オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal

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※このSSは10巻までの情報による妄想設定を基礎として書かれております。話が進むごとに妄想や捏造はどんどん増えます。予めご了承ください。



Grandiose

 リ・エスティーゼ王国王家直轄領。その最も東に位置する城塞都市、エ・ランテル。

 

 三重の城壁に守られたこの都市は城壁ごとに区画が三つに区切られており、最内周が行政区画、外周部は軍駐屯施設と共同墓地、そしてその間に住人が住むいわゆる街区が存在している。

 しかし城壁で区切られているとはいえ、壁一枚隔てた向こうがアンデッドが発生する共同墓地、という場所に住みたいと思う人間は圧倒的少数派だろう。そのため自然と共同墓地と接する西街区は、比較的貧しい者たちが暮らす場所となっていた。その西街区の大通りに面した冒険者専用宿の一つ「鉄兜亭」は、一人の冒険者がもたらした情報でにわかに騒がしくなっていた。

 

「間違いないのか?」「ああ、共同墓地でアンデッドがかなり発生している」

 

「いいねえ、ちょうど酒代が寂しくなって来たところだ。稼がせてもらうか」

 

「おいおい、寂しくない時があるのかよ?俺もいくぜ」「ちげえねえ」

 

 アンデッドであっても討伐部位さえあれば、組合の報奨金システムの対象となる。共同墓地に沸くアンデッドは殆どが骸骨(スケルトン)や動死体(ゾンビ)といった最下級のアンデッドだ。当然報奨金も最低額だが、銅・鉄級の冒険者でも対処法を知っていれば楽に倒せる相手なので、小銭稼ぎや初心者鍛錬として人気の討伐対象である。都市外に出ないため、いちいち通行税をとられないというのもいい。無論それらよりもかなり強いアンデッドが出現する事もあるが、その場合は対処不能案件として組合に連絡して銀級以上の連中に任せればいい。

 

 とはいえ、原則として共同墓地内のアンデッドは衛兵が対処するとされており、都市側から巡回駆除依頼をされている――戦争から大体半年程――期間以外は墓地で小遣い稼ぎはできない。しかし、生者全ての敵であるアンデッドに関することなので抜け道は多く、墓地の門外でアンデッドを発見した場合は対処すべしとされているし、墓地内であっても衛兵から要請があれば討伐が認められる。そのため、顔見知りの衛兵が巡回する日に合わせて”出待ち”する冒険者達もいる程だ。

 降ってわいた小銭稼ぎの機会に、宿内の半数以上の冒険者が動き出す。動いてないものは明朝からの仕事が入っている者達と、つい先程、宿の隅で向かい合って座った二人組だけだった。

 

 宿の主人兼酒場のマスターでもある男は、店の喧騒をよそに隅の席をじっと見ていた。二人組の一人は野伏の男でペール・オーリケ、もう一人が女軽戦士のブリタ。ペールの所属するパーティは経験を積んだ事で連携が上達しており、もうすぐ昇格試験を受けてここから出ていく予定だった。ブリタも時間はかかるだろうが、この宿屋で何年も燻っている飲んだくれ共と違って金級以上にはなるだろうと踏んでいた。だが昨晩、野盗の本拠地捜索の依頼遂行中に恐るべきモンスターに遭遇し、ペールはパーティの仲間を、ブリタは友人を失ったと聞いている。

 

(二人ともひでえ顔だった)

 

 宿に戻ってきた時、ペールは悔恨の念で押しつぶされそうになっていたし、ブリタは完全にモンスターに怯えていた。ペールは落ち着けばモンスター全般に対する復讐の念を胸に、別の仲間を見つけて冒険者を続けるかもしれない。だが、ブリタはおそらく近いうちに冒険者組合にプレートを返却し、冒険者をやめるとみている。他の連中もそれが分かっているからか、一度慰めの言葉をかけてからはブリタに声をかけようとはしない。

 

