オーバーロード ワン・モア・デイ   作:0kcal

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Carelessly

「疲れる・・・」

 

 転移より約2日。心配性な性分が祟っての一通りの再確認作業に加え、記憶の確認とそれらに基づいた様々な修正作業を行うアインズはまさに多忙を極めていた。

 

(前に負担だったことは平気になってるのに、うまくいかないものだな)

 

 転移直後に精神をすり減らしていた“お供がどこまでもついてくる”“メイドが部屋にいて身の回りのお世話をしてくる”“支配者として威厳のある態度をとり続ける”は1年間にも及ぶ経験の力によって大幅に軽減されていた。また守護者達の造反、周辺が化物だらけなんじゃないの? 等の今となっては無用の心配事だった、と断言できる懸念材料が無くなっているのは精神的に非常に楽だ。

 

 ちらと横目で部屋に待機するメイド、ナーベラル・ガンマを確認する。ナーベラルはモモンの時に同じ部屋にいることに慣れ切っていて居ても緊張しないという理由から、表向きはプレアデスにローテーションを組ませてはいるものの、なるべく彼女が警護役兼メイドを担当している時間に自室にいるようにしていた。これも効果が大きい。

 

(だが、それ以上に精神的負担が増えるなんて考えもしなかったよ)

 

 最初の混乱が収まると、自分には以前の経験と知識があるのだからあの時――この言い方も今後はややこしくなるので修正して前回としよう――前回より楽だろう「ちょっと違うが強くてニューゲームという奴だ」などと思っていたが、これは今後の自分の予定が記憶の限り、つまり1年先までぎっちりと詰まっているようなものである。これが予想よりはるかにきつい。ToDoが1年先までびっしりと残っているなどと考えるだけで、陰鬱な気分にならざるを得ない。

 そしてこれも予想外だったが、一度落ち着いてしまうと再確認作業は1回作った書類をミスで消してしまい最初からやり直してる時のような徒労感を覚える作業になり――確認せずにはいられないのだが――また疲れる。

 

 修正作業に至っては記憶を必死に掘り起こしつつ、先々に大きな影響を与えないか検討をした上での実行となるのだが、この過程がいかに負担となることか。やったことのあるものにしかわからないだろう、超疲れる。

 更にそれらによって生じた変化、主にNPCの行動に翻弄され精神的抑圧が起こるのが一番の疲労の原因というのはもうどうにかしてもらいたい。これらが折り重なって、前回と比べても自分がはるかに疲労しているのをアインズは感じていた。小声で欲求を呟いてしまうのも仕方のない事だろう。

 

「風呂に入りたいなあ、入りすぎかもしれないけど……疲れをとるにはやはりあれが一番だ」

 

 無論、アインズとて疲労に対する対策を怠っていたわけではない。既に自らの体を洗浄する蒼玉の粘体(サファイア・スライム)三吉君は例のリラックスバスルームに召喚済みで、その入り口には高レベルの警備のシモベを複数、中の脱衣所前の扉及び浴槽前の扉には自分以外は問答無用で叩き出せと命令したヒヒイロノカネゴーレムを配備してある。自分が入浴中も入浴前後も安心だ。

 今回は他の浴槽に<負の光線/レイ・オブ・ネガティブエナジー>を使用可能なシモベを配備、入浴中の全身に照射させることで負の光線浴という新しい境地も切り開いている。骨の身であるのに、体の中から温まるような感覚を得られるのは実にいい。よし、やはり一回入ろう。そう思い、アインズが立ち上がろうとするとアラームが鳴り響いた。

 

「あー……しまった、もうそんな時間か」

 

 転移直後は作業の合間合間に時間を確認していたのが功を奏し、大体のスケジュールは把握できている。しかし作業に没頭すると時間を忘れるという、自身の欠点を自覚していたアインズは時計のアラームを思い出す限りセットしていた。

