オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal

20 / 28
※この話は10巻までの知識で書かれています。また軽度の残虐表現があります。ご了承下さい。


Departure

 複数の<水晶の画面>に十二人の男女からなる一団が映し出される。その映像を見たアインズは、己の予想を超えた光景に驚愕した。

 

(ほぼ全員がユグドラシルの装備を纏っているだと……これは不味い、想定を超えている)

 

 映像に移る男女が纏う装備に、アインズは見覚えがあった。その中にこの世界で間違いなく見た事の無い、ユグドラシルで販売されていたと確信できる外装を見つけ、己の記憶違いや被害妄想でない事を確認する。

 

(テンプル部分があるフレームの眼鏡、そして女子学生の制服がこの世界のものである可能性は……殆どないな。それに、あれには確かに見覚えがある)

 

 教師であるやまいこが、リアルを思い出させるんじゃない!と珍しく運営を個人的に罵ってた件を思い出す。ユグドラシルでマジックアイテムを作る際の基本的な作成手段はドロップやイベント報酬、課金で手に入れた外装にデータクリスタルを投入するというやり方だ。

 課金によって外装をいじることも可能ではあるし、一からデザインすることも出来ないわけではないが、大抵は気に入った外装をそのまま使う。つまり人気のある、優秀な外装は何度も目にすることになる。あれらの外装は間違いなくその類だ。それを見たアインズの心に焦りが生まれる。

 

 優秀な外装は入手難易度や価格とあいまって、そのプレイヤーのレベルや所属するギルドの規模を大まかに把握する手段となる。中後期ではレベルを表す意味は殆どなくなっていったが、それはプレイヤーの大半が100LVに達したからだ。更に言えば、彼らは先程見たエ・ランテルの冒険者と違い、森の中とは思えない速度で移動している。これはアインズと同質のマジックアイテムを所持していることを意味し、自身の推測を補強する。

 

(あの中にNPCや傭兵モンスター、現地人が居たとして……いや、楽観的な考えは捨てろ。十二人全てがプレイヤーだと想定した場合、あの奇襲プランでも二割……いや一割勝てるかどうかだ。糞、戦力分析を見誤ったか)

 

 シャルティアがワールドアイテムによる精神支配を受けながらも命令されていなかったことで、アインズは遭遇した未知の敵の戦力をそれでも過大に計算しプレイヤー三~四人程と考えていた。誰か一人が致命傷を負えばこの世界での蘇生がどうなるかわかっていない状態では、間違いなく撤退するだろうことも計算に入れてだ。だが眼の前の映像に移る人数は十二人。アインズが想定していた最悪の状態を容易く超える。

 

(……撤退か?)

 

 アインズ、パンドラズ・アクター、場合によってはシャルティア。敵戦力によってこの布陣で挑むつもりだったが、四倍の同格プレイヤーに奇襲をかけても勝てる見込みは非常に低い。少数で多人数を奇襲で屠る戦術をアインズは持っているが、それはかつての友達の中でも飛びぬけた力を有する幾人かがいた場合だ。

 たとえば、アインズの他にワールドチャンピオンであるたっち・みーがいれば勝率を99%、ワールド・ディザスターであるウルベルトがいれば勝率を7割ほどまで上げることができる。

 

 だが、パンドラズ・アクターはワールドを冠するクラスの能力を再現することはできない。

 

 ならば憤怒の感情を抑え、屈辱ではあるがここは撤退するしかない。ギリッ、とアインズの口元から音が響いた。大きく響いた音で、アインズは自身がすさまじい力で歯を食いしばっていることに初めて気がつく。その音に反応したのか、アインズと共に映像を凝視していたパンドラズ・アクターがこちらを向いた。

 

「アインズ様、この者達がそれ程までに目障りなのであれば、私が始末してまいりましょうか?」

 

(なんだと!?)