 十年以上もの間、冒険者専用の宿屋をやっていればよくあることなのだが、いつも思う。自分と違って才能があるにもかかわらず、運悪く実力以上のトラブルに遭遇してしまい命を落とす若者、生き残ったが仲間を失い心折れてしまう者のなんと多い事か。

 駆け出しの初心者が無謀な依頼を受けぬように、実力に見合わない者が高難度の依頼を受けぬように、組合は冒険者と依頼の格付けを行っている。

 自分のようにたまたま引退まで生き延びただけの男も、後輩達がちょっとでも生き残って大成できるようにこうして仲間を集め、情報を交換し、生活の基盤となる場所を組合の援助を受けて格安で提供している。それでも、彼ら冒険者を襲う〝事故”は少なくない確率で起こってしまうのだ。

 

「もうちっと、なんとかしてやりてえなあ」

 

 意識せず呟いてしまったが、引退冒険者の宿屋の親父にしてやれる事なんてたかが知れている。飲んだくれ共が飛び出して行ったらあの二人に酒を一杯ずつ奢って、自分もあいつらの手向けとして共に一杯飲むこととしよう。そう考え、給仕の男に一声かけた主人は普段はカウンターに置いていない自分用の酒を裏へと取りに行った。

 

 

 

 

 

 

「さて……」

 

 アインズは気を失ったクレマンティーヌを地面に寝かせ、やや急いで状態を確認する。先程振りかけたポーションの効果で出血は止まっているが、マイナーヒーリングポーションでは全量でも部位欠損は治癒出来ない。

 右腕は肘の辺りが大きく抉れて骨が露出し、その先はかろうじて千切れずにぶら下がっているだけだ。左腕は肩から完全に切断され、白とピンクそして赤で構成された鮮やかな断面をのぞかせている。出血がポーションの効果で綺麗に止まっているせいで、生々しい色合いの断面がはっきり見えて少々気持ち悪い。左足も膝から下が切飛ばされているために肩と同じ様に断面がのぞいているのだろうが、わざわざ覗き込んで違いを確認する程趣味は悪くない。

 <ライフ・エッセンス/生命の精髄>で確認するまでもなく、未だに瀕死と言っていい有様だ。HPが回復したとしても、四肢の内三本が使い物にならない状態で逃走するとは考えにくい。

 

(うーむ、あぶないあぶない。これは死んでいてもおかしくなかったかも)

 

 <パーフェクト・ウォリア―/完璧なる戦士>で戦士化したアインズの斬撃とはいえ、クレマンティーヌが武技を使用できるようにわざわざ声をかけてタイミングを遅らせ、かつ手加減した一撃の筈だった。 しかし<不落要塞>に対するアインズの見立てが過大であったのか、それとも自身の振う斬撃に対する評価が甘かったのか、もしくはその両方か。放った斬撃は何の手ごたえもなく、防御ごとクレマンティーヌを切り裂いてしまったのだ。

 

 クレマンティーヌが運悪く死んでも蘇生させるつもりではあった。だが、蘇生の短杖は既に一本消費しているし、アインズ以外が復活させるにしても金貨や資材の消費を伴うのだから安く上がるに越したことはない。確かに前回に比べれば金銭に対する不安や懸念は大きく減じているが、だからといって余計な出費をしてよいという事にはならない。念のためアインズはポーションを追加で一本取り出し、仰向けになっているクレマンティーヌの口に流し込む。これでもう死ぬ事はないだろう、と自身のミスに対処し気が抜けると、先程まで戦闘の高揚や焦りで鈍っていた嗅覚が盛大にアラートを鳴らした。

 

(ううっ、臭い。ゴムの焼けた匂いと言うのは、なんでこんなに鼻につくんだろう)

 

 先程のクレマンティーヌの所業によって、アインズが兜の下に被っていた<ディスガイズ・セルフ/変装>が掛かった変装用ゴムマスクが焼けてしまい、兜の中に耐え難い臭いが充満していた。瞬時に燃え尽きたためにアインズの顔に溶けたゴムがへばり付いているような事態には陥っていないが、臭いはそうはいかない。

