英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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87話

「まさかあの馬鹿げた『ウィーズリーは我が王者』を、本当の意味で聴く事ができるとは思ってもみなかったわ……」

 

 夜、お祭り騒ぎの談話室で、満面の笑顔で寮生達に担ぎ上げられているロンを見ながら言ったオーシャンの言葉を、隣でバタービールのグラスを傾けるハーマイオニーが笑いながら肯定した。「ほんとよね」

 

 本日の寮対抗クィディッチ杯、グリフィンドールはレイブンクローを下して、見事優勝杯を手にした。その立役者であるロンは八面六臂の活躍とはいかなかったが、最後のボールからゴールを守ったのは、正しく彼であった。

 チームに加入してからずっと本領を発揮できなかったロンの活躍は、勝利が確定した瞬間からグリフィンドールを沸かせっぱなしでだ。一躍脚光を浴びた彼は、談話室中を端から端へ、まるで波を漂っていく様であった。

 

 彼の二人の親友達もその様子を嬉しそうに見ているのが、オーシャンの心に少しだけ引っかかっていた。二人とも、彼がゴールを守ったあの決定的な瞬間を見てないのである。

 

 彼らは試合開始早々、ハグリッドに連れられてどこかに出かけていた。戻ってきたのはちょうど試合が終わった頃だ。一体何の話だったのか、オーシャンは彼らからまだ一言も聞いていない。

 

 

 その後何日も、ロンは自らの武勇伝を語り継いだ。自分が活躍し、寮に貢献できた事がよほど嬉しいのだろう。最初は、初孫の話を逐一聞く祖母の様な微笑みで話を聞いていたオーシャンだったが、同じ話が十数回を超えた辺りで右から左へ流す様になった。

 

「――でさ、僕は一か八か右へ飛んでみたんだ! そしたら…………ちょっと、聞いてる?」

「ええ、ちゃんと聞いてるわ。ところで、ベゾアール石って山羊の胃の腑から取り出すんだったかしら? それとも肝?」

 

 N.W.E.T.試験の追い込みとして、訳した教科書をめくりながらツラッと返すオーシャンに、ロンは盛大な突っ込みを入れた。「聞いてないじゃないか! 酷いよ!」

 

「だって何回も同じ話をされて、もう耳にタコができちゃったんだもの。ハリーとハーマイオニーに話してあげたらいいじゃない。二人とも、禄に観戦できなかったんだから」

 

 うんざりとした顔で教科書を閉じたオーシャンの一言に、ハリーはぎくりとした。ロンが裏切られた様な声を出す。

「え? 観てないの?」

 

 親友の愕然とした様子に、二人は申し訳なさそうに肩を下げた。

「ごめんなさい、ロン。けど、わざとじゃ無いの……」「ハグリッドのせいなんだよ」

 

 ハグリッドに責任の所在をなすりつける様な言い方は気にくわないが、彼に二人が呼び出されたのは事実。結局その時にどのような話し合いがあったのかを聞いていないし、あの時何があったのか二人がロンに説明するのを、オーシャンも聞くことにした。

 

 聞けば、ハグリッドからある頼み事をされたという。

 この夏にダンブルドア校長の密命を受けて、巨人達の集落に協力交渉に行っていたハグリッドとマダム・マクシームだったが、結局全員の巨人達とは協力関係を結ぶことは出来なかった。

 そして彼が『持ち帰ってきた』成果は、それだけでは無かったのである。

 

「ハグリッドに弟がいたの!?」

「そんでそいつを連れ帰って、森でかくまっているって!? 冗談だろ……」

 

 ハリーとハーマイオニーが語った驚愕の内容に、オーシャンとロンの声が裏返った。更にロンが呆れているのは、その事だけでは無かった。

 

「しかも、その巨人に英語を教えてやってくれだなんて……。まるで、どっかの誰かさんみたいじゃないか」

 

 ロンが一瞬チラリとこちらを見たので、懐から出した杖をチラつかせてやる。うん、大人しくなった。ハーマイオニーは、「意外と、『以前の生徒』より物覚えは良かったりしてね」と笑う。

 

「でもどっちにしろ、僕達にはそんなことしている暇無いぜ。もうO.W.L.試験がここまで迫ってるんだ」

 

