元々後日談を書く予定では無かった上にそれが異様に長くなってしまって、
これ短編扱いでいいの?っというボリュームになってしまいましたが、
本編を読まないとなんのこっちゃ分からんので独立させる訳にもいかず、
かといって今から分類を連載に変更するのも?なのでそのままです。
申し訳ありませんがご了承頂けたらありがたいです。
よろしければお読み頂けたら幸いです。
「シャ、シャルティア……!?」
「あびんずざば!! ひやっ!? あああるべ……!? ぷ、ぷぷぷぷぷぷれあ!! ひっく! あ、あああるべ!ヒック!あ゛いっ! ぷれあっ! あるべっ! う゛あああああああああっ! あっ! あっ! ばびんざまっ、ばびんずざまああああああああああああああっ!!」
シャルティアは壊したドアの前に
『あ~……。シャルティアもプレアデスの誰かに聞いたのか……。ソリュシャンあたりかな。また面倒な事になったな。はあ。』
それに、アルベドと抱き合ったままのこの姿。まるで浮気相手といる所を正妻に見つかった旦那のようなバツの悪さ。
いや、愛人との逢瀬を思春期の娘に見つかったような、だろうか。
「……あーっ……シャルティア、その、これは、だな……。」
「ばびんずざま! あ゛い゛んずざま! あいん゛ずさばっ、あ、あるべ、ぷれあ、あっあっあべ、ぷれ、あ゛っ……。」
ひとしきり喚いた後、シャルティアは何かに気づいたようにピタッと押し黙った。そして急に目を見開いて震えだす。
明らかに怯えた表情になり、顔が真っ青に……吸血鬼なので元から青白く、判別はつきにくいが……なっている。
『ん? どうしたんだ……って、おっ!? ア、アルベド……?』
ザワッという悪寒がした。その
短いような長いような、緊張感のある沈黙が続いた後……。
「シャルティア……。」
地獄の底から響いていくるような、低音の呻き声が聞こえた。燃え立つ怒りのオーラが目視出来るかのようだ。
ゴゴゴゴゴゴ……っという擬音も見える気がする。
『あー、これはヤバいな。』
アインズ自身は、シャルティアの乱入にむしろ内心ホッとしたところがある。
このままだったら、少々ヤバい……自分でもよく分からない事態に陥っていた可能性がある。
っていうか、自分は一体何をしていたのだろうか。まるで催眠に掛かったような……アンデッドなのに。
ひょっとして
あのアルベドが、儚くつつましやかな乙女に見えるなど。自分が、素で歯の浮くような台詞を言えるなど。
恐るべし、本気の
『危なかった……。ほんの少し、その先に興味が無いでも無かったが……いやいや。』
それよりは、こっちだ。アルベドは、こっちだ。なんかもう、住み慣れた実家のような安心感。
『とは言え、これは厄介だな。』
アルベドにとっては、最高のチャンスを恋敵に邪魔されたという心境だろう。あのシャルティアが思わず怯えるほどの怒りだ。生半可なものではない。
修羅場になっちゃうな……っとアインズは観念し……そしてハッと気づいた。アルベドの雰囲気に、それとは違う只ならぬものを感じたからだ。
ただ恋敵に逢瀬を邪魔されたのとは別種の怒り。守護者統括としての怒り。
◇◆◇
アルベドはアインズの胸元から離れると、ゆっくりとシャルティアの方を振り向いた。
アインズから表情は見えないが、後ろ姿からでも激怒している事がひと目で分かる。
「シャルティア……あなた、自分が何をしたか分かっているの?」
「…………」
シャルティアはヒック、ヒックとえづきながら黙っている。
「何をしたか分かっているのかと聞いているの、シャルティア。」
非常に平坦で押し殺すような、しかし明確な殺意が込められた響き。アルベドは、イチャつきシーンを邪魔されたから怒っているのではない。
いやもちろんその苛立ちもあるだろうが、そんな事などに構っていられない真の怒りがそれを吹き飛ばしている。
「…………」
シャルティアも、反論せずに黙っている。自分のした事を理解しているからだ。
「シャルティアアアアアアッ!!」
アルベドが吠える。
アルベドの怒りは、シャルティアが許可無く、しかも人払いされている事を知りながら、アインズ当番の制止を振り切り、
それはNPCにとって、絶対に許されざる大罪だ。アルベドで無くても、すべての守護者が死という判決を下すだろう。
アルベドはゆっくりと、肩を震わせ俯いているシャルティアに近づいていく。
このまま放っておけば、アルベドは確実にシャルティアの首を跳ね飛ばすだろう。
そしてシャルティアも、抗わない。激情のあまり乱入したのはよいが、そこはやはりNPC。
我に返って自分のしでかした罪に気づき、おののいているのだ。
アルベドがシャルティアの眼前に立ち、その手にバルディッシュを顕現させ、打って変わって非常に静かな声で言い放つ。
「何か言い残す事はある?」
