オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal

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※このSSは10巻までの知識と、それに基づいた妄想設定で書かれています。あらかじめご了承下さい。


Apology

 アインズはシャルティアの住居――玄室で見た目は威風堂々と、内心は所在無さげに縮こまって、豪奢な椅子に腰掛けていた。

 

 シャルティアの住居は幾つもの玄室から構成されており、墳墓である第一階層から第三階層の間に満ちている暗闇や、死と腐敗の匂いは一切感じられない。室内の照明はやや暗めで、吊るされた薄絹にピンク色の魔法光が当たって僅かに輝いている。その幻想的と言える輝きが淫靡な雰囲気を醸し出しており、時折微かに聞こえる女性の笑い声や嬌声が拍車をかける。香を焚いているかのように濃密で甘ったるい香りの薄煙が部屋いっぱいに漂い、空気には色が付いているように見えた。

 

(ふむ……この感覚。状態異常効果が付与されているな) 

 

 纏わりついてくる煙、染み込んでくるような感覚を伴う香り。アインズは受けている感覚から、これらは何らかのエリアトラップだと推測する。おそらく状態異常効果がそれぞれ付与されており、耐性を持たない侵入者を無力化するのだろう。ギルドホームの金貨トラップが停止されているにもかかわらず発動しているという事は、これらはペロロンチーノによる課金組み込みの常時発動トラップと考えるべきだ。

 

(……しかし、この内装は……まあ、わかるんだけどさ)

 

 とてもいい顔をしたペロロンチーノの姿――といってもユグドラシルのアバターは表情が動かないが――が、アインズの脳裏でぐっとサムズアップする。はい、どう見てもハーレムか娼館です。

 

(なんだっけ、こんなエロゲにがっつりはまってた時期があったよな、それにしても)

 

 居室の持つ強大なピンク色のオーラの前に圧倒されていたアインズは、とんでもない居心地の悪さから逃れるため、トラップシステムやかつての友の思い出に逃避していたが、視覚情報と嗅覚から猛攻を受け撃沈寸前であった。

 アインズ、というか鈴木悟はリアルでこういう場所に行った事は無かったし、あまり行きたいとも思わなかった。実際、ここにいるだけでない筈の胃や心臓にストレスがかかってるようだ。

 

(アインザックに無理に連れていかれた、娼館を思い出すなここ。あの時も気まずかったなあ)

 

 当然シャルティアの玄室の方が、比べ物にならないレベルで調度や内装が豪奢なのだが、そういった場所は特有の空気を漂わせているものだ。シャルティアが着替えのために扉の向こうに消えてから、まだ数分も経っていない。だが、既に1時間は経過したような錯覚を覚える。チラリ、と向かいを見ればアインズの世話を命じられた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)がガチガチに緊張した面持ちで直立している。

 

(あらためて見ると、吸血鬼の花嫁も結構とんでもない格好をして……おっといかんいかん)

 

 部屋の雰囲気が妖しすぎるせいか、妙な事を考えてしまったとアインズは反省する。性欲はない筈なのに、時折こういう事があるのはなんでなのだろうか。

 変に思われないように、さりげなく机に視線を動かすと真っ赤な液体の入った小杯が目に入った。そういえば杯を運んできたのは目の前の吸血鬼の花嫁だ。ベロベロ君を装備していないアインズに飲むことは出来ないため、当然手つかずである。吸血鬼の花嫁は皆白い陶器のような肌をしているが、アインズには目の前の吸血鬼の花嫁の顔は白すぎるように見えた。

 

(飲食不要のアンデッド、しかも自分達の主人の上司。それを待たせている間もてなすというのは、相当高難易度のクエストだな……)

 

 つい、かつての自分に置き換え同情心が湧き上がってくる。それにこの杯はナザリックに属し、シャルティアに仕える者が自分自身をもてなすために用意したもの。無下にするのも忍びないし、このまま緊張した空気が続くのは居心地が悪い。アインズは杯を手に取り、そっと顔を近づける。血の匂いが漂ってくる事を覚悟していたが、ふわりと果実香が漂ってきた。ワインか何かなのだろうか。

 

「……良い香りだ」

 

「こ、光栄の至りでございます」

 

