英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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84話

「見て、オーシャンだ!」「オーシャン」

 校長の捕り物のどさくさに紛れて解放されたオーシャンが寮に向かっていると、階段の踊り場で何人かのDAメンバー達がこちらを向いた。

 

「みんな、無事で――」

「ウミ!」

 

 言いかけた言葉はセドリックの胸に顔ごと埋もれて消えた。彼がオーシャンを抱きすくめるのを、今日はアンジェリーナも双子も邪魔しなかった。

 

「ウミ……心配したんだよ。また無茶をして……。どこも怪我は無い!? 酷いことされてない!?」

 

 オーシャンの両の手の甲を見、そして暖かい両手で挟んで、鼻と鼻が触れあいそうな距離で彼女の顔に傷が無いかを確認する。オーシャンは「もう、大丈夫だから……止めて……!」と彼の胸を押しのけるが、セドリックは再び彼女を抱きしめた。

 

「嫌だ。ダメ。……ごめん、もう少しこのままにさせて。……ああ、ウミ……本当に良かった……」

 

 いつもだったらオーシャンの「止めて」にはすぐに従うのに、セドリックは放してくれなかった。抱きしめられながら助けを求めて、アンジェリーナ、フレッド、ジョージ、ロン、ジニー、ハリー、ハーマイオニーへと順々に視線を巡らせるが、誰もいつものように助けてはくれない。

 

 ドクドクと響くオーシャンの不規則な鼓動の隙間に、トクン、トクンと彼の鼓動が伝わってくる。オーシャンは手持ち無沙汰にしていた両手を彼の頭に回して、ぽん、ぽん、と軽く叩いた。心配かけてごめんね。

 

「――はい、もういいでしょう。放して。みんなに話があるの。大事な話よ」

 

 いつもの顔に戻ってセドリックの胸を押して離れようとすると、彼はそれに従った。不思議だ。胸の鼓動があんなに打たれていたというのに、言葉がすぐに伝わっている。

 

 ハリーが一歩前に出て、訊いた。

「大事な話?」

 オーシャンは彼を真っ直ぐ見つめて、口を開く。

「校長が――」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 一夜にして広まった校長の逃亡劇、そしてアンブリッジの新校長就任は、生徒達の想像をかき立てた。

 

 チョウの友達、マリエッタはあの一件のあと医務室に直行し、目下治療中だ。

 

 アンブリッジは校長室前のガーゴイルによって閉め出されて、校長室の椅子にだけは座れなかったらしい。今の所、『闇の魔術に対する防衛術』の奥にあるのが、事務所兼校長室という訳だ。オーシャンはハーマイオニーと一緒にほくそ笑んだ。

 

 しかしまた困ったことに、新校長はその権限の下に、『尋問官親衛隊』という学生組織を結成した。そのほとんどが、昨日の襲撃の時に居合わせたスリザリン生だ。

 

 その『親衛隊』が寮点の減算の権限を与えられたものだから、調子に乗ったスリザリン生がのさばって、不当な言いがかりで他寮から点数を引いている。今朝はグリフィンドールの点数が百点近く減っていた。

 

「はぁ……もう、ため息しか出ないわね」

「それは、隣でお前の事を穴の開くほど見つめているソイツにか? それとも新校長先生サマについてか?」

「どっちも」

 

 ジョージの問いにオーシャンが即答すると、隣を陣取るセドリックは顔を綻ばせ、「ウミったら、もうちょっと素直になってくれてもいいのに」と言った。

 

 昼食時、例によって食事を済ませてグリフィンドールのテーブルに混ざったセドリックが、今にも手を握ってきそうな圧力を出すのでオーシャンは気が気でない。

 

 そもそも今朝の朝食の時から、いつも賑やかな食堂はお葬式の様に静まりかえっているので、下手な会話を防止するためにもう少し離れて欲しい。っていうか、ハッフルパフに帰れ。

 

 朝食の時になされた新校長の挨拶の直後、「お食事は静かにとりましょうね」と猫なで声で宣言したアンブリッジに、みんなが従っていた。下手なことをすると罰則を受けかねないと、誰もが怯えている。

