英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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59話

 夕方、ブラックの部屋で彼の逃亡の相棒・ヒッポグリフのバックビークの毛並みを整えていると、突然、大音量で老女の悪言雑言が響き渡っているのが、ドア越しに聞こえて来た。

 「あのくそババアめ。-さては、ハリーが到着したな」

 ベッドから腰を浮かせたブラックの後を追ってオーシャンが玄関ホールに行くと、絵画達の雄たけびに支配された空間で、以前にトンクスも倒した大きな傘立てを起こそうともがいているピンク髪の女性がいた。大勢の大人に囲まれた中でハリーはたった一人で呆然としている。前と同じように、ブラックとルーピン先生が老女の肖像画を隠していた暗幕をぴたりと閉じた。

 

 オーシャンが傘立てを起こそうとしている女性に近づき、それを手伝う。「ありがとう」と礼を言われて顔を見ると、それはトンクスだった。

 「やあ、ハリー。私の親愛なる母上にも会った様だな」

 ブラックが久々に顔を合わせた息子を振り向いて言った。「カッコつけて言ってる場合?これをここにかけておくから、こうなるんでしょう?どこか別の場所に移動できないの?」

 

 「このくそババアはカンバスの裏に『永久粘着呪文』をつけた様だ。私がこの絵の処分を試みなかったと思うのかね?悔しいが、お手上げだよ」

 「貴方が良ければ、今すぐにでも燃やしてあげるけれども」

 肖像画の書かれている暗幕に向かって構えられたオーシャンの杖を、ブラックが即座に下げる。

 「だから、君のやり方は極端すぎるんだよ!本当に本部ごと燃やす気か!」

 

 みんなで厨房に入ると、会議が丁度終わった所だった。色々な書類が乱雑に広がっている。ウィーズリーおばさんが注意して、トンクスがすぐに片づけた。

 今日の夕食を取り仕切っているのは、意外にもウィーズリーおじさんだった。『男子厨房に入らず』が当たり前の日本では、珍しい光景だ。ウィーズリーおばさんが大鍋をかき混ぜ、トンクスがそれを手伝っている(あまりに手元が危なっかしいので、おばさんがチラチラと目を配っている)。

 おばさんに呼ばれて降りて来た息子達は、ハリーに挨拶もそこそこに、配膳に従事した。先に席に着いたオーシャンはハリーに色々と聞きたい気持ちだったのだが、名付け親に先を越された。

 

 「夏休みはどうだった?」

 「いつも通りさ。最悪だよ」

 「私に言わせると、何故君がそんなに不満げなのか分からないね。少なくとも君は、この忌々しい館に缶詰めなんてことは無い」

 「でも、おじさんも『不死鳥の騎士団』なんでしょう?」

 純粋なハリーの質問に、名付け親は渋い顔をした。先日からかわれた恨みを晴らす様に、オーシャンは腕を組んだ。

 

 「あら、そんな顔をしないで教えてあげたら?この夏中、忙しく屋敷中を飛び回っていたじゃないの」

 意地悪な顔で言うオーシャンを、ブラックが睨みつける。「…君は、本当に美空の娘なのか?あの天使と血が繋がっているとは、とても信じられん」

 彼女はにっこりと笑って返す。「まさか。天使の様な笑顔を持つ母親と、悪魔の様な強さの父との間に生まれた、ごく一般的な日本人魔女よ」

 

 「はあ…。-屋敷に人が暮らせるように、ずっと掃除していた」ハリーを向いて、名付け親はついに白状した。「『不死鳥の騎士団』における私の役割は終わったと、少なくともダンブルドアはそう考えている。私がアニメ―ガスである事は、ピーターがあちらに報せているだろうし、せっかくの変装も役に立たない」

 