 

 アインズは発光すると共に、信じられぬ言葉を発したパンドラズ・アクターを思わず凝視する。

 

(まさか、こいつ相手に純粋な驚きで発光する日が来るとは思わなかったが……今はありがたい)

 

「……パンドラズ・アクター、この者達を単独で殲滅することは可能か」

 

「はい、こちらの……」

 

 冷静さを取り戻したアインズの言葉に、パンドラズ・アクターが映像内の長髪の男性を指さす。

 

「この者は、あり得ぬ程突出した存在なので興味は引かれますが、それでも所詮は80程度です。私でなくとも守護者様方の敵ではないでしょう。プレアデスのお嬢様方では荷が重いでしょうが」

 

(なん……だと……)

 

 80というのはLVの事だよな?とアインズが続けて驚愕しているのに気付いているのかいないのか、パンドラズアクターの説明は続く。

 

「他の者達に至っては、確かに三指を入れ替えるには値しましたが平均でおおよそ35程度です。プレアデスのお嬢様方のどなたか一人で全滅させることも可能でしょう。身に着けている装備の嘆きの声が聞こえるようです」

 

「装備?」

 

「はぁい!――失礼しました。ざっと見たところですが、装備に明らかに伝説級レベルの物が散見されます。外装統一効果が働いているようなので、映像越しではこれ以上の事はわかりかねますが……ああ、もったいない!至高の御方々の御言葉をお借りするならば、正に猫に小判というものです」

 

 パンドラズ・アクターの、マジックアイテムがその価値に見合わない者達に装備されていることへの嘆きを聞きながら、アインズは映像を凝視し考えていた。

 アインズは敵の強さやマジックアイテムの等級を見ただけで察知するスキルやクラスを所持していないためにわからなかったが、パンドラズ・アクターには指揮官系のクラスと、生産職のクラスを上限まで取得させている。しかも、重度のマジックアイテム・フェチ設定だ。そのパンドラズ・アクターの見立てが間違っていることはほぼあり得ない。

 

(だとすれば……仮に全員がプレイヤーとしたら、デス・ペナルティによるLVダウンだとしても弱すぎる。この長髪の男のみがプレイヤーで、残りは……まあ上限でNPCだと考えるべきか)

 

 アインズの心身に漲っていた力が、明らかに抜ける。抜いてはいけないことはわかっていても、100LVのプレイヤー十二人と思った敵が、最大レベル80程度が一人で、残りの十一人が平均で35となれば気が抜けてしまう。それとともに、アインズの心に沸き上がる想いがあった。

 

(なんだ……なんだそれは。その程度の相手に、俺はあれ程悩まされ、警戒させられ、苦悩の日々を送らされたのか……ふざけるなよ)

 

 力が抜けた後に前回からの記憶がざらり、と蘇り己の内に怒りがこみあげてくる。まだシャルティアと接触していないからこいつらが犯人だと決まった訳ではないが、この状況からすればほぼクロだ。眼窩の赤い光を輝かせつつ、静かに激昂しているアインズに、再びパンドラズ・アクターから声がかかった。

 

「アインズ様、この者達の正体を概ね把握いたしました」

 

「何?こいつらは何者だ」

 

「はい、私が先だって入手した情報で、この老婆と幾人かに合致する情報がございます。おそらくはこの老婆の名はカイレ。スレイン法国最高執行機関に準ずる地位を持つ者で、長老の一人と言ってもいい存在です。残りの幾人かはスレイン法国特殊部隊六色聖典が一、漆黒聖典の構成員と目される者と特徴が合致します」

 

「……また、スレイン法国か……」

 

 転移当初から聞くたびに散々不快な想いをしてきた国名をまたここで聞く事となり、アインズは最悪な気分になった。しかも漆黒聖典といえば、報告書で見た時に眉をひそめた特殊部隊の名だ。モモンの、自身の通り名となっていた文字が使われていた事が少々腹立たしく思えたのだ。だが、続くパンドラズ・アクターの言葉にアインズは最悪の気分にさらに下があることを思い知る。

 