 茶釜さんに貰った時計だと「時間だよ!モモンガお兄ちゃん!」「お昼だよ!今日は何を食べようか、モモンガお兄ちゃん!」「朝だよ!今日も……ふふっ、元気だね!モモンガお兄ちゃん!」と、いちいちロリ声を出している茶釜さんの声が結構な音量で鳴り響くので、部屋には別の時計を置いて使用していた。万が一にでもプレアデスたちに、自分の知る……もしくは知らない隠しアラームなど聞かれた日にはどうなってしまうことやら。

 

 それはそれとしてアラームが鳴ったという事はイベント消化、仕事の時間である。

 

「ナーベラルよ、私は今から内密の用件で1人で部屋を出る。留守を頼んだぞ」

「承知いたしました、モモンガ様」

 

 事前にナーベラルには内密の用件で1人で出たいという場合は理由がある故、詮索も報告も無用と言い含めていたためスムーズに事が運んだ。

 

「<クリエイト・グレーター・アイテム/上位道具創造>」

 

 漆黒の鎧にその体を包んだアインズは、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを起動する。これが終わったら風呂に直行だ、と固く誓って。

 

 

 そしてアインズは星の海へと舞い上がった。

 

(あらためて見ても……やはり美しい)

 

 アインズは再び感動していた。月と星の光が大地を照らし、照らされた大地は光を受けて輝く。思えば、前回はこの時以外では高高度に飛行するという事をしていなかったのだ、なんともったいない……今回はリフレッシュのためにも時折飛行すべきだな、と圧倒的な自然の美を堪能していたアインズの耳にバサリ、と異音が入ってくる。

 

(おっといかんいかん……さて、何を言っていたか)

 

 なるべく記憶の通りに行動しようと決めたアインズは、可能な限り早く手を打った方がよいと判断した事に関しては修正しつつも、概ね記憶の通りに過ごしていた。その中で最も困ったのは、いくら記憶を探ろうとも、細かい手順や自分が具体的に何を言ったのかまで事前に思い出すのは不可能だという事実である。過去に行った旅行などの大きなイベントの大まかな流れは思い出しても、当時の写真や土産の品等の手掛かりがなければ細かいことまではなかなか思い出せない、と言えばわかるだろうか。最初は大層焦り、時間ぎりぎりまで、いや現場に赴いても思い出そうとしていた。

 

 だが、悲壮な覚悟を決めてアンフィテアトルムに赴き守護者達を前にし、話し始めたアインズは驚愕した。次々と細かい記憶がよみがえってくるのだ。これは昔やったゲームや見た映画を再プレイ・再視聴していると色々思い出すのと同じやつだ、と気が付いたアインズはこの経験から大きな流れを何回か確認する中で思い出せないことは、現場で思い出すだろうと楽観視することにした。それに、このイベントは後半のマーレとアルベドにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを授ける部分が重要事項。今回はデミウルゴスにもここで渡してしまおうと考えているため修正を加える必要があるが、さして難しいとも思ってなかった。とりあえず、思い出せなくとも黙ったままだと記憶も蘇ってこないので自分が言いそうなことを呟いてみる。

 

「この世界は美しいな……まるで宝石の海が広がっているようだ」

 

「まさにモモン――ブラックナイト様のおっしゃられる通り、この世界は美しき宝石でできているのでしょう。至高の御身を飾るにふさわしい価値があるかと」

 

 ダークウォリア―は前回の記憶からやめたものの、他にいい名前が思いつかず悩んだ末に安直だがブラックナイトに変更した……が変更した意味はなかったな、やはり連呼されると恥ずかしい。などと思う間にデミウルゴスの言葉に記憶が刺激され、自分がどんなことを言っていたのかおぼろげに思い出す。後はこれを足掛かりに発言すればいい。

 

「ふっ……確かにそうかもしれないな、私が――」

 

 

 

 

 

 ――その時、アインズに電流走る……!

