英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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6話

オーシャンが最後の扉を潜るとそこには、一つの鏡の前に立つクィレル先生とハリーの姿があった。二人とも、こちらに背を向けて鏡を見ている。

 

先生とハリーが一緒の姿を見て、オーシャンはホッとすると同時に違和感を感じた。何故クィレル先生がこんな所に?

オーシャンが一歩を踏み出すと、誰もこちらを見ていないのに、「おや、客人が来た様だ…」と言う、声が聞こえた。腹の底を冷やす様な、おどろおどろしい声だ。

 

その声の言葉に、クィレル先生がこちらを向いた。ハリーは、鏡越しにオーシャンを見た。「Ms.ウエノ…!」

 

「ハリー…これはどういう事かしら…?何故クィレル先生がここに…」

鏡の中のハリーを見つめて、オーシャンはハリーに尋ねた。困惑した様子のオーシャンを見て、クィレル先生が歪んだ笑顔を見せた。

 

「これはこれは…。日本の呪術師さまのおでましだ…。クィディッチの試合で私が折角ハリーの箒にかけた呪いを、きれいさっぱり消してくれたのはお前だな?」

そのクィレル先生の言葉に、オーシャンはハッとする。スネイプ先生ではなく、彼だったのか。

ということは、「石」を狙っている犯人もクィレル先生ということか。オーシャンの頭の中で、クィレル先生と「石」がどうしても結び付かなかった。どうやらハッキリしていることは、ハリーが危険だと言うことだけである。

しかし、オーシャンがクィレルを敵視するのには、その理由だけで十分だった。

 

「貴方だったのね。その節は、どうも」オーシャンはクィレルの注意をこちらに向けようと、一歩づつ近づきつつ、話しかけた。

「ここはとても陰気な場所ね。もっとも、トロールとお友達の貴方には、お似合いなのかもしれないけど」

クィレルが答える。

「陰気だろうが陽気だろうが関係無い…。あの方の望むものが手に入れば、それでいい…!」

 

そう言うとクィレルはまた鏡を向き、鏡の中のハリーを猟奇的な眼差しで見つめた。

「さあ、ポッター、答えろ!「石」はどこにある…!お前には何が見える!?」

ハリーは迷い、だけど鏡だけを真っ直ぐ見つめて、答えた。

 

「僕…僕のお陰でグリフィンドールが勝った。寮杯をダンブルドアから受け取っている…」

「嘘を吐くな…そいつは嘘を言っている…」

またクィレルが喋ってないのに、恐ろしい声が聞こえた。しかしどうやら、その声はクィレルから出ているように聞こえる。

「もういい…!俺様が直に話す…」

業を煮やした声が言って、クィレルがビクリと縮こまった様に見えた。

あなた様はまだお力が…。良い、それに使う力ならある…。一人二役の様な押し問答の果てに、クィレルが自分の頭に巻いていたターバンを、スルスルとほどき始めた。

 

ハリーは恐怖に叫んだ。オーシャンはハッと息を飲んだ。クィレルがハリーに、後ろ姿を見せるように立つ。クィレルの顔のちょうど真裏には、もうひとつの顔があった。蛇に似たその顔が語りだした。

 

「ハリー・ポッター…!この有り様を見ろ…!他者に体を借りることで、初めて形になることができる…俺様のためにユニコーンの血を啜るクィレルの姿を見ただろう…」

ヴォルデモートは、「命の水」を獲る為に、「賢者の石」を欲していたと語った。

 

「さあ、両親の様な目に遭いたくなかったら、「石」を寄越せ…」

「やるもんか!」

ハリーは叫んで、唯一の出口に向かって駆け出した。一方オーシャンは、ハリーが「石」を獲得したのか考えるよりも先に、ハリーに向かって駆け出した。「捕まえろ!」と、ヴォルデモートが怒りも露に叫んだ。クィレルが素早くハリーを追う。

オーシャンが「早くこちらへ」と言う様にハリーに手を延ばし、ハリーもオーシャンに手を延ばした。指先が触れあおうとした刹那、クィレルの右手がオーシャンのそれより早く、ハリーの手首を捕らえ、引き戻した。

 