「進行方向は、まっすぐに北を目指しているようです。シャルティア様、及び我々と接触する可能性があるルートではありません」

 

 それを聞いてアインズはかなり動揺し、また動揺した事実にわずかに驚いた。ここはエ・ランテルから見て既に北方だ、ここから更に北に向かった場合そこにあるのは。

 

「アインズ様から頂いた情報を元に考えた場合、カルネ村と呼ばれる場所を目指しているものと思われます。陽光聖典と呼ばれる者達の捜索か、あるいはその原因を探る目的と思われます」

 

「……だろうな」

 

 前回、及びつい数日前にカルネ村で見た光景を思い出す。見知らぬ人間が死ぬことに対しては、アインズは何も思わないし、感じることはない。だが、カルネ村はナザリックの庇護下に置いた地であり、そこにいる者達はナザリックの最初の民と言っていい存在だ。偽装した法国の兵士と陽光聖典が何をしたか、何をしようとしていたかを思い出す。

 

「もしこいつらがカルネ村に向かっているのならば……彼らは既に我が民のようなものだ、見過ごすことはできないな」

 

(まあ、元々見過ごすつもりなどないがな)

 

 ここからシャルティアとどう接触するかはわからないが、たとえずれが生じてそうならなかったとしても、あの場所で襲撃することを内心決定する。

 

「監視を続行せよ。状況によってはこの者達への対処を優先する。指示した装備は持ってきているな?狐狩りでいく、準備をしておけ」

 

「了解致しました」

 

 最悪の想定であれば全員殺すプランしかなかったが、戦力分析の結果を考慮して初手で無力化出来たものは捕縛すべきだな、と考えつつ指示を出す。と同時に、怒りの感情が抑制され冷静になったアインズは、先程までの己の内心の醜態を思い出し急激にいたたまれない気持ちになった。

 

(いかんな、未知に対して怯えすぎている……シャルティアに対して偉そうにマイナス一点!などと、今考えると恥ずかしいな……パンドラズ・アクターが先に発言してなかったら、洒落にならなかった。他人の間違いを指摘するだけなら簡単だものなあ……昔の上司と同じことをしていたとは……反省だ。すまん、シャルティア)

 

 心の中でシャルティアに詫びの言葉を入れ、気持ちを切り替える。そういえば特に報告が上がってこないので状況が動いていないのだろうが、シャルティアはまだ暴れまわっているのだろうか。

 

「……シャルティアの方はどうなっている?」

 

「エ・ランテルの冒険者と思われる者達を迎撃するために、洞穴の入口へと向かわれて居ります。間も無く接敵かと」

 

 

 

「推定!ヴァンパイア!銀武器か魔法武器のみ有効!勝てない!撤退戦!目を見るな!」

 

 魔法詠唱者と目される男が大声を上げると同時に、かなり離れた場所で身を伏せていた野伏が素早く動き出し、元来た道を駆けていく。集団で移動している時とは比べ物にならない速さだ。その様を見てアインズは心から感心する。

 

(ふむ……やはりこういった経験から来る備えは侮れないな。強者であることに驕り、こういった備えとその対策を怠っていては必ず足元をすくわれる時が来る)

 

「例の漆黒聖典はどうしている?声に反応した様子は?」

 

「いえ、我々を挟んでシャルティア様とほぼ逆方向に位置するためか、地形の関係かは不明ですが声は届いていないようです。進行速度方位ともに変化有りません」

 

(……これが原因ではないという事か?……あ、先程の野伏か?)

