英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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72話

「あなた方のクラブの実績では、今後の活動を許可する事は当面無いと思いなさい」

「そんな、先生、お願いです、もう一回話を――」

 

 この期に及んで、能書きを垂れようとする愚かな生徒を、私は杖の一振りで部屋から追い出した。

 くだらない仲良しクラブの存続にこのドローレス・アンブリッジが判を捺すと思っているなんて、勘違いも甚だしい。

 

「ふぅ……」

 お陰で少し疲れてしまったわ。

 私はすっかり冷めてしまった紅茶で口直しをして、壁の額の中で愛くるしく戯れている子猫たちに癒やされることにした。

 

「やはり、覚悟はしていたけど、この惨状は酷い物ね……。名門、ホグワーツの名前も今は昔、って所かしら」

 しかし、子供達の再教育、教師陣の見直し。やるべき事はまだまだあるわ。現場を魔法省から一任されたからには、その信頼に応えなければ。

 

「……?」

 何か違和感を感じて、私は部屋に一つだけある窓を振り向いた。

「――ひっ!?」

 真っ黒い体に赤い瞳の一羽のからすが、窓の僅かなへこみで羽根を休めている。

 横を向きながらも、瞳だけはこちらの様子を覗っているみたい。何っ!?気味が悪い!

 

 私は一刻も早くその気味の悪いからすから離れるため、席を立って次の査定の準備を始めた。

 次の査定は、魔法薬学のセブルス・スネイプ。授業は五学年のスリザリンとグリフィンドール。

 まあ、査定なんて、私が学校で権限を得るための口実の様なものだけど……。

 私は扉をいつものように厳重に施錠して、部屋の外へ出た。

 

 廊下にはまだ、生徒がのんびり歩いている。

 あらあら、駄目じゃない。あなた方の様な世間の荒波も知らないケツの青いガキは、一刻も早く教室へ行かないと。

 

 キャッキャと姦しく騒ぎながら歩いている女生徒三人組に、後ろから優しく声をかける。

「随分楽しそうなのねぇ。授業の前はお遊びの時間じゃないのよ?」

 三人は一気にこちらを振り返って、まるで萎びイチジクの様な顔をして「ごめんなさい」と消え入る様に言った。そうそう、お子ちゃまは素直が一番よ。

「そうそう、あなた、お化粧も少し濃すぎるんじゃないかしら? 誰に見せるわけでもないんだから、すぐに落とした方がいいわね」

 

 そうアドバイスすると、その子達は走り去った。そうよ、先生の言うことをよく聞く良い子達ね。

 

『……ふふっ、先生のお化粧を参考にしたんじゃないかしら?』

 その声は、上の方から聞こえた気がしたわ。私は機敏に上方を振り仰いだけれど、そこには高い石造りの天井が見えるだけだった。

 

 声の聞こえた一点を睨み付けて呪文を唱えようとした所で、可愛い生徒達に元気よく挨拶をされた私は、杖をしまい笑顔に戻って挨拶を返した。

 

「アンブリッジ先生、こんにちは」

「ええ、こんにちは」

 生徒達の方を向いてそう笑顔を返した瞬間、私の首に何か、か細い物が触れた。そう思った瞬間には、それがひと思いに絞まり、私のつま先が床から離れた……!

 

「――ぐっ!?」

 その苦しみは、ほんの一瞬の出来事だった。私が杖を振ろうとすると、首を締めていたものはするりと解けて逃げて行った。

 

 突然の出来事に上手く対応出来なかった私を、心優しいMr.マルフォイが助け起こしてくれた。

「先生、大丈夫ですか!?」

 

「まぁ、なんて痛々しい……」

 目の前で恐ろしい出来事が起こったのにも関わらず、Ms.パーキンソンは気遣わしげに瞳を潤ませた。なんて心優しい子なんでしょう。

 

 私の首には少々痕が残った様だけど、可愛いあなた達に危害が及ばなくて本当に良かったわ。

「一体、誰がこんな事を……。先生、とにかく医務室に行きましょう」

 