 「学生時代にちゃんと隠遁術を修めてないからよ。きちんと授業を聞いていたら、人並みの変装くらいは出来る様になるわ。学生時代に遊び惚けていた自分を恨むのね」

 「それとこれとは話が違う。学生時代は関係ない」

 「関係大有りよ。自分の不出来が招いている結果に、恨み言を言っていても仕方ないじゃない。自分が動物もどきであるという事実に酔いしれて、学校での授業をかまけていた結果でしょう。もう一度言うけど、隠遁術をしっかりと修めていたら、人並みの変装はできるはずよ」

 「ウミ、その辺にしといてやってくれないか」

 オーシャンとブラックがハリーを挟んでにらみ合っているのを見かねて、ルーピン先生が言った。

 

 「シリウス達がいなければ今の私はいないし、先生として君達に会う事も無かったかもしれない。どうか私に免じて、ね」

 先生は、「それに、『人並みの変装』ではデス・イーターは騙しきれない」と言った。ブラックはどこか勝ち誇った様にニヤニヤして、「ま、そう言う事だ」と言った。彼の下卑た笑いを見ながらオーシャンは静かに、食事が終わったらブラックにどの技をかけてやろうかを考えていた。もはや彼の調教に、杖など必要ない。

 

 その時、マンダンガスがハリーに声をかけた。「ハリー、すまんかった。フィギーばあさんは怒っとっただろう」

 この男は自分の商売を優先して、ハリーの監視から誰にも何も言わずに離れたそうだ。それ故に、吸魂鬼に襲われたハリーは自分の杖で応戦するしかなかった。その結果、『未成年魔法使いの制限事項』に引っかかってしまい、今度魔法省で尋問を受ける事になっている。

 

 何か胡散臭い男だとは思っていたが、まさかここまで状況判断の出来ない男だとは思っていなかった。当のハリーに向かって、必死に弁解を繰り返している。曰く、商売のチャンスが突然舞い込んできたから、持ち場を離れざるをえなかった、と言う。

 オーシャンはマンダンガスに向かって、にっこり微笑んだ。「まさか、それが持ち場を離れる正当な理由になると思ってないでしょうね?」

 

 オーシャンの言葉に、マンダンガスはどもりながら否定の言葉を繰り返す。「んだけど…でも、鍋が…」

 「貴方はどんな世の中になっても、大鍋を売りさばける気でいるのね。おめでたいにも程があるわ」

 ヴォルデモートが昔の勢力を取り戻した世界で果たして、大鍋を呑気にたたき売りしていられるのかは、想像に難くない。オーシャンがきつい口調で言った言葉に、マンダンガスは目に見えてシュンとした。

 

 その後は騒がしい食卓だった。

 完成した料理にウィーズリーの双子が魔法をかけてテーブルまで飛ばしたので、シチューが危うくテーブルの端から滑り落ちる所だったし、飲み物は真っ逆さまに床へ落ちて行った。オーシャンはパンと一緒に飛んできたナイフを捕らえ、双子の足元へ投げ返す。慣れている棒手裏剣とは重さが違うので、手元が狂って切っ先がフレッドのつま先を完全に捉えた。

 「あら、失礼。二人共、食べ物で遊ぶのはダメよ」

 オーシャンの投げ返したナイフを見て、ウィーズリーおばさんは双子を叱りつけるタイミングを完全に失っていた。

 

 食事を採りながら、ウィーズリーおばさんはブラックに、客間の文机に『まね妖怪』が閉じ込められているだの、カーテンにドクシーが巣くっているだの、屋敷に関する相談をした。対する屋敷の主は「お好きに」とか、「任せる」と、話を聞けば聞くほど不愛想な返事をしている。

 テーブルのあちら側では、ジニーとハーマイオニーがトンクスを囲んで笑っていた。何かしら、と思ってオーシャンが見ていると、トンクスが何かを頬張るたびに、彼女の鼻の形が変わっている。オーシャンが見ている事に気づいたトンクスが、豚の鼻のままウインクした。