途端、クィレルが叫び、その手を放した。クィレルの右手に、みるみる火膨れが出来ていた。

「捕まえろ!」尚もヴォルデモートが叫び、クィレルが今度は左手で、ハリーをまた捕らえる。が、しかし、またその手に火膨れが出来て、ハリーを放してしまった。

 

「ご主人様!私の手が!奴を捕まえる事ができません!」

クィレルが哀れに叫ぶと、ヴォルデモートは激昂した。

「それならば殺せ!殺してしまえ!!」

 

クィレルが杖を構えた。しかし、ハリーを狙ったその杖先を、オーシャンが遮った。

「…おっと。たった一人の男の子のために、闇の帝王に楯突くというのか、泣かせるな…。ハリー、この光景を俺様は知っておるぞ。お前のために俺様の前に立ちふさがった愚かな女は、これで二人目だ。…そうだ、愚かなこの女にお前を殺させるのも面白い…」

ハリーがハッとして振り返った時には、クィレルの呪文がオーシャンに炸裂していた。

 

「インペリオ!服従せよ!」

 

オーシャンはふわふわとした心地になった。天地がどちらか分からなくなる…。クィレルの声が遠くから聞こえた。何…?何を言っているの…?

 

 

オーシャンが杖を取り出し、ハリーを向いた。ハリーが絶望的な表情で、オーシャンを見つめる。「Ms.ウエノ…」クィレルが勝利を確信した顔で、ニヤリと笑った。

 

途端、オーシャンはクィレルに向き直ると同時に唱えた。

「貫け!怒りの神槍!」

空を突いたオーシャンの杖から光が迸り、一瞬でクィレルの胸を貫いた。

 

クィレルが、何が起こったのか分からない、といった顔でオーシャンを見つめ、その杖先から自分の胸へと視線を移した。彼のローブの胸に、魔法でできた焦げ穴が空いていた。

 

「何だと…?」

クィレルがガクガクと呟く。その声に、杖を下ろしてオーシャンが答えた。

 

「残念だったわね。どんなに命令しようと、私は貴方に服従できないわ。生憎私、アイ、キャンノット、スピーク、イングリッシュよ!」

 

「ば…バカな…!そんなことで…!」

ヴォルデモートが驚愕した声を出したと共に、クィレルが崩れ落ちた。ヴォルデモートがクィレルの亡骸から離れて、霧散する様に消えていく。それをオーシャンとハリーが共に見つめていると、二人の背後で声がした。「…まさか英語が話せない事が、こんなところで役に立つとはの」

 

二人が振り向くとそこにダンブルドア校長が、呆れたような笑顔を浮かべてたたずんでいた。二人が声を揃えて「校長先生…」と呟くが早いか、ハリーの力が抜けてその場に崩れ落ちる様に倒れた。危ういところで、オーシャンが抱き止める。「ハリー!」

 

大丈夫だ、息はある。ダンブルドア先生が何か言って、オーシャンは顔を上げて不思議そうに先生を見た。

返事が無いオーシャンの様子を見て、ダンブルドア先生は「oh…!」と言った後に一回だけ手を叩いて笑った。後程先生に聞いたところによると、「ヴォルデモートと対峙するより、後輩が気を失った事の方が、君にとってよっぽどパニックになる状況なのか」と感心して、泣いて笑ったらしい。

 

 

 

 

 

 

ハリーは気を失ったまま医務室に入院したが、オーシャンはマダム・ポンフリーの検査責めに遭った後、ロンやハーマイオニーと一緒に寮塔に戻る事を許された。

次の朝、朝食の席でダンブルドア先生は、全校生徒にこの事件の顛末を話し、「絶対に秘密じゃ。くれぐれも事件の当事者に、根掘り葉掘り聞こうとしてはいかんぞ」と言って締め括った。

 

それでもネビルはロンとハーマイオニーを心配したし、アンジェリーナに至っては「オーシャン!生きてて良かった!」と一日中泣いていた。

皆に質問を受けたので、オーシャンが「「服従の呪文」をかけられたの。でも私、英語で何を命令されてるのか聞き取れなくて…。何か…効かなかったわ」と説明すると、フレッドとジョージは嬉々としてそのシーンを熱演し始めた。

