英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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98話

 三郎が再びダイアゴン横町に入った時、目の前のレンガの壁がくるくると動いて道を開けた様に感動して放心状態だった。

 

「ほああ……。素晴らしいでござる……あの重い壁がいともたやすく……」

 すっかり陰気に様変わりした横町の通りをみんなで歩きながら、セドリックが聞く。

「初めて、違う。 ぇ~、前に僕と会った」

 

 セドリックの片言日本語を聞いて少し考え、三郎は彼が「僕と出会ったのは横町の中にある店でなのに」という事実を指摘したのだと気付いた。

 

「あの時はちょうど出入りしようとしている親子がいたので、後をつけさせてもらったのでござる。この様にじっくりと観察している暇も無かったでござるよ」

 

 三郎の答えに、セドリックは納得したようなしてないような微妙な顔をした。接続詞などが少し難しかったのかもしれない。

 

『不死鳥の騎士団』と行動を共にしていれば、ウミの居場所についての情報が入ってくるかもしれない――そう考えた三郎は、『隠れ穴』の敷地内で野営するのを許して貰った。夜に会ったウィーズリー氏は、夫人に劣らないほど人好きのする人物で、邸での寝泊まりを勧めてくれたが、ありがたく気持ちだけ頂戴した。今はシリウス・ブラックの寝泊まりしている納屋の近くに拠点を置いている。

 

 学生達の今期の学用品を揃えに皆でダイアゴン横町に繰り出すという話を聞いた時、彼はブラックと同じく留守番を仰せつかる予定だった。(国内指名手配されているらしいブラックは強制だったが。)

 

 しかしセドリックから横町について教えて貰っている内に競技用の箒の店があることを知り、それから再び横町を訪れたい気持ちがむくむくと膨らんで、今に至る。

 

 ウィーズリー氏が根回しをして、セドリックが横町内でのハリーの護衛という名目で同行していた。それも嘘では無いが、その実はほとんど三郎とウィーズリー間の通訳だった。

 

 不本意ながらも開催されたブラックの日本語教室は、突貫工事ながらセドリックの日本語能力を少しだけ前進させた。お陰で日本の歌手の『美空』の曲にだけはやけに詳しくなってしまった。

 

「おお、軒先で大鍋がひとりでにかき混ぜられておる!」

「日本にもアルでしょう」

 

「日本では魔法薬にも言霊を加えるのが一般的でござる。ひとりでに調合をする大鍋など、初めて見たでござる! ……おお、あそこにおるのは猫又か!?」

 

「誰かの猫かも」

 

 ヴォルデモート復活からの混乱の余波ですっかり陰気に様変わりしてしまったダイアゴン横町だったが、三郎はそれでも目にする物全てに感嘆の言葉を口にした。いつもの調子を取り戻した横町を彼が訪れた日には、興奮しすぎて失神してしまうかもしれない。

 

 ふと、いつか、ウミと一緒にここを訪れる事が出来るだろうか、とセドリックは考える。

 結婚するとなれば何かと物入りになるだろうから、二人で新生活に向けて買い物をするかもしれない。ひょっとすると、彼女と僕の家族も呼んで、みんなで買い物に来ることも……。

 

 想像の中の彼女はあの素敵な笑顔よりちょっとだけ無邪気に、まるではしゃいでる子供のような顔を向けてくれた。そんな想像だけで、まるで彼女が隣にいる心地になって、なんだか力が沸いてくる。

 

「……絶対に、見つけるよ」

 

 ポツリと口を突いてから、ハッと気付いて三郎を向く。彼は英語で呟いたその言葉に潜む思いに気付いたのか、揃えた指先を唇に添えて顔を赤くしてプルプルと震えながらこちらを見ている。

 

「んなっ、んもう、嫌でござる、セドリック殿――こんな往来で……ひゃー! アツすぎてこっちが恥ずかしくなるでござる!!」

 

