休暇前最後のDA会合の日取りが決まってから、オーシャンは忙しなく動いていた。
アンブリッジの注意が万が一にもハリーに向かない様に、工作する必要があった。見るところによるとフィルチはすでに何とか尋問官様の手中にあるようだし、スリザリン生も露骨なえこひいきをされていて怪しい。
アンブリッジ、フィルチ、スリザリンの全生徒――そこら辺に向けて、オーシャンが怪しい動きを見せていると印象づけるのは、さすがに骨が折れた。
スリザリン生が近くにいる時には、必ず彼らの前で怪しい色の液体の入った試験管を落として、慌てて拾うという姿を見せた。因みに中身はただの色水だ。
フィルチの前では忍具をチラつかせればいいだけだったし、『闇の魔術に対する防衛術』の教卓の上には十数回わら人形を置く様にした。毎回置いていては、さすがに資源の無駄遣いになるので、良い感じに間を置いて。
そんなこんなで迎えたDA会合当日。果たしてアンブリッジとフィルチは思い通りに連れてくれた。
日も暮れようかという頃合い。オーシャンは廊下を適当に歩きながら、時折立ち止まっては壁や床に『何か細工をしているフリ』をした。
そうしてまた歩き出すと、こちらの後ろ姿が見えなくなってから、アンブリッジとフィルチはオーシャンが『何か細工をしているフリ』をした箇所で、一生懸命に何かを探すのだ。
もちろん毎回何も無くてはすぐに興味を失われる。数回に一回は、悪いと思いつつもチョークで『暗号らしい何か』を残させて貰った。実際には暗号でもなんでもない、ただのひらがな一文字だ。
全て繋げて読めば、『ほかほかご飯』『ぶり大根』『白和え』『わかめと豆腐のお味噌汁』――オーシャンの胃が今欲している献立だ。屋敷しもべ妖精が気付いて、明日の朝食に出してくれたりしないだろうか。
デザートまで書き残そうかと考えた所で、ポケットに入れたコインが熱くなった。会合が終わるとハーマイオニーがくれた合図だ。
立ち止まって考える。だいぶ後ろの方でも二人分の足音が止まった。
このまま寮に帰ったら、怪しまれるかもしれない。引き続きこの辺りをぶらついて、最後に『ごちそうさま』の文字でも残してから帰ろうか――そう思ったとき。
「やあ、待ったかな」
その声にふと顔をあげると、いつの間にかセドリック・ディゴリ―が廊下の向こう側から近づいてきていた。
何で、と声を上げかけるが、セドリックは僅かに顎をしゃくってオーシャンの後ろを示す。二人の尾行者はまだいる。密会だとでも思わせておけば良い。
「少しね。待ちきれなくて、急いで来ちゃったもの」
そう返せば、セドリックは更に近づいた。オーシャンは壁に追い込まれる。
「……僕も同じ気持ちだったよ」
そう言ってオーシャンの後ろの壁に手を突くと、セドリックの澄んだ瞳がオーシャンを射る。――待って、これは世に聞く『壁ドン』では!?
「ディッ、ディゴリ―、待って、ちょっとやりすぎ……――恥ずかしいわ」
あまりの近さに顔を逸らしたオーシャンは、うっかり口から滑り出た言葉を大人の色香に言い換えた。それにしても、密会だと思わせるだけなのに、何故にここまで近づく必要が!?
セドリックはさらりと笑んだ。
「ごめんね、あまりに可愛くて。……最近、そういう反応を見れるの、僕だけの特権じゃ無いかなっ、て思い始めたんだ。――ほら、ヤドリギだよ」
頭上に目を移して指さしたセドリックにつられると、確かに頭上には白い実のついた大きな固まりがあった。
「そ、そうね――」と返そうとしたオーシャンは、あまりに真剣なセドリックの瞳に耐えられずに両手で顔を覆った。
彼の唇が、音を立てずに手の甲に落ちる。
そこから先は、覚えておらず、気付くとオーシャンは『太った婦人』の前にいた。――いつの間に戻ってきたのかしら。
合言葉を言って談話室に入ると、他の誰もいなくなった談話室でいつもの後輩三人組がなにやら賑やかに話し込んでいた。
「どうしたの? 調子がよさそうね」
「オーシャン。あの女の方はどうだったの?」
もちろんアンブリッジの事だ。オーシャンは「上々よ。面白いくらいに釣られてくれたわ」とハーマイオニーの隣に座って、ロンに肩を組まれているハリーを見た。何だか心ここにあらず、といった様子だった。
「どうしたの?」
「チョウとキスしたんですって」
彼女のあけすけな様子にハリーは非難の声を出したが顔を赤くしたのは彼だけではなかった。
『キス』の二文字を聞いてオーシャンの脳裏に蘇るものがあった。
薄暗い廊下。近づく瞳。二人の頭上を指さした、『男性』の様に骨の目立つ手。手の甲に残った、柔らかい感触。
すっかり顔を赤くしたオーシャンに、三人が声を揃えた。
「もしかして、セドリック・ディゴリ―と何かあった?」