 彼女たちの隣では男性諸君が何か難し気な話をしているし、その向かい側ではロン達ウィーズリーの男児達が、さめざめと泣き叫んでいるマンダンガスを中心にして笑い転げている。彼はヒキガエルがどうのこうのと言っているが、バタービールですっかり泣き上戸になったのだろうか。

 

 マンダンガスに厳しい視線を向けるウィーズリーおばさんが、デザートのルバーブ・クランブルとカスタードクリームを持って来た。カスタードクリームは嫌いではないのだが、一昨日に食べた胡麻団子の優しい甘みが懐かしい。せめて、ここにあんこを。

 

 食事がひと段落して、みんなが満腹の眠気に襲われている。そろそろおやすみを言い渡そうとしたウィーズリーおばさんだったが、それをいつになく真剣な様子のブラックが止めた。

 「その前に、君には-」名付け親は、ハリーを見て言った。「いくつかの事を知る必要があるだろう」

 「ちょっと待って!」ウィーズリーおばさんが声を上げる。「シリウス、ダンブルドアの仰っていた事を覚えているでしょうね?『ハリーが知る必要がある事以外は、話してはならない』と仰った事を?」

 

 「モリー、私は『ハリーが知る必要がある事』以外は話してやるつもりは無い」ブラックは言ったが、ハリーがヴォルデモードの復活を目撃したただ一人の人物(もう一人は死んだふりをしていた)だという点に触れた。

 ウィーズリーおばさんが「ハリーは不死鳥の騎士団のメンバーでは無いし、まだ学生です!」とどこかで聞いたような反論をした。その言葉に双子が立ち上がる。

 「ハリーが話してもらうんだったら、俺達にもその内容を知る権利はある!」「俺達はもう成人してるんだぜ!」

 おばさんは双子の言葉にうんざりした様に頭を抱えた。ブラックは静かに切り返す。「君達の責任は、私には無い。残念だが、君達に何を話すのか決めるのは、ご両親だ」

 

 ハリーの事をわぁわぁと話し合ってはいるが、そのハリーを置いてきぼりな事に、大人達は気が付かないのだろうか。オーシャンはハリーにひっそりと話しかけた。

 「ハリー、貴方、知らないところで随分と過保護にされてるみたいよ」

 ハリーは曖昧に笑った。

 

 親友とウィーズリーおばさんに意見を求められて、ルーピン先生が言った。「ハリーには、何が起こっているのか知る権利がある。もちろん、彼が『知らなければならない事』以外を話すつもりはないよ、モリー。-それと」先生はそこで双子に目を配らせた。

 「残念だが、彼ら二人の言っている事に異論は無いよ。彼らももうすっかり成人だ」

 

 おばさんは思ってもみなかったルーピンの言葉に承服しかねている様子を見せたが、夫に諭されてついにこう言った。「-そう。なら、ロン、ジニー、ハーマイオニー、二階へ上がりなさい」

 そこへロンがすかさず口答えする。「どうせ、話が終わったら、ハリーは僕たちにもまるっと教えてくれるよ。そうだろ、ハリー?」

 親友に聞かれて、ハリーはおばさんに申し訳なさそうに頷いた。おばさんがヒステリー気味に言う。「そう。じゃあ、ジニー、二階へ!」

 

 不満顔で尚もその場にとどまろうとするジニーが母親に引っ張られていくと、オーシャンも後をついて席を立った。双子が声をかける。「「おいおい、お前、話を聞かない気か?」」

 厨房から出ようとしながら、オーシャンは振り返って友人達に微笑みかけた。「さっきのロンじゃないけど、もし私も知るべきだと貴方達が判断した情報なら、後から私に教えてくれるでしょう?私はちょっと、ジニーとお話ししたい事があるの」

 





長らくお待たせいたしました。別に待ってないよっていう方ご贔屓に、待ってたよっていう方ありがとう、半年ぶりの更新でした。
今年中に騎士団編完結の予定で、執筆活動頑張るぞ!

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