 黄色い声を出して騒ぐ三郎と、肩をバシバシと叩かれているセドリックの二人からウィーズリー一行は少し距離を取って、他人の振りをしてそそくさと道を歩いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 教科書、学用品を買い揃えて、制服の寸法直しも終えた一行は『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』に立ち寄った。つい先ほどに訪れたばかりのセドリックとは違い、ウィーズリーの子供達やその両親までもが、店先に立って感嘆の声を上げる。それだけ、陰気に様変わりしてしまったダイアゴン横町に置いて、双子の店の存在感は際立っていた。

 

 ショーウインドウはカラフルな商品で埋め尽くされて、店の上空には花火が上がる。中から聞こえてくる子供達の笑い声が、まるでこの店だけ別世界にある様な錯覚をさせた。

 

「すっげぇや!」

 ロンは兄達の城を手放しで褒め称え、二度目に来た三郎もその外観に目を輝かせる。「やはり何度見ても素晴らしいでござる……!」

 

 ロン、ハリー、三郎の三人が先を争う様にして入店する。いつも通り満員御礼の店内の様子に驚いたのは、ウィーズリーおばさんだった。「まぁ…………」

 

 おばさんが息子の商才に開いた口が塞がらないでいると、上階から双子の声がした。

「おう、おふくろ! ハリー!」

 

「ゴザルもいるじゃないか! ちょっと待ってろよ、今そっちに行くから!」

 

 いくらも待たずに双子の店主が下りてきて、みんなが彼らに開店のお祝いを述べた。ウィーズリーおばさんは、息子達の成長に思わず涙ぐんでいる。

 

「おいおい、やめてくれよ、おふくろ。悪戯専門店に涙ほど似合わないものはないんだから」とジョージ。

 

 フレッドは親指でセドリックを指す。「ただでさえ、毎週泣き濡れに来る奴がいるんだ。これ以上辛気くさいのはごめんだぜ」

 

 言われて顔を歪ませたセドリックを見て、ジニーが笑った。「泣きに来るの? 毎週?」

 

 フレッドはうんざりした顔を返す。「あー、そりゃあもう、ウミー、ウミー、って毎週な。ダンブルドアの命令だか何だか知らんが、商売の邪魔だけはしないでほしいもんだぜ。まったく……」

 

「じゃっ、邪魔なんてしてないだろう!? それに僕は、そんなに情けない声を出してない!」

 

 フレッドの声真似に、セドリックは顔を赤くして抗議する。双子のウィーズリーはいつものニヤリ笑いを浮かべた。「嘘だな。いつも大体こんな感じだ」「オーシャンに見せてやりたいもんだぜ。全く」

 

 その後は双子の店主が案内をして、自慢の商品を説明してくれた。特許の白昼夢呪文を使ったお菓子の箱には、意外にもハーマイオニーがよく食いついた。ハリーが店の奥に案内されると、なんとなくセドリックもそれについていく。三郎を振り返ると、客の子供達に混じって『食べられる羽根ペン』の物色をしていた。

 

 店の奥には、双子も思いつきで手を出してみたという『盾の呪文』付きの商品が並んでいた。飛ぶように売れているという『盾の帽子』の売り場に案内されたセドリックは、愕然としてそれを手に取った。

 

「嘘だろ……? この間ウチの部室にも支給されたやつだ……」

 

「おお。そういや、こいつはお得意様だ」

「お買い上げ、ありがとうございます。どうぞこれからもご贔屓に」

 

 双子が流麗な仕草でお辞儀をする。セドリックは「いや、僕は使ってないよ」と言って商品を棚に置いた。

「使えよ」不満顔を上げるフレッド。

 

「お前の鼻筋は、この商品を宣伝するためにすらっとしてるんだと思ってたぜ?」ジョージは言外に『顔の良い宣伝塔』を求めている。

 