「…………。」
階層守護者は何も答えない。
「そう……。」
守護者統括はゆっくりと振りかぶる。
「止めろ、アルベド。 《命令》だ。」
アルベドの動きがピタッと止まる。『しかし……。』という反論も無い。
NPCにとって《命令》はそれほどに強い強制力を持つ。アルベドはバルディッシュを消すと、恭順の意を示す。
しかしその顔はまだ抑えきれない凄まじい怒りで歪んでおり、先ほどまでのアインズに甘えきっていた姿がきれいに掻き消えている。
『やれやれ、アルベドの怒り方が凄すぎて、こっちは逆に冷静になっちゃったよ。ドン引きする間も無かった。それにしても……。』
アインズは、まだじっと俯いて黙ったままのシャルティアを見つめる。彼女に怒りなど感じていない。
それよりもNPCの根っこに刻まれているはずの規範を破った事に驚き、興味を引かれている。
それは
『これは成長なのかな? NPCもこの世界で命を持って、ほんのわずかずつでも自我が強くなっているという事なんだろうか?』
言ってみればワガママになってきた……っとも言えなくはないが、しかしそうであるなら、これほど喜ばしい事は無い。
アインズの願いは、NPCがただの盲目的な忠誠心に縛られず、自分の意志を示してくれる事にあるからだ。
その過程の多少の混乱ならば、むしろ歓迎すべき事だ。コキュートスが
『ん? そういや吸血鬼って、部屋の主人が許可しないと入れないとかいう種族的な縛りが無かったっけ? シャルティアには関係なかったかな? 設定は全部見直して頭に入っているはずだが……。NPCとしてではなく、吸血鬼にはそういう伝承があったような。まあ、今はどうでもいい事か。それにしても……。』
アインズは壊れたドアの向こうの惨状を見る。フォアイルは気絶しているようだが、外傷は見受けられない。
なにしろLV1の一般メイドだ。ちょっとした衝撃や精神的ショックがあればただの人間の女性並にあっさり意識を失う。
後から精神の方もチェックして置かなければいけないだろう。トラウマが強すぎれば精神操作も必要かもしれない。
そしてその側には、数体の
『一瞬で
だがいかに守護者最強のシャルティア相手とはいえ、この有様では更なる警備強化が必要かもしれん、っと心の片隅に留める。
「アルベド、フォアイルをソファーに寝かせておいてくれ。ああ、起こさずとも良い。構わん……。それと
NPCとモンスターの扱いの差が極端だが、それは不思議ではない。重要なのは、仲間に創造されたかどうかなのだから。
「それと、しばらく執務室付近には誰も近づかないようにしろと、《
この惨状を見たら一騒動だ。とりあえずその辺は後回しにしたい。
アルベドに指示を終えると、アインズは静かにシャルティアに近づく。
シャルティアは来た時と同じくらい喚きながらこの場から逃げ出したい衝動に駆られるが、必死で自分を抑える。
「シャルティア……。」
出来るだけ優しく、怖がらないように呼びかけたつもりだが、まるで大声で怒鳴られたかのようにシャルティアの全身がビクッと硬直する。
「……シャルティア、恐れなくても良い。私は怒っていないし、むしろお前の行動を興味深く思っている。」
「アイ……。」
フォアイルを抱えたアルベドが何か言いたそうなのを、片手を上げて押しとどめる。
シャルティアは、固まったままだ。それもそうだろう。二度目の大失態、それも今回は洗脳された訳でも無い。
嫉妬に狂い我を忘れたとはいっても、自分のわがままでやらかしたのだ。アルベドの激怒は、正しい。
アインズは近づくと、シャルティアの頭に手を置いた。
再びビクッとなるシャルティアだが、その手が優しく頭を撫でてくれているのが分かると、全身の緊張が徐々に解けてくる。
彼女の
『怯える野良猫をあやしているみたいだな。』
アインズは心の中で呟く。
『ほーら怖くない。……なんかレトロアニメの名作でそんなシーンを見たことがあるような気がするな。』
「……う゛っ、えぐっう゛う゛うううっ。えぐっ。えぐっ。えぐっ。」
しばらくそうやっていると、再びシャルティアがえづきだす。
「ばびんずざま、ず、ずずびばぜん わ、わ゛、わだくじ、あたま、ぢが、ぶれあ、ぎいで、わ゛れ、わずれで、ぎいで、あるべ、ずびばぜ、ずびばぜんバビンずざま、ばびんずざまあ、あっあ゛っう゛あっずびば、ずびばぜんん、ぶああっあ゛あ゛……。」
『……何言ってるか分からん。』
アインズは空中からハンカチを取り出すと、グズっているシャルティアの鼻に当ててやる。
「シャルティア、落ち着け。ほら、チーンしろ、チーン。」
その行為に、命じられた事を済ませ二人を注視していたアルベドが意味不明なうめき声を発するが、今は無視する。
シャルティアはほんのわずか戸惑った後、素直に従った。
ブビーッ! ビーッ! ブビビーッ!
