「ママったら、いつまでもあたしを子ども扱いして。確かにあたしはまだほんの十四歳よ?それにしたって、もうまるっきり子どもってわけでも無いのを、ちっともわかってないのよ!」
「親にとっては子どもはいつまでたっても子どもなのよ。これはこの世界の真理よ。抗えない宿命だわ。あまり気にしない事よ」
「だからって、何を知るか、知らないかは私の自由よ!いい加減、過保護すぎるわ!」
「可愛い子どもを、血みどろの戦いに巻き込みたくないっていう親心よ…。分かってあげなさい」
「あたしはオーシャンみたいに物わかりのいい子じゃないの!それに、知らない事で身を守れない事もあるわ!」
「確かに、それに関しては全くの同意見よ。だからね、教えてくれない事は他所から教えてもらえばいいの。大丈夫、ハーマイオニーが全部教えてくれるわ」
オーシャンは母親によって寝室に幽閉されたジニーを宥めていた。自分の子どもが可愛いのは分かるが、確かにウィーズリーおばさんは過保護過ぎるきらいがある。とにかく、戻ってきたハーマイオニーに事の説明を期待するしかなかった。それより今は、ぷりぷりしているジニー(それもまた可愛らしいが)の気を逸らしてあげる事の方が肝要な気がする。
「ねえ、ジニー。食事の時、トンクスは何をやっていたの?貴女とハーマイオニー、随分楽しそうに見えたけど」
「…フフッ、トンクスったら面白いの。次々と鼻の形を変えて、私たちを笑わせてくるんだから」
「鼻の形を変えるの?」
「ええ、あの人『七変化』なの。自分の好きなように外見を変えられるのよ。今度オーシャンも見せてもらうといいわ。面白いんだから。特にあの豚の鼻なんか、サイッコー」
彼女のイチ押しだというトンクスの『豚の鼻』を思い出して、ジニーはおかしそうにクスクス笑っている。どうやら、気をそらす事には成功した様だ。それにしても、『七変化』という特性は初めて聞いた。変化を続けていたら、自分の本来の姿が分からなくなって元に戻れなくなったりしないのだろうか、という疑問を、オーシャンは飲み込んだ。
もしも私が『七変化』だったら、あの人の隣に立っても釣り合う様な大人の女性に…。そう夢想が頭をもたげた所で、オーシャンはぷるぷるっと頭を振ってその夢想を追い出した。しかし、もはやジニーにバレている。彼女は自分の顔を見てニヤニヤと笑っていた。兄達にそっくりだ。
「…オーシャンったら、今、ルーピンの事を考えていたでしょう?まったく、顔に出やすいんだから」
「んなっ…!か、『開心術』でも使ったの!?」
「『真実薬』も使わなくたって分かるわよ」半分面白がって、半分呆れてジニーは言った。「何を考えていたのかしら?もしかして、『私が七変化だったらルーピンに釣り合う大人の女性に』とか考えていたのかしら?」
「なっ…そ、そんな事っ…!」ニヤニヤ顔でにじり寄ってくるジニーに、オーシャンは赤面している顔の下半分を腕を使って隠した。
「ま、そのままでも結構お似合いだと思うわよ?あなた大人っぽいもの」
何てことはない、とケロッとして言ったジニーの言葉に、オーシャンの思考回路はショート寸前だった。-おっ、お似合い…!私と…先生が…!?
隣に立った先生が自分の手を取る。いや、これは夢想だ、分かっている。目の前のジニーの顔がぐるぐると周り、「ちょっと、-!?」という声が遠くに聞こえた。先生が自分の手を引いたまま歩き出し、ちょうど三途の橋の真ん中、その大きな掌で愛おしむ様に私の頭を撫でっ…撫でっ…-!
