英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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96話

「ウミの従兄弟か……では、美空の甥か?」

「……!? お主はやけに、流暢な日本語を使える様ですな!?」

 

 みんなが双子の部屋に腰を落ち着けて、話し合いをしている最中だった。ブラックの問いかけを理解できたのは、三郎だけだ。全員が驚きに目を丸くしている。

 

「リューチョー……は分からないが、日本語は難しくなければ分かる。言葉が分からなければ、美空がどんな思いを歌っているのかが分からないからな」

 ブラックはそう言って、得意げに腕を組んだ。

 

「それはそれは。熱心な信者……もといファンがいて、伯母上も幸せな事でござるな」

 

 言われてブラックは、いやぁ、と嬉しそうに破顔した。セドリックは自分だけが三郎と意思の疎通が出来ることにちょっとしたアイデンティティーを感じていたため、ブラックが自分より滑らかな日本語を話し出した事に嫉妬心を覚えて、ちょっとだけ頬を膨らませている。

 

 魔法省での事件があった後、グリモールド・プレイスは『本部』としての機能をほぼ終えていた。理由はグリモールド・プレイスの屋敷しもべ妖精・クリーチャーが、ヴォルデモートと通じている可能性が浮上したからである。

 

 そのお陰でシリウス・ブラックは住処を失ってしまい、一時的にウィーズリー家の『隠れ穴』に厄介になっている、という訳だ。

 

 今朝方ダンブルドアの手によって送られて来たというハリーは双子の部屋をあてがわれているにも関わらず、彼の居室はウィーズリー氏が昔に空飛ぶフォードアングリアを隠していた、外の物置である。彼はそこに愛ヒッポグリフのバックビークと二人暮らしという訳だ。

 

 三郎は肩の力をすっかり抜いて、安心しきった表情だった。

「日本語が通じるお二方がいて、心強いでござる~。慣れない英国に突然一人で放り込まれて、途方に暮れている所でござったよ」

 

 彼は親族の命令でオーシャンへの手がかりを求めてやってきた、とみんなに説明した所であった。ブラックがそのほとんどを通訳してくれたため、セドリックは立つ瀬が無い、といった風情である。

 

「オーシャンがどこにいるか、『騎士団』は把握できたの?」

 

 ハーマイオニーがブラックの方を見て質問するが、回答はその隣のセドリックの死んだ魚のような目とこれ以上無いほどに落ち込んだ肩を見れば、一目瞭然だった。

 

「……分かってないのね……」

 

 途端に彼は落ちくぼんだ瞳のままブツブツと病的に囁きだした。しかしその様子を気味悪がったのは三郎だけだ。彼の突然の鬱症状には、三郎以外のみんなはうんざりを通り越しており、暗黙の了解として特に触れないことにしている。

 

 その時部屋の扉がまた開いて、眩いばかりの銀髪の女性が足取りも軽く部屋に入ってきた。

「アリー!」

 

 彼女は手にした朝食の載った盆をハーマイオニーに押しつけて、素早くハリーに友愛を示すキスをした。ハーマイオニーは盆を受け取りながらも眉毛をピクピクさせて、ジニーは目玉をぐるりと大きく回している。

 

 彼女の後から部屋に入ってきたのはウィーズリーおばさんで、「私がやるからいいって言ったのに!」と言って概ね娘と同じ表情を見せた。

 

 言われた彼女――フラー・デラクールの方は「気にしなーいで。私が彼に会いたかったのでーす」と、女性達の様子などどこ吹く風で、ハリーとの再会を喜んでいた。

 

 月の様に輝く銀の髪を湛えながらも、その表情からは太陽にも似た幸せがいっぱいに放たれている。部屋の隅で不安と恐れに震えているセドリックとは対極の存在だった。

 

「アリー! あなーたがガブリエルを助けてくれたこと、忘れてませーん」

 

 三校対抗試合で彼女の妹をハリーが助けた事だ。あの時は特に命に関わる状況では無かったのにも関わらず、『問題』を真に受けたハリーが先走ってしまった、彼にとっては思い出すのも恥ずかしい部類の失敗だ。しかし彼女はまた彼の頬にキスをした。

 

 ハリーは熱烈なまでの美女の抱擁に顔を赤らめながらも、やっとのことで質問を返した。

「き、君がどうしてここに?」

 

 問われて、フラーはようやく体を離す。彼女の後ろでハーマイオニーがハリーの赤い顔に、「これだから男って嫌ね」とでも言いたそうな表情を投げかけている。

「家族になりまーすから」

 

 とびきりの笑顔で答えたフラーの発する輝きに、ロンが後ろでクラクラしていた。三郎も突然の闖入者に戸惑いながらも、ヴィーラの血を引くその美しさに魂まで抜かれかけており、立ち上がる事すら困難だった。