超絶美貌の吸血鬼らしからぬ音を出すシャルティア。
『ん? そういや吸血鬼って鼻水出るのか? 考えてみれば息もしてない訳だし、鼻が詰まったり、鼻息で鼻水を吹き飛ばすなんて事も出来そうにないんだが。』
シャルティアが音を出すのを止めたので手を離し、悪趣味と思うが一応チラッと確認すると、ハンカチは綺麗なままだった。
『うーん、分からん。でも少し落ち着いたようにも見えるし、そういう行為をする事自体が大事なのかな。涙は流れないが泣くのと同じなのか。』
「あ、アインズざばっ、ヒック、ありがどうございまずっ、ヒック。」
『やっぱり鼻が詰まった声なんだよなあ……不思議だ。感情を表すための、無意識の擬態行動みたいなものなのかな。興味深いけど……今はとりあえず置いておくか。』
そしてアインズは膝を折りシャルティアと目線を合わせ、尋ねる。
「お前もアルベドと同じで、プレアデスの事を聞いたのだな。誰からだ。……ああやはりソリュシャンか。よりによって一番……いや、まあそれは良いとして、聞け、シャルティア。」
アインズは観念して、《完全なるすけこまし》の事を話す。
アルベドと違いシャルティアはバ……理解力が低いため、ちゃんと意味が分かるのにはかなり時間が掛かったが、最終的にはなんとか納得したようだ。
元々赤いのを更に真っ赤に充血させた眼で、オズオズと上目遣いにアインズを見つめて尋ねる。
「つまり……ヒック ……ア゛インズ様はプレアデス達を后や妾にずるおつもりでは無いという事でありんずね? ヒック」
「ああ、うむ……まあ、そういう事だ。」
なんか根っこがズレている気がしないでも無いが、間違ってはいない。
「ざっきのも、アルベドがワガママ言ってアインズ様に無理やりざせていただけでありんずね? ヒック」
「うっ……ま、まあ……そ、そういう事に……なるのかな?」
ヒィィッっという、声にならない声が聞こえた気がするが、聞こえないフリをする。
シャルティアはかなり冷静になったのか、目をつぶって深呼吸(それも擬態行動なのだろうか)をすると、背筋をシャンと伸ばし深々とおじぎをする。
「はあ、本当に申し訳ございません、我が君。勘違いで大変なご迷惑をお掛けしてしまったでありんす。この愚かなシモベに、いかような罰でもお与え下さいまし。」
「うむ、まあドアぐらいなら大きな損害でも無い。他に大きな破損箇所でも無い限り、一日の無料修復費用で収まるだろう。それにある意味、警備の問題点を暴きだしたと言えない事もない。シャルティアよ、お前の罪をすべて許そう。」
──まあ階層守護者最強戦士クラスに力技で来られたなら、それこそ
「あ、ありがとうございます、アインズ様……。」
「アインズ様、ご判断に異議を唱える事をお許し下さい。お慈悲により処刑は免れたとしても、これほどの大罪に何も罰を与えぬというのは、やはりいかがなものかと思います。」
アルベドはワガママ呼ばわりを想い人に肯定されたショックを抑え、出来うる限り私情を挟まず、あくまで守護者統括という立場から進言する。
「アルベド……。」
シャルティアはアルベドの横槍に反発するかと思えば、しょぼんと殊勝な態度でそれを受け入れる。
「アインズ様、私もアルベドの意見に同意致します。罰をお与えください。そう、またイ……。」
「椅子の刑以外で。」
アルベドが即座に釘を刺す。
「分かった。後から何らかの、キチンとした罰を与えよう。椅子の刑以外でだ。それで良いな、シャルティア、アルベド。」
「そっ……! はい……。」
「承知いたしましたアインズ様、御心のままに。ふふっ残念だったわね、シャルティア。」
さすがのシャルティアも、この状況で罰という名のご褒美を求めるのは厚かましすぎると判断したのだろう。
アルベドの憎まれ口にも、軽く睨むだけで反論しない。
「ふう、ではこの件はこれで終わりだ。良いなアルベド、シャルティア。では退室せよ。」
「え、ア、アインズ様! で、ですが、ですが……! 私とアインズ様の愛の
「もう先ほど、充分にしてやったではないか。私の記憶に間違いがなければ、プレアデス達にしたのとそう遜色は無かったはずだ。お前も最初に言ったではないか。真似事で構わないと。」
多少冷たいが、ここはハッキリとアルベドを抑えるべきだ。己の罪悪感はこの際無視する。
「くっ、くっ、くううううううっ!」
アインズはすっかり冷静になっている。これでは最早、さっきのような雰囲気に戻す事など不可能だ。
アルベドは己の野望があっけなく瓦解した事を理解せざるを得なかった。
『もう少し、もう少しだったのにいぃいいいい!! シャルティアアアアアアア覚えておきなさいよおおおおおっ!!』