 

 

 

 

 

 アインズの脳裏に走馬灯のようにかつての記憶が高速で再生され始める。

 

 

 ――宝石箱を手にするためやも知れないか――お望みとあらばこの宝石箱を全て――ちっぽけな存在かもしれぬぞ――

 

 

 そして、運命の場面にたどり着いた。

 

 

 ――世界征服なんて……面白いかもしれないな

 

 

 

「ここじゃ!」

「?」

 

 

 アインズは思わず声をあげ、慌てて手を口で塞ぎここじゃん! の言葉を途中で飲み込む。全身から汗が噴き出て、地面がなくなったかのような感覚に襲われる。ここは空の上で自分の身が骨である以上どちらもあり得ないのだが、これはまずい。なぜ事前に思い出せなかったのか、と営業先で資料を忘れてきたのに気が付いたような猛烈な焦燥が押し寄せ――アインズは光り輝いた。冷静さが戻ってくるが、状況は変わらない。

 

(デミウルゴスが言っていたあの時ってここか!……なんだよ、俺自分ではっきり世界征服宣言してるじゃないか……)

 

 デミウルゴスの深読みしすぎの結果なんだろうなあ、と思ってた自分を恥じ心の中で謝罪する。だがそれは状況を何ら変えるものではない。アインズは顔をぐっと上に向け、月を睨む。もちろん意味はない、さんざん練習した時間稼ぎポーズの一つ“天を仰ぐ”である。わずかだがこれで沈黙の時間が稼げるだろう。だがどうする? 前回の言葉を全て破棄して風景を褒め称えてお茶を濁すか。

 

(いや、それは不味い)

 

 あれだけの長期にわたり、デミウルゴスが行動の指針としてきたのがここでの世界征服という発言なら、せめてそれに類する指針を与えなければデミウルゴス……いやあの時の守護者やシモベの反応から考えて、ナザリックに存在する全ての者の行動が大きく狂ってしまう恐れがある。だが、世界征服そのものずばりは好ましくない。自分自身にそのつもりはないのだから記憶の先の未来に禍根を残すとしか思えない。ここで修正せねば、と頭から煙が出るほど高速で考えるが上手い言葉が見つからない、ポーズによって稼げる想定時間はもうとっくに過ぎている。不審がられる前に何か言わなくては。ままよ、とアインズは意を決して言葉を紡ぎ始める。

 

「……私がこの世界にやってきたのは、この地をより美しく輝かせるためやもしれぬ」

 

 自分でも何を言っているのかはわからないが、記憶にある言葉をぼかして発言しているだけなので仕方がない。

 

「……まさに至高の御方にふさわしき御言葉。この世界がモモンガ様の御威光によって遍く照らされた暁には、この世界はより美しく光り輝くことでありましょう。その偉業のために我らナザリックの者達をお使いいただけるのであれば、この上ない喜びでございます」

 

 流石デミウルゴス。発言した本人が何を言ってるのかわからなくとも、デミウルゴス自身が何を感じたのかこちらにわかるように的確に返してくれる。流れとしては間違っていないようだ。記憶の言葉をたどって時間を稼ぎつつ、落としどころを探る。

 

「ここは未知の世界。我々を上回る強大な存在が跋扈する恐るべき世界の可能性だってあるのだぞ?だが……そうだな」

 

 大地を睥睨し、またわずかな時間を稼ぐ。世界征服は駄目だとするとどこまでなら?前回の記憶の最後、魔導国建国が頭に浮かんだ。これだ、とマントを片手で跳ね上げる。

 

「この地に我らが国を築くのも悪くはないかもしれないな……我が友たちからも見える輝きを放つような国を」

 

