瞬く間に、『例のあの人』復活のニュースは魔法界中を伝播していった。
日が目覚めるまであと数時間と迫った深夜に、駆けつけた魔法省の闇払い達はその目で、最盛期そのままの姿をしたヴォルデモートを見る事となったのだ。その中には魔法省大臣、コーネリウス・ファッジもいた。
大勢の役人が証人になり、ヴォルデモートの復活はデマだという大臣の姿勢は、撤回せざるを得なくなった。それに魔法省内部まで入り込まれるという失態を演じては、世論が黙っていなかった。今魔法省では、ふくろうの大洪水が続いている。
ドローレス・アンブリッジはホグワーツ校長と高等尋問官の任を解かれ、アルバス・ダンブルドアがその椅子に戻る事となった。校長がまず行ったのは、シビル・トレローニーの占い学への教授復職であった。
魔法省で起こった事件については、先生達は協議の末、細部を伏せて生徒へ伝える事を決め、朝の集会の席で発表した。
グリフィンドールの一員、ウエノ・ウミがヴォルデモートに連れ去られた、との発表に、彼女と一番の親友であったアンジェリーナ・ジョンソンは授業を受けられる状態ではなくなり、すぐに医務室へ入院する事となった。
グリフィンドール以外の寮生も、あまりに衝撃的な事件に大半が動揺を隠せないでいる。
ハリーは、寮の寝室で一人、あの後ホグワーツへ戻ってきた時のことを思い出していた。
*
魔法省との緊急協議を設ける事になり、ダンブルドアとキングズリーが省に残った。
「わしが戻るまで、校長室で待機せよ」との言葉通り、生徒達と残りの騎士団の面々は医務室にも行かず、傷だらけの姿のまま待っていた。
ブラックやルーピンに、何故神秘部へ行ったのかを問い質されると思っていたハリーだったが、シリウスはただ、ハリーが生きていてくれた事に心からほっとしていた。
「でも、シリウスおじさん……。オーシャンが……」
ハリーから何があったかを聞いて、シリウスの顔の筋肉が、動き方を忘れたかの様だった。
ネビルが今にも泣きそうな顔つきで項垂れる。ハーマイオニーは息を飲み、ロンはショックにふらついた彼女を支えた。ルーナはいつものぼんやり顔で、ジニーはか細い声で「嘘……」と言った。
トンクスは眉をつり上げルーピンの方を振り向き、彼は目を閉じて押し黙る。ムーディは磨いた義眼をはめ直し、歩行杖で苛立たしげに床を叩いた。
ロンが口を開く。「それで……セドリックは……」
ソファで安らかな寝息を立てるセドリックを見遣り、ルーピンが声を低くして答える。
「私が……眠らせた……。彼はショックが酷くて、ひどく暴れたんだ。自傷行為が出てきた所で、仕方なく――。彼は、ウミが連れて行かれたのは、自分のせいだと思っている」
「彼のせいじゃないよ」ネビルが強い声で言ったが、ルーピンには力なく答える事しかできない。「分かってる」
「でも、リーマス……こんな酷い事……」
トンクスが口を開いたが、それ以上言葉が続かなかった。ルーピンはやっとの事で、「これから騎士団の優先任務は、ウミを見つけ出す事になるだろう」と言った。トンクスとムーディ、ブラックは強く頷き合う。
それからダンブルドアとキングズリーが帰ってくるまで、みんな言葉少なに待っていた。二人が帰ってきたのは、ホグワーツの生徒達が動き出す一時間前だった。
ルーピンが言ったとおり、ダンブルドアは、ウミを探し出す事に全力を注ぐのだ、と、騎士団の面々に言い渡した。
そして辛いだろうが、と前置いてハリーを向いた。我々が到着するまでに、何があったのか教えて欲しい、と続ける。ダンブルドアの目が久方ぶりに自分を見た事に勇気づけられて、ハリーは何があったのかを包み隠さず語った。
テスト中に夢を見たこと。グリモールド・プレイスにシリウスがいないのを知った事。どうやって魔法省に行ったか。戦いの火蓋となった『予言』……。
恐怖がフラッシュバックしたのだろうか。ネビルとジニーが体を震わせた。
「ふむ……。辛かったろう。よう頑張った。よう、生きていてくれた」半月眼鏡の奥のダンブルドアの目に、涙が滲んでいた。
「みんな、医務室に行くのじゃ。そして温かいココアを飲んでおやすみ。君達の心身は、休息を必要としておる」
聞きたい事が山ほどあったが、校長の言うことも的を得ていた。友達が拐かされていなかったら、今すぐにでもベッドに流れ込みたい。
しかし反論の余地は残されていないらしい。ロンがハリーの肩を叩いて、「行こうぜ」と消え入りそうな声で言った。
ネビルが眠っているセドリックに近づいて、運ぶ為に手を伸ばした。しかし校長はその間に入って優しく言った。