 

 顔に疑問符を貼り付けて返したハリーに、フラーは大きく両手を広げて、喜びを表現する。その擬似的輝きで目を潰された男二人が「目がぁ、目がぁ!」と騒いで、ハーマイオニーとジニーに黙らさせられていた。

 

「わたーし、ビルと結婚しまーす」

「わぁ、そうなんだ! おめでとう!」

 

 何も茶々を入れずにハリーを見守る名付け親は、素直に祝いの言葉を口にする息子にまなじりを下げた。三郎が「どういう事でござる?」と通訳を求めたので、彼女とこの家の長兄が婚約したのだと聞かせてやる。

 

「おお、セドリック殿と同じでござるな! 続々と喜ばしい報せが舞い込むとは、斯様な荒波の中にあっても芽吹く桜はあるのでござるな!」

 

 三郎が口にした比喩は一つも理解が出来なかったが、いかにも純朴な様子で他人の婚約を喜ぶ彼は、間違いなく好青年といえる。

 しかしブラックは、彼の言葉に手のひらを向けた。

「ちょっと待て。セドリックが誰と婚約したって?」

 

 ブラックの一言は部屋中の――未だ部屋の片隅で震えているセドリック以外の人間の注意を引いた。ウィーズリーおばさんとフラーは「そうなの?」と黄色い声を上げ、ハリー達ホグワーツ組も一瞬「えっ……」と二人とは真逆の様子で声を上げかけた。だが、普段の学校での彼の様子を思い出して、その真相を察知する。

 

 すると案の定、三郎が「ウミでござる」という一言を発したので、ハリーは特に興味がなさそうに朝食を食べ始めた。

 

 ロンとブラックは盛大に吹き出して床で笑い転げており、ハーマイオニーは部屋の隅のセドリックに呆れた顔で正論をぶつける。

 

「あまり勝手な事言ってると、またオーシャンに怒られるわよ」

 三郎はみんなの様子に首を傾げた。

 

 はて、確かに既知の婚姻が決まるというのは明るい話題ではあるが、床に転がって抱腹絶倒するのは、少々毛色の違う笑顔の様な気がするが……。しかし、なまじ言葉が分からない故、下手な反応は返せない。彼らにしてみたら、これが心から祝っている仕草なのかもしれぬ。

 

 そう考えている三郎が愛想笑いを浮かべるしか無い中、ジニーがぷりぷりとしながらセドリックとブラックに抗議する。もちろん、その言語は三郎の理解する所では無い。

 

「待って、オーシャンにはルーピンがいるでしょう? 彼女の気持ちを無視しないで!」

 

 その一声にそれまで縮こまって暗い顔をしていたセドリックが、初めて立ち上がってジニーを見据えた。その顔には『思うところあり』と書いてある。

「それは心外だ。僕が今までに、彼女の気持ちを無視した事があったと?」

 

「少なくともルーピンだったら、気持ちを確かめ合ってない相手にキスなんかしないわ。例え手の甲だとしてもね」

 クリスマスの事を言われているのだと、セドリックはすぐに理解した。

 

 確かにその場所へ唇を落とす意味は愛を確かめ合うものではないにしても、シャイな日本人であるオーシャンに許可無くする事では無かったかもしれない……そうセドリックも反省したものだ。あの日、驚いた彼女に殴られて気絶した翌日に。

 とはいえ。

 

「でも『君は』僕の気持ち、分かるだろ?」

 ジニーは言われてぐぅと黙った。オーシャンの気持ちとは裏腹に、『それ』が彼の気持ちだと言うことだ。

「でも、だからって……」

 

 口をパクパクとさせて二の句を探していたジニーだったが、次の瞬間に、笑いすぎて苦しそうにひぃひぃ言いながら立ち上がったブラックの質問に遮られてしまった。彼は投下された新たな火種――「ルーピンがいるでしょ?」――を、ロンと一緒になって窒息しそうな程に笑っていたのだ。

 

「なんだ、ジニー? 君はウミには、ゥフッ……りっ、リーマスの方がっ、フフフッ……お似合いだっ、とぉっ、お……フハ、フハハハハハ」

 

 言っている内にブラックは耐えられなくなって結局膝を折り、床に這いつくばって床を叩きながら再び笑い出した。叩かれる床を見て、ウィーズリーおばさんが顔をしかめる。

 

 自分の意見が笑われた事で顔を赤くしたジニーだったが、室内の混乱具合に肩を竦めたフラーが「じゃあ、またね。アリー」とハリーに言ったのが聞こえて、そちらに目を向けた。ウィーズリー夫人とハーマイオニーもそちらに気付く。フラーがハリーへ三度目の友愛のキスを済ませて退室すると、部屋中の女性陣がほっと胸を撫で下ろした。