 兜を消滅させて臭いを払ってしまいたいが、遮蔽物のないこの場所で万が一目撃されたら面倒なことになると考え、じっと耐える。魔法による監視も周辺に潜んでいる存在もいないのも確認済みだが、前回カジットやクレマンティーヌの死体を回収した連中はどこかにいる筈であり、そいつらがユグドラシルの魔法やスキルを欺く能力やタレント等を持っていないとも限らないのだ。

 

(せめて遮蔽物内で防音と幻惑の結界を展開させてからでなければ、素顔をさらすわけにはいかないな。それにしても舌が無くて味はわからないのに、鼻が無いのに匂いはわかるんだよな……おお、すまないがもう少し我慢してくれ)

 

 己の思考中に走ったノイズ――ベロベロ君からの思念にアインズは心から詫びつつ、先程の戦いを思い出していた。アインズがクレマンティーヌの右肘を貫いた時、あまりにも狙い通りに事が運んだため気が緩んでいたことは間違いない。無意識のうちにドヤ顔で「ふっ」と笑ったかもしれない程だ。骨なので表情は変わらないのだけれども。 その気の緩みをつかれてクレマンティーヌに、右眼にスティレットを捻じりこまれたのは間違いなくアインズの失態。いざ負けそうになれば、このような行動をとる女だと予想していたにも関わらずだ。

 アインズは次の瞬間起こることを知っていたがゆえに、瞬間的にヌルヌル君に心の中で頭を下げた。口唇蟲のヌルヌル君はモンスターと言えないほどに脆弱で、熱々のスープすら耐えられない。己の不注意でペットを死なせてしまった、と落ち込むかつての友の姿を幻視すらした。

 

 だがその時、<知性ある上位粘体/イド・ウーズ>のベロベロ君が咄嗟にヌルヌル君を包み込み、炎から守ったのだ。あらかじめヌルヌル君を守れと命令していたからではあろうが、スライム系で炎が弱点のベロベロ君が身を挺してヌルヌル君を守ったことにアインズは少し感動していた。シモベに対してはやや冷たい対応をとりがちなアインズだが、ペット的な愛着が沸いていたこともあって、血をまき散らしながら転がっていくクレマンティーヌの対応よりベロベロ君にポーションを垂らすことを優先させたのも仕方がない事と言えよう。

 

(我ながら色々迂闊だったな、もう少しでヌルヌル君が死んでしまう所だった……ベロベロ君には感謝せねばな、それにしても)

 

 アインズは考えながら、腰に下げた〝長剣に見えるよう鞘を偽装した”武器に手をかける。己が最大限警戒しているのは言うまでもなく世界級(ワールドアイテム)とプレイヤーだが、ユグドラシルにはないこの世界独自の能力もずっと警戒してきたつもりだ。<タレント/生まれながらの特殊能力>や<ワイルドマジック/始原の魔法>に比べれば重要度ランクはかなり下がるものの、この世界の独自の技術である<武技>を前回もアインズは警戒し調査してきた。しかし困ったことに、武技の中でもっともアインズに驚きを与えた<不落要塞>の使い手は手に入れる事が出来なかった。なので、そのための実験も行うべく用意してきたのだ。

 

(警戒するあまり、難しく考えすぎていたのかもしれん。回数制やクールタイムでなく、HPやMPを消費するタイプのスキルと考えれば情報を集めるだけで対策は十分にとれる。戦士化した俺の攻撃如きを防御しきれなかったという事は、あくまでもあの武技は武器受け能力を瞬間的に大幅上昇させるだけのスキルで、絶対防御ではない。そして属性ダメージ武器に対しても無力だった。それはつまり、魔法に対しても無力であるということだ)

 

 アインズは腰に下げた武器を抜き放ち、一振りする。ブォンと独特の音が周囲に響き、柄から明らかに鞘よりも長い光が伸びた。ペロロンチーノのメインウェポンと同じ属性武器であり、かつての友であるたっち・みーからギルド長就任とギルド結成初イベント成功祝い、そして迷惑をかけたお詫びと称して贈られた思い出の魔法の〝杖″だ。