しかしシャルティアは、アルベドの射殺さんばかりの怒りの視線を完全に無視した。
失態に対する守護者統括としてのものならばともかく、恋敵としての怒りなど何ほどの事もない。
そして頬をほんのりと赤く染め、アインズの方をチラッ、チラッっと物欲しげに見つめる。
「ん? どうしたのだシャルティア。何か言いたい事があるのなら言うがよい。」
「い、いえ、ですが……。お慈悲を頂いたばかりで、その……。」
「罰は
そう優しく言われ、シャルティアは両手の人差し指同士をツンツン当てながら、蚊の鳴くような小さな声でオズオズと願い出る。
「私も……その……プ、プ、プレアデスやアルベドと同じ事……し、して欲しいでありん……す。」
そしてキャッと照れて両手で顔を覆う。
「はあっ!? ……シャルティア、あなたね……。ほんの今さっき、自分が何をしでかしたかもう忘れたの? 良くそんな厚かましいお願いが出来るわね? 貴方がバカなのは周知の事だけど、記憶力までイモムシ並なの? やっぱり死んどく? ねえ、死んどく?」
「アルベドには聞いてないでありんすぅーっ。」
頬を膨らませ、プイッと横を向くシャルティア。
「こ、この小娘が……。」
アインズはやれやれ……っとため息を尽きつつも、ホッとしていた。良かった、いつもの口喧嘩の雰囲気に戻っている。
さっき首を刎ねるの刎ねられるのってガチがあったばかりとは思えないが、この割り切り方は助かる。やはりその辺り、NPCであるからだろうか。
『まあ最悪、復活って手段もあるけどな。』
金貨を莫大に消費するので、出来れば遠慮願いたいが。それに何より、
そしてしばらく口喧嘩を放置した後、頃合いを見て止める。
「止めろ、アルベド、シャルティア。我が前で争いはよせ。」
「「はい、アインズ様!」」
静かになった二人を見つめながら、アインズは考える。
『その願いを却下する事がさっきの罰にもなるんだろうが……こういう愛情関連は不公平があったら不味いよな。心理的にどんな悪影響があるかも分からないし。確か女性の場合そういった愛情の公平感に異常に敏感で、そこで片一方を少しでも贔屓すると修復不可能な亀裂が入りかねない……って、図書館で見つけた【男が分からない女の心理学入門】って本に書いてあったような。』
アインズはグレたシャルティアが『ヒック! どうせあたしなんかいらない子なんでありんす!』っと酒場でくだを巻いているイメージが浮かんだ。
『ん? あれ? なんか鮮明にそのシーンが頭に浮かぶんだが……。なんでだろう? ……まあいいか。』
「ふう、分かったシャルティア。説明した通り、プレアデスにした事はアイテムによる不可抗力だが……真似事で良ければしてやろう。」
「!! ほ、ほんとでありんすかアインズ様! ああ、ありがとうございます! なんてお優しく慈悲深い、愛しの我が君!!」
「ア、アインズ様!?」
アルベドが悲鳴にも似た声で抗議する。
「……アルベド、辛いなら退室しているが良い。というか、私も見られていると恥ずかしいしな。」
「……!! いーえ! ここで見学させていただきます! シャルティアが私以上の恩寵を賜りそうになったら、笛を吹かせて頂きます!!」
『笛って。』
「ふう。まあよい。さあシャルティア、来るがよい。」
「はい、アインズ様♪」
アルベドと違い、焦らすこと無く喜び勇んでアインズの胸に飛び込む
「…………っ!!」
そのライバルに見せつけるようにシャルティアはアインズの首にぶら下がり、顔や胸をグリグリと押し付ける。
「ア・イ・ン・ズ様~っ♪ アインズ様はお優しいでありんす♪ 我が君♪ 我が君♪ ああ、愛しの我が君~っ♪」
「きっ、きぃいいいいいっ!」
『やれやれ……。』
それでもアルベドを相手にするのとは違い、シャルティア相手だとまだしも気持ちが楽だ。
なんというか、先ほどのアルベドのネットリとした匂い立つような成熟した女の重圧と違い、アウラやマーレと似たような……子供をあやすのに近い感覚がある。
『ペロロンチーノさんにド変態設定てんこ盛りにされてるんだから、むしろアルベドよりヤバいはず……なんだが。』
しかし今は、どうもそんな感じがしない。さっきの事があったからだろうか。
泣きじゃくり立ち尽くす姿は、淫靡な両刀使いの変態
『押し付けてくる胸だって詰め物だしな。いじらしいもんだよ。』
そう思いながら、よしよしと頭を撫でてやる。
「くふっ、くふふっ、アインズ様、アインズ様~っ♪ シャルティアはぁっ、アインズ様の事、大好きでありんす!愛しているでありんす!」
『……一人称が名前になってるよ。なんかほんとに幼児化してきてないか?』