 

 だというのにこの男は。そもそも食事中の会話を禁止する校長が、テーブル間の移動を許す訳がない。何故、見とがめられないのかと口にすると、「ウミの真似をして、背中側にだけ目くらまし術をかけてるんだ」と言った。だから。ウミって呼ぶな。

 

 しかしお喋りの自由も無いとなると、食事の時間もただの拷問だ。オーシャンは周りのみんなもびっくりするくらいサッと食事を済ませて、セドリックと一緒に食堂を後にした。見とがめられるリスクを無くす為、さっさと場所を移す。

 

 中庭の噴水に腰をかけると、彼も隣に腰を下ろした。

「セド、ウミって呼ばないでって、何度も言ってるでしょう。それと貴方、今日は距離が近いわ。何だか怖いくらい」

「君が悪いんだよ。また君がいつ、あんな無謀な事をするんじゃないかって、気が気じゃ無いんだ」

 

 昨日の、間一髪で襲撃からみんなを隠した件だろう。それとこれとは、話が違う気がするが。

 そこまで話すと、すぐにアンジェリーナとフレッド、ジョージが追いついてきた。

「そりゃお前、無駄ってもんだぜ」

 

「何よ、フレッド。知った口利くじゃない」

 オーシャンが振り向いて言うと、ジョージがウインクした。

「これについて来れなきゃ、この先騎士は務まらないぜ? 我らの姫は誰より勇ましいからな」

 

 アンジェリーナも、呆れた顔で腕組みする。

「本当にそう。心臓がいくつあっても足りないわ」

「アンジェリーナまで……。だって、あれは仕方が無かったじゃないの」

「でも、もう少し説明してくれても良いでしょう? 親友なんだから!」

 

「時間が無かったんだから、仕方ないじゃない……」と肩を下げると、アンジェリーナの瞳が潤み出したと思ったが早いか、その両手が大きく広がりオーシャンを包む。

 

「――っもーーー! 今回も本っっっっ当に心配したんだから、オーシャン! いい加減にしてよ、もーーーーーーーーーーーー!」

 両手で腰の辺りに抱きついて、膝の上で泣き出すアンジェリーナの頭を優しく撫でる。「……ごめんなさいね。貴方達を守るのに必死だったの」

 

「……だってよ、兄弟」

 ジョージが片割れと頭をコツンと合わせる。フレッドが「そうだな」と答える。

 オーシャンはその声を聞いて、アンジェリーナの頭を撫でながら肩で振り返る。「何?」

 

 オーシャンの問いかけに、双子はいつもの笑みを返す。『悪戯仕掛け人』の名を欲しいままにした笑顔。

「姫様に守られてばっかりじゃ、騎士のお役御免って所だ」

「お前の代わりに、デカい花火でも上げようかと思ってるんだよ」

 

「……何? 何をする気なの?」

 嫌な予感に眉を顰めると、二人は「さあ?」「それは見てのお楽しみ」と惚けてから手をひらひらさせて行ってしまった。

 

 その真意をオーシャンはまもなく知る事となった。言葉通り何種類もの『花火』が、学校中を縦横無尽に飛び回り始めたのだ。

 

 安全で静かなのは地下牢教室くらいなものだった。フレッドとジョージが不在のまま授業が始まると、スネイプはグリフィンドール生をさっと見回し、そして教科書の該当ページをめくりながら言った。

 

「今校内を闊歩している、火花を出すあやつ等の件だが……気にせず授業に集中する事だ。我らが頼もしい校長先生が、直々に処理に回って下さっている」

 

 興味も何も無さそうにスネイプ先生はそう言うと次に、教科書の七二八頁を開くように言った。先生が双子の不在に気付かない訳がないのに、二人分空席のテーブルはそのままだった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 夜になり、談話室ではにやにやした双子が待っていた。厨房からくすねてきた食べ物を広げて、夕食を摂っている。

「貴方達、よくもまあ、あんなことしたものだわね」

 