 よし、おそらくうまくいった、とアインズは確信するというか思い込むことにする。国家を樹立するのは記憶通りだし、この後のアインズ・ウール・ゴウンの名を響かせよ宣言とも矛盾しない。悪くない落としどころと言える。最後の台詞は自分でも意図していないまま自然に出てきたので、本心なのだろう。前回1年もの間プレイヤーの影や匂いはこの世界から多数感じ取れたが、ギルドメンバーの手掛かりは全くつかめなかった。だがこの世界は広く、王国や帝国も大陸の端の国であり東にはまだ多くの国々が存在すると言われていると知っている。アインズ・ウール・ゴウンの名をその国々まで響かせたい。

 

 そこまで思考が走った時点で現状を思い出し、査定結果を確認する心境でデミウルゴスの反応を見るため視線を動かそうとした――その時、眼下のナザリック大墳墓周辺で異変が生じる。そのため、アインズは再びデミウルゴスの表情を見逃した。突如、大地が鳴動したかと思うと地面から次々と植物が湧き出すように現れ、そして大木が1本天に向かって突き出すとその周辺にも次々と大木が出現し、森へと成長していく。

 

「クラススキルに加え範囲拡大のスキルを併用しているな、見事なものだ。先程まであの場所が草原だったとは思えぬ。マーレは作業を順調にこなしているようだな」

 

「はい、マーレ以外にもドルイド系のクラスを保持しているもの達を動員して作業を進めておりましたが、残念ですがあれ程の規模となるとマーレ以外では難しい上に効率が悪く……現在はマーレに魔力を渡す役割に徹しております。この場合クレリック系のクラスを保持するものも動員できますので結果、作業効率は数割上昇したかと」

 

 なるほどとアインズは満足げに頷いた。これは前回からアインズが修正した結果の1つである。ナザリック大墳墓に土をかけて隠すという隠蔽作業が土を大規模に動かす、動かした土を不自然にならぬように整える、むき出しになった大地に植物を生やす、ナザリックだけが盛り上がってると目立つので他にも同様の手順で丘を作るという膨大な作業量になってしまったのを反省し、周辺を深い森にすることでナザリックを隠蔽せよ、つまり植物を生やすだけに簡略化しようという修正だった。

 

 これはマーレの提案である土をかけ、植物を生やすという部分から守護者たちには明らかに不評であった部分を取り除き、マーレの提案を却下するでもなく作業量を大幅に軽減できる良い修正だと自画自賛していたが、こうやって結果を目にすると苦労して考えた労力や疲労も報われるというものだ。アインズは先程までの焦燥も忘れ、誰が聞いても機嫌がよいと感じられる声を発した。

 

「さて、ではマーレの陣中見舞いに行くとしよう」

 

 

 無事にマーレ、アルベド、デミウルゴスにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡して、うまく仕事を終えられたと上機嫌なアインズは、転移によって第9階層に戻り自室に向かって歩を進めていた。一旦戻ったら、その後はリラックスバスルームであることも足取りを軽くする。

 

(デミウルゴスにリングを渡した時、アルベドがあからさまに落胆してたけど……マーレにも渡してあるのだし問題ないだろ)

 

 そういえば転移時に変な声がしたっけ、と思いだし耳を澄ませていたがそんなことはなかった。やはり気のせいだったのだろうなどと考えつつ、アインズは自室の扉を開け――硬直し発光した。

 

「おかえりなさいませ、モモンガ様」

 

 鋼の様に芯の通った重々しい声で、セバスがこちらに向かって礼をしている。そして視界の端には涙目のナーベラル。アインズの脳裏に先程と同じく走馬灯のように前回の記憶が蘇り――全てが後の祭りだと悟った。セバスが口調はそのままに先程よりも重々しく、力のこもった声でこちらに問いかける。

 

「ところで……差し出がましいようですが、モモンガ様は供も連れられず御一人でどちらに?」

 

 ――この後めちゃくちゃ怒られた。

 

 

 

 

 セバスは今回も怖い。

 




4話に引き続き、多数の感想とお気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。ご指摘を受けた部分は修正できてると思います。

カルネ村に行くために実は結構話が飛んでいます。
次回、ようやくカルネ村……だといいなあ

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