 

オーシャンが「ヴォルデモートの魔の手を逃れたんだから、もうちょっと尊敬を持ってよね」と双子に言おうとして、止めた。

 

「何か……端から見ると私、すごく情けないこと言ってるわね」

「アイ、キャンノット、スピーク、イングリッシュ」の件についてオーシャンが言って肩を落とすと、双子が声を揃えて言った。

「「いいや、これで「例のあの人」も、日本語を勉強するだろ」」

それを聞いて皆笑った。

 

ハリーを見舞いに訪ねると彼はまだ目を覚ましていなかったが、ダンブルドア先生がいたので、何故あの時「服従の呪文」が効かなかったのか、とオーシャンは聞いた。

 

「Ms.ウエノ、それはわしより、君自身の方がよく知っておるじゃろう」

とダンブルドア先生が言ったので、オーシャンは首を傾げた。

本当に分かっていない様子のオーシャンを見て、ダンブルドア先生は笑った。

 

「君は大した胆力の持ち主じゃの。こうした可能性を考えずにクィレルの前に立ちふさがったとは…恐れ入るわい。君が一時的に先天的能力を失うのは、確か精神的と外的なアクシデントによる事だと、わしは理解していたが?「服従の呪文」は、痛みは伴っていないがまさに「外的なアクシデント」じゃ」

 

オーシャンが目を丸くした。

「私、とても運が良かったのですね」

ダンブルドア先生は、目尻の皺を深めた。

「君が英語を話せるようにならん限り、そしてヴォルデモートが日本語を話せるようにならん限り、君に「服従の呪文」がかかる事は生涯無かろうて。もしかすると、今頃ヴォルデモードは勘違いしておるかもしれんの。君の存在が、ハリーの様に、自分の危険を招くと思って」

 

 

蓋を開ければ、やっぱり情けない話だった。しかもダンブルドア先生が言う様に、ヴォルデモートが勘違いして

いれば、今後命を狙われる可能性も出てくる。

「…ヴォルデモート、日本に旅行にでも行ってくれないかしら…」オーシャンはポツリと呟いた。日本に行けば日本人は英語が苦手な人が大半の民族だと分かって、オーシャンが特別ではない事に気づくだろう。

ダンブルドア先生は嗜めたが、やはり笑っていた。

「これこれ、故郷が破滅になってもよいのか」

 

「質問は以上かの?」と先生に聞かれて、オーシャンは気になっていた事をもう一つ問うた。

「クィレルがハリーに触れなかったのは、あれはどう言った魔法です?」

ダンブルドア先生は、「あれは、ハリーの母上がハリーに唯一残した、愛という魔法じゃ」と、端的に答えた。

それを聞くとオーシャンは、「ああ、それに勝る魔法は無いですね」とふわりと笑って言った。そして、眠っているハリーの胸の上に手作りのお守りを置いて、医務室を辞した。

 

 

 

 

 

 

 

次にオーシャンがハリーの顔を見たのは、学年度末のパーティの席だった。大広間でオーシャンがグリフィンドール生と共に開会を待っていると、ハリーが現れてハーマイオニーの隣に座りながら、「Ms.ウエノ、お守りありがとう」と言った。

 

「どういたしまして」とオーシャンがにっこりすると、ハリーはお守りを取り出して、そこに刺繍されている文字を指差しながら、「これ、何て読むの?」と聞いた。

 

オーシャンは頬杖をつきながら答えた。

「「無病息災」。病気も怪我もしません様に…って、もう遅いわね」

自分の言っている事に矛盾を感じて、オーシャンが笑うとみんな笑った。

 

ダンブルドア先生が壇上に現れると、一言の挨拶の後に寮対抗杯の点数と順位が読み上げられた。もちろん、スリザリンが一位、グリフィンドールはぶっちぎりの四位だ。スリザリンのテーブルが勝利に沸いていると、ダンブルドア先生は、「しかし、最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」と言った。

 

ロンがダンブルドア先生に名前を呼ばれ、地下で行われた魔法のチェスゲームの敢闘を称えられ、五十点を獲得した。グリフィンドール生、特に彼の他の兄弟達は、大広間の屋根を吹き飛ばさん勢いで喜んだ。

