灰色の風が吹き下りる街・・・いや、廃墟といったほうがいいだろう。
かつては商店で賑わい、主要な交通網とされてきたであろう大通りのど真ん中を歩いているのは一人の青年。
中肉中背の体格だが、体の大きさに不釣り合いな程大きな荷物を苦労する様子もなく背負っていることから考え、それなりの筋力と体力を有しているのだろうか。
そしてその青年が持つものには、廃墟と合わせてこの世界の異様さが表れていた。
64式小銃。
1964年に日本の自衛隊で採用された戦後初の国産小銃である。使用弾薬は7.62ミリ減装薬。部品の脱落が多く欠陥品として扱われていることもあるが、命中精度は比較的良好であり、かつて隊内では即席の狙撃銃としている部隊もあった。
では彼は自衛官なのか。見たところ着用している物は陸上自衛隊の戦闘装着セットに準ずるものである。だが彼はあの災害が起こる前、高校生と呼ばれる存在だったはずである。そしてその頃から自衛官の新規募集は公に行われていない。隊員を雇う日本政府が存在しないからだ。
青年はなおも歩き続けていたが前から近づく影に気づいてふと足を止めた。小銃をスリングで吊るして双眼鏡を取り出すと物陰に寄って影の様子をうかがう。
「こっちもダメか・・・」
前方に見える多くの影は人間だ。だがその姿はもっとおぞましい。
裂けた皮膚から内蔵を露出させたままのサラリーマン風の男、片腕がちぎれながらも尚ランドセルを背負ったまま歩く男子小学生、さらには戦闘用の装備を背負ったままの自衛隊員。
ゾンビ、リビングデッド、生きる屍、奴ら・・・。俗にこう呼ばれる感染者である。
「こちら偵察―、聞こえる?」
全身に装着された大量のポーチのひとつから小型の無線機を取り出した青年はもう一対の無線機を持つ存在へ語りかけた。
『・・・おう。どうした』
「商店街の西はこれ以上すすめない。今から戻るから出かける準備をしていて」
『・・・くそ、そっちもダメだったか。わかった、用意しとく』
2012年12月、古代文明が予言したと言われる大災害、現代でいう生物災害によってこの地球全土が過酷な環境へと変貌した。
ありとあらゆるインフラは壊滅し、各国の主だった組織は解散、もしくは壊滅した。
青年と無線の相手が生きているのはただの偶然であり、これからもっと過酷な環境へなって行く中で生き続けるのはとても難しいことだろう。
青年は64式小銃のグリップを握り締め、木製の銃床を肩に、後付けの単眼式照準器を覗き込んで近くまで来ていた自衛官のゾンビに照準を定めた。距離は200メートル。小銃の射程と彼の腕なら何ら問題ない距離である。引き金の遊びをギリギリまで引き絞り、ひと呼吸おいてから静かに指先に力を込める。
直後、乾いた銃声とともに、離れていないところで、頭に風穴を開けられた完全な死体が一つ出来上がった。続けて三発、後ろに続くゾンビたちに弾をくれてやるとひとまずその場には静寂が戻った。
青年は自衛官の死体に近づくともう彼に必要のない装備を全て取り外し、背中に背負った背嚢へと詰め込んでいった。手に入ったのは隊員の背嚢に入った各種装備と89式小銃、その弾倉6つ。そのうち2つが空だった。
ため息が出たが仕方がない。まだ近くに大量のゾンビがいるのだから。
青年は足早にもときた道を戻っていくのだった。
数分後、彼が到着した中規模の公園には一台の車両が鎮座していた。
車種としては標準的なフォルムに濃緑と黄土の迷彩塗装が施されたそれは陸上自衛隊で採用されている96式装輪装甲車に違いない。そのそばにはその重厚感をそのまま人間に移したような大