オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal

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Fear

「えーと守護者が揃ってからセバスの報告を聞いて、守護者に自分の事をどう思うか確認、退出。ああそうだ、絶望のオーラとかうっかり使ってたっけ・・・これ必要かなあ」

 

 宝物殿を後にしたアインズは第6階層に転移する前の最終チェックをしていた。疲れてはいたが、僅かな時間休むより作業に没頭したほうが良いという判断だ。

 

「……でも何がどう影響してるかわからない以上、覚えてる限りのことはやらなくっちゃな」

 

 さまざまなチェックを終え、アインズは今の自分を取り巻く状況が最初の転移直後と全く変わらないとほぼ確信していた。あの時と違うのは自分に完全ではないがこの世界ですごした記憶があると言うだけで、原因はわからずとも時が無常に過ぎていくのも一緒だ。

 

 となれば同様にある程度割り切って自分がどう活動して行くかは決めねばならない。ここまでは記憶の通りに行動すれば、記憶の通りの反応が返ってきていることから考えて自分の記憶に沿って行動すれば、おそらく記憶どおりに物事が進んでいくのだろう。

 

「でも、それじゃダメだ。あの時と同じことが起こって、同じ結果になるだけ……物事の流れが大きく変わらない形で修正を加えていくしかない」

 

 自分に記憶があることで、これから起こることがわかっている忌まわしい事件の数々を未然に防ぎきるのは容易だ。極端な話シャルティアをナザリックから出さなければ、あの事件は起きない。だがそれではシャルティアを洗脳した犯人を捕縛や殺害すること、未知の敵の情報を得る可能性もなくなる。

 

 では護衛になるシモベを多数連れて行かせる、シャルティアに感知魔法による監視をつけ、即応可能にする等対策をとった場合はどうか?これも疑問が残る。もしまだ見ぬ敵の世界級アイテム、ないし能力が同時に複数の対象を洗脳できるとしたら、被害はより甚大なものになるし、多数の護衛を連れていくことで敵がシャルティアに対して行動を起こさない可能性がある。これは感知魔法による監視も同様だ。反感知魔法の防壁が起動すれば、感知魔法を使用されたことに気が付いた敵は行動を起こさない可能性が高い。それは非常に困る。

 

「しかもその場合、俺の全く分からない形で事件が起きるだろうしな……まさに最悪の展開だ」

 

 アインズが恐れているのは新たな展開によって、より悪い事件が発生するかもしれぬという事。自分やNPC達があの時とあまりにも違う振る舞いや行動をすれば、物事も全く違うように推移するから当然発生する事件も変わる。そうなってしまえば自分の記憶は知識部分しか役に立たない。未来を予知しているに等しいこのアドバンテージは、なるべく長い間維持しておきたい。そのためには自分とNPCの行動を可能な限り記憶通りに展開させなければいけないのだ。少なくとも表面的・対外的には同じ行動をとっていく必要があるだろう。

 

「無論完遂はさせないけどな。でも未然に防ぐのではなく、対応可能なぎりぎりまでは進行させなければいけないってのは本当に難しい」

 

 失われた記憶の先で起こった事の原因を探る必要もある。未知の情報を得るために、事件は起こってもらわなければ困るのだ。そしてこの転移直後に記憶が残ったまま戻る現象、ロールバック――アインズには良い名称が結局思い浮かばなかったための仮称だが――の原因が何かわからない以上、再び転移直後に戻ることもあるかもしれない。その可能性も考慮し未知の情報を集めておく必要がある。自分の今現在保持している記憶の範囲である、ここから約1年の間になるべく多く。

 

「とはいっても守護者達には相談はできないし、そもそも記憶と大きく違う行動はさせられないってのは厳しいな……難しい事厳しいことだらけだ全く」

 

 それらの理由によってアインズは既にNPC達には自分に過去の、いや未来の記憶があることは秘密にすることに決めていた。この情報をNPC達に開示した場合、彼らの行動の予測が全くつかなくなるためだ。とはいえ自分だけで新たな発見や修正は不可能ではないが大変困難だ。自分自身の行動も制限されるのだから。

 

