので、ハリーもニヤリと笑い返した。「ああ、それがいい」

 「どうか、受け取ってくれ」セドリックはオーシャンを向いて言った。

 「君がいなかったら、僕は本当に死んでいた。君に、命を助けられたんだ。君は本当に…本当に素敵な人だ…。ありがとう、ウエノ」

 

 「やだ。私、いらないわ」

 差し出される金貨の袋を押し返そうにも、セドリックは頑として引きそうにない。オーシャンが困り顔で周囲を見回すと、ウィーズリーおばさんの後ろでこちらを見ている赤毛の双子と目が合った。いや、正確には、双子の視線が金貨袋の行方に注がれていた。

 「……彼らにあげてくれない?」

 





総合評価2001pt、お気に入り1271件、しおり448件、感想81件ありがとうございます!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。