 セドリックは、「だって、盾の呪文なら君達と一緒に散々練習したろう?」と言って隣の棚に移っていった。双子がその後ろ姿にぶうぶう文句を言いながらも付いて歩くのを見て、随分仲良くなったものだな、とハリーは感心する。双子なんて、最初はセドリックをあんなに毛嫌いしていたのに……人って、変わるものだなぁ。

 

『インスタント煙幕』や『おとり爆弾』など護身用の商品群を楽しんだハリーとセドリックが再び店頭の方に案内された時、店内の異様な賑やかさに首を傾げた。案内される前も店内は子供の声で賑やかだったが、今は興奮しきった高音が飛び交っている。ほとんど金切り声だった。

 

 そして、その原因は天井付近に貼り付いている。

 

「セドリック殿、双子殿、どこでござるか~!? お、お助け下されぇ~!」

 

 子供の夢と憧れを具現化した存在・忍者が同じ店内にいる事に、子供達が気付いたのだった。店内の至る所からニンジャコールが止まず、天井に張り付く彼に触れようと、やんちゃな子供達が二階でぴょんぴょんと跳ね回る。

 

 二階の手すりから身を乗り出して三郎に触れようとする幼子の姿に、フレッドが叫ぶ。

「ガキンチョ共! 危ないからやめ――」

 

 彼が言い切る前に、その子はロンの頭の上に落ちてきた。「いてぇっ」

 

 ロンが頭をさすりつつ、落ちてきたその子を抱え上げる。知らない男に抱えられたのがそんなに嫌なのか、その子は泣き叫んだ。しかし、怪我が無いようなので大人達はほっと息を吐く。

 

 しかし、次には二階の子供達がこぞってその子の真似をして、手すりから身を乗り出した。双子の悪態が揃う。「「――っの、バカタレ共……!」」

 

 一人ひとり受け止めるには間に合わない。ハリーが叫び、ハーマイオニーは思わず目を瞑った。

「危な――」

「キャッ……!」

 

 手すりから子供がダムの様に溢れ出す。しかし落下した彼らは、途中で体重を忘れたかのようにふわりと浮かび上がった。

 

 衝撃的な場面が繰り広げられた店内で杖を操るのは、ウィーズリーおばさんだった。空中の彼らを巧みに操って一階へ無事に下ろしてほっと息を吐くと、二階に残っている子供達をきっと見上げる。

 

「何をぼーっと見ているの! 遊びの時間は終わり! 早く下りてきなさい!」

 

 歴戦の母の威厳を漂わせた彼女の一声に少年少女達はびくりと身を竦め、おばさんに従って一目散に下りてきた。そしておばさんは、店中の子供達を整列させて、説教を始める。その中にはショボンと小さくなった双子の店主の姿もあった。

 

「何をしていたの、フレッド、ジョージ!? 店の責任者となったからには子供達が危ないことをしないか、ちゃんと見ていないと駄目でしょう!」

 

「でも、ママ……こっちには従業員もいたから大丈夫だと思って……」

「安全管理は責任者の仕事!」

「……はい、ママ……」

 

「ぷぷぷ……フレッドとジョージのやつ、怒られてやンの」

「……それで? 一番最初に危ないことをした悪い子はだあれ?」

「ヒッ」

 

 反省の色を見せない子供に向けて、おばさんは平手を素振りしてみせる。お尻に響く母の愛を想起させるその動きに、子供達が一気に青ざめた。

 

 店内には一転して、阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れた。セドリックは、お尻を叩かれて泣き叫ぶ子供達を見遣る。彼らの涙に濡れる顔を見ていると、お尻の痛みが伝染してくる気がして、なんだかムズムズした。

 

 と。

「セドリック殿、セドリック殿」

「おぇっ!?」

 

 完全に気を抜いていた彼は、すぐ耳元で囁かれて変な声を出した。幸い、周囲の誰にも気付かれていない。彼の名前を呼んだ忍者を振り返る。その気配はゴーストの様に薄くなっていた。

 

「ポッター殿の姿が見当たらないでござる」

「えっ……?」

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