 そこで白羽の矢を立てたのが対外的に活動をしていない期間が他の守護者と比べて長く、しかも自分や他の守護者との接触が魔導国建国までは殆ど無いパンドラズ・アクターだった。それまでの仕事はナザリックで宝物殿の管理、特定の時期の外部に出た守護者の監視、エクスチェンジボックスでの現地資材のユグドラシル金貨変換、アンデッド作成と見事にぼっち仕事だったはずだ。

 

 デミウルゴスと同等の万能型100LVNPCとして仕事量を比べた場合、何もさせてないに等しい。だが、それが今は逆にプラスの要素として働く。対外的には何もしていない、他のNPCとの接触もないということは、以前と違う行動をひそかに行わせる場合は適任と考えられるし、かつその能力も申し分ない。

 

「やはり新たな情報収集や修正作戦を実行させるのは奴が適任だが……だが真実を話すわけにはいかない以上、俺が作戦案は全部作らないといけないなあ」

 

 自分自身で作戦案を練り、しかも実行のためにパンドラズ・アクターと打ち合わせ、場合によっては一緒に作戦行動。何という苦難の道のり。考えただけで光りそうだ、光った。

 

 そこまで考えたアインズは脳裏に何か引っかかるものを感じ……やがてアインズの脳裏にあるNPCの姿が浮かび上がった。

 

「……もう1人適任と言えば適任がいたな。能力もある……が……」

 

 もう時間がない、そうやって思考を打ち切ったアインズはリング・オブ・アインズウールゴウンを起動させた。

 

 第6階層アンフィテアトルムに転移したアインズはアウラの「ぶいっ」やマーレのスカート押さえ飛び降りを見て喪った日々の記憶を刺激され、無性に悲しい気持ちになりぺかーと光ったり

 「せっかくだから別のを呼び出してみよう」と根源の星霊を呼び出したら、思ったよりアウラとマーレがアインズから見た限りでは苦戦しているように見えてやってしまったか?とハラハラしてぺカーと光ったり、到着した守護者たちのやり取りをみて涙腺が(無いけども)決壊しそうになりペカーと光ったりした。

 また、直前に確認したにもかかわらず絶望のオーラの発動をぎりぎりまで忘れており、転移前にペカーと光りつつ絶望のオーラを放つわずかな時間のために「ではお前たちの働きに期待するぞ!我が守護者達よ!」と台詞を追加するなど、散々な有様ではあったが何とか終えることができた。

 

 

 そして今、ナザリック第5階層氷結牢獄。アンフィテアトルムから転移したアインズはその奥、巨大なフレスコ画の書かれた扉の前に立っていた。

 

「……行くか」

 

 その手には先程、壁の手から受け取った歪んだ赤子の人形がある。精神的に疲労している現状、見ているとそれだけで気持ち悪くなりそうでアインズは視線を外すと扉を押し開けた。

 

「……あれ?」

 

 がらんとした、部屋の中央にゆりかごがあるだけの部屋だ。だが扉を開けたら無数の赤ん坊の声が響き渡る筈なのに、部屋は静寂に満ちていた。ゆりかごの側にたたずむ筈のNPCの姿もない。

 アインズは不思議に思いながら中に進む。

 

(はて……休憩や睡眠が必要なNPCだったか?)

 

 しばし立ち尽くしていたが、何も起こらないのでゆりかごの方に向かって歩み始める。精神が疲れてはいるが、明日……というか休憩後に回すとなかなか来なさそうなので魂に鞭を打ってやってきたのだ。無駄足は避けたい。

 

 

 

 

 

 

 ――キィ……パタン

 

 

 

 

 

 

 何か音がした。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 背後を振り返ると入ってきた扉が閉まっている……アインズは訝しみ、扉に戻ろうと踵を返す。

 

 

 

 

 

 

 ――ずるり

 

 

 

 

 

 

 また何か音がした。アインズは思わずその方向を見る、だが何もいない。

 

「腐肉赤子(キャリオンベイビー)……だよな?」

 

 問いかけに、しかし答える声はない。アインズの声だけが部屋に響いて、消えた。

 

 

 

 

 

 

 チ……ゥ……ヮ……

 

 

 

 

 

 

