オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal

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Dysmnesia

――――目の前には闇が広がっていた。

 

 

 種族特性により真の闇であっても見通せる自分の目の前に闇が広がっている、ならば原因は一つしかない。いつのまにか目を瞑っていたようだ。

 なぜかはわからないが頭蓋骨にしか見えない頭でも、眼球も瞼もないのに目を瞑るという行為は可能でその場合視界は塞がれる。

 

 奇妙にも無い筈の瞼が重いような感覚があるが、アインズ・ウール・ゴウンは目を開ける。

 うっすらと目に入ってきた風景はナザリック地下大墳墓・玉座の間。

 

「……ん?」

 

 なぜ自分は玉座の間にいる?……そう考えたが思いだせない。頭が重くぼうっとする、体もけだるい。まるで先程までまどろんでいたように、と考えたところで瞼の重さに負け再び目を瞑りつつ軽く苦笑する。アインズはアンデッド死の支配者(オーバーロード)である。睡眠は不要……というより睡眠をとることはできない。

 

「……?」

 

 違和感を覚えた。ならばなぜ自分は目を瞑り玉座の間に座していたのか。なぜ玉座の間にいる理由を思い出せないのか。

 これが人間ならば、あるいは睡眠を必要とする種族ならば、寝ぼけているという事もあるだろう。あるいは酒や薬によって酩酊し記憶を失うということもあるだろう、だが自分はアンデッド、酒は飲めず薬は効かず睡眠は不可能なのだ。

 

「……どういうことだ……?」

 

 未だに靄のかかったような頭と重い瞼、けだるい体を煩わしく思いながら考えるがここにいる理由は思い出せない。ならば最後の記憶は……と働かない頭を叱咤し記憶をたどる。

  

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルド長であったアインズ……そのころはまだプレイヤーネームのモモンガであったが……はユグドラシルのサービス終了日、原因不明の現象によりアインズ・ウール・ゴウンの本拠地ナザリックごとこの世界に転移してきた。

 

 まず異世界の調査と実験のため、襲撃を受けていたナザリックに最も近い集落カルネ村で村娘のエンリ・エモットやネム・エモット、生き残っていた村人を凶刃より救った。

 そして駆けつけてきたリ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフとその部下の一団と出会い、スレイン法国・陽光聖典の罠にかかった彼とその部下をも救った。

 

 その後アインズは周辺調査の一環として、エ・ランテルで「モモン」と名乗り冒険者として様々な事件を解決しつつ情報収集を重ね、この世界最高の冒険者の称号であるアダマンタイト級にまで上り詰めた。ついには腹心のNPCである守護者統括アルベド・ナザリック最高の頭脳デミウルゴスの立てた計画によりモモンはエ・ランテルのみならず“漆黒”と呼ばれる王国の英雄となったのだ。

 

 途中、大小の不快な出来事……冒険者としてともに旅をし、名声を高める道具として見込んでいた冒険者チーム“漆黒の剣”が役目を果たす前に殺されたり、情報収集のために王国に潜入していたセバスが漆黒の剣の一員であったニニャの姉・ツアレニーニャを独断で救い、何となく……いや確実にいい関係になっていたり……違う、これは不快な話ではない。セバスの中にたっち・みーさんの信念が宿る事を喜んだ、ニニャへの借りも返せた、不快なわけはない……ない。

 嫉妬マスクを持ってなかったかつてのギルドメンバー(勝ち組)たちの事が頭に浮かび、そのことを知った時の感情が胸をよぎったが、気を取り直し再び記憶をたどる。

 

 無論、最も不快な事件は親友ペロロンチーノの創造したNPCシャルティア・ブラッドフォールンがおそらくはワールドアイテムの力により精神支配を受け、その回復のためにこの手でシャルティアを一度滅ぼさなければならなかったことである。犯人は未だわからぬままだが、必ず自身の存在を後悔するほどの報いを受けさせることは固く誓っている。

 

 そしてアルベド・デミウルゴスが提唱した“ナザリックを国家として樹立させ表舞台に立つ”計画に従い、バハルス帝国の宮廷主席魔術師フールーダ・パラダインを奸計で取り込み、同帝国皇帝ジルクニフを……今考えると済まない事をしたが罠にはめ、ナザリック魔導国建国の協力者とし何度となく行われていた帝国と王国の戦争に参戦した、そして……

 

「王国との闘いにおいて勝利をおさめ、ナザリック周辺からエ・ランテル近郊、カッツェ平野に至るまでをわが領土とし統治を始めた……筈だ」

 

 モモンという虚構の英雄を魔導国人間種の代表として据えることで反乱の機運を抑え、その間に民衆の生活を豊かにし安全を保障することで魔道国は平和かつ豊かに暮らせる国家でありアインズは優れた統治者として民衆から支持されるようになるだろうとアインズは判断していた。

 