「ありがとう、Mr.マルフォイ。でも、大丈夫よ。この後は魔法薬学の査察なの。遅れるわけには行きませんからね。一緒に行きましょう」

 そう促すと、可愛いスリザリン生達はそれに従った。この時の事はピーブズの愚かな悪戯だろうと、私はそう思っていたの。

 

 

 

 魔法薬学の査察は、悪くは無かった。私は次の『闇の魔術に対する防衛術』の準備をするために、帰路を急いだ。

 すると突然、つま先に激痛が走った。

「痛っ! やだっ、何っ!?」

 

 まるで針で突き刺す様な……ううん、それ以上の痛みに思わず悲鳴を上げると、可愛い生徒達が心配して駆け寄ろうとしてくれた。

「先生、大丈夫ですか!?」

 

「駄目よ、それ以上近づいては! ここに何かあるみたいなの。危険ですから、あなたたちは近づいては駄目よ。次のクラスへ行きなさい」

 

 近づいてきた生徒達をそう言って追い払い、私は現場の検証を始めた。

 質の悪い悪戯だ。誰かがきっと、噛みついたりするくだらないおもちゃに透明呪文をかけて廊下に置いたとか、そんな所だろう。

 犯人を見つけ次第、たっぷりと『指導』しなくては。

 

 ところが、それらしい悪戯道具は見つからなかった。

 『現し呪文』や『呼び寄せ呪文』を使っても効果は無い。私は血の滲むヒールにちょいと応急処置を施して、授業に急いだ。

 大分遅くなってしまった。もう準備の時間は無いだろう。

 

 教室のドアがもうすぐのところまで近づいた時、次は突然胸が痛み出した。

 コーンッ、と一つ、決して強くはない痛みだが、胸の内側に直接響いた。

 

「あっ……ぐっ……?」

 突然の事に、一瞬息が詰まり、私は思わず壁に手を突いて立ち止まる。

 

 息を整えて再び前に進むが、胸の痛みは鈍く私を苛み続けている。

「はぁ……はぁ……」

 

 壁を伝いながらなんとか教室のドアにたどり着いた。開いて部屋の中に入る。生徒達はきちんと席に座って私の事を待っていた。前方でたむろしている何人かの生徒以外は。

 

 どうやら、何かを見て騒いでいる様だ。

「……どうしたの……? 早く席につきなさい」

 鈍く痛み続ける胸を押さえながら、教卓に群がっている子供達にようやく声をかける。

 

「先生……。先生の机の上に……こんなものが……」

「!?」

 青ざめた生徒の指さす先には、藁を束ねた気味の悪い人形が、太い釘で教卓に貼り付けられていた。

 

「これは……うっ!?」

 その気味の悪い人形に触れた時、胸の痛みが一層強くなって、私は不覚にもその場に膝をついてしまった。

「せ、先生……?」

 生徒達が私の様子を心配そうに覗っている。私としたことが、生徒の前でこんな姿を……。

 しかし、そうしていくらも経たない内に、胸の痛みがふっと消えた。……どういうこと?

「もう大丈夫よ」

 

 すっくと立ち上がり、教卓の上に目をやると、人形を磔にしていた釘が消えていた。不細工な人形は、胴体に開いた痛々しい穴を露わにしている。

「……どういうこと?」

 

「……先生? 大丈夫ですか?」

 不格好な人形を睨み付けていた私は、生徒に問いかけられてハッと我に返った。いけない、不用意に生徒達を怖がらせてしまったわね。

 

 大丈夫よ、お席に戻りなさい――私は彼にそう笑顔を向けて、藁の人形をさっとポケットにしまった。

 

 私に刃を向けるとはどういうつもりなのか知らないが、人形という証拠は手に入れた。犯人に大体の検討はついているが、絶対に尻尾を掴んで引きずり出して、この学校の、この国からも追放してやる。

 

 その決意を笑顔の後ろに涼やかに隠し、私は今日最後の授業を始めた。

 

 

 

 

 気付いたとき、私の目線は教務机の天板とほぼ同じだった。

 私としたことが、こんなだらしない格好で居眠りをしてしまうなんて……! 私はすぐに身を起こして、机に垂れていたよだれを魔法で清めた。

 