 返答の声は緊張に満ちていたが、それでも吸血鬼の花嫁から強張りが少し取れたように見えた。自身の経験から考えて飲み物に手も付けない、沈黙してる来客の応対なんて最悪だろう。やはりアクションを起こして正解だった、とアインズは自身の判断が正しかった事を喜んだ。だが、沈黙が続けば再び緊張感が部屋を支配するだろう。ここはアインズから当たり障りのない事を話しかけるのが、お互いのためだ。

 

「血液ではないようだが、お前達やシャルティアは普通の……そう、血液以外の飲食が可能なのか?」

 

「はい。シャルティア様も私達も血液以外の飲食をすることは可能です」

 

「味や香りもわかるのか?」

 

「はい。感覚は生きている者達と多少異なってはいるようですが、問題なく」

 

「ふむ、考えてみれば血液の味や香りがわかるのだから、当然か」

 

 杯を軽く回しながら、吸血鬼にすればよかったかな、と意味のないことを考える。この身になってから空腹という感覚は全くないが、それでも飲食という行為を懐かしく思う事はあるし、どんな味だろうという好奇心はいつだってアインズを苛むのだ。この世界でみた様々な料理……緑の果実水と青いソースのかかった肉料理、野営の時のシチュー、帝国でナーベラルが飲んでいたマキャティアなどを思い出す。だが一番興味があるのは、ネムやンフィーレアをナザリックに招いた際に饗したナザリックの料理の数々だろう。あれらはどんな味をしていたのだろうか……とアインズが考えていると、ようやく扉が開きシャルティアの姿が現れた。

 

「アインズ様、お待たせして申し訳ありんせん」

 

「着替えを勧めたのは私だ、シャルティア。気にすることはない……お前もご苦労だった、シャルティアと内密の話がある故下がってよい」

 

 外の姿から、いつもの格好に戻ったシャルティアが優雅に一礼をする。髪だけは呪いによる変化のために金髪のままだが、そこ以外は見慣れたシャルティアだ。彼女が向いの椅子に腰かけると、吸血鬼の花嫁はアインズの言葉を受け、一礼して別の部屋へと下がっていく。

 

「あの者が、何かアインズ様に粗相をしたんでありんすか?」

 

「まてまて、あの者は誠心誠意私をもてなしていたし何も落ち度はなかった。私も、もてなしには満足している。下がらせたのは言葉通りの意味だ、他意はない」

 

 ごく微量だが敵意のこもった声に、アインズは慌ててフォローする。

 

「そうでありんしたか、失礼いたしんした」

 

「かまわん。上司として部下の行動を気に掛けるのは当然の事だ。そうだな、あの者も私を前にしてずいぶん緊張していたようだ。もしかしたら、なにか失態を演じたと思っているかもしれん。後でお前からねぎらいの言葉をかけ、緊張をほぐしてやるといいだろう」

 

「畏まりました、ではあれには後でねぎらいの言葉をかけて、よーくほぐしておきんす」

 

 

 アインズは会話に何かが引っかかるものを感じたが、時間に余裕があるわけではないのでそのまま本題に入る。

 

 

「さて、では私がなぜあの場所に居たのかを説明しよう。私が人間達の都市……エ・ランテル近郊にナーベラルと共に調査を行っている事は知っているな?」

 

「はい、出立前にお伺いしておりんす」

 

「先程の老婆、そしてパンドラズ・アクターが倒した戦士は調査中に発見した要注意人物だ。夜間に移動していたので、目的を探るために追跡していた」

 

 まるきり嘘と言うわけではないが、真実とも言い難い説明である。だがアインズはシャルティアを含む守護者やNPC、正確にはパンドラズ・アクター以外には“査定”の話をしないと決めていたため“調査”で押し通すことにしていた。

 

「えっ……で、ではもしや吸血鬼の狼があの人間達と接触したことで、アインズ様の御邪魔になりんしたのではありんせんか」

 

「ああ、私の説明が悪かったな。気にするな、あの時点ですでに奴らの目的がカルネ村襲撃と判明していたため、奇襲をかけるタイミングを窺っていたのだ。吸血鬼の狼が接触した事であの者達の足が止まったのは、むしろ良い機会だった」

 

 実際はそうではないのだが、シャルティアに対する罪悪感がアインズに擁護の言葉を紡がせる。

 

「それならばよいのでありんすが。カルネ村というのは、アインズ様が御慈悲をもって御救いになられたというあの人間達の集落でありんすか?」

 