しかしこう無邪気だと、恥ずかしいセリフもそう抵抗なく口に出せそうでありがたい。まだ反抗期を迎えていない娘が父親に独占欲からくる愛情確認をして来て、それに答えるようなものだからだ。
鈴木悟にそんな経験は無いが、多分そんな感じだ。
『そう言えばシズにも似たような……うん、ま、まあ思い出すのは止めよう。』
なんか結構凄い事も言ったし。アインズはすけこまし状態だった自分の幻影を振り払い、シャルティアに答える。
「ああ、シャルティア、私もシャルティアの事が大好きで、愛しているぞ。」
意外とすんなりと言える。
「ああっ!! 嬉しいでありんす! アインズ様、アインズ様、アインズ様~っ! 幸せでありんす、シャルティアは幸せでありんす! あ・り・ん・す~♪」
ビキリッ! ゴキッ! グギギっ!!
『なんの音だ? ……ああ、アルベドの歯ぎしりか。』
──ありがとう、アンデッドの身体。ありがとう、精神抑制。──
アインズはどことなく、悟りを開いた境地に達したような気分になっていた。
全てを、淡々とした心持ちでくぐり抜けよう。うん、明けない夜は無いのだ。
『こ、この小娘が! バカのくせに、こういう悪知恵だけは一人前だわ!』
親指の爪をガジガジと噛み必死で激情を抑えながら、
アルベドは見抜いていた。シャルティアのこの極端な無邪気さもまた、演技であると。
あの背丈、少女の外見だからこそ出来る、自分には不可能な技。だが同じ女だからこそ分かる、小賢しい手段。
大罪を犯した時は確かに我を忘れていたのだろう。
だが至高の御方がいつものように限りない慈愛を示してくれた事で、あの空っぽの頭……しかし紛うことなき《女》である事の賢しさを持つシャルティアは思ったのだ。──これは、いけるでありんす。──っと。
ある意味、プライドを捨てて攻略を実行しているのだ。
女の色気、性の匂いはひとまず置いて警戒心を沸かさせず接近し、愛しているという言葉に重みを持たせないで
その推察の通り、シャルティアはアインズに見えない角度でアルベドの方を振り返り、ライバルに負けず劣らず邪悪で狡猾な表情でニタリ、っと笑った。
『くくくっ、守護者統括殿はしょせん私の前座でありんしたのよ。 そこで私がアインズ様のお心をガッツリ掴む様を、指を咥えて見ているでありんす!』
『しゃ、シャルティアアアアアッ!!』
アルベドの強烈な殺意は先ほどと違い、心地よいエッセンスでしかない。
シャルティアは
「アインズ様ぁ、アインズ様は、シャルティアのどこを愛してくださってるんでありんす?」
「ど、どこ? そ、そうだな……可愛いところかな。」
「くふっ! 他には?」
「うーん……ちょっとおバ……無邪気なところ?」
「くうぅ~ん! 他は? 他にもありんすか?」
「ま、まだ? えっとそうだな……。」
こういう、『ねえねえ、私のどこが好き?』スタイルの詰問は、男にとって辛いものである。
ぶっちゃけた話、アインズにとっては『仲間が作ったNPCだから。』で終わってしまう話なのだ。
しかし今シャルティアが望んでいるのがそういう答えでは無い事は、
そしてアルベドに囁いた賞賛と違い、シャルティアには格別に大書に値する貢献が未だ無いのだ。
ゲートを使った物資搬入は重要不可欠ではあるが、『荷物運びとして優秀だから。』は女性への賛辞としていかがなものか。
『馬鹿な子ほど可愛い。』がアインズ的に一番しっくりくる答えだが、それはそれでどうだろう。
アインズは少々ズルをして、この困った状況から抜けだそうと試みる。
「コホン、あーっ……シャルティアよ……お前は容姿端麗才色兼備?立てば吸血鬼座れば戦乙女歩く姿はヤツメウナギ思考回路はショート寸前熱血にして鉄血にして冷血な怪異の淑女真っ赤なお目目の
「……ふえっ?」
シャルティアの頭の上に?マークがいくつもついているのが見える。頭の処理能力がついていかないのだ。
褒めてもらっているらしいが、内容が全然入ってこない。──適当に頭に浮かんだ言葉を並べただけなので当然だが。
しかしそれでもシャルティアは嬉しかった。結局の所、内容自体はどうでも良いのだ。
愛しの君が、NPC全体ではなく自分だけを言葉を尽くして褒めてくれる、そこが重要なのだ。
「……くふうう~っ! アインズ様ああ~っ! シャルティアは嬉しいでありんす! 感謝感激でありんす~! 愛してるでありんす~!!」
シャルティアはアインズの首に回した手に一層力を込め、全身をアインズにこすりつける。
「お、こ、こら、わ、分かった分かったシャルティア、もうちょっと離れなさい。」
「嫌でありんす~♪ ずっとずーっとこうしてるでありんす~♪ アインズ様、アインズ様、アインズ様~っ♪」
ピーッ!! ピピーッ!!