 これにはアルベド達もほぼ同意見であり、アインズ様に統治されることは至上の幸福、本来ムシケラにはあまりある恩恵ではあるが愚かな人間種はそれを理解できないでしょう、この無知は本来は死で償うべき罪であるが、アインズ様の大いなる慈愛の心により下等生物にそれを理解する方法を我々が与えてやることとしましょう。獣程度である人間共は獣と同じく我々が絶対なる上位者であり、従っていれば日々の糧や身の安寧が得られると躾を行えば自ずと頭を垂れ尻尾を振るようになりましょう、という表現ではあったが。

 

 そもそも、ある意味では一般民衆と支配者層である貴族王族は、同じ空間に生息している別種族のようなものだ。互いに互いを個の人間としては見ていないだろう。

 それにこの世界では竜や獣人などが支配者の方が普通であるともいえる、ならばアンデッドである自分も善政を敷けば支配者として割とすぐ受け入れられるのではないかと思っていた。そのために自分はエ・ランテルとナザリックを忙しく行き来しながら政務に励み、ある用件で帝都を訪れていたところ、なぜだか帝国皇帝ジルクニフから属国宣言をされ慌ててドワーフの国へと出立した筈だ。

 

 思考が王国との戦いに及んだ時にかつて救ったガゼフを部下にすべく戦場で勧誘したが、断られた上に一騎打ちを挑まれ結果として殺すはめになったことを思い出し軽い悔恨の念を覚える。だが今はそんなことは些細な問題でしかない。

 

「私はいつ、どうやってドワーフの国よりナザリックに戻ってきた?」

 

 そう、アインズの最後の記憶はドワーフの国へと出立したその途中で唐突に途切れてしまっていたのだ。だがそんなわけはない。ナザリック・玉座の間に座しているのであれば転移門(ゲート)を起動する、ナザリック内部で転移を行うなどの記憶が無ければおかしいのだ。

 

「一体何が……?」

 

 これは異常事態だ。アンデッドである自分が記憶操作や精神支配を受ける筈はない、仮にシャルティアを支配したワールドアイテムであったとしても自身も常にワールドアイテム――かつてギルドメンバーの一人がモモンガ玉などと呼んだ自身の中央で光る紅玉――を装備している以上ありえない。だが実際に自身の記憶に空白の時間があるのだ。

 そして気が付く。バッドステータスが無い筈の自身の頭が徐々に晴れてきているとはいえ、いまだぼうっとしている等ということもあり得ないことに。ざわり、とわずかな恐怖とそれに反発するように怒りの感情が湧き上がる。

 

「くっ…………どういうことだ……何が起こった!」

 

 わずかな恐怖と怒りが混じり合った感情の発露としてアインズは眼を見開き声を荒げ、玉座に拳を叩きつける。玉座からガンッと軽い音があがり静寂に包まれていた玉座の間に響きわたる。

 

 

「――どうかなさいましたか、モモンガ様?」

「――!?」

 

 アインズは視界を下げる。そこにはこちらを心配そうな顔で見上げるアルベドと少し離れてひざまずいたまま顔を上げた執事長のセバス、そして同じ姿勢の戦闘メイドプレアデスの6人。

 アインズはさらに混乱する。先程まで玉座の間は間違いなく物音ひとつない静寂に包まれていた。なので今玉座の間にいるのは自分一人だとばかり思っていたのだ。

 

「アルベド……セバス……何をしている……?」

 

 その言葉を聞いたアルベドとセバスにわずかに困惑の表情が浮かぶ。だが、すぐに元の表情に戻ると少し思案するそぶりを見せアルベドとセバスが続けて口を開いた。

 

「モモンガ様、私はモモンガ様が玉座の間に来られる前から守護者統括の責務として玉座の間に控えておりました」

「我々はモモンガ様の命を受け、先程モモンガ様に付き従い玉座の間に入りここに控えております」

 

 アルベドとセバスの返答を聞いてアインズの混乱に拍車がかかる。ずっとそばに居たにもかかわらず沈黙していたと?いやそれよりも聴き間違いでなければ自分の事をモモンガと呼ばなかったか?

 

 アインズはあらためてアルベドとセバス、プレアデスを順に視界に納める。アルベドの頬が少し赤らみ翼が震えるが微笑みを浮かべたままだ。セバスはまるで彫像のように身じろぎもせず同じ姿勢でこちらを凝視している。プレアデス達はエントマとシズを除きやはりわずかに困惑した表情を浮かべている。

 エントマとシズは表情が変わらないので困惑していないかどうかを表情で察することはできないのだが……

 

 そしてアインズは雷に打たれたかのような衝撃を受ける。

 

 ――――この光景を俺は知っている。忘れる筈がない、この光景は…… ユグドラシルからこの世界にやってきたあの時の……あの時の光景だ!

 

 

 

 

 

 

 

 


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