「Mr.ディゴリーには、ちと話がある。君達は医務室で待っていてくれんか。そう時間はとらせん」
ネビルは戸惑いつつも頷いて、みんなで校長室を出る。扉が閉まると、ルーピンの呪文が聞こえた。「サージト、目覚めよ」
目が覚めたセドリックのぼうっとした声は最初だけで、すぐに意識をはっきりさせて「ウミ……ウミは!?」と激しい声を出していた。
医務室へ向かって歩き出したみんなの目には、ルーピンやシリウスにつかみかかってオーシャンの行方を詰問する彼の姿が見える様であった。
医務室に到着したボロボロの彼らを、起き抜けのマダム・ポンフリーは何も聞かずに受け入れてくれた。すぐに一人ずつ診察と傷の手当てをして、温かいココアを振る舞ってくれた。
「ココアを飲み終えたら、水薬を飲んでゆっくりお眠りなさい」
マダムはみんながココアを飲み干して配られた水薬を口にするまで、厳しくも不思議な面持ちで見つめていた。今夜の苦難をダンブルドアに聞いているのだろうか。もしくは何も聞いてはいけないとでも言われているのかもしれない。彼らは眠りに身を委ねた。
次にハリーがの目が覚めた時、みんなはベッドの上で半身を起こしていて、話し合っていた様だった。部屋の中にマダム・ポンフリーの姿は見えず、みんなの顔色は校長室にいた時より少しだけ良くなっている様に見えた。
「今、何時かな?」
ハリーが聞く。ロンが時計を見て、「もうすぐ昼の十二時だ。ランチは広間で食べられるかな?」と、ちょっと上擦った声を出した。
その話し方にほんのちょっとだけ日常が戻ってきたのを感じて、「だといいね」とハリーは笑顔で応じた。
ロンも硬くなっていた顔の筋肉を動かして、下手な笑顔を作った。ハリーが大好きな元の笑顔を見るには、今日一日はかかるだろうか。
ハリーは首を動かして、みんなの顔を見る。そして、ネビルを挟んで向こう隣のベッドからセドリックの顔が覗いたのを見て、声を上げた。
「セドリック! いつ戻って……!?」
ハーマイオニーが、「あなたが目覚める少し前よ」と教えてくれた。
セドリックの顔は硬く、ロンより下手な笑みを見せた。
「心配をかけたね。もう大丈夫だ。薬を飲んだら、僕も眠らさせてもらうよ」
セドリックもココアのカップを握りしめていて、彼のサイドテーブルの上にはみんなに処方されたのと同じ、水薬の小瓶があった。
その様子は落ち着いていて、目には固い決意が満ちていた。カップを一息に傾けてココアを飲んだ後、こちらを向いた。
「卒業したら、僕は『不死鳥の騎士団』に入るよ」
そしてサイドテーブルにカップを置いて代わりに薬の小瓶を手に取る。正面を向いて小瓶の蓋を開けながら、彼は続けた。
「彼女の事は、絶対に助けてみせる」
部屋のみんなが無言だった。セドリックはココアと同じ勢いで水薬を飲み干した。
*
数日後。所変わって、日本。
夕食の時間。上野宗二郎は、良い香りを漂わせ始めたちゃぶ台に誘われるままにあぐらを掻いて座った。
今日の夕食の献立は、妻の美空の得意料理・鯖の味噌煮ときんぴらごぼう、汁物には具だくさんの豚汁だ。それらが、土鍋で炊いたほかほかの白ご飯と一緒に食卓に並んでいた。
「おおお。今日もまた美味そうな飯を作りおって、お前め」
幸せそうに目尻に皺を刻んだ宗二郎だったが、厨から出てきた妻ににこやかに指摘される。
「貴方、空が見てますよ」
その通りだった。何かを拾っていたのか娘の空がちゃぶ台の影から出てきて、ニヤニヤと父を見ていたのだ。思春期の娘の前で『厳格な父』として威厳を保ちたい宗二郎は、赤い顔でわざとらしい咳払いをした。
「……いっただっきま~す」
空は澄ました顔で両手を合わせる。そういうのは、おじいちゃんで散々見てきた。お父さんもつまらない事気にしてないで、子供に気兼ねせずいちゃいちゃすればいいのに。
豚汁を一口しながら空は、「なんか今の、海ねぇみたい」と思って可笑しくなった。
『つまらない事気にしないで、好きにすればいいのよ』なんて、留学中の姉がいかにも言いそうな事だ。
その時、家の呼び鈴が鳴った。続けて玄関戸が数回強く叩かれる。美空が実の娘も羨むような可憐さで玄関の方を振り向いた。
「あら、ご飯時にお客様かしら?」
美空は箸を置き、料理が冷めないようにふきんをかけてから、「はいはい」と言いながらパタパタ廊下に出て言った。宗二郎は「なんだ。こんな時間に連絡も無く、非常識な」と、もぐもぐしながら言った。