「そうだ。私は自らの名を以てあの村を救った、つまりカルネ村に害をなすものは私の敵だ。シャルティア、お前も覚えておいてほしい。たとえ人間であってもナザリックの庇護下に入ったものは我が所有物と考えよ」

 

「承知いたしんした」

 

「簡潔だが、私があの場にいた理由は以上だ。何か他に聞きたいことがあれば答えよう」

 

 シャルティアは眉をひそめて考え込むしぐさのあと、少しの間をおいて声を上げる。

 

「……では僭越ながら……なぜ随員である筈のナーベラルでなく、パンドラズ・アクターをお連れになっていたのでありんすか?」

 

「……詳しくは省くが、私とナーベラルは調査の一環で人間の冒険者達と行動を共にしている。そこで私の不在を悟られぬよう、ナーベラルを残した。幻影だけでは不測の事態に対応できぬからな、だがそれよりも」

 

 前回、最も警戒していた世界級・傾城傾国は手中に収めた。だが、シャルティアの洗脳事件を未然に防いだ事によって、守護者達の警戒感が前回より低下することは避けねばならない。他に脅威となる世界級がある可能性が残っている以上、守護者達にはこの世界に対して強い警戒感を持ってもらう必要がある。

 

「最大の理由はナーベラルでは、あの者達と相対した時に危険だと判断したためだ。ゆえに、私が創造したパンドラズ・アクターを供とした」

 

「あのニンゲン共がそれ程の?こなたの世界には強者がいないものかと思っていんした」

 

「油断してはならん。まず、あの者達はユグドラシルの武具を装備していた。この時点で、プレイヤーである可能性と世界級を所持している可能性が生じる。実際に所持していたのは驚きだったがな」

 

 「世界級所持者はレベルや戦闘能力を超越した脅威であり、同じ世界級を持たぬ限り対抗できん。存在が確認できた以上、今後は対策を講じるが……それにパンドラズ・アクターが倒した戦士はプレイヤーではなかったがLV80だった。お前や守護者であればともかく、ナーベラルでは歯が立たなかっただろう。他に何かあるか」

 

 シャルティアは再び口元に手を当て、先程よりも眉を強くひそめ考え込み始めた。ほどなく眼は泳ぎ、頬に汗が流れ始める。その様子にアインズは、もしや自分が何かあるか?と問いかけたからシャルティアが必死に考えているのではないだろうか、という事に思い当たった。

 

「……あ、アインズ様が追跡していたニンゲンは何者なんでありんしょう 。私が見たニンゲンとは強さがあまりにも違いんす」

 

「今わかっていることは、あの者達はスレイン法国という国家に所属していることぐらいだが……私はあの国がプレイヤーによって造られた国ではないかと見ている。確証があるわけではないがな。まあ、今回の者達はカルネ村で捕縛した者より地位が高そうだし、より多くの情報が得られるだろう」

 

 アインズは今度は先程の轍を踏まぬよう、問いかけをせずにシャルティアの様子を窺うことにする。どことなく、ほっとした顔でシャルティアが一礼した。

 

「ありがとうございんした、アインズ様」

 

「うむ。ではシャルティア、今度はお前から報告を聞こう、今夜何があったかを」

 

 

 

 

 

 全て知ってはいるのではあるが、アインズはそれらの情報を知らないことになっているため、エ・ランテル出立より順を追って話を聞く。途中幾度かシャルティアの歯切れが悪くなることはあったが、血の狂乱を自分から発動させたこと、ブレインという剣士を逃がした事なども正直に報告されたことに安堵する。やがて報告は冒険者との遭遇戦からポーションの話に及んだところで、アインズは自分の罪に向き合うためシャルティアに声をかけた。

 

「……シャルティア、そのポーションは確かにマイナー・ヒーリングポーションだったのだな」

 

「はい、確かでございんす……アインズ様、もし私の行動がアインズ様の計画を台無しにしたのであれば、不足なれどこの身をもって」

 

「待て、シャルティア」

 

 椅子から降りて床に跪いだシャルティアに、慌てて声をかける。何を言わんとしているかはわかるが、この件は全面的に自身の失態であり、謝るべきはアインズの方だ。そんな状況でシャルティアに謝罪をさせるわけにはいかない。

 