 

「野伏が逃げた方角は?」

 

「南へと方向を変えました。街道との中点に待機したもう一組に合流するのではなく、都市に直接戻るつもりのようです。もう一組も移動を開始しております」

 

 ほう、とアインズの口からさらなる感嘆の声が漏れる。異変を一刻も早く都市に伝えることを優先したのだろう。だが、これで野伏も原因ではないことになる。シャルティアと漆黒聖典がなぜ、どうして接触したかがわからない。もしかしたら、あり得ないことだが他に原因があるのかもしれない。駄目だ、さっぱりわからん。

 漆黒聖典との接触説が揺らぎ始めたアインズは、ひとまず映像に目をやることにする。映像では冒険者が陣形を組み直し、撤退ではなく迎撃の構えをとって後衛が前衛に支援魔法をかけ始めた。

 

(先程からの臨機応変な対処はデス・ナイトなどのアンデッドにはできないことだ。冒険者には未知の探求に専念してもらいたかったが、今まで通りの生活を望んでいた者もいた……少し心に留め置いたほうがいいかもしれん)

 

 多少気が緩んでいるアインズが、本人にとってはつい数日前だが現状では遥か未来の事に想いを馳せている間も、映像の中ではシャルティアが暴れまわっていた。 下位吸血鬼を創り出して戦士と戦わせている間に神官、魔法詠唱者を縊り殺している。

 もう一人の女戦士にはなぜか無防備に自分自身を攻撃させているのに気がつき、アインズはその光景に目を顰めた。ダメージがない事はわかっていても、見ていてあまり愉快な……いや、はっきり言えば不快な光景だ。その己の考えに何か引っかかりを感じ、アインズが何だったかな、と記憶を探り始めた時にそれは起こった。

 

 女が袋より何かを取り出し、シャルティアに向かって投げた。くるくると回転しつつシャルティアに向かっていく、つい昨日も目にした瓶をシャルティアが払いのけ、中身の液体――マイナー・ヒーリングポーション――がその肌にかかるのを、アインズは信じられないものを見るような眼で見ていた。

 

(馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な!信じられん、なぜあの女がここにいる!つい昨日見た女の顔を忘れているなど、間抜けにもほどがある。ああ、そんなことはどうでもいい。たった今、あの女は何をした、あのポーションで何を!)

 

 すぐさま精神の平衡が働きアインズの体が発光したが、次々と押し寄せる感情の波に追いつかないのか、連続して発光が続く。憤怒を抑えきれず、パンドラズ・アクターに背を向けたアインズは一歩踏み出した。轟音とともに地面が数㎝陥没し、それとほぼ同時に結界内に感情の動きを感じさせない、妙に平坦な声が響く。

 

「アインズ様、現状の任務は中止になさいますか?」

 

「あぁ?」

 

 その不自然な口調が癇に障り、振り返ったアインズは不機嫌な声とともに赤く輝く眼で発言者を睨みつけ――発光する。だが、睨みつけられた者は涼しい顔だ。少なくとも表面上は。

 

「そうであれば、ここを引き払い別の御姿へと変じますが」

 

 映像を操作しつつ、パンドラズ・アクターが変わらぬ口調で話を続けてくる。映像ではシャルティアが女戦士を捕まえて尋問しているようだ。まだ、シャルティアに何があったのか、あるいは漆黒聖典と接触したかは、わかっていない。いまだ怒りと苛立ちが燻ってはいるが、ほぼ冷静さを取り戻した頭で考えれば動くべきではない。

 

「……いや、まだだ。引き続き監視を行え」

 

「畏まりました」

 

 アインズは苛立ちを抑えつつ、呪詛にしか聞こえない言葉を吐いた。

 

「あの女は後で殺す……いや、それではすまさん。必ず回収せよ、どうするかは時間をかけて考え決定する」

 

「御身の御心のままに」 

 

 

 

 

「眷属よ!」

 

 シャルティアの足元の影がうごめき、そこからまさしく影のような黒い狼が、複数姿を見せる。シャルティアのスキル“眷属招来”で使役可能な七レベルモンスター、吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)だ。

 

「追え!この森にいる人間を食い殺せ!」

 

 狼達は命令に従い、森の中へと消えてゆく。それを見てアインズはほぼ全てを理解し、それとともに脳裏に蘇った記憶が再生される。

 

