罰則最後の夜は、我らがグリフィンドールクィディッチチームのメンバー選抜テストだった。あの夜――オーシャンがアンジェリーナを傷つけてしまってから、そして、英語の能力がパタリと途絶えてからやっと、あるいはもう、一週間である。
罰則の間、ハリーはなんとか体勢をずらして、アンブリッジの背後にある窓の外を盗み見ていた。夜の闇に染まるクィディッチピッチで、我こそはとチームのキーパーに名乗りを上げた者達が箒に跨がり、次々とテストを受けていった。その中にはハリーの長年の親友、ロンの名前もある。
テストがどうやらロンの順番になり、ハリーの手にも思わず力が入っていた。
何時間経っただろうか。手の痛みと疲労感で時間の感覚も麻痺してきた頃、アンブリッジが二人とも手の甲を見せろ、と言って来た。ハリーとオーシャンの手の甲には、それぞれの文字列がぬらぬらとした赤い血で光っていた。皮膚が裂かれてズキズキと痛む。
アンブリッジはオーシャンの手を取り手の甲に光る文字列を見ると、にんまりと満足げに微笑んだ。――悔しいでしょう? そう問いかける様にアンブリッジが意地悪くオーシャンを見上げたので、オーシャンは自分に出来うる限りの一番の美しい微笑みで返した。私の心をお前の思い通りなどにさせない――お前と同じ土俵になど、決して下りるものか。
オーシャンが思った通りの憎しみの顔を見せなかったので、アンブリッジはつまらなさそうに彼女の手を離すと、ハリーの手を取った。その瞬間、彼が痛みに声を上げる。「Ouch!」そしてとっさに、もう片方の手で額の傷に触れようとした様に見えた。
その反応に笑みを深くしたアンブリッジに対して、ハリーは信じられないものを見る様な目で彼女を見返した。そしてそのまま、女史の部屋を辞したのだった。
グリフィンドール寮はお祭り騒ぎの様相だった。兄弟達にロンが担ぎ上げられている所を見ると、どうやらクィディッチチームのキーパーはロンに決まったらしい。
ハリーとオーシャンの二人も部屋に入るやいなやバタービールのジョッキを持たされ、そこかしこで乾杯させられた。人混みをかき分けてハーマイオニーを探すハリーの前に、チームのキャプテン・アンジェリーナが現れた。
ハリーのすぐ後ろにいたオーシャンは、現れた人物に息を飲んでとっさに背中を向けてしまった。アンジェリーナに会わせる顔なんて無い。できるならこのまま、地中深くに潜ってしまいたい。
そう思ってすぐ、これは逃げに他ならないと気づいた。彼女に会わせる顔が無いなんて、自分の事情に他ならない。地中深くに潜る前に、この場でするべき事があるだろうに。
「ocean.」
何事かハリーと話を付けたアンジェリーナに呼びかけられた。オーシャンは振り向く。久しぶりに見る彼女の真っ直ぐな視線が、自分を見ている。
オーシャンはその場でゆっくりと腰を下ろして正座する。アンジェリーナもハリーも、弟を担いだ双子も、みんなが自分を見下ろしている。
「アンジェリーナ、貴女の気持ちを考えない発言をしてしまって、本当にごめんなさい。sorry、本当にごめんなさい」
オーシャンはそのまま床に両手をつくと、頭を下げ、床に額をつけて土下座した。周りの人間がどよめいた。カシャ、と鳴ったのはコリンのカメラのシャッターだろうか。
他人にどう見られても良かった。言葉が通じなくても良かった。ただ、この気持ちがアンジェリーナに通じれば、それだけで。
アンジェリーナは動揺した声でオーシャンの名を呼んだ。そして彼女に顔を上げさせようとしてしゃがんでその手を取った所で、手の甲の傷に気づいた。
――I must not go against.――私は逆らってはいけない。皮膚が切り裂かれて、彼女の白い手の甲に赤い文字が形成されている。アンジェリーナはそれを見て声を上げ、双子が何かしらを言っているのがオーシャンに聞こえた。――余計なことを。
するとアンジェリーナは乱暴にオーシャンの体を引き寄せ、しっかりと彼女を抱きしめた。アンジェリーナの顔が涙に濡れている事に気づいて、オーシャンも彼女に答えてその背中にしっかりと腕を回す。
アンジェリーナはうわずった声で、何かを伝えていた。しかしオーシャンにはそれを聞き取る術が無い。しかし、心の中に広がっていく温かいものが、彼女が「もういいよ」と言っていると伝えていた。
次の日、オーシャンが目を覚ますと、ちょうどアンジェリーナが着替えを終えた所だった。英語で「朝食に行くわよ」と言われたので、身振り手振りで「先に行ってて」と伝える。アンジェリーナは残念そうにしたが、オーシャンの起き抜けのボサボサ頭を見て、同室のアリシアと出て行った。
残されたオーシャンは、アンジェリーナ達が扉から離れたのを足音で確認すると、ベッドから飛び起きて叫んだ。
「何でそのままなのよ!普通漫画とかだったら、昨日の出来事を経て朝起きた時点で元に戻ってるもんじゃないの!?」
口に任せて叫んだ時点で、頭の中に住む仏が問いかける。――お主は彼女に心からの謝罪をしたのではなかったのか? 英語ができない自分のために、能力を元に戻すために形ばかりの謝罪をしたというのか?