「確かにこの世界の技術を調査する一環であの女にポーションを与えはしたが、既に目的は達成しあの女は用済みだった。にもかかわらず回収を後回しにし、お前が傷つくことになったのは全て私の落ち度だ……謝って済むことではないが、許して欲しい」

 

「アインズ様!」

 

 シャルティアが何か言うよりも先に、アインズは深々と頭を下げた。本来絶対支配者であるアインズがこのような行動をとってはいけないのだろうが、前回の事も含めて、それでもアインズはシャルティアに頭を下げて謝りたかったのだ。だが、アインズの私室や公務を行う場所では護衛や警備、守護者の誰かがいる以上、アインズはシャルティアに謝罪を行うことはできない。そのためシャルティアの住居にやってきたのだ。

 

「私が血の狂乱を発動させたりしなければ、ポーションによって傷つくこともありませんでした!アインズ様がそのような事をなされることはありません、御顔を、御顔をお上げください!」

 

 廓言葉も忘れたシャルティアの言葉にアインズは頭を上げる。シャルティアに謝罪をしたかったのであって、困らせるつもりはないのだ。

 

「シャルティア、お前の私に対する敬意は嬉しく思う。だが、聞いてくれ。お前はアインズ・ウール・ゴウンの友であるペロロンチーノが創造した存在、娘のようなものだ。ゆえにナザリック大墳墓の主人ではなく、ペロロンチーノの友としてお前に詫びさせてほしいのだ、本当にすまなかった」

 

「……そう言われては、お止めする事はできんせん。 謹んでお受けいたしんす」

 

「私の謝罪を受け入れてくれたことに感謝する」

 

「勿体ないお言葉でございんす ……では、報告を続けさせてもらいんす」

 

 目元をぬぐったシャルティアのその言葉で、アインズは報告を受けている途中だったことを思い出した。報告は女冒険者を捕縛し魅了の魔眼で尋問をしたところから再開し、野伏と別動隊を逃がしてしまったことも正直に報告された。しかしその後に続いた言葉に不意打ちを喰らう事となる。

 

「洞穴の中に数人の女がいたとビ……吸血鬼の花嫁より報告を受けたのでありんすが」

 

「なんだと?……いや、何でもない先を続けよ」

 

 シャルティアの報告から、己の知らない情報が出てきたアインズは思わず声を上げてしまう。だが、すぐにアインズ自身が吸血鬼の狼が放たれた直後に行動を開始したため知らないのは当然だと思い当たり、報告を中断して身を震わせたシャルティアに先を続けるよう促した。その女たちに関する報告を聞いているうちにアインズにある考えが浮かんだ。この情報は使えるかもしれない。

 その間に報告はペロロンチーノの武器の煌めきを見た事を経て、アインズと遭遇したところで終了した。知らない情報を得ていることになっているため、報告の内容を吟味するようにしばらく考え込むポーズをとってから口を開く。

 

「まず、お前の心に痛みを与えてしまった事を、先程同様詫びさせてほしい。私が迂闊であった、すまない」

 

「勿体なきお言葉」

 

 アインズが頭を下げ、シャルティアも目を閉じ頭を下げる。流石にもう一度同じ流れを蒸し返すことは、お互いにしない。

 

「では確認だが、逃がしたのはブレインという剣士、それと離れた場所に潜んでいた野伏、あとは別働隊の冒険者だな」

 

「はい、申し訳ございんせん。この失態はいかようにも」

 

 アインズは即座に片手をあげ、シャルティアの言葉を遮った。

 

「よすのだ、話が進まん。ふむ……だが顔を見られたのは剣士だけ、いや剣士とあの女だけだな?」

 

「はい、それは間違いないかと思いんす」

 

 再び考え込むポーズををとる。不安そうなシャルティアを見ているとこんな偽装をしている自分が嫌になるが、前回から守護者からの報告や提案に対してはあの手この手で時間を稼いでいるのだ。今だけ即断即決というのは余りにも不自然だ。

 

「まず剣士だが、その男には心当たりがある。追跡中に森の中を走る男を発見し、あの者達との関係を疑って尾行を命じてある。報告から考えるに、あの者達と関係はなさそうだが、その男に関しては調査結果を見た上で、私の方で処理することとしよう」

 

「畏まりんした」

 

「次に女だが……」

 