 

(たっちさん、ついに頂いたこの杖を実戦で使いましたよ。まさかそんな日が来るとは思いませんでしたが)

 

 <ブリリアント・エナジー/輝きの力>と呼ばれる付与効果が施され、持ち手の部分以外が光の粒子に置き換わっている光の武器。この光は生命ある存在に属性ダメージを与え、それ以外の物質は透過するという恐るべき特性を持つ。そのためかなりの範囲の武器や防具、遮蔽物の効果を無視して攻撃を行うことができるのだ。そして何より、ある病気に罹患している人間にとっては――

 

「うむ、やはり……かっこいいな」

 

 生命を持たない存在であるゴーレム、偽りの生命で動いているとされるアンデッドにはダメージを与えられない等のデメリットもある。だが何よりその外見から、ユグドラシルでも長らく人気のある付与効果だった。当然、アインズも密かに入手を熱望する一人だったが、必要素材とデータクリスタルの希少度、作成の高難度、なにより自分が後衛の魔法職だったため入手を断念していた。そんな折にこの武器を贈られた時は本当に嬉しかった、と同時にかなり後ろめたくなったものだ。

 

(クレイヴ・ソリッシュを作った際の余りだから気にしないで下さい、とは言われたけど……属性ダメージ武器用の超希少素材、俺なんかのために使わせちゃったのは申し訳なかったなあ)

 

 武器の輝きに引き込まれるように懐かしい思い出に浸りかけた時、地面に巨大なモノが落ちた様な大きな音でアインズは我に返る。そして何か巨大なモノが地を翔けこちらに接近してくる気配、まず間違いなくハムスケだ。前回同様少し離れた木の上で待機させていたのだが、戦闘音が止んだので飛び降りて様子を見に来たのだろう。

 真の闇すら見通すアインズの眼が、走って来る姿を捉える。主人の身の安否を案じる不安な表情で駆けてきたハムスケは、幾度か立ち止まって周囲を見回し、アインズの姿を見ると喜色満面となってこちらに駆け寄ってきた。サイズさえ度外視すれば愛玩動物そのものの行動で、実にかわいい。

 

「おお!やはり殿が勝利されていたでござるか、流石でござる!」

 

「トラフカミキリ如きが至高の、モモンさ、-んに敵うわけなどないと言ったでしょう」

 

 ハムスケの到着とほぼ同時にふわり、とナーベラルがハムスケの横に降りたった。

 

「で、これが殿の倒した敵でござるか?」

 

 ハムスケが鼻面をグイッとクレマンティーヌに寄せて、フンフンと臭いをかぎはじめる。先程の行動と言い、こういった仕草を見るとアインズにはでかいジャンガリアンハムスターにしか見えず、この世界の人間にとっては強大な魔獣に見えるというのが未だにちょっと理解できない。

 

「それで、そこの死にかけのジン……いや、シラホシテントウの処分はいかが致しますか?これ以上御手を汚さぬよう、私が雷撃で焼却いたしましょうか」

 

(ん?……いや何かこんなこともあったか)

 

 返答を待たず、魔法の行使準備に入ったナーベラルにアインズは多少の違和感を感じたが、次の瞬間に前回も似たような事があったような記憶が朧げに甦ったため、即座に忘れた。そのまま焼かれてはかなわないので、片手をあげてナーベラルの行動を制する。

 

「まて、詳しい経緯は省くがその女はそうだな、ハムスケの後輩になるのか?私の所有物に加えた。処分の必要は無い」

 

「!了解致しました」

 

「なんと某の後輩?では殿のため共に働くと言うことでござるか?んー、手足が何本か千切れてるようでござるが……役に立つのでござるか?」

 

「大丈夫だ、気にするな。だがまずは依頼を果たさねばな。先程の霊廟へ戻る。ハムスケ、その女を運べ。まあ大丈夫だと思うが充分に注意しろ」

 

「了解でござる!後輩を噛み千切らない様、充分注意してやさしーく運ぶでござるよ!」

 