鋭い笛の音が、シャルティアの陶酔の邪魔をする。振り返って睨みつけるシャルティアと、睨み返すアルベドの視線がバチバチと交錯する。
『っておい、笛って比喩表現じゃ無かったのかよ!?』
アインズは内心突っ込む。アルベドの私有アイテムにそんなものがあったとは。
アルベドは笛から口を離すと、猛烈に抗議する。
「ア、アインズ様! アインズ様は、私の時はそんな目くるめく多彩な修辞技法は使ってくださいませんでした! そんなのズルいです!」
「えーっ?」
思わずパカっと口を開けるアインズ。どうやらアルベドは適当に並べた言葉の羅列が、彼女の頭脳ですら解釈困難な超高度な詩的表現だと勘違いしているらしい。
一気に早口でまくし立てたため、思わず漏れ出てしまった愚痴部分にも気づかなかったようだ。
そんな嫉妬の塊になっているアルベドを、シャルティアはやれやれ、っと優越感に満ちた口調で見下す。
「邪魔しないでくんなまし、守護者統括殿。今は私がアインズ様のご寵愛を賜っている最中でありんす。そこに横槍を入れてくるなど、ほんとトウの立った大口ゴリラおばさんは野暮でありんすねえ。」
「先に邪魔したのはあんたでしょーがっ!! せっかくアインズ様を落とせ……コホン、二人の甘い時間を引き裂いてくれて! この偽乳ヤツメウナギ!!」
「あ゛ん゛っ?」
「あ゛あ゛んっ?」
ピシッっと、両者の間に緊張が走る。
「色ボケの守護者統括様ぁ、いい加減アインズ様がババアのストーカー行為に迷惑してるって自覚したらどうでありんすか? 見苦しい事この上ないでありんすよ。」
「ほーっ、失態続きの階層守護者の分際で良くそんな事が言えるわね。ああごめんなさい、分をわきまえるって高度な思考は永遠に成長出来ないガキには無理よねえ。」
「あ゛ーっ!?」
「あ゛あ゛ーっ!?」
本性を表し、ドスの効いた声で威嚇しあう二人。
『やめてよ。』
アインズは首に醜悪な形相のシャルティアをぶら下げたまま、右手で顔を覆う。
この二人のおかげで、女性に対する幻想がドンドン崩れていく。まあ、ペロロンチーノ経由でぶくぶく茶釜にも大概崩されていたが。
「いつまでも未練がましく愚痴ってねえで、とっとと部屋戻って泣きながら蜘蛛の巣張ってるてめえの股間でもいじってろや、年増。」
「てめえこそ巣に帰ってぺたん胸嘆きながら
『お願い、喧嘩もせめて、もうちょっと可愛らしくやってくれ。ドス声止めて。下品な事言わないで。顔崩さないで。』
「あっこら、てめえ!! なにしやがるクソババア!」
シャルティアが叫ぶ。業を煮やしたアルベドが二人に近寄り、シャルティアを無理やりアインズから引き剥がそうとしたからだ。
それに対し、シャルティアがゲシゲシと蹴りを入れて対抗する。
「ちょっ、この、足癖悪い糞餓鬼が!!」
「アインズ様は私のもんだ~っ!! クソババアはすっこんでろ!!」
「上等だコラ! 勝負すっかゴラ!! 乳臭い小娘が!!」
とうとう二人は左右に別れてアインズの腕を引っ張り合う。
「離せボケ!! 大口ゴリラ!!」
「てめえがなっ!! ヤツメウナギ!!」
アインズはまるで髑髏標本のように無抵抗なまま、ガクンガクンと左右に揺れる。
妙に頭が静かで、ぼんやりと今の状態を認識しつつ思考がプカプカと
『あーなんだっけ? 大昔の……落語? こんな話があったような……。誰から教えてもらったんだっけなあ……。たっちさん? それともブループラネットさんだったっけ……?』
それにしてもこれ、何?