 ――シャルティアとの出会いが、たまたまの遭遇だったとしたらどうでしょう?もしくは別目的の通りすがりだったなど、まるで関係ない第三者的な立場です――たまたまの出会いはありえないだろう、デミウルゴス、どんな運だ――

 

「流石だな、デミウルゴス……」

 

 小声で呟きアインズは心の中で信じられん、と声を上げてしまう。映像から読み取った位置関係でいえば、シャルティアの最も近くにいる人間はあの漆黒聖典どもだ。逃亡したブレイン・アングラウスと野伏、もう一組の冒険者は既に森より脱している。ほどなく吸血鬼の狼が命令に従い漆黒聖典を捕捉し、接敵するだろう。

 

(なんて確率だ……だがしかし、そうか。そうなると前回シャルティアは結果的にカルネ村を、その先にあるナザリックを守ったことになるのだな……)

 

 その結果、前回は不幸にもシャルティアはその身を自身の手で散らせることになった。だが今回はこの場所、この時に自分がいる。ならば、自分が全てを守ることができる。いよいよだ。すでに周辺の地理も把握している。あの程度の戦力に負ける要素は無い。

 

「パンドラズ・アクター」

 

「はっ」

 

「状況が変わった。接敵してもシャルティアが敗北することなどないだろうが、万が一を考え対処を行う。虎だった場合、私が狩ることとする。煙幕を頼むぞ……どうした?」

 

 パンドラズ・アクターの返答がない事を訝しみ、アインズが声をかける。

 

「……アインズ様、先程も申し上げましたが、ご不快であれば私があの者達を始末して参ります。至高の御身が手を下す程の者どもとは思えません」

 

「いや、私自身で対処を行う。確認したいことがあるのでな……だが、お前の懸念は理解している。心配であれば近くに控えていればよい」

 

 

 

 

 

「撃破確認。吸血鬼の狼、難度21。結界を展開。続けて周辺を感知開始」

 

 “隊長”はたった今自身が撃破した魔物の名称と難度を“占星千里”が詠み上げ、周辺に警戒魔法を張り巡らしていくのを確認する。この状況であれば不可視化した魔物でも感知可能だ。

 

「四方陣を組む、周辺警戒。“巨盾万壁”、カイレ様の守護を頼む」

 

 “巨盾万壁”が深く頷き、その両手に字名の由来である大盾を構えて老婆の前に立つ。少し下がった左右に“占星千里”と“神聖呪歌”さらに四人を囲む形で、自身を含む前衛職四人が角となるように陣が組まれる。上空から見た場合、四角形の中に四人がいる形となる陣形だ。陣形が組みあがったところで“時間乱流”から呆れたような声が上がる。

 

「命令だから動いたけどさぁ、そんな必要があるのかい?“隊長”」

 

「念のためさ。この森に入ってから幾度か嫌な気配を感じていた。何も異常が発見できないので勘違いかと思っていたが、これだよ。警戒しておくに越したことはないだろう」

 

 残りの幾人から賛同の声が上がり“時間乱流”が肩をすくめる。

 

「吸血鬼の狼という事は、周辺に高位吸血鬼が潜んでおりますなあ。これは破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)ではなく、吸血の竜王(ヴァンピリック・ドラゴンロード)が復活したという可能性も考えた方がいいのではないですかなあ?」

 

「やめて下さい、予言が示したのはあくまで破滅の竜王です。彼女の能力を疑うのですか?」

 

 “人間最強”が周辺の雰囲気にそぐわない軽口を叩いたのを、“一人師団”が諫める。部隊内に不和を招きかねない発言は慎んでほしい、という事だろう。彼の性格は全員が把握しているので問題にはならないだろうが。

 

「可能性、あくまで可能性の話ではないですかあ。そんな事を言っていてはですなあ……」

 

「神の教え、言霊をお忘れではないですか。不用意な発言は災いを……」

 

「そこまでじゃ、今の状況を考えよ」

 

「はっ」「はっ」

 

 流石カイレ様。一言で二人を黙らせ、場を納めた。“隊長”自身は皆が己を侮っている訳ではないことをよく知っているが、年齢が年齢のためか部隊内の空気が緩むことが多かった。そうなると性格的に合わないあの二人のように、衝突するものを出てくる。自分は神人として卓越した戦闘能力は保有しているが、指揮官としては未熟に過ぎる。それに戦闘能力であれば、己を遥かに超える存在が法国には居るのだ。

 

(もっと精進しなければ……ん?)