オーシャンは寝間着のまま、窓から天を見て答えた。
「違うわ、アンジェリーナに謝るために謝ったのよ! あの時の私の心に嘘偽りは無いわ!」
仏が答えた。――ならば、言葉の能力が戻らない事に問題はあるまい。
オーシャンはやっと洋服箪笥からローブを引っ張り出した。
「そもそも私の過ちで彼女を傷つけた事によって、言葉が通じなくなったはず! という事は私の言葉の問題と、私とアンジェリーナとの問題は、イコールであったはずよ!」
仏は答えた。――お主の問題はお主の問題じゃ。彼女との問題では無い。問題を勝手に混同させて楽をしないことじゃ。
「ああ…もうっ!」
頭の中で仏がゆったりと笑う姿が、何故かダンブルドア校長に重なった。身支度を済ませたオーシャンは、肩を怒らせて部屋を出た。仏が追い打ちをかける。――そもそも英語の勉強をしないから、こういうことになるんじゃぞ?
「うるさいうるさーいっ! もう聞き飽きたわよ!」
談話室で叫ぶと、クリービー兄弟がオーシャンに向かってシャッターを切った。
大広間に向かいながら、階段の手すりを掴む自分の左手が目に入った。違和感が駆け抜ける。
「……ん!?」
慣れない英文を刻みつけたはずのその手の甲には、しっかりと日本語で「私は逆らってはいけない」と書かれていた。オーシャンは階段で立ち止まって、途方に暮れた。「嘘でしょう…?」
まあ、全くコミュニケーションがとれないのよりは、とれたほうが助かるのには違いない。しかしだったら何故、神は能力を元通りにしてはくれなかったのか。試しに羊皮紙に日本語で「今日は授業はお休みよね?」と書いてジョージに見せた所、彼は不思議そうにしていたが「yes」と答えた。今まで英語を書けないし読めなかったオーシャンが、突然流ちょうな英語を書いてみせるのだから、驚かないほうが無理な話だ。
そんなわけで、早速朝食の席でマクゴナガル先生に報告した。羊皮紙ではなく白紙の日記帳に、現在の状態を書いて。
――英語が書ける様になりました。しかしながら変わらず英語を聞き取る事はできません。
マクゴナガル先生は悩ましげに頭を抱えた。申し訳なさそうに、オーシャンは日記帳を差し出す。先生は彼女の意図を素早く読み取り、日記帳を受け取るとこう書き加えて持ち主に返した。
――では、読み取る事はできるのですね?
