オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal

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Loony

アルベドは玉座の間から出ると、すぐに扉を閉め足早に歩き――ださず体を震わせその場に立ち尽くす。その眼には涙と共に自身への怒りがあった。

 

「なんたる失態……」

 

 ギチリギチリとアルベドのどこかより音が鳴る。扉の向こうにモモンガ様がいなければ、ここがナザリックでなければ、と思う程の破壊衝動をともなう慚愧の念が全身を蝕む。

 

 かつてナザリック大墳墓に君臨していた支配者にして創造主、至高の41人。だが至高の御方々はある時から次々とナザリックを去っていった。なぜ至高の御方々が去ったのかアルベドには知るすべはなかったが“りある”と呼称される世界に旅立ち、二度と戻らないということだけは玉座の間での至高の御方々の会話から読み取れた。その事実はアルベドに大きな悲しみを与えた。

 

 これは他の守護者、いやナザリックに存在するすべてのNPCがそうであったろう。アルベドは至高の御方々がこれ以上旅立たない事を祈り続けたが1人、また1人と至高の41人はナザリックを旅立っていった。

 

 そしてついに自らの創造主タブラ・スマラグディナがナザリックを去ったと悟った時、アルベドの心は途方もない喪失感に襲われた。嘆きと哀しみ、絶望を味わい……そして恐怖した。他の至高の御方々がナザリックを去った時とは比べ物にならない程の感情の迸りを受け、アルベドは今まで他の者たちがどれほどの恐怖を覚えていたのか想像し、狂気へと続く思考の渦へと飲み込まれた。

 

 自身の創造主でさえもナザリックを去った……自分を、ナザリックを捨てた。このまま至高の御方々全てがナザリックを去ってしまったら……至高の御方々に仕え奉仕するためにのみ生まれたモノである自分達は、存在する意味を失った自分達はどうするのだろう?どうなるのだろう?

 

 だが他の守護者同様、アルベドも狂気に堕ちることなく存在し続けた。最後にナザリック大墳墓に残った至高の41人の統率者であるモモンガの存在によって。

 

 ナザリック大墳墓内に於いて、全ての守護者を含むNPCは距離による強弱はあるもののその至高の存在を感じ取れる。ほぼ同じ周期でモモンガはナザリックを訪れていたため、その存在を感じとることでNPC達は永い時を乗り切れたのである。極稀にモモンガが周期通りに訪れない時もあり、その際はNPC達は不安や恐怖等の負の感情にさいなまれはしたが、モモンガの気配が再びナザリックに現れることでその負の感情は完全に消滅し、それに倍する喜びを得ていたのだ。

 

 そう、ナザリックに存在する全てのNPCはモモンガに感謝と崇拝と尊敬と忠誠を誓い続け、来訪を祈って日々を過ごしていたのである。

 

 アルベドの脳裏に走馬灯のようにその日々の記憶が流れ、今日という日にたどり着く。日付が変わり今日という日が始まった時、まるで自身の足元が薄氷になったかのような不安を覚え、守護者統括としてわからないが何かをしたほうが良いのではないか、と考えては授けられた役目を思い出し玉座の間に控え続け、焦燥の中でモモンガの気配を待っていた一日。

 

 待ち望んだモモンガの気配がいつもの通りナザリックに現れたその後、驚愕すべきことに永きにわたりナザリックを離れていた――記憶にある限りでは最後に去られた――幾人かの至高の御方々がナザリックに再臨した。

 

 最初に思ったことはなぜ今さら、という一言。自分たちがどれだけの悲しみや恐怖を味わったのか知っているのかと怒り、それから他の守護者、NPC達の得たであろう感情を思い、モモンガの他の至高の御方々への気持ちを想い、そしてそれらによる歓喜の念が勝って……アルベドは僅かに微笑み喜んだ。

 

 しかしモモンガ以外の至高の御方々の気配はほぼ時を置かず、ナザリック内のどこにも移動せず、再びナザリックを去った。先程の驚愕とかすかな喜びの分、いや遥かに大きい悲しみにアルベドは襲われた。御方々は……奴らはモモンガ様を旅立った先である“りある”より連れ去りに来たのでは? そんな考えが頭をよぎり、このままモモンガが万が一続けてナザリックを去ってしまったらと、憤怒と恐怖に身を焼かれた。

 

「でも……そうはならなかったわ」

 

 そう、モモンガ様は奴らに続いてナザリックを離れはしなかった。その後の光景を反芻しはじめる。この玉座の間にナザリック大墳墓の主である証“スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”をその手に携え、セバス達を引き連れたモモンガ様が諸王の玉座に身を預け自分の情報を閲覧し……その時は訪れた。未来永劫記憶し記念し称えられるべき自身の生涯における最高の瞬間。

モモンガ様がこの自分に”モモンガ様への愛”を授けてくださったのである!