 

 先程から時折感じた嫌な気配――に似て異なるこれは。

 

「皆、」

 

 “隊長”が発することができた言葉は、そこまでだった。

 

 

 

 

 もしも、彼らの中に不可視化ではなく不可知化を見破る術を持つ者がいて、尚且つ夜闇を数km見通せる視界を持っていれば見ることができたかもしれない。

 

 金色に輝く化鳥の仮面、立ち昇る光の粒子。四枚の翼を力強く羽ばたかせ、天空を舞う死の鳥。

 

 “爆撃の翼王”と呼ばれたアインズ・ウール・ゴウン最強の射手が、銀の弓を引き絞るその姿を。

 

 

 

 

 “隊長”は神人が知覚できない速度で、四肢に煌めく何かが突き立った光景を信じられない面持ちで見つめていた。すぐさま激しい痛みが襲い、苦悶の声を上げたつもりだったが――声が出ない。さらに視界が黒く染まり、全ての音が喪われたが、それは一瞬の事で、再び世界に声と、光と、音が戻ってきた。その異様な感覚で、ある事実を理解する。

 

(状態、異常か?何者かの攻撃を受けている?いや、受けたのか?くそっ、これも……か)

 

 自分は隊員の中で最も神の加護を宿した武具や装備を身に着けており、彼の知る限りでは盲目・聴覚喪失・沈黙・麻痺・精神操作に対しての加護を得ている。意識の混乱と先程の感覚は、己を蝕んだ“状態異常”を加護が打ち払った時に起きる特有の現象に間違いない。だとすれば、不味い。他の隊員は自分よりも神の加護が少ない。

 

 左右に視界を動かす。隊員の殆どが地に伏しており、ある者はうつぶせでびくびくと痙攣し、ある者は目と鼻、口から体液を流したまま両膝をついている。“巨盾万壁”が真っ青な顔で両腕の盾を掲げ、カイレ様を守っている。カイレ様は無事だ。だが、立っているのは自分を含めわずか三人。

 

「セドラン、カイレ様だけはお守りせねばならない、撤退する!」

 

「それは困るな」

 

 セドランが震えつつ小さく頷いたその時、響いた声によってさらなる驚愕と絶望が彼らのもとに舞い降りた。結界の中にあって、なお知覚できなかった存在がすぐ側に居たのだ。

 

 

「吞みこめ、山河社稷図」

 

 

 パンドラズ・アクターが放った無慈悲の矢雨――かつてペロロンチーノが創り出した様々な状態異常を与える月女神の弓による範囲攻撃――にタイミングを合わせ、あらかじめチェックした地点に<グレーター・テレポーテーション/上位転移>で転移したアインズは、宝物殿より持ち出した世界級(ワールドアイテム)・山河社稷図を広げ、起動する。

 周辺の景色がぐにゃっと歪んだかと思うと、わずかな間先程までの夜の森と、ここではないどこかの昼の森の二重写しとなり……やがて昼の風景は陽炎のように揺らめき、消えた。漆黒聖典のほぼすべての人員と共に。

 元の風景に戻った時にその場所に残っていたものは三人。アインズ・ウール・ゴウンと“隊長”、そしてカイレと呼ばれる老婆のみだった。

 

「二人だと?全く、驚かせてくれる」

 

「サン・ガ・ササクズ!?これは何だ、一体何が――カイレ様!」

 

“ ”隊長”が叫ぶ。その言葉を受けてか己の判断かはわからないが、カイレが両腕を前に突き出す。それに呼応するかのようにチャイナドレス――世界級・傾城傾国――から光の竜が浮かび上がり、アインズに向けて咢を開いた。だが、次の瞬間、老婆と男の顔に驚愕の表情が、アインズの心に愉悦の感情が広がった。

 

「あ……あ……馬鹿、な」

 

「神々の至宝が通じない!?まさか!」

 

(世界級に対しての反撃に、世界級を使用した。つまりこいつらはプレイヤーではない!)