 部屋の中は薄暗い。授業が終わってから、今日の査定のまとめと調べ物をするために少し席に着いただけのはずが、思わず眠りこけてしまった様だ。午後は、嫌に変なことが多かったから……。

 

 ポケットに手を入れると、そこにちゃんとあの不格好な人形があった。ぐしゃりと握りつぶして、改めて私にこんな無礼を働いたあのガキを潰してやる、と決意を固くする。

 

 調査で東洋にはわら人形に釘を打ち付ける呪いが存在する事を、私は突き止めた。

 東洋出身で私に無礼を働く愚か者……答えはこの学校に一人しか存在しなかった。

 

 そうね、今頃夕食の席で自分が何をしてやったか、ろくでもない友人達に自慢げに語ってるんじゃないかしら。私は“敵”の動向を探るため、部屋を出て夕食に向かった。

 

 やはり、夕食はもう始まっていた。四寮のテーブルは生徒達で埋まり、元気で意地汚い会話で食事を汚している。

 

 私とした事が夕食の時間に遅れるなんてあるまじき事だけれど、ダンブルドアは友好的な笑顔を貼り付けて私を迎えたわ。

 あまつさえ、「あまりに遅いので、心配しておりましたぞ」なんて見え透いたおべっかを使って。ふん。いけ好かないじじいだこと。

「根を詰めすぎて、疲れが出てしまった様で……ご心配、ありがとうございます」

 挨拶をして、私に用意された席に座ると、私の分のスープやサラダが出現した。

 

 グリフィンドールのテーブルを見ると、赤毛やブロンドに混じって、あの時窓の外から私を睨んでいたからすの様な、真っ黒い髪の毛が見えた。私はその背中に小さく舌打ちをする。

 

 この午後にあった一連の不愉快な出来事は、全て彼女の仕業だという確信がある。

 どう料理をしてあげようかしら……そう思いながらも銀の匙を手に取り、濃い青色のスープを掬う。

 

 ――濃い青色……? そんなはずは無い。他の先生方の手元には、澄んだ色のスープがある。

 メニューが違うのは宴会の時だけ。

 一体、何で私のスープだけ……。スプーンを置き、スープ皿を凝視して考え込むと、ふと何かが上からポタリと落ちてきた。

 

「!?」

 落ちてきたそれが皿の中に沈んでいきながら、スープと混ざり合いそこにある青を濃くしていく。くるり、くるりととぐろを巻いて、まるで獲物を狙う蛇の様に……。

 

「ひっ……!」

 ガタリと大きな音で席を立つ。教師陣のみならず、生徒達までもが私を見ていた。

「ドローレス、どうされましたかな?」

 ダンブルドアの問いかけに、私はハッと我に返った。

 

「わ、私のスープに何かの……魔法薬が混入している様で……」

「魔法薬? そんなはずはありません。私も今さっき口にしましたが、今日も素晴らしい出来のスープですよ」

 怪訝な顔でそう答えたのはミネルバ・マクゴナガルだった。いつも間違いなく、自分だけが正しいと言っている様な彼女の言動には腹が立つ。

 

「……そんなに気になるのでしたなら、スネイプ先生に見ていただいては?」

 そう言うマクゴナガルに呼応して、セブルス・スネイプがやれやれと言うように杖を取り出し、私のスープを自分の元に『呼び寄せ』た。

 

「……何の怪しい所も見当たらないが……?」

 スネイプがいつもの様に不機嫌に言う。スープが私の所に戻ってくる。そんなはずはない。だってこんなに、お前らと同じはずのスープの色が明らかに違うじゃないか。

 

 その時、真上からまたスープにポタリと落ちてきて、まるでドクロの様にそこに広がっていった。

 

 遠のいていきそうになる意識をキッと引き締めて、私は頭上を見上げた。魔法で見えなくなっている天井の梁に、誰かが脚をかけて嗤っているのが見えたような気がした。

 

 こんな質の悪い悪戯、このドローレス・アンブリッジに……。

 この屈辱はきっとお返ししますよ、ウエノ。そう、後悔するくらいにね……。

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