 意識が戻った時に逃げ出さないように注意しろって意味だったんだが、とクレマンティーヌをはむっと咥えるハムスケから視線を外し、いくつかの指示を飛ばしたアインズは霊廟に向かって歩き出した。ハムスケが咥えるクレマンティ―ヌを睨み続ける、ナーベラル・ガンマを従えて。

 

 

 

 

「我が神、水神よ!不浄なりし者を退散させたまえ!」

「我が神、地神よ!不浄なりし者を退散させたまえ!」

「我が神、風神よ!不浄なりし者を退散させたまえ!」

 

 三方向から同時に発動した神官達のアンデッド退散能力により生じた波動によって、破られた門から溢れ出したゾンビやスケルトン、食屍鬼(グール)等の弱いアンデッド数十体が崩れ落ち消滅していく。

 その間に前衛の戦士たちは、消滅せずうめき声をあげる腐肉漁り(ガスト)、黄光の屍(ワイト)、動死体の戦士(ゾンビ・ウォリア―)そして百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)に攻撃を仕掛け、次々と倒していった。

 

「うおおおおお!<強殴>!」

「水神の慈悲を!<斬撃>!」

 

 スケルトン・センチュピートの頭に重戦士のメイスが叩き込まれ、ゾンビ・ウォリア―の首が聖騎士のバスタードソードによって宙を舞った。退散能力の効果が消え、狼狽えていたアンデッドが再び動き出したその瞬間、間髪入れず白金級魔法詠唱者より魔法が放たれる。

 

「押し返せ!<ファイアー・ボール/火球>」

 

 墓地内部より門に殺到するアンデッドの群れに火球が炸裂し、大半を吹き飛ばす。その隙に、前衛の戦士達が門を半円状にとり囲む陣形を組み直し、息つく間もなく門から這い出て来るアンデッドの群れに武器を振い始める。

 

 <リーンフォース・アーマー/鎧強化>

 <マジック・ウェポン/武器魔法化>

 <レジスタンス/抵抗力>

 

 

 負傷した者と交代して前に出た戦士に向け、範囲攻撃魔法を修めていない魔法詠唱者達が防御強化、攻撃の強化であると同時に死霊等にも攻撃可能となる魔力付与、そして効果は弱いが麻痺や毒、精神攻撃と広範に及ぶ抵抗力が上昇する支援魔法を飛ばす。この状況では下手な攻撃魔法より、前衛への支援魔法が効果的だと知っているためだ。

 一般的に、冒険者は複数のパーティで連携して戦うのはあまり得意ではない。しかし、ここエ・ランテルの冒険者たちは違う。金級以上はカッツェ平野での合同アンデッド掃討作戦での経験が豊富なパーティが殆どだ。ゆえに、連携して強力なアンデッドを含む群れと戦う事にも慣れている。

 

 だが戦っている冒険者達の表情はさえない。今の一連の連携も門が破られてから、これで数回目だからだ。

 

「やべえな、明らかにジリ貧だぞ」「壁越えを始末してる連中もこっちに回ってもらうか?」

 

「銀じゃここ支えるの無理だし!」「壁越えに強いの混じってたら、鉄だけじゃ不味いしな」

 

「城壁にも出張ってるわけだしな、俺らが頑張るしかねえよ」

 

「確かにそうだが、神官の退散能力もあと一回あるかどうかであろう。あやつの魔法も、もはや打ち止めと見た」

 

 金級リーダー達の声に、白金級チーム《アクシズ》のリーダーである聖騎士が芳しくない感想をもらす。敵の数が多過ぎるため、強力なアンデッドに前衛が手間取るとそれだけで群れが溢れだし、包囲陣形が崩される。そのたびに魔法詠唱者のリソースが大きく削られてしまっているのだ。先程交代した軽戦士も怪我を癒やして復帰してくる筈だが、その怪我を癒すのも魔法詠唱者だ。すでに金級チーム五組中三組の魔法詠唱者はリソースをほぼ使い切ってしまっている。

 