 そこでアインズはあることに気がついた。思い出したと言ってもいい。前回、エ・ランテルでは吸血鬼、つまりシャルティアの情報が持ち帰られていたが“銀髪で大口”までならレンジャーが持ち帰ることは遠視や暗視の手段があれば不可能ではない。だが“第三位階魔法<クリエイト・アンデッド/不死者創造>を使用した”はタイミング的にありえない。となると、その情報をエ・ランテルにもたらしたものは一人しかいない。

 

(ちと、まずいな……)

 

 あの女はパンドラズ・アクターに回収を命じてしまった。モモンがアダマンタイトに昇格した吸血鬼ホニョペニョコ退治の重要性は、エ・ランテルのアンデッド退治と双璧だ。そのホニョペニョコ……今回はデミウルゴスに名を考えさせたマーカラだが、その吸血鬼が強大な吸血鬼ではなく、普通の吸血鬼だと認識されてしまっては、アダマンタイト昇格は困難だ。そもそも、緊急事態でないならば新参のモモンに話が来るかどうかすら怪しくなってくる。

 

(回収は命じたが、どうするかは考えると伝えた筈。ならば<コントロール・アムネジア/記憶操作>でなんとかなる……か?回収の際に気絶してればいいのだが、意識があった場合は二人がかりでやるしかないか)

 

「アインズ様、やはり私の失敗が計画に何らかの支障をきたしてしまったのではありんしょうか」

 

 思索を始めたことによって、言葉の途中で黙り込んでしまったアインズに不安を覚えたのか、シャルティアから声をかけられた。仕方のない事なのだが、やはりシャルティアは失敗に対して尋常でない負い目を感じているようだ。

 

(このままだと話をするにも支障が出るし、シャルティアのためにもよくないな……一度、自分自身で整理させてみるか)

 

「シャルティア、確かにお前はいくつかの失敗をしている。だが、そのいずれも私の計画に影響を与えるものではない。無論失敗を反省し、繰り返さぬよう注意し努力する必要はあるが……お前は私の事を抜きにして自分がどんな失敗をし、今後どうすればよいのかはわかっているか?」

 

「はい、いくつかはわかっておりんす」

 

「では、それを述べてみよ」

 

「血の狂乱を自ら使用したことで、用心がおろそかになり結果ニンゲン共の逃亡を許しんした。今後はスポイトランスやブラッドプールを活用しコントロールすべきと心得ておりんす」

 

「そうだな、血の狂乱は与えられた能力だが、それを抑える能力もペロロンチーノはお前に与えている。その事に気がついたのは良い事だ」

 

「己の能力を過信していんした 。私には感知系能力が殆どありんせん 。せめて感知能力に長けたシモベを連れていくべきでありんした」

 

「そうだ、私にも言えることだが得手不得手は必ず存在する。我々が必ずPTを組んでいたのもそれが理由だ、私は魔法詠唱者だからな、前衛にいてもらわねば困る」

 

 シャルティアの発言がそこで止まったが、アインズはまだシャルティア自身で気がついて欲しい失敗があるため、それ以上は発言しない。部屋に不自然な沈黙が流れる。その時、シャルティアはアインズの態度からまだ自身の失敗が他にもあることを悟って、煙がでる程頭を回転させていた。特に自分が失敗したと感じた場面を一生懸命に思い出し、その時の自分自身の言葉や感情を掘りだして、ようやくあることに思い至った。

 

「……ニンゲン共を侮っていんした、たかが虫けらと思わずに、どのような備えをしているか考えるべきでありんした」

 

「おお!その通りだシャルティア!どんな弱い存在であっても実際に当たる前に侮ってはいかん。人間は臆病で卑小ではあるが、ゆえに知恵を磨き、常に傷ついた獣の如く注意を払う者もいる。他の種族であってもそうだ、弱者は強者から逃げ延び、足元を掬う術を心得ている、そう考えよ……よく気がついたなシャルティア、先程の繰り返しになるが、反省し同じ失敗を二度と繰り返さぬのであれば、それは私にとって喜ばしい事だ」

 

「勿体ないお言葉を今日は頂いてばかりでございんす、アインズ様」

 

 シャルティアが自身が望んでいた回答にたどり着いたことで、この部屋に来た目的はすべて達成できたと言っていい。であれば時間が限られている以上、あとはシャルティアの抱えている過剰な自責の念を払うだけだ。すでにその道筋は思いついている。

 