シチュエーションとしては、超絶美人二人が自分をとり合って争っているシーンのはず……だ。男子の本懐と言うべきものじゃないのか?
──全然嬉しくない。顔、怖いし。声、ど汚いし。
「てめえのドドメ色のピーには両脚羊の薄汚えピーでも突っ込んでるのがお似合いだよ色ボケババア!!」
「毎晩手下の女と乳繰り合ってる色ガキが!! 張り子のピーでガバガバの中古ピーなんざ一山いくらの価値もねえんだよ!!」
──しかも戦士職LV100×2のパワーで引っ張られている。 イタイ。 腕、モゲル。
「ピー○△おめ◆××ピー穴に○△突っ込んでピー□ゲロ▼が出るまで▼×ってやろうか!!」
「×□てめえの▼×ピー乳に□◆陰△×ピーお◎×こ□◎姦し△×▲◎ピー○ああんっ!?」
アー俺ハナニヲ聞イテイルンダロウ。アノ楚々トシタ美女ハ、アノ可愛ラシイ美少女ハドコニイッタンダロウ。
「◆×□◎ピーッ○▼×□◎ピーッ×▼●□!!」
「▼×◇◆◇×ピーッ×●◎□×ピーッ××!!」
『…………。』
プツン
「──いい加減にしろ。」
「「ヒッ……!?」」
乙女二人は即座に争いを止めパッとアインズの腕から手を離し、ピシっと直立不動の姿勢を取った。
非常に静かな、押し殺したような声。だが感じで分かる。滅多に無い、
ナザリック最強乙女の双璧が、一瞬で正気に戻り恐怖に硬直する。
「お前達……。」
絶望のオーラを全身に纏った
シャルティアは、これほど怒ったアインズを見るのは初めてだ。いつもとは違う意味で、下着がちょっとヤバい事になっている。
アルベドは2回ほどあるが、どちらも自分に直接向けられたものでは無かった。こちらも下着が以下略。
「あ、ああああああああ、あひん……さ……。」
「お、ああああああああ、おゆ、おゆ……。」
千年の恋も一瞬で覚める醜い争いを繰り広げていた二人が、まともに声も出せなくなる。
さっきの互いへの攻撃性が微塵も感じられず、主人を前にただただ小さく縮こまる。
「…………。」
その様を見て、アインズの怒りも冷めていく。精神の沈静化も働いたようだ。
「……ああ、すまん、ちょっと怒りすぎたようだ。許せ。」
「そ、そんな! アインズ様は何もお悪くありません!」
「わ、私達が愚かでありんした!」
ひたすら平身低頭する二人。その体はまだブルブルと震えている。それでも、アインズの怒りが収まった事にホッとしているようだ。
『ふう……。こういう所は、やっぱりNPCなんだよなあ……。ありがたいような、寂しいような。』
どれほど頭に血が上っていても、
便利ではあるが、彼女達との間に
が、今はそんな感傷に浸っていてもしょうがない。さてどうするか。
『元はと言えば俺の責任だし、絶対に逆らえないNPCにこんな重圧掛けるのはやっぱ良くないよな……。しかしまあ、示しをつけるためにも少し罰を与えた方が良いか。えっとシャルティアへの罰もついでに加味して……。』
しかし、気疲れで頭が働かない。なんかもう、どうでも良くなってきた。もーいい。アルベドからすれば不公平だが、いちいち分けて考えるのも面倒だ。
アインズは二人にビシっと指先を突き付けて宣告した。
「あーお前ら、謹慎三日な。」
「「アッ、アインズ様あああああああ~っ!!?」」
◇◆◇
『疲れた……。』
翌日早朝の執務室で、豪華な椅子にもたれ掛かりながらアインズは独りごちた。
アンデッドは疲労しない。アンデッドは感情を抑制出来る。アンデッドは……。
……本当だろうか? このグッタリとした気持ち、これは疲労では無いのか?