「ぴえ」と喉から変な音を出したオーシャンだったが、そこから先は話をする事も聞く事もできなくなった。
英語の出来なくなったオーシャンを何とか落ち着かせて寝室に誘ったハーマイオニーが、「good night. sweet dream」と呆れた口調で言っていた。
深夜、人の気配でオーシャンは目を覚ました。ベッドの上に身を起こすと、同室の友人達は安らかな寝息を立てていた。
談話室の方から気配がする。寝間着のまま聞き耳を立てて、友人達を起こさないように素早くドアを潜ると、マクゴナガル先生とハリーとロンが連れ立って寮を出て行く所だった。
「ハリー……――マクゴナガル先生、どうなさったんです!?」
階段を下りるのももどかしく、手すりを乗り越えそのまま談話室に飛び降りて、オーシャンは言った。振り返る先生の顔は厳しい。
「ウエノ。あなたには関係の無い事です。早くおやすみなさい」
先生がきっぱりと言って、三人共が出て行った。オーシャンは呆然と閉まりきった隠し扉を見つめる。
「Ms.ウエノ……」
弱々しい声がしてそちらを振り向くと、ハリーとロンと同室のネビル・ロングボトムだった。一緒にいる二人の男子も同室だろうか。
「……あなたたち、どうしたの? いったい、何があったの?」
息せき切って聞くオーシャンに三人は困惑しつつも、「寝てたら……ハリーが突然叫びだして……」と話し出した。
「すごく苦しそうだったんだ」
「あれは酷い病気だよ」
「僕、死んじゃうんじゃないかと思って、マクゴナガル先生を呼んだんだ――酷い夢を見たみたいだったけど……」
「夢?」
ネビルの言った言葉を聞いて、オーシャンは考え込んだ。
ただの不調で医務室に向かうだけだというのならば、ロンまでが一緒に出て行く理由が分からない。やはりその『夢』が関係しているようだ。しかし、同室の者も詳しいことは分からない様で、それ以上聞いても無駄だった。談話室で待っていれば、二人とも帰ってくるであろうか。
ネビル達三人が寝室に引き上げた後も、オーシャンは談話室に残って、彼らが帰ってくるのを待っていた。炎の消えた暖炉の前の椅子に座ってうとうとし始めた頃、隠し扉がおもむろに開いた。
「ハ――」
と声を上げかけて、入ってきたのがマクゴナガル先生だという事に気付くと、急いで隠れ蓑術をかけた。扉を静かに閉めようとして先生は後ろを向いていたのでバレていないはずだが、オーシャンの座る椅子の脇を通り過ぎながら先生はこちらに厳しい視線を向けた。
バレたか、と戦々恐々とするが、先生は何も言わずに寮の階段を上がっていく。
ややあって、先生はフレッド、ジョージ、ジニーの三人を連れて下りてきた。この三人が連れてこられたという事は、やはりハリーの症状はウィーズリーに何らかの関係があるのだ。
そのまま息を殺して四人の後ろを付いていこうとしたオーシャンだったが、またしても見えない力に襟首を捕まれた。
「あなたには関係が無いと言ったはずです。ウエノ」
既視感のある圧力。振り返る先生の顔が、恐怖で見られない。
「眠る場所を選びなさい。安らかなベッドの上で眠れなければ、今、ここで眠らせてあげましょう」
反論は許されず、オーシャンが隠れ蓑術を解いて姿を現すと、マクゴナガル先生はそれを降参と取ってウィーズリーの兄弟達を連れて寮を出て行った。
オーシャンは踵を返して寝室に戻ったが、覚めた目と脳では一睡も出来なかった。
次の日の朝食時、オーシャンはまたもマクゴナガル先生に呼び出された。
「ウエノ、昨日の深夜ですが……」と話し始めた先生に、オーシャンは食い気味で聞き返した。「ハリーとロンは大丈夫なんですか!?」
その反応でマクゴナガル先生のこめかみに青筋が走る。
「――昨日の深夜、2階の廊下で倒れているセドリック・ディゴリ―とドローレス・アンブリッジ先生、それに管理人のフィルチさんが発見されました」
セドリックの名前を聞いて、オーシャンはヒュッと息を飲む。飛んでいた記憶が断片的に蘇る――手の甲の柔らかい感触。平手打ちと共に放った衝撃魔法。壁にもたれて項垂れたセドリック。走り抜け様に、蹴り飛ばした二体の中年。
先生は厳めしい顔で続ける。
「三人を医務室に運ぶ途中、奇妙な物を見つけましてね。壁や廊下に点々と記号の様なものが落書きされてまして、さらに奇妙なことに、ダンブルドア先生が『これは日本語の“ひらがな”だ』とおっしゃいまして」
更に言い逃れの出来ない状況に、続けて息を飲む。まさか、校長が読めたとは。
「――……何をしていたのか、おっしゃってくれるでしょうね、ウエノ?」
白ごはん、さばの味噌煮、きんぴらごぼう、ネギと豆腐の味噌汁
(本日ご希望の夕食)