 今度は微かに声がする。だがアインズの能力を以てしてもどこから声がしたのかわからない。

 背後から?いや全方位から聞こえたようでもある。

 

「ニグレド?」

 

 アインズの声だけが響き――再び部屋に静寂が満ちた。アインズは周囲を見回すが何もいない。

 この部屋にあるのは自分と、手にもった赤子の人形のみ。

 

 

 

 

 

 

 ――ずるり

 

 

 

 

 

 

 再び音がする。振り返っても、やはり何もいない。目が手に持った人形に引き寄せられる。

 

 

 只の赤子のカリカチュア人形だ。なんの効果もない、なんの魔法もかかってはいない筈だ。

 

 

 だがアインズには――その赤子のカリカチュア人形がニヤリ、と笑ったように見えた。

 

 

 無い筈のうなじの毛が逆立つ感触。アインズの精神が警報を鳴らす。

 

 

 まずい、なにがかはわからないが、まずい。

 

 

 今度こそアインズは扉に向かって走り出した、その時

 

 

 

 

 ガシャアアアアァァァァン

 

 

 

 

 アインズの目の前に、突如赤子の人形が現れ――床の上で砕け散った。

 

「ひぃっ!?」

 

 アインズは反射的に飛びのき赤子の人形が現れた先、上を見たその瞬間

 

 

 

 

 

 

 「「「「「「「「「 オギャアァアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!!!! 」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 ――部屋に無数の赤子の声が響き渡る。そしてアインズは見た。

 

 

 

 

 

 

「おまえおまえおまえぇェェェ!!こどもをこどもをこどもをさらったなあああぁっァァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

 ――天井から髪を振り乱し 大鋏を構えて落下してくる 顔のない 女を

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはモモンガ様、ごきげんよう」

「久方ぶりだな……ニグレド……」

 

 思いっきり悲鳴を上げてしまった……精神安定化が発動し、光りながら「お前の子供はここら!」と人形を掲げられたからよかったものの、そうでなければ確実に殺られていた。

 いや、ニグレドが全力で攻撃をしても自分が死ぬほどのダメージは到底出せないが、殺される事を覚悟するだけの恐怖を味わった。疲れ切ったアインズは率直に用件を切り出す。

 

「ニグレド、詳しい説明は省かせてもらうがナザリック大墳墓が見知らぬ場所に移動したようだ。お前にはナザリック周辺に感知魔法による警戒網を構築してもらいたい。」

「ナザリック大墳墓が?了解いたしました。すぐに警戒網を構築いたします」

 

「それともう一つ、今後お前の能力を警戒網以外に使用する際は、必ず私の許可をとれ」

「了解いたしました……私のかわいい妹からの要請でも、ですか?」

 

「そうだ」

 

 これがここに来た目的だ。ニグレドの警戒網はいずれ運用されるので、こちらはついでのようなものだ。パンドラズ・アクターにはああいったが実際に動いた場合アルベド・デミウルゴスが何か気が付く可能性は高い。その際にニグレドを活用して自分を探されたりした場合、思惑が色々破綻する。いっそパンドラズ・アクターとニグレドを連携させることも考えたが、それは実際に連携させる必要に迫られるまでは腹案に留めておくべきだろう。

 疲労感から喋るのも億劫になってきたアインズは用事は以上だ、とニグレドに伝えて扉に向かって歩き出し、立ち止まる。

 

「ニグレドよ……後一つだけ用件があった。さっきのあれはなんだ?」

 

「あれは、タブラ・スマラグディナ様が私に命じられた”至高の41人がこの部屋に1人で来た時用の隠しイベント”ですわ、モモンガ様。「お約束やベタは大事だけどマンネリは駄目」だそうです」

 

 

「タブラさ――――――ん!?」

 

 

 

 

 

 尚、守護者たちの反応は「モモンガ様マジ至高の支配者」「「「「禿同」」」」「濡れるっ!!!」であり全く変わらなかったことを付け加えておく。




多数の感想とお気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。
ご指摘を受けた部分は修正できてると思います。

今回、原作とほぼ変わらない部分を省略してみました。カルネ村が遠い。すっとばした箇所は後日別視点で書くかもしれません。


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