 そう言うロンに、「でも約束しちゃったのよ」と困った顔をするハーマイオニーとハリー。どうにかしてやりたいが、英語が出来ないオーシャンにはどうしようも出来なかった。

 

 

 *

 

 

 日差しが日に日に強くなって、六月はすぐにやってきた。試験当日の朝食の時間は、いつにも増して緊迫した雰囲気が漂っていた。N.W.E.T.試験を受ける七年生に加えて、同日からO.W.L.の筆記試験に入る五年生達も、最後の最後まで追い込みに余念が無い。

 

 今年ばかりは、新校長先生サマのお陰で静かな朝食を過ごせて良かった、とオーシャンは思った。O.W.L.試験の時は、みんなが賑やかにしている朝食の席で、頭に詰め込んだ知識が耳からこぼれ落ちない様に、必死だったのだ。

 

 朝食が終わると五年生と七年生は教室へ向かわず、玄関ホールにたむろしていた。その表情は、最後の瞬間まで復習に全力を注ぐ者、すでに諦めて切腹前の武士の様な面持ちで立ち尽くしている者、様々だった。

 

 九時半になると、各クラスごと、順に呼ばれる。再び大広間に入ると、中は二年前にO.W.L.の筆記試験を受けた時と同じ形になっていた。何百という机が並び、その上には各試験の問題と答案の用紙が置かれている。

 

「始めなさい」

 先生の号令で、伏せていた問題用紙が一斉にめくられた。オーシャンの聞き違いでは無かったら、その時すでにペンを走らせていた者が何人かいた。

 名前を書いて、最初の問題に目を走らせる。そして今年も、頭を抱えた。

 

 

 そもそも、こちらは苦手な翻訳と難しい試験問題の両方をいっぺんにこなしている訳で、大半の受験生達より脳みその稼働率は多少なりとも多いわけだ。という言い訳をしながら、オーシャンは折り曲げた膝に顔を埋めた。アンジェリーナとセドリックが、それぞれの側から肩をさする。二人は校庭の木陰で、ひとときの休息をとっている。一人はオマケでついてきた。

 

 試験は滞りなく半ばを迎え、昨夜は「天文学」の試験だった。星々のきらめきを受けながらオーシャンは手元の天文図を埋めていき――そして、堕ちた。

 

 目が開いたのは、試験が終わって書いた図が回収される時。三分の二が穴だらけの天文図は、無慈悲にも彼女の手元から奪われていき、そして彼女はその瞬間に試験に落ちた事を悟った。

 

 しかしオーシャンを落胆させたのは、それだけではなかった。

 

「あの女がハグリッドに夜襲を仕掛けていたその時、私はすやすや寝息を立てていたのよ!? これ以上に屈辱的な事ってある!?」

 

「しかも助太刀に来たマクゴナガル先生が四人がかりの『失神呪文』に倒れた時でさえ、起きなかったものね……。あの瞬間は生徒達はおろか、教授でさえ大騒ぎをしていたのに……」

 

 オーシャンが一晩泣き晴らした顔を上げると、アンジェリーナは先生達を心配するやら、親友の神経に呆れるやらの複雑な表情をしていた。

 

 確かに、目が覚めたあの時、試験を監督していた教授からは「大丈夫かい? しばらくの間、息をしてなかったよ」と心配された。気付いていたのなら、起こしてくれ。

 

 これでは毎年の夏に、日本で修行をしている意味が無い。ダンブルドア校長は自分を庇って雲隠れし、ハグリッドも理不尽な誹りを受け逃亡し、マクゴナガル先生の窮地に駆けつける事も出来なかった。あの時に堕ちなければ、天文台の塔を飛び降りてすぐさま助けに向かえば、間に合ったかもしれないのに。こんなつまらない事で彼女を守れなかった後悔が、試験終了後からずっとオーシャンを襲っている。

 

 全ては、『あの女』が来た事で始まった。

 

「もう嫌だわ。試験どころじゃない」

 

 アンジェリーナもセドリックも、オーシャンのその呟きの意味する所が分かって眉を下げる。様変わりしてしまったホグワーツ。自分たち生徒を守っていてくれた先生達が、次々と倒れていく。