 もう一組の白金級冒険者チーム《スカーレット》リーダーは<ファイアー・ボール/火球>のみに絞って後方より指示を出していたが、五発もの火球を放った結果、今は杖に寄り掛かっているような状況だ。魔力の回復はこの短時間ではまず見込めない。その間にも墓地内から再び規模の大きい群れが向かってくるのが見えた。

 

「考えてる暇もないか」「一体どれだけ沸いたんだか」

 

 男たちは舌打ちと共に疲労回復のポーションを飲み干すと、武器を構え直しアンデッドの群れを迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

  カジット及びその徒弟のマジックアイテムを回収させたアインズは、最後に霊廟に入り石扉を閉めると懐からアイテムを取り出す。

 

「まだいささか時間に余裕があるな・・・・・ナーベ」

 

 手元のアイテムで時間を確認しつつ、ナーベラルに周辺偽装警戒の合図を送る。防音と幻惑を兼ねたマジックアイテム〝虚ろの幻燈”を起動させたことを確認し、クレマンティーヌを咥えたままのハムスケに声をかけた。

 

「ハムスケ、その女を降ろしてそこの壁に立てかけておけ……なんだ?」

 

「はっ!シミどもの持ち物に妙なアイテムが混じっておりまして、アインズ様に報告しておいた方がよろしいかと思いました。こちらでございます」

 

 いつのまにか跪いていたナーベラルが、アインズに拳大で表面に凹凸のある黒いオーブを差し出している。

 

「えっと、確かそれは……死の宝珠、だったか?」

 

(そういえばこんな物もあったな、一瞬本気で何かわからなかったぞ。やばいな俺、正直すっかり忘れてた、確かハムスケにここで与えて――あれ?それからどうした?)

 

 流石、至高の叡智を誇る御方……と呟くナーベラルから鷹揚に死の宝珠を受け取りつつアインズは一生懸命、前回死の宝珠をどうしたかを思い出そうと考えたが――何も思い出せない内に頭の中に声が響く。

 

 ――御許可を得ぬうちに発言する無礼をお許し下さい、偉大なる”死の王”よ

 

「む?いや、発言を許そう。だが、何故私をそう呼ぶ?」

 

 前回この宝珠を手にした時のアインズは明らかにアンデッドとわかる外見だった。しかし今は探知阻害の指輪をはめている上、全身鎧を纏ったモモン状態。であるにも関わらず死の宝珠が自分を”死の王”と呼んだことに疑問を投げかける。

 

 ――はっ、まずは感謝の意を偉大なる御方に。私は卑小な存在なれど御身の掌中にあって大いなる魔の力を、そして貴方様が絶対なる死の化身である事を悟りました。死に連なるモノの端くれとして、これ程濃密な死の気配を秘めた御方を”死の王”とお呼びするのは当然のことでございます

 

 ほう……とアインズは感心の声をあげ、少々の驚愕と共に死の宝珠の評価を上昇させる。アインズが手に持つまでは流石にわからなかったようだが、纏っている全身鎧が魔法によって存在している事と、アインズ自身が高位のアンデッドであることを見抜いたらしい。

 

(大したアイテムではないと思ったが、死の宝珠と言う名は伊達ではなかったという事か)

 

「……それに引き換え」

 

「?なんでござるか殿、拙者の顔に何かついてるでござるか?」

 

「いや、なんでもない」

 

(<インテリジェンスアイテム/知性あるアイテム>というのは、単純なレベルや能力だけでは測れない物なのかもしれないな。ユグドラシルにおいて同じ能力であっても、プレイヤースキルで全く強さが変わるように。ユグドラシルには無かったアイテムだし、これは色々と考えた方がいいかもしれないぞ)

 

 前回ハムスケに与えてから、一年以上何も起きなかった。アインズが存在を忘れてしまっていたので、ナザリックにも自由に出入りしていたにも関わらずだ。そもそもユグドラシルにはなかったというだけでもレアアイテムであり、尚且つこの世界でもこれ以降一度もお目にかからなかった事も考えればレア度はもう一段上がる。色々と思い出せば思い出す程死の宝珠の価値はアップしていき、アインズは頭の中に響く賞賛の言葉を聞き流しつつ以前とは全く違った結論を出した。