空が夕飯の主役の鯖に箸を入れた時、バタバタと廊下を走ってくる音がしたかと思うと、居間の戸をスパンと開けて空の伯父が顔を見せた。
「宗二郎!」
呼ばれた本人はご飯時に無遠慮な兄をチラリと見、「なんだ。宗太郎ではないか」と言った。
「のんきに飯など食ってる場合か! 海がヴォルデモートの本拠にカチコミに言ったとの噂、わしの所まで届いておるぞ!」
「ああ、その件か」弟は箸を止めない。
「その件か、とはなんじゃ! せっかく人が心配して来たと言うのに全くお前は昔から……」と天を見上げて頭をバリバリ掻きむしる宗太郎に、からくり人形の菊が豚汁を持ってくる。居間の戸を潜ってきた美空が、微笑みながら言い添えた。
「宗太郎さん、せっかく来られたんですし、夕飯ご一緒にいかが?」
「や、すまない美空さん!」宗太郎は表情をガラリと変えた。「しかし、今日も変わらず美しいな!」
自分の食事を空の方に寄せて、美空は夫の隣に義兄の席を作った。菊が白米と箸を配膳して、兄は弟の隣に、唾が飛びそうな勢いでどかりと座る。
「大体、知っていたのなら一報くらいせぇ! 三郎から聞いた時、腰を抜かしたわ!」
「……唾を飛ばすな。――成る程、隠密の耳には届いておるか」
鰺でも焼いている香ばしい匂いが、厨から漂ってきた。美空が菊に頼んでおいたのかもしれない。鯖に舌鼓を打ちながら、鰺も良いなぁ、と空は思う。
ほら、飯が冷めるぞ、と弟に指摘されて、宗太郎は音を立てて豚汁を啜った。兄が口を塞がれている間に、説明をする。
「その話なら、直接ホグワーツから聞いておる。まぁ、そう慌てる事はない。誰が修行を付けたと思っているのだ」
毎年の夏の修行は、こういう時のために付けているのだ。父の自信は揺るぎない。その兄は、しかしなぁ、と不満顔をしながら豚汁の具をおかずに白米を食べて「旨っ」と言った。
「様子を見て、あちらとも相談しつつ対策を取る予定だ。お前達親族にはまだ知らせる段階ではないと判断したに過ぎん」
反論しようと宗太郎が顔を上げたとき、厨から出てきた菊がぱりっと良く焼いた鰺を配膳したので、その口はまた閉じられる事となった。
菊が一緒に配膳してくれた茶を啜って、宗二郎は呟いた。
「まったく、我が娘ながら毎年毎年……。命がいくつあっても足りんわい……」
*
「へぇえーーっくじょいっ!!」
「がぁあっ、汚ぇ!!」
特大のくしゃみを地下牢の格子越しに死喰い人の顔にぶちまけたオーシャンは、鼻を啜った。ドロホフというらしいその死喰い人は、汚れた顔を拭いながら怒りを露わに格子戸を揺らした。
「人の顔目がけてくしゃみするな!」
「だってここ、寒いんだもの。招待客を地下牢で待たせるのが、英国紳士のマナーなの?」
あの夜から数日。連れてこられたのは、どこかの屋敷の中だった。すぐに死喰い人に囲まれながら拷問でもされるかと思ったが、意外にもヴォルデモートはオーシャンに「くつろぎたまえ」と言って、屋敷の地下牢に監視付きで閉じ込めた。もちろん、杖やその他の所持品は全て没収されてしまった。
さて、そうなると後は考えるくらいしかする事が無い。どうやら奴らにはオーシャンをすぐに殺すつもりは無い様だし、これからうするかをゆっくり考えるとしよう。時間はある。多分。
大丈夫。彼らは生きているのだ。自分が死んでなど、たまるものか。
とりあえずこれにて不死鳥の騎士団編、終了となります!
長いお休みに入ったり相変わらずの不定期更新にも関わらず、ここまで読んでいただいてどうもありがとうございました!
正直当初の予定ではセドリックの出番は炎のゴブレット編で終わっていたので、ここまで絡んでくる事に戸惑いを覚えつつ、おかげで予定の話より面白くなったかな、と満足しております!
最後駆け足が過ぎてすいません!ちょっと書くの下手になったんじゃないか……?
次は謎のプリンス編!いやいや、ここからどうなるかなとワクワクしつつ、定期更新を目標にホグワーツレガシーもちょこちょこ進める予定です
ホグレガ止まらんのだよ…………
それから今年2023年は念願のUSJに行ってホグワーツを眺めてハッフルパフのローブとセドの杖(魔法使えるやつ)を買いました!
いやぁ、、、ハリポタエリア出来てからずっとルーピン先生の杖買おうと思ってたのにお前なんなんだよホント影響力強すぎだわ(夢)
ホグレガも組分け帽子に「他3寮は嫌……他3寮は嫌……」ってお願いしてハッフルパフにしてもらったのでもういよいよ脳ミソやられてんなと思いました
何はともあれ2023年中に不死鳥編終わって良かった!皆様重ね重ねありがとうございます!
よいお年を!!