精神疲労は別なのかもしれないが、そもそも人間だって、疲労とは肉体より精神の方がくるものだ。
いやしかし、人間のままの精神だったらそもそも、あの修羅場に耐える事が不可能だったのだろう。
『ふう、全くあの二人は……。にしても、ハーレムなんて実際は気苦労ばかりで居心地悪いと思うよ、ほんと。』
アルベドとシャルティアがアインズを挟んで常に両サイドに
単なる拷問ではないか。プレアデス達相手だって、全員平等に愛情が偏らないよう気配りし続けるとか、結局一人で切り盛りするホストみたいなものだ。
女性の気持ちを全く考慮せず王様気取り出来る性格の男もいるにはいるのだろうが、日本的小市民の典型たる
ただでさえ、不適材不適所な絶対君主の真似事に日々神経をすり減らしているというのに。
コンコン
ノックの音がした。今日のアインズ当番である一般メイドのシクススが対応し、アインズに告げる。
ちなみに当然だが、ドアは綺麗サッパリ元に戻っている。
「アインズ様、デミウルゴス様、コキュートス様がいらっしゃいました。お話ししたい事があるそうです。」
「デミウルゴスとコキュートス? 二人一緒にか? 珍しいな。構わん、通せ。」
「……アインズ様、お忙しいところ、誠に申し訳ございません。」
「申シ訳ゴザイマセン。」
二人の男性階層守護者が並んで入ってきた。
全く性格が異なるにも関わらず、妙に馬の合う二人の関係は、アインズも好ましく思っていた。
『アルベドとシャルティアもこういう関係なら良いんだがな……。まああれはあれで、ケンカ友達みたいなものなんだろうが。』
そんな事を思いつつ、アインズは鷹揚に手を振った。
「構わん、ナザリックのために日々奔走するお前達の用事に時間を割くのに、何の躊躇いがあろうか。」
実際暇だったし。なにせまたアルベドに謹慎を与えたので、今朝の業務は休みになっている。
『あーでも、特にコキュートスは安心するな。裏読みされる怖さも無いし。』
アインズは純粋な異性愛者だが、男同士の方が気が楽、っというのは人間の時と変わらない。
デミウルゴスは自分を遥かに超える知性とその裏読みのせいでかなり緊張してしまうのも事実だが、それでもメンタルそのものは男性なのでアルベドよりは理解しやすい。
「はっ、寛大なお心遣い、ありがとうございます。」
「アリガトウゴザイマス。」
「うむ、で、何用だ。」
「はっ、実は……その……。」
珍しく言いよどむデミウルゴスに、アインズもすぐに思いあたる。
「ああ……アルベドとシャルティアに謹慎を与えた件だな。うむ……実はだな……。」
どう説明したものか悩む。
「──申し訳ございません、アインズ様。実は原因についてはすでに察しがついております。」
「何?」
「エントマとシズからアインズ様の恩寵について聞き及びまして。」
「私ハユリトナーベラルカラ。」
アインズは頭を抱える。あの件を聞いたなら、その後どういう展開になって二人が謹慎になったかなど、デミウルゴスなら容易に想像がつくだろう。
コキュートスが「サスガハデミウルゴス! 私ニハ全クソノ展開ハ読メナカッタ!」っと感心する様も目に見えるようだ。
『あーそういや、プレアデス達への口止め、結局忘れてたな。ニ人にバレた段階で、もう意識から消えてたよ。』
やれやれ、《完全なるすけこまし》の事もまた一から説明しなおしか……っとちょっとウンザリするナザリックの絶対支配者。
それはもう聞くなと命令すれば良いのだろうが、そういう、地位を盾にして事情説明をしない高圧的な上司にはなるべくなりたくない。
それに羞恥プレイはもう充分味わったのだ。今さら二人に話した所で大して変わりはしない。
『ん? でも謹慎の理由は分かっているなら、どうしてわざわざ訪問してきたんだ? ……ああ……そういう事か……。』
アインズは察しがつき、それはそれでゲンナリする。
「……やはりあれか、正妃とか世継ぎとか爺とか、その話か? 失望させてすまんが、プレアデスの件にはある事情があってだな……。」
しかしデミウルゴスとコキュートスは首を横に振る。
「い、いえ……そういう事では無く。」
「ソウイウ事デハ無ク。」
「ん?」
「そういう事では無く。」
「ソウイウ事デハ無ク。」
「ん? ん?」
二人が、ズイッとアインズに迫ってくる。
いつもと違う、二人には似つかわしくない、何かネットリとした雰囲気を漂わせ。
「アインズ様……。」
ハアッハアッ……。
「アインズ様……。」
プシューップシューッ……。
「ん? ん? ん?」
「私達にも」
ハアッハアッ……。
「恩寵ヲ……。」
プシューップシューッ……。
「ん?」
──アインズの受難は続く──
END