 

 世界級の脅威を世界級の守護によって打ち破った時、自身がどの世界級によって護られたかと、相手の世界級の情報を大まかにだが手に入れることができる。名称・効果の簡潔な説明などだ。

 例えば山河社稷図を諸王の玉座の守護で打ち破ったのであればコンソールに「諸王の玉座の守護により『山河社稷図(さんがしゃしょくず)効果:範囲内の相手を丸ごと隔離空間に閉じ込める』を打ち破りました」と表示される程度の情報だ。

 

(世界級所持者に世界級が通じないのは、ネットで流布されているプレイヤーの常識だ、そして)

 

 己の身に流れ込んできた情報によって、アインズは確信した。眼窩の赤い光が燃え立つように輝き、憤怒の感情がアインズの体からどす黒いオーラとなって噴出する。

 

 

「貴様だな……会いたかったぞ、この塵があぁあ!絶対に許さんぞ!!じわじわとなぶり殺しに、いいや!未来永劫の苦痛を与えてくれる!!!」

 

 

「何を言っている!?……くっ、大罪人か!カイレ様!お逃げ下さい!」

 

 憎き老婆に向かってアインズが怒りの声を上げ、猛然と駆けだした。だが、“隊長”が滑り込むように、アインズとカイレの間に入る。

 

「邪魔だ!<タイム・ストップ/時間停止>」

 

 第十位階魔法<時間停止>の効果が解き放たれ、周辺の全てが停止した時間の中で彫像と化す。アインズは“隊長”の横をすり抜けようと一歩踏み出そうとして――その場に留まった。”隊長”の体が小刻みに震えていたためだ。

 

「完全ではないが、時間対策を講じているとはな。まあLV80であれば当然なんだが」

 

「――おおおっ!」

 

 時間のくびきから解放された“隊長”が雄叫びを上げ、アインズに裂帛の気合と共に突撃を行う、早い。LVの高さとおそらくは武技を発動させているからだろうが、パンドラズ・アクターの攻撃を受けた上で、あの女と同等の速さというのは驚嘆に値する、しかし。

 

「!?そんな!神々の至宝を用いた、我が技も通じないとは!」

 

 本来であれば恐るべき威力を誇るであろう必殺の攻撃は、アインズの服に皺すら寄せることが出来ずに、ただ突き立っている。“隊長”は全身の力を込めて、槍を押し込もうとするがびくともしない。再び槍を構え猛然と振るうその姿に、憐れむような声色でアインズは呟いた。

 

「……無駄なことを……そうだな、冥土の土産に教えてやろう。停止した時間の中ではたとえ超位魔法であっても、世界級を用いたとしても相手を害する事は出来ん。停止した時間を利用して攻撃したい時にはな、こうするのだ」

 

<ディレイマジック・エクスプロード/魔法遅延化破裂>

 

 おそらくは呟きが届いていないであろう“隊長”の攻撃を受けつつ、アインズは魔法を唱えわずかな時を待った。

 

「――そして、時は動き出す、ということだ」

 

「がはっ……」

 

 鈍い音とともに全身より血を吹き出し、“隊長”の体は前のめりにくずおれた。その横をアインズは先程と違いゆっくりと、ことさらゆっくりとカイレのもとに向かって歩いていく。カイレは覚悟を決めたように拳を握りしめ、アインズを正面から見据えた。

 

「貴様……貴方様は神、いや“ぷれいやー”なのですか。なぜ、こんなことをなさる。伝承にある大罪人の同朋なのですか」

 