 

 ――貴方様に仕える事こそが、私の存在意義だと理解致しました。偉大なる”死の王”にお願い申し上げます。どうか、我が忠誠をお受け取り下さい。

 

 「よかろう、死の宝珠よ。私に仕えることを許そう。ではお前には――待て」

 

 強い魔力が収束することを感知したアインズは、言葉を切って手元を見る。それと同時にナーベラルがアインズの前へと動く。死の宝珠も魔力を感知、あるいは何かを察したのか沈黙した。頭の上に?マークを浮かべたハムスケだけが、怪訝な表情をしている。やがて霊廟に半球状の黒い渦巻き――<ゲート/転移門>が現れた。

 

「な、なななな何事でござるか?」

 

「静かにせよ、ハムスケ……それで?状況はどうなっている?」

 

 

 

 

 

 

「だめだ、崩される!」「ふんばれ!後がないんだぞ!」

 

 骸骨の兵士(スケルトン・ソルジャー)数体を含む群れの突撃を受け、再び陣形が崩されかかっている。しかし、もはや立て直す為に必要な魔法詠唱者のリソースは尽きているのだ。突破されれば駐屯地と街区にアンデッドの群れが押し寄せる事になるが、退かなければ自分達もアンデッドの群れに飲み込まれてしまう。決断の時は迫っていた。

 

「ぐあっ、くそ、離せ!」

 

 戦士の一人がスケルトンとゾンビに群がられて引き倒され、それを助けるために前に出た野伏や盗賊にグールとワイトが襲い掛かる。さっと見回せば周辺で似たような光景が見えた。

 

「くっ、ここまでか!」

 

 その場にいる誰もが撤退を決断したその時、大音声が響き渡った。

 

我が神、火神よ!御加護によりこの地に祝福を与えたまえ!<コンセクレイト/聖別/>!!」

「<跳躍>!」

 

 門を中心とした範囲に神聖な力の波動が放射され、戦士に群がっていた、あるいは囲みを突破しようとしたアンデッド達から煙が上がり、苦悶の声をあげる。ほぼ同時にアンデッドの群れの中央、すなわち門の前に一人の戦士が大きく跳躍し、飛び込んだ。

 

「<旋風>!」

 

 戦士の体が旋風の如く回転し、多くのアンデッドと共に五体のスケルトン・ソルジャーを葬り去った。戦士は両の手に持った二本のメイスを構え、次のアンデッドの群れに立ちはだかる。

 

 胸に輝く、エ・ランテル最高位冒険者である証のプレート。

 カッツェ平野で常に先頭に立ち、アンデッドと戦う冒険者チームのリーダー。

 己の故郷をアンデッドから守るため、冒険者になったと言われる漢。

 

「《虹》のモックナック!よく来てくれた!」

「モックナックさん!」「ありがとう、助かった!」

 

 窮地を救われた冒険者たちの声に、モックナックは振り返らず答える。

 

「遅くなってすまん!だが、俺が来たからには、ここからアンデッドは一体も通さん。悪いが皆、もう少し頑張ってくれ。俺たちの街を守るぞ!!」

 

「「「おう!!」」」

 




 ご無沙汰しております。
 前回投稿から、至高の原作者様暦でも一年程が経っており驚愕しています。
 すでに当時読んで頂いていた皆様はいらっしゃらないかもしれませんが、言い訳の後書きです。


 投稿が停止してしまったのは様々な理由はありますが、はっきり言えば
全く書けなくなってしまったからです。

 正確には書いても書いても動くイメージがわかないというか、頭の中のアインズ様達が急に沈黙してしまったというか……表現が難しいですね。

 今話はつい先日アニメ2期の視聴と3期の発表に加え、最新刊を読了した興奮から再度筆をとった所、なんとか書けたので投稿させて頂きました。

 次話以降も書けたならば投稿させて頂きたいと思っています。過度な期待はせずにお読みください。

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