「わかってくれればよい……そういえばあの女のことが途中だったな。あの女に関しても私の方で処理しておく。後は洞穴にいた女たちの話だが、クズ共の慰み者になっていた、という事で間違いないな?」

 

「え?あ、はい、そうでありんす」

 

 さして重要でないと思っていた洞窟の女どもの事で念を押されたシャルティアは、やや面食らいながらアインズの問いに答えた。その答えを聞きアインズは満足そうに頷き、シャルティアに向かって話し始める。

 

「実はもう一つ懸念すべきことがある。それは私がお前の出立前に話して聞かせた、お前の正体が外部の者にばれることと、お前が人間達の常識に照らし合わせて非道な行いをしているという情報を知られた場合、ナザリックに不利益が生じるという事だったのだが覚えているか?」

 

「はい、忘れる筈がありんせん。偽名と“外の姿”を用いる理由としてお話しいただきんした」

 

 シャルティアの顔色がやや悪くなる。かなり慣れていないとわからないのだが、前回の記憶と経験があるアインズには判別は容易だ。

 

「そうだ。今回情報を持ち帰られたものの、偽名と“外の姿”によりお前の正体が外部の者にばれることはない、と断言してもよいだろう。しかし、ナザリックの情報を既に持っている者達に対してはこの限りではない。その場合懸念される一番の問題は、私と同格の存在である人間種のプレイヤー達に今回の件が伝わった場合、人間の常識で動くそいつらに大義名分を与えてしまう事だったのだが……その問題は解決された」

 

「……は?」

 

「シャルティア、お前はこの世界の情報を集めるために、セバス達と共に馬車に乗って街道を走っていたら盗賊どもに襲われた。身を守るためにやむなく反撃し生き残った盗人を捕まえたところ、盗賊共は日常的に馬車を襲撃しており、あろうことか幾人もの女を連れ去って慰みものにしているという情報を得た」

 

「アインズ様?」

 

 シャルティアから困惑した声が上がるが、アインズは構わず続ける。

 

「囚われた哀れな女達を助けに洞穴に赴き、悪逆非道の盗賊達を成敗したが、外に出ていた仲間とおぼしき者達が帰ってきて吸血鬼であるお前に問答無用で襲い掛かってきた。ゆえに街道とで襲われた時と同じく身を守るために反撃した……という事だな、シャルティア。この場合人間共の常識に照らして、お前は非道な行いをしているか?」

 

「いえ私の知る限りでは……何と言ったでありんすか、義侠心にかられた行いと、正当防衛という奴で……ありんしょう」

 

 アインズが何を言いたいか、何を伝えたいか理解したシャルティアは、微笑みながら返答した。

 

「うむ、つまりお前の報告による懸念は、すべて解消したというわけだ。さてシャルティア、改めてもう一度言おう。お前の失敗は私の計画に影響を与えるものではない。さらに言えば私も失態を演じている。ゆえに今夜の件に関しての事は全て不問としたい、どうか」

 

「ありがたい御言葉でございんすが、私が失態を演じたことは間違いありんせん。罰を頂かない事には、他の守護者達に顔向けできませぬ」

 

 ここまでの流れでシャルティアの気持ちを払拭できればと思ったが、やはりそう上手くはいかないようだ。仕方なくアインズは、考えていた対応策をとることとする。

 

「……そうか。では、お前に罰を与えることとする。出立前に渡した箱をこちらに」

 

「は、はい、少々お待ちください」

 

 シャルティアは自身のインベントリよりおずおずと箱をとり出し、名残惜しそうにアインズに差し出す。いかにもといった封印が施されているが、普通のアイテムボックスだ。

 

(さて、パスと手順を間違えると厄介だ、少し集中せねば)

 

 アインズが慎重になるのは理由がある。見た目は通常のアイテムボックスと変わらないが、これは課金アイテム“プロメテウスの黄金宝箱”通称、パンドラボックス。名前にちょっと引っ掛かりを覚えるが、最高位盗賊でも奪取や解錠を至難とする対盗賊用保管アイテムだ。その強固さは所有者であっても、パスや手順を間違えてしまうと、課金をしなければ開けることができなくなる。課金ができないこの世界では、中身が喪われるに等しい。

 

(もう何十回も使っているから間違えることはないんだが、やはり少しドキドキするな……よし)

 