バタン、と後ろに倒れた所で、部屋の扉が開いた。ハーマイオニーが駆け寄ってオーシャンの顔を覗き込む。「オーシャン、どうしたの!?すごい顔-ちょっと、しっかりして!」
部屋に戻ってきたハーマイオニーが、大人達が語った内容を全て教えてくれた。去年ヴォルデモートが復活した時にハリーが生き残った事によって、奴の計画が崩れた事。ハリーがすぐにダンブルドア校長に奴の復活を報せた事によって迅速な行動がとられ、
『不死鳥の騎士団』が集まる事ができた事、闇の陣営を再構築しようとしているヴォルデモートを、『不死鳥の騎士団』が阻止している事。しかし、魔法省の態度のせいでそれがなかなか思う様に進んでいない事-。
「魔法省大臣もなかなかの分からず屋なのね」
「ハッキリ言って、今の魔法省も日刊予言者新聞もまるで信用できないわ…」苦々しくハーマイオニーが言った。「自分達に都合の悪い話を聞かないなんて、権力者のする事じゃないわ。本当に失望した」
小腹が空いたジニーが、袋からビーンズをつまむ。
「それにしても、私たちが想像もつかない様な目新しい情報は、何も教えてもらえなかった感じね?」
「いいえ、シリウスが最後に言ってたわ。『例のあの人』は何か、武器の様なものを探してるって」
「「武器?」」ジニーとオーシャンの声が重なった。
「それって、どんなもの?」ジニーが訊いたが、ハーマイオニーが首を振った。
「分からない。すぐにウィーズリーおばさんに追い出されちゃったから」
「ママったら」ハーマイオニーの言葉を聞いて、ジニーの顔がまた母親に対する不満にむくれた。
次の日から客間のカーテンに蔓延っているドクシーだの、ソファの下のパフスケインだのに時間を割かれる日々が続いた。ブラック家の屋敷しもべ妖精だというクリーチャーにも会い、まん丸の目で「黄色い猿」呼ばわりされると、その蔑称を知らない友人達は一様に首を傾げた。その意味を説明した所でフレッドとジョージが大層お気に召した様で、互いの事を「赤いイグアナ」だとか「背高ピクシー」だとかからかいあった。もはや原型を留めていない。
そうこうしている間にあっという間に日は過ぎ去って、日が昇ればハリーの尋問の日になるという真夜中、オーシャンは真っ暗い部屋の中でひらひらと光る蝶に起こされた。
「う~ん…?」
蝶はオーシャンが身を起こしたのを確認すると、彼女の覚醒を待つようにしばらく目の前でひらひらと漂い続けた。オーシャンがしっかりと目を覚ました所で、ついてこい、とでも言うようにドアをすり抜けて出て行く。
「こんな時間に…誰かしら」
同室のハーマイオニーとジニーはぐっすり深い眠りについている。ドアを開けると気配で起こしてしまうかもしれないので、オーシャンはドアの外に『瞬時転移』した。
光る蝶は階段の所で待っていた。オーシャンが足音を殺して蝶についていく。静寂の廊下に、玄関のベルが鳴る度にけたたましい叫びをあげる肖像画たちの寝息が満ちている。何ものも起こさない様にしてオーシャンが階段を降りると、蝶が先ほどと同じ様に厨房のドアをすり抜けた。後をついて音を鳴らさない様に開ける。
「起こしてすまなんだ。Ms.ウエノ」夕食時と同じ明かりの灯った厨房で待っていたのは、『不死鳥の騎士団』の面々とダンブルドア校長だった。
「校長先生、どうしてここに?…これは?」尚も自分の周りでひらひらしている蝶を見て言うと、先生は自慢げだった。「Ms.グレンジャーとMs.ウィーズリーを起こしたくはなかったもんでの。美しかろう?」
先生が杖をひと振りすると、蝶は燃え尽きた線香花火の様に消えてしまった。
「まあ、座りなさい」先生に言われ、オーシャンはブラックの隣に腰掛ける。ウィーズリーおばさんが熱いココアを淹れてくれた。
ダンブルドア校長はオーシャンの真向かいに腰掛け、「さて…君に二、三、尋ねたい事があるのじゃが、いいかな?」と言った。オーシャンが間の抜けた返事をする。「はぁ」
「君の妹子は、日本で大層腕の立つ占い師じゃと聞いておるが」食卓の上で組んだ手を越して、校長はオーシャンに尋ねた。
「確かに学生ながら仕事として占いを承っていますが」オーシャンが頷く。校長が続けて聞いた。
「今までに予言の類をした事は?」
「予言?」
校長の質問があまりに想像の斜め上を行っていたので、オーシャンは素っ頓狂な声を上げてしまった。校長は彼女の様子に、やんわりと微笑んで続けた。
「いかにも。更に言えば、姉の君に関する予言じゃな」
ダンブルドア校長の言っている意味が、語学的な意味ではなく、オーシャンには分からなかった。
以前、妹の空に質問した事がある。未来を占う事を予言と言うのではないのか。あまりにも初歩的-杖に火を灯すくらいに-な質問だったため、しかも尋ね方のどこかが彼女の逆鱗に触れてしまったらしく、ひざ詰めでスネイプ先生の様にネチネチと説教された。おかげで『占い』と『予言』の違いについてだけは些か詳しくなった。
簡単に言うと、占いと予言の違いは『確定している未来か否か』である。加えて、予言は予言者の死数百年後の事でも言い当てる事があるらしい。一方占いは、過去の事を見る事は出来るが、未来の事は占術師の生きている間しか占う事が出来ない。せいぜい見られるのは九十年先が関の山だろう。しかも見られる情報はぼんやりと的を得ない事が多い。
予言者には『八百万の神』が憑依する、とも言われる。そのような芸当が出来るのは、教科書に載る様な伝説級の魔法使いだ。少なくとも、妹は教科書に載る予定は今の所無い。
「いいえ」たっぷり時間をかけてオーシャンが答えたが早いか、校長は次の質問をした。
「では、他の日本の占い師が君に関する予言をした事は?」
「聞いた事もありません」深夜に突然起こされて、大した説明もなく訳の分からない質問攻めは無いだろう。校長に答える声がつっけんどんになったのを感じたのか、隣に腰掛けるブラックが、ウィーズリーおばさんの淹れてくれたココアを勧めた。「まぁ、ココアでも飲んだらどうだ」
なんとなく子ども扱いされた気がしたので、オーシャンは目の前のココアを手に取りながら、ブラックをジロリと睨んだ。一口飲むとイライラとし始めていた心がほっと休まり、手足の先まで心地良い暖かさが広がった。
「ゆっくりお休み」
校長にそう言われた次の瞬間、オーシャンは寝室のベッドの上で、カーテンの隙間から差し込んでくる陽光に目を覚ました。