 時に厳しくも見守ってくれた、温かい寮監の姿を思い出す。オーシャンはすっくと立ち上がった。

 

「私、マクゴナガル先生のお見舞いに行ってくるわ」

 

 マクゴナガル先生は医務室にいるはず。面会謝絶の可能性もあるが、じっとはしていられない。セドリックとアンジェリーナも立ち上がる。「一緒に行くよ」

 

 三人で医務室の前に到着した時、随分急いだ様子のハリーと行き会った。彼の顔面は蒼白だ。「オーシャン」

 

「貴方もお見舞い?」と聞くオーシャンに続いてアンジェリーナが「まだテストを受けてる時間じゃ無いの?」と聞いた。

 しかし彼は「ああ、まあ」と適当な返事をして医務室の扉を明ける。

 

 四人で医務室を奥まで進んだが、どのベッドにもマクゴナガル先生の姿は無かった。事務所から出てきたマダム・ポンフリーに、「マクゴナガル先生はどちらに?」と尋ねる。

 

「先生は今朝、聖マンゴ魔法疾患病院に移送されました。あのお歳で胸を四本も貫かれたんですもの……」

 マダムの言葉にオーシャンとアンジェリーナが息を飲み、セドリックは痛々しく眉を曇らせた傍らで、ハリーだけが「先生が、いない……?」と愕然と呟いた。

 

 口惜しそうにアンブリッジの卑劣さを語るマダムだったが、それを聞かずにハリーは猛然と出て行った。「待って、ハリー」とオーシャンが追いかける。

 

 生徒達が闊歩する廊下をかき分ける様に、ハリーは怒りと焦燥が入り交じった足取りで進んでいく。オーシャンが横に並んで「何かあったの?」と問いかけると、ハリーは歩く速度を緩める事無く、また、こちらを見ずに話し始めた。

 

「また夢を見たんだ……シリウスがアイツに拷問されてる……シリウスが危ない……ロンとハーマイオニーにも話さなきゃ……」

「私も一緒に行くわ」当然の様にそう言うと、ハリーの震える顎がこくりと動いた。

 

「アンジェリーナ」オーシャンは足を止めずに、後ろを着いてきている親友に声をかけた。

「私、用事が出来ちゃったわ。また危ないことをするかもしれないけれど、許してくれる?」

 

 言われたアンジェリーナは、「許すも許さないも、あなた私が止めたって、どうせ行きそうな顔してるもの」

「貴女のそういう所好き。ありがと」

 

 仕方ない、という顔をしている彼女に笑顔を向けると、彼女は足を止めて、離れていくオーシャンに大きく手を振った。

「次の実技は、適当に言い訳しておくから任せといて!」

 

 ハリー、オーシャン、セドリックの三人はそのまま進んでいく。階段を下りようとした時に、上ってこようとしていたロンとハーマイオニーがこちらに気付いた。

「ハリー!」

「どこに行ってたんだ、大丈夫なのか?」

 

 ロンの質問に答えずに、ハリーは「一緒に来て、話がある」と端的に言って、二人も連れてまた歩き出す。

 

 歩きながらロンとハーマイオニーに今し方見た『夢』の話をするハリーだったが、「『神秘部』に行く。シリウスを助けなきゃ」と言ったのをハーマイオニーに止められた。彼女は、ハリーの歩みを止めるように立ち塞がった。

 

「ダメよ。コレがあなたをおびき寄せる罠じゃない可能性は無いわ。『神秘部』へ向かう前に、シリウスが本当にグリモールド・プレイスにいないかを確かめてからじゃなきゃ」

 

 セドリックには訳の分からない話ばかりだったが、質問をして話の腰を折る事はしなかった。ただ、その目が説明を求めて何度かオーシャンを見た。

 その視線に気付いたオーシャンは、人差し指を唇の前に立てる。

 

「説明している暇はなさそう。貴方がするべき事は、私と一緒にこの子達を守ることよ。わかった?」

 セドリックが「わかったよ」と頷き、オーシャンはいつもの様に微笑んだ。「良い子ね」

 後輩三人は、その二人のやりとりに少しだけ、胸焼けを覚えた。

 

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