はい、授業の内容はこれまで以上に理解できるかと思います。そう返したオーシャンに、マクゴナガル先生はわずかながらの笑みを見せた。
マクゴナガル先生への報告を終えたら、今度は友人達への報告だった。先生にしたのと同じように日記帳に自分の状態を書いてみんなに見せる。先ほど実験台にされたジョージは納得して頷いて、あとのみんなは口をあんぐりと開けて驚いた。
――でも、英語は書けるし、読めるから大丈夫――続けてそう書いてみんなに見せたが、みんなは不安そうな様子だった。
ハリー、ハーマイオニー、ロンの三人は見ていた新聞記事を握りしめたまま、何事かを言っていた。その口にする意味は分からない。しかしその新聞記事は読むことが出来た。
「…魔法省侵入事件?」
記事によると、先日の深夜一時に魔法省の『機密事項』にあたる部屋に侵入者があったという事だった。侵入者の名前はスタージス・ポドモア。不死鳥の騎士団の一員である。
「『騎士団』のメンバーが魔法省に不法侵入だなんて、どういうこと?」
オーシャンはそう呟いて意見を求めるためにハーマイオニーを見たが、日本語の問いに彼女が答えられるはずもなく、オーシャンは自分を棚に上げて呻いて、日記帳の新しいページを開いた。「…ああ、もう、面倒くさいわね」
ハーマイオニーがオーシャンの日記帳へ自分の意見を書き込もうとすると、そこへハリーとロンが何かを言った。ハーマイオニーが手を止めて彼らに言い返す。侃々諤々の議論の後にハーマイオニーが整理して提示してくれた答えはこうだ。――スタージスは、魔法省に誘い込まれ、罠にかけられたのではないか、と。
日記帳に書かれた文言を睨んで考え込むオーシャンだったが、ハーマイオニーがおもむろに件の新聞を折りたたんで何かを言った。アンジェリーナの一声でクィディッチチームの面々も席を立つ。これからピッチに赴いて、新しいキーパーを加えての初めての練習だと言う。
オーシャンも連れ立って競技場に赴くと、そこにはニヤニヤしてなにやら楽しげに話している先客がいた。スリザリンのクィディッチチームと、その取り巻きだ。
「あら、彼らも応援に来たのかしらね」
オーシャンは呟いた。彼らの姿を見つけたハーマイオニーは、不機嫌を露わにして席に座った。
後は酷い有様だった。グリフィンドールチームがユニフォームに着替えてピッチに出てきた瞬間から、スリザリンの面々は大きな声で野次を始めた。いくら言葉が聞き取れなくても、その声色や語調がどういう類いのものかは判別がつく。大人数の前で野次られる事に耐性の無いロンはみるみる調子を悪くした。ハーマイオニーの眉間の皺も、そろそろ数えられなくなっている。
グリフィンドールチームは野次を気にせず練習を続けている様に見えるが、その実かなり苛立っているに違いない。キャプテンのアンジェリーナがチームメイトに指示を飛ばす声色に、その片鱗が見えていた。
「…しょうがないわね」
オーシャンが立ち上がり、印を切るそぶりを見せるとスリザリン生が一斉にぎくりとした。野次の矛先がこちらへ向くが、どうせ何を言っているかは分からない。何を言われても平気だった。大方、校内で魔法を使ったと先生に言いつける、程度の事を言っているのだろうが。
「静まり給え、静まり給え――」
オーシャンがいつにも増して尊大な声を上げて呪文を唱え始めると、何をされるか分からない恐怖からかスリザリン生は蜘蛛の子を散らす勢いで退散してしまった。
スリザリン生がみんないなくなるとハーマイオニーは笑い出し、続いてグリフィンドールチームみんながこちらを見て笑っていた。アンジェリーナがオーシャンに向かってガッツポーズしたので、オーシャンは笑って手を振り返した。
ハーマイオニーが何かを言いかけて口をつぐんだ。そしてオーシャンの日記帳を開くとさらさらと書き加える。
――本当にあいつらに魔法をかける気だったの?
受け取ったオーシャンは、笑顔で返答した。
――いいえ。でたらめな印と呪文でよく逃げてくれたわね。
大変! 大変長らくお待たせいたしました! 待っていてくれた方、ありがとうございます! ご新規の方もこれからよろしくしてくれると嬉しいな!
長らく続きが書けなくて頭を悩ませ、今年こそはと勇んでいたところ発覚したリアル病で今年はほぼ半年間入退院を繰り返していました爆
来月からやっと職場にも復帰だけどゆっくり仕事休んだら続き書けたからから結果オーライだよね!
仏は最初もっとフランクな口調の予定だったけど、書いたところでただの佐藤●朗になったんで堅いめの口調になりました。
ところで私気づいてしまったんだが……セドリックってゴブレットの時点ですでに七年生じゃない……? うちのセド、ナチュラルに留年してない…………? 怖くて原作を確認できない……