 

 ハリーがサンドイッチの最後の一口を口の中に放り投げて、ジニーを見る。「どうしたの?」

 

「あの人には正直、もううんざり。ビルもどうしてあんな子選んだのかしら? もっと趣味がいいと思ってたわ」

 ジニーの返答への反応をハリーが曖昧な顔で濁していると、娘の言葉を母が窘めた。

 

「ジニー、そんな事を言うものでは無いわ。ただ、ちょっと……祖国のやり方を大事にしていたり、物の言い方がちょっとアレだったりするだけで……ビルの選んだ相手だし……私は――」目を泳がせつつ、まるで自分を騙しながら言葉を続けようとするおばさんに、ジニーは「でも」と得意げな顔を返す。

 

「ママはビルをトンクスとくっつけたがってるんでしょ? あの人がのさばっているのも、今のうちよ」

「まあ、ジニー!」

 

「でも私は、その方がずっと良いと思う。少なくとも、トンクスの方がずっと面白いし。……あ、でも家族になるなら、オーシャンも大歓迎だわ!」

 

 その言葉が出た途端、床に這いつくばっていたロンの笑い声がピタリと止まる。彼は妹が考えたくも無い提案をしたかの様に、衝撃の面持ちで彼女を見つめていた。

 

 セドリックはにっこりと笑って、ジニーに手のひらを向ける。

「悪いけど、それは諦めて」

 

 彼の思い描く未来予想図には、自分と彼女。そしてクィディッチチームが出来そうな位の人数の子供達しかいなかった。まあ、もしも彼女が望めば、立派な黒い犬の一匹くらいなら飼ってもいい。

 

 しかしジニーは挑戦的に腕を組む。「あら、分からないじゃない。ビルじゃなくても、フレッドとジョージのどちらかがオーシャンをうちに連れてきてくれるかもしれないわ」

 

「いや、それだけはないだろう」

「何で」

 薄く笑って即答するセドリックの纏う余裕に、ジニーは不満げに唇を尖らせる。

 

「僕にお墨付きをくれたのは、他ならぬ彼らだ」

 

 双子がホグワーツで起こした事件――その去り際に、彼ら二人が自分の名を呼んだ事はこの先も忘れないだろう。名前を呼ばれて、あんなに誇らしかった事は無い。

 

「それだったら、ロンでもいいわ」

 

 足掻くジニーだったが、その兄は声を荒げた。

「いい加減黙れよ、ジニー。そんなの僕は反対するぞ。断固、反対だ!」

 

 兄としての注意ではなく、威厳もへったくれもない個人としての主張であった。すると、自分の思い人がそこまで拒絶されるとは思っていなかったセドリックの瞳が、少し暗くなった。

 

「おおっぴらにそこまで言われると、なんだか複雑な気分だな……。ゴザルに人体の急所を教わってもいいかもしれない……」

 

 ロンとハリーは、ぎくり、と身を強ばらせる。静かに呟く様な彼の声は、部屋の中に不気味な余韻を残す。

 

 確かにオーシャンも好きな人を悪く言われてよく怒っていたけど、そんなところまで真似しなくてもいいんじゃないか? いや、『真似』ではないのか?

 どちらにせよ生命の危険を感じたロンは、彼に向けて両手を挙げて敵意が無いのを示した。

 

「勘違いするなよ、セドリック。僕は彼女の事嫌いなわけじゃない。嫌いじゃ無いけど、『家族』よりはちょっと距離を置いた関係でありたいと思ってる……意味伝わる?」

 

 セドリックの暗い瞳に冷や汗を掻きながら、ロンが弁明するのを聞いて、セドリックは興味なさげに頷いた。

 

「オーケー。君が僕のライバルにも敵にもならなくてよかったよ」

 飄々とした感じが逆に怖い。シャツの脇が湿って、ペタペタしている事にロンは気がついた。

 

 息子と裏腹に、彼の母は同じ話を聞いているとは思えない反応を返す。

「ああ、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきちゃう。セドリックったら、すごくオーシャンの事を大切にしているのね」

 

 ウィーズリー夫人は両手で顔を扇いで、息子はその言葉にあんぐりと口を開けた。

 

 夫人の言葉にセドリックは不気味さをしまい込み、美しい笑みを見せた。

「ええ。彼女がいなければ、今の僕はいませんから」






クリスマス、よく手の甲にキスさせたなぁ……このやり取り、すげぇ上手いなぁ、と自分で自分をageていくStyle.
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