 アインズは無事に箱の封印を解除すると、目的の中身を一つ取り出した。箱の中に入っていたアイテムは2つ、残っているのは蛇が巻き付いた金属杯だ。一見するとそうは見えないが、これこそが世界級(ワールドアイテム)ヒュイギイアの杯。万が一の保険としてシャルティアに持たせておいたが、幸いにも加護が使われることはなかった。

 

(保険は掛けている間は使う機会が無くて、掛けてない時に限って必要な事態に陥るもの、だったっけな)

 

 保険などという商品に縁のなかった自分がそんな言葉を知っているという事は、かつての友達の誰かに教えてもらったのに間違いはない。わずかな間思い出に浸った後、再び箱に封印を施し顔を上げる。

 

「シャルティア。私はこの箱を渡した際に「お前が使命を果たし無事に帰還した時、封印を解き開けることを許そう」といった。この箱には、任務の褒美として渡す筈のアイテムが入っていたのだが……御守りと言ったのを覚えているか?」

 

「はい、覚えておりんすが……え?そ、それは!」

 

「そうだ、これは百科事典(エンサイクロペディア)。我々が一人一冊持っているアイテムだな」

 

 アインズは分厚い百科事典を片手で掲げると回転させ、シャルティアから表紙が見えるようにする。そこに刻まれた名は――

 

「ペロロンチーノ様!ああ……」

 

 シャルティアの声は自身の創造主の名を見た喜びと、アインズの行動が意味する事を悟った哀しみへと流れるように変化した。それでも一縷の望みを持っているのか、不安に満ちた表情でアインズの言葉を待っている。

 

「……私はペロロンチーノがお前を守ってくれることを願い、これを持たせた。そして滞りなく使命を果たした暁には、褒美としてお前に贈るつもりだったのだよ、シャルティア。だがお前は罰を望んだ。この百科事典の存在を教え、与えぬ事で今回の罰とする」

 

「……はい……」

 

 絶望、そして押し寄せる後悔の念。一瞬見せたシャルティアの表情は、彼女の内心を如実に表していた。NPCにとって、自身の創造主由来のアイテムは一番の宝だ。下を向いた顔は、きっと泣きだす寸前であろう。

 

「――そしてシャルティア、これは私からの謝罪の印だ。受け取ってほしい」

 

「……え?」

 

 一拍置いた後、アインズは下を向いているシャルティアに見えるように、持っていた百科事典を差し出した。言葉の意味を理解したシャルティアは混乱し、反射的に慌てて拒絶の意を示す。

 

「いけません、アインズ様!それでは私は罰を受けた事に」

 

「いいやシャルティア、私は先程のお前に絶望を見た。それで罰は十分に受けたと思っている、それに――」

 

 シャルティアの言葉を遮り、アインズは意識して悪戯を楽しむような軽めの口調で話を続ける。威圧的な声や威厳のある声ではいけない。

 

「お前は私の謝罪を謹んで受けると、そう言ったのだぞ?シャルティア・ブラッドフォールンは、ナザリック大墳墓の支配者であるこの私に嘘をついたのかな?」

 

「いえ!至高の御方々に誓ってそのような事はありません!で、ですが……」

 

「では、証明のためにも謝罪の証を受け取ってもらわねばな、さあ」

 

 アインズは言葉と共にぐっ、と百科事典を少しだけ突き出した。シャルティアは未だ困惑した表情のまま差し出された百科事典、その表紙に刻まれた【Encyclopedia By Peroroncino】の文字とアインズの顔を交互に見た後に、震える両手でしっかりと受けとった。

 

「ペロロンチーノ様……」

 

 シャルティアは表紙に刻まれた自らの創造主の名を呟くと、感極まったのか膝を折り、百科事典を胸に掻き抱いて滂沱の涙を流した。胸の中に確かな熱を感じ、歓喜の涙を流したまま、アインズに心からの感謝の言葉を捧げる。

 

「ありがとうございます、アインズ様……」

 




※投稿約七時間経過後に書いています。

 ご感想、お気に入り登録及び誤字報告をいつもありがとうございます。修正は随時反映させていただいてます。

 またやってしまいました。Deceive(15話)の時と同じ投稿ミスです。今回は最後の推敲を残すのみでしたが、よりによって作中で”同じミスをしないように”という内容を書いた時にやらなくても……と思いつつ反省しております。


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