「ほう?……やはり法国はプレイヤーの存在を知っているのか。大罪人等とかいう奴らは知らん。だが……なぜこんなことをするのか、だと?お前達がこの近辺……王国でやってきたことを知らぬ訳ではあるまい。私がその行為に憤っている、そうは思わないのかね?」

 

 会話しつつ歩を進めるアインズと、カイレの距離は縮まっていく。カイレの顔の皺がより深くなり、苦悩の表情を浮かべた。

 

「……存じております。ですが、それも人間という弱い種をこの恐ろしき世界で生存させるために必要な事なのです。お願い致します、一度我らの話をお聞き下され」

 

「人間に必要な事?人間の要になりうる強者であり高潔な意志を持つ男や、ただただ日々を懸命に生きている、無辜の民を理不尽に虐殺することがか?」

 

 更に距離は縮り、もはや一言を交わせば両者は手の届く距離となった。

 

「罪を負っている事は、承知の上です。それでも我らは、」

 

「……もうよい」

 

 アインズは言葉とともに、カイレの肩に静かに右手を置いた。その優しげな声色に、老婆の顔に安堵とも困惑ともつかぬ表情が浮かんだ――が、次の瞬間には苦悶の表情へと変わり、老婆の口から悲鳴が上がる。アインズが、己の膂力を以て老婆の肩を握り潰したのだ。

 

「先程はああいったがな、私は自分の庇護下にない人間など、万の単位で死のうが、断絶しようが気にはならん、興味もない」

 

 アインズの右手が老婆の腕の方へと動き、上腕の辺りを再び握り潰す。老婆の口からさらに悲鳴が上がった。

 

「だが、お前達は……いいや、お前はぁ!私の宝ともいえる我が友の娘を、よっ、よりにもよって私のこの手で殺させたんだ!わかるか、俺のその時の気持ちが!その後の俺の心の痛みが!!!」

 

 アインズの左手がカイレの喉へと伸び、老婆を高く持ち上げる。老婆の顔には、耐え難い苦痛と共に困惑が浮かんでいた。

 

「な……なんの話……」

 

「……ああ、いい。どうせわかるまい。理解する必要もない」

 

 右手が動き、今度は前腕の辺りを握り潰す。先程よりも弱弱しい悲鳴が上がった。

 

「私にとって、他の全てが前回の事と水に流せたとしても、それだけは許せんと言うだけの話だ。理不尽かもしれんが……まあ、お前達が人間のためと称してやっている事と同じ、強者が振りかざす身勝手な論理だな」

 

<ライフ・エッセンス/生命の精髄>

 

 アインズは魔法を発動させると、空間より赤い液体の入った瓶を取り出して――カイレの手首ごと握りつぶした。右手より煙が上がりわずかにダメージが入るが、アインズは構わず同じ作業を、瓶と握り潰す場所を変えて繰り返していく。その度に既に握り潰された箇所が修復され、先程より大きな悲鳴が幾度も周辺に響き渡った。

 

「か……みがみの血ぃ……やはり貴方は……」

 

「黙れ。簡単に死んでもらっては、困るんでな。ああ、ルプスレギナには褒美を与えてもいいかもしれんな。これは……いい方法だ」

 

 その後も周辺には何かを握りつぶす音と、悲鳴が響き続けた。

 

 何度も何度も。

 

 何度も何度も。

 

 




ご感想、お気に入り登録及び誤字報告をいつもありがとうございます。修正は随時反映させていただいてます。

この下に11巻のネタバレ要素があります。未読の方は見ないでください。
















 この話のプロットを知る遠方の知人より11巻にて山河社稷図が使われたけど、大丈夫?という優しさに溢れたネタバレを喰らいました。orz

 迷いましたが、11巻読了後に修正可能と判断できれば修正を、無理であればこのSSでは、そういう事と捏造設定のまま開き直って続けることにします。

ここから原作と大きく変わっていく予定です。よろしければ今後もお付き合いください。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。