 

「うへへ……」

 

 アルベドの顔が先ほどとはうって変わってこれ以上ないほどに崩れる。涎が口からこぼれているほどだ。他にも色々こぼれてるかもしれない。殺気と怒気の渦はきれいに霧散し、緩み切った雰囲気が漂う。アルベドは気が付かない。人ではありえないほど大きく開かれた虚ろな目でうへへと笑いつつ無意識に何か呟き、色々垂らしてぷるぷる、びくん!と震え息を荒げる姿はどこからどう見てもアブナイ○○であり、様々なアルベドを記憶しているアインズですらドン引きであることに。

 その破壊力はもしアインズに見られれば私室エリアへの出禁、あるいは今後半径10mまで接近を許さないまである。そしてアインズは扉の向こうの玉座の間にいるのだ。もし、アインズが玉座の間から出てきてしまったら?アルベドは本人の自覚は全くなしに最大の危機に瀕していた。

 

 だがその誰にも見せられないような痴態も1分程でおさまり、再びその面が後悔の念でこわばると、髪がうねり体躯が膨らみ、角が伸びたかと思うと全身ををどす黒いオーラが包み込んだ。光る眼だけが外部からはっきりと確認できるそれは、割れ鐘のような声で絞り出すようにつぶやいた。

 

「それほどの恩寵を、モモンガ様から与えられたのに私はっ……」

 

 先程モモンガ様はナザリックに異常はないかと守護者統括としてナザリックを管理している自分に尋ねた。すぐさま情報を集積し異常なしと答えた時、愛する方に任ぜられた職務を全うしている喜びに包まれていた。だがモモンガ様はその報告を聞くと自分を見つめ、考え込み何かを振り払うような気配を漂わせ……そしてあの威厳のある御声でナザリック大墳墓が異常事態に陥っていることを自分たちに伝えたのだ。

 

「あれは信愛を与えて頂いたにも拘わらず、失態を演じた私に失望……されていたのね」

 

 思い返せば異常事態に気が付いて当然の情報を、無数に偉大なる御方は自分に与えていてくれていた。悠然と玉座にかけていたモモンガ様が突然大声を発し――心から浮かれていた自分はその言葉を聞き逃してしまったのだが――玉座に拳をたたきつけた音で、ようやくモモンガ様の様子がおかしい事に気が付いた。その時、モモンガ様は自分とセバスを見て「何をしている」と問いかけられたことを思い返す。思えばあれは“この異常事態にお前たちはいったい何をしているのだ”という意味であったのに違いない。自分とセバスの能力を高く評価してくださっていたからこそ、そのお言葉を発せられたのだろう。

 

 無論、自分もセバスも至高なる御方々には及ばぬ存在である。至高の御方々の統率者であるモモンガ様とは比べるべくもないだろう。だが自分とセバスには異常が感じ取れているだろうとモモンガ様は判断されており――それは100LVNPCである自分たちの能力を信頼してくださっていたことに起因すると思うと再び破壊衝動が湧き起こるが――確認のためにお声をかけてくださったのだ。

 だが自分とセバスの返答を聞き、モモンガ様は異常に気が付いてない事を悟られ「ありえぬ」とおっしゃったのだろう。この時点で万死に値する無能さである。デミウルゴスなどがこの光景を見ていたら守護者統括の地位をはく奪することを進言しただろう。

 

 しかし慈愛に溢れたモモンガ様は、愚かな自分たちに気が付かせぬようもう一度慈悲を与えてくださった。セバスに本来なら至高の御方ならばすでに把握している情報の問いを投げかけたのは、セバスに異常を感じ取れるだけの能力はあっても権限や情報を持っていないことにモモンガ様が思い当たり、その後に伝える異常事態をセバスが気づけなくとも仕方がない、と理解させるための質問であったのだろう。当然、セバスはその慈悲を理解しつつも強い悔恨の念に襲われただろうが……自分の失態はその比ではない。

 

 そう、その後守護者統括である自分に「ナザリックに異常はないか?」とモモンガ様は問いかけられた。ナザリックを管理している自分にそう問えば、守護者統括の地位を持ち情報を集積することが可能な自分には、ナザリック大墳墓に起こった異常を察知できると考えられたからだ。そして守護者統括である自身の言葉でもってセバスとプレアデスにナザリックに異常事態が起きていることを伝えるつもりだったに違いない。

 偉大なるモモンガ様は自身の言葉で伝えるのは簡単だが、守護者統括である自分の顔を部下であるセバス、プレアデスの前であることを配慮し、立ててくれようとしていたのだ。それなのに自分は得意げに無能をさらけ出してしまった。偉大なる御方、愛しいモモンガ様の失望いかばかりか。自分が答えた後のあの目、あの気配、その後の沈黙、偉大なる御方に似つかわしくない逡巡の意が籠ったお言葉……どれか一つでも思い出すだけで、己自身を呪詛で消滅させたくなる。

 

 だが、それは許されない。愚かで無能であってもこの身は至高の御方に守護者統括として生み出され任ぜられたもの、至高の御方への愛を与えられたもの。無能の烙印を返上し失態を払拭せねば自身の命を断つという願いを考えることさえ不遜である。

 そう思考をまとめ、何とか立ち直ったアルベドは悲壮な決意を貌にして歩き出した。しかしその時、背後の扉より大音響が響き渡りアルベドの足は再び止まる。

 

「やはり……」

 

 今の音はモモンガ様が先程玉座に拳を打ち付けた時と全く同質の、だが遥かに大音量の拳撃の音。おそらく数倍の力をもって打ち付けられたのだろう。自身……愚かな守護者統括への失望のあまりに。

 

 深い哀しみと己への怒りと共に、瞳に滂沱の涙をあふれさせつつアルベドは走り始める。己が守護し、今、愛しい御方が存在する最も尊き筈のその階層から逃げるように。

 




感想を投稿してくださった皆様、ありがとうございます。感想を頂けると思っていなかったのでびっくりしています。
この話を投稿する前にご指摘を頂いた部分は全て修正いたしました……タブン
今後ともよろしくお願いいたします。

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