オーシャンが厨房に降りると、ロンとハーマイオニーの姿はあったがハリーの姿が見えない事に気が付いた。二人に尋ねると、ハリーはもうウィーズリーおじさんに連れ添われて尋問に向かったのだという。
「オーシャンったら、何をしても起きないんだもの。死んじゃったかと思ったわ」そう言ったのはハーマイオニーだ。彼女がどれだけ声をかけようが、肩を掴んで揺さぶろうが、オーシャンは目覚める気配を見せなかったらしい。
そんなに眠り込んでしまう程、昨日は体力的に疲れた覚えもない。と、その時、キッチンの方でオーシャンの朝食を用意しているウィーズリーおばさんと一瞬目が合った。途端、彼女は申し訳なさそうな、恥ずかしそうな顔で目を伏せる。
昨晩にダンブルドア校長と会ったのが夢ではないのなら、ウィーズリーおばさんの淹れてくれたココアも夢ではないという事になる。寝起きで感覚が鈍っていたとはいえ、あのココアに違和感は無かったと思ったが。
朝食の後でおばさんが話してくれたが、あのココアには『安らぎの水薬』が入っていたらしい。ただ、服用が少しばかり多かったみたいだ。申し訳なさそうに眉尻を下げるウィーズリーおばさんに、オーシャンは笑った。
「おばさまが『生ける屍の水薬』と間違えなくて良かったわ。それだったら今頃私、ベッドの上でポックリよ」
ポックリ、という表現がどうにもうまく伝わらなくて、ウィーズリーおばさんは首を傾げていた。
「ハリーは大丈夫かしら…うまくいけばいいけど。尋問と言うからには、厳しいんでしょうし」
遅い朝食の後で、オーシャンは布団の埃を払いながら、悩まし気に言った。ウィーズリーおばさんが洗濯物を男子部屋に運び込んだ時、余りの惨状に悲鳴を上げて、ロンとそ兄達に掃除を命じたのだ。双子の部屋の状態があまりに凄惨だったので、頭を抱えるウィーズリーおばさんにオーシャン自身が手伝いを申し出た。因みに、ハリーとロンの部屋はハーマイオニーとジニーが手伝っている。ロンがヒイヒイ言いながら尻に敷かれている姿が、目に見える様だった。
フレッドの布団は、埃とも塵とも煙とも判別がつかないよく分からない物が叩けば叩くほど出て来た。それはジョージの布団も同じで、オーシャンはしかめっ面を手ぬぐいで覆って作業に従事していた。
彼女がしかめっ面のまま口にした疑問に、フレッドが答える。彼らは背中を向けたオーシャンが黙々と作業を進めている間に逃亡を図ろうとしたが、ドアにかけてあった妨害魔法に阻まれて渋々自分たちの寝室を掃除している。「大丈夫だろ、親父もついてるし。心配性なのはいい加減止めた方がいいぜ」
「特にハリーに対してはな」と、ジョージが言い添えた。掃除を魔法でやりたがる彼ら
だったが、少しでも杖を使うそぶりを見せるとオーシャンが悪鬼のごとく怒るので、地道に手作業で掃除をしなければいけなかった。普段の魔法でも十分に賑やかな結果を出す彼らが、魔法で掃除などできるのかどうか怪しいものである。
「あら、心配させるような行動をとる方が悪いんだもの。あの子を心配する私の純粋な気持ちに、罪はないのでは?」オーシャンがすんとして言い返すと、フレッドははたきを手に砂でも吐きそうな顔をした。
「おーおー、よく言うぜ。ご令嬢は、我ら悪戯仕掛け人の事などは眼中に無しだ」
その言葉に、当の彼女は目を丸くした。
「あら、貴方達がいつ、私に心配される様な行動をとったかしら」
今度は双子が目を見張る番だ。掃除の手を止め、丸くなった目で彼女を見る。オーシャンは箒を片手に、ベッドの下のゴミを掃き出しながら言った。
「貴方達の悪戯なんてハリーがしでかす事の数々に比べれば、可愛いものよ。それに、貴方達は自分の悪戯に責任を持って取り組んでいるもの。自分のお尻を自分で拭ける子に、手は差し出したりはしないわ」
それはある種、『オーシャンは双子の力を認めている』という事だ。フレッドとジョージは満足げににっこり笑って、自分たちの寝室を力一杯掃除し始めた。
昼を過ぎて、ウィーズリーおじさんがハリーを連れて戻ってきた。
『無罪放免』の報せを聞いたウィーズリーおばさんは喜んだし、ロンとハーマイオニーは飛び上がって喜んで、「ダンブルドアが君を有罪にさせるはずがない!」と言った。ジニーと双子の兄達は、喜び勇んで歌い踊っている。「ホーメン、ホーメン、ホッホッホー…」