 

次にハーマイオニーの名が呼ばれ、あれほどの苦難にも冷静な論理的対処をしたとして、五十点を獲得した。グリフィンドールのテーブルがまた、喜びに揺れた。

 

次にハリーの名が呼ばれ、その精神力と勇気を称え、六十点が与えられた。今やグリフィンドールの点数は、スリザリンに並んだ。「しかしながら…」とダンブルドア先生は続けた。

 

「ウエノ・ウミ。類い稀なる幸運と、他者を守ろうとする勇気を称えるが…。やっぱり運が悪ければ死ぬ所だった考えなし加減に、十点を引こうと思う」

今度はスリザリンが沸き、グリフィンドールが悲鳴を上げた。「ウエノ!余計なことすんな!」と、同じグリフィンドール生から野次が飛んだ。

 

大広間が静かになったところで、ダンブルドア先生がまた語りだした。

「勇気にも色々ある。彼女の勇気は完全に向こう見ずのそれじゃったが、友人に立ち向かうのにも勇気が必要じゃ」

ダンブルドア先生は満面の笑みを浮かべて、ネビルに対して十五点を与えた。

 

ネビルは放心状態になったまま、グリフィンドールのみんなから抱きすくめられ、姿が見えなくなった。

 

ダンブルドア先生が一つ手を打つと、大広間の飾り付けがスリザリンの寮旗からグリフィンドールの寮旗に変わった。喜ぶ寮生達を他人事みたいに眺めながら、オーシャンはふてくされて呟いた。ダンブルドア先生は、最後の最後まで寮杯の行方が分からないこの展開を、楽しんでいたに違いない。

「私を、エンターテイメントに使わないで欲しいわ…」

 

 

驚いた事に、オーシャンは試験を全て合格していた。気になっていた変身術はギリギリだったものの、他の筆記試験も可もなく不可もない点数を採れている。ハーマイオニーとの英語の勉強が幸を然していた。ハーマイオニーに、日本のお菓子でも買ってこようと思った。

 

ホグワーツ特急の中で、「オーシャンは日本に帰るの?」とハーマイオニーに聞かれたので、オーシャンは感謝を述べてから言った。

「一時帰国ね。試験は合格だったし、来学期、また戻ってくるわ。お父様とお母様と相談して、こちらでホームステイ先を探そうと思っているの。ほら、私あの、飛行機が苦手なの。帰国の為だとはいえ、何度も乗りたくないわ」

ロン達ウィーズリー兄弟が聞いたので、オーシャンとハリーとハーマイオニーが飛行機について説明した。三人とも、「魔法を使わないで宙に浮くなんて、信じられない!」と、せっかくの説明を最後まで信じなかった。

 

キングズ・クロス駅に到着してプラットホームから出ると、それぞれの親、叔父、叔母が迎えに来ているのが見えた。そして、オーシャンの両親と妹も。

「お父様、お母様!空まで!」

オーシャンは思いもしなかった姿を見つけて、驚いて駆け寄った。彼女の母親は、彼女を抱き締めた。

「元気にしていた?海、たくさんお友だちができたのね」

母の視線に振り向くと、ハリー、ハーマイオニー、ウィーズリー兄弟が、優しい顔で彼女達を見ていた。海の母は、みんなに向かって会釈した。

 

オーシャンが、みんな、また来学期ね!と手を振ると、友達みんなが手を振り返す。親子がビックリして娘(又、姉)を見た。

母様、海ねえの英語がちゃんと通じてる!海、随分流暢な英語を喋れるようになったのね!海、頑張って勉強したんだな、偉いぞ!あ、これ魔法効果の一環なの。「服従の呪文」も効かなかったのよ。歩きながら話すわ…。えっ!何!?「服従の呪文」!?どう言うことだ、海!待ちなさい!

 

さっさと一人で歩き出した上野海(英名、オーシャン・ウェーン)を家族が追いかけていく姿を、ハリー達は見送った…。

 

 






これで賢者の石編終了になります!ご愛読してくださったそこのあなた!ありがとうございました!ヴォル様に小物感が出てしまいましたが、この物語はフィクションの中のフィクションです。



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