 眉を顰めて詰め寄ると、フレッドが「最高だっただろ?」ともぐもぐした。オーシャンはため息を吐いて、仕方ない、という風に笑う。

 

「……騎士から総長に格上げかしらね」

「おっと、一気に最高位だ」「こいつはディゴリーの奴も悔しがるな」

 

 双子は歯を向き出して嬉しそうな笑顔をみせて、寮のみんなから英雄扱いを――ハーマイオニーからでさえも褒められていた。

 

 学校中を駆け巡った花火は彼らが作った『商品』らしい。ありったけの在庫を使ったから作り直しだが、と前置いて、彼らは寮生達からの注文を取り始めた。

 

 

 翌日も、大分数は減ったが、あちらこちらに潜んでいた花火をアンブリッジ校長が処理に走り回る一日だった。髪を振り乱して走り回る彼女に、オーシャンは笑顔で挨拶する事さえできた。

 

 アンブリッジ以外の人間が実に平和な一日を送って夕食に下りていった時、オーシャンは階段の所でチョウ・チャンと目が合った。

 

 チョウはそれが誰かに気付いて、パッと目を伏せる。ちょっと、それはあんまりじゃない?

 だからと言って、そんなに意地悪く声をかけるつもりは無かったのだ。本当に。

 

「チョウ、マリエッタの様子はどう?」

 その一言に、チョウは挑戦的な瞳で振り返る。オーシャンは言葉を重ねた。

「きれいに治ったのかしら? 随分酷い様子だったけれど」

 

 チョウがこちらへ向き直る。

「あんなに酷い呪いがかかってるなんて、私達聞いてないわ。卑怯よ」

 

 今にも泣きそうな顔。他の言葉を使えば良かったとオーシャンが後悔する前に、次の言葉の方が先に出てしまっていた。呪いをかけたハーマイオニーが卑怯なら、アンブリッジは何だと言うのか。

 

「『敵を騙すにはまず味方から』って言葉があるでしょう?」

 さらりと言ったオーシャンの様子が、チョウをますます苛立たせる。

「『敵』? あなた、誰も信じる事ができないのね。可哀想な人。そうやって私達だけじゃなく、『彼』まで騙して――」

 

 そうか。チョウはリストに呪いをかけたのが、オーシャンだと思っているのだ。…………まあ、別にいいか。興奮したチョウの言葉が矢継ぎ早に飛んでくる。

 

「マリエッタはすごく良い子なの。ただ過ちを犯しただけで――あの子のお母さんは魔法省に勤めているから、あの子はすごく難しい立場よ。そんな事も分からないなんて――」

「それは私は知らないわよ」

 

 言葉通りの意味しかないが、チョウは悪い方向に受け取ったらしい。

「あなたの様な冷たい人に騙されて、『彼』も可哀想だわ! あの時の彼の様子は――」

 

 そこまで口に出してしまって、何か思う所があったらしい。チョウは表情を変えると下を向いて、黙りこくってしまった。

 

 気配がして、オーシャンの右肩に手が置かれる。振り返ると厳しい面持ちでチョウを見るセドリックがいた。反対側にも現れた気配を振り向くと、それはハリーだった。彼は口を開く。

 

「チョウ……オーシャン……今――今のって――」

 信じられないといった面持ちのハリーに、オーシャンは嘘を吐く。「さあ、私、何も知らないわ」

 

 それからハリーは、ゆっくりとチョウを向いた。セドリックは肩に置いていた手を下ろしてオーシャンの腕を掴み、踵を返す。顔を上げたチョウが、涙に濡れた瞳で悲痛な声を出した。

「! 待って、セド……」

 

 セドリックは振り向かない。

「……ごめん、しばらく君の顔、見たくない」

 激情。そして嗚咽。チョウの泣き叫ぶ声に背を向けて、セドリックはオーシャンの腕を放さずに歩き出した。





チョウーーーーー!!!!!!
ごめえぇぇぇぇーーーーーーーーーーん!!!!!(泣きじゃくり)
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