これで目下の心配の種は無くなったし、ハリーは学校に戻る事ができる。晴れ上がった様な気持ちでいるハリーとは裏腹に、みるみる元気が無くなっていく人物がいた。ブラックだ。
ホグワーツ特急の日が近づくにつれて、ブラックはみるみる萎れていく夏の花の様だった。以前よりバックビークがいる部屋に籠もりっきりになり、声をかけてもどことなく空元気を出している感じだった。
「まったくもう。大の大人が情けない。一人でめそめそするならもうちょっと上手くやってちょうだい。あの子達、貴方なんかの事を心配してるわ」
バックビークのくちばしを撫でながらしょんぼりしているブラックに向かって、ドアにもたれたオーシャンが呆れ顔で言った。
ブラックは張りが無い声で、不機嫌を声に出す。「…誰もめそめそなんてしてない」
「…あのねぇ、せめてみんなの前でその顔はしないでって言ってるの。ハリーが可哀想でしょう。この屋敷でずっと一人っきりって訳でも無いんでしょう?」
「…まあ、リーマスも就職が上手くいかない事だし、ここにいる事が多くなると思うが」
「…それで何がご不満なのよ!貴方に釣り合わない素晴らしい親友さんがもう一人ついてくれてるんだから、何も不満なんてないはずでしょう!?私だってねぇ…っ-」
思わず言おうとした言葉にはっとする。ブラックはきょとんとし、次にニヤニヤして言葉の続きを促した。「…『私だって、』なんだって?」
「-何でも無いわよ!毛根死ね、馬鹿犬!」
部屋に帰ると、教科書のリストが届いていた。ハーマイオニーがオーシャンに彼女宛に届いたホグワーツの封筒を渡しながら、弾む声で言った。
「やったわ、オーシャン!見て、このバッジ」
抱きつかんばかりの勢いでハーマイオニーが見せてきたのは、赤色の上に金文字のPが光るバッジだった。
「……何だったかしら?」
見せられてもそれが何なのかわからずにオーシャンが聞くと、ハーマイオニーの代わりにジニーが答えた。
「やだ、オーシャンったら。監督生バッジよ。今年はハーマイオニーがグリフィンドールの監督生ってわけ」
「ああ、あの、クラス委員長みたいなやつね。すごいじゃない、ハーマイオニー。貴女が頑張り屋さんな事は誰もが知っているもの。ある意味当然ね」
「監督生は寮に男女一人ずつだから…もしかしてハリーの所にもバッジが届いているのかしら?」
「きっとそうだわ!」ジニーの言葉にはっとして、ハーマイオニーは弾む足取りで男子部屋に向かって出て行った。ほとんど入れ違いの様にして、ウィーズリーおばさんが戸口に立った。教科書を買い揃えに行ってくれるそうだ。オーシャンもジニーもリストを渡した。
おばさんが出て行ってからしばらくして、今度は双子が戸口に『姿現し』した。
「ノックくらいはしなさいよ。英国紳士の嗜みでしょう」
「紳士って誰のことだ?」「さあ?」オーシャンが言った言葉に、双子がわざとらしく肩をすくめる。
ジニーが兄達に言った。「二人とも、どうしたの?」
「どうしたのとは、ご挨拶」「喜べ。嬉しいニュースだぜ」「なんと、今年はお前の兄が監督生だ」「おっと、俺たちじゃないぜ。それを名乗るには俺たち、年を取り過ぎちまった」双子がふざけた調子で代わる代わる言った。ジニーは目を丸くする。
「ロンが!?選ばれたの!?ハリーじゃ無くて!?」
「ああ」「封筒の中にはちゃーんと、あの忌々しいバッジが入ってたよ」
「よかったわね。おばさまには報告は?」オーシャンの言葉に、ジョージがやれやれという顔をして答えた。
「そりゃもう。飛び上がって喜んで、ハグだのキスだの」「これで息子達全員監督生だって、気を失いそうだったぜ」
「ふふ…息子達全員って、だったら貴方達はなんなのよ」おかしなひと、とオーシャンが笑うと、双子がどうともない風に言った。「さあ」「お隣さんかな?」
「でも、ハリーが監督生じゃなくて、グリフィンドールは助かったかもしれないぞ。どっかのお節介焼きのおかげでみるみる点数を減らされてみろ。ひょっとしたら、大赤字だぜ」
フレッドがジョージの肩を組みながら言う。「誰の事かしら」とオーシャンが笑顔を貼り付けると、二人は一目散に『姿くらまし』した。
前回からかなり時間が空いてしまいました。とんだ不定期更新についてきてくれる読者様ありがとうございます
「ああ、これで息子達全員監督生だわ!」「俺たちゃ何だい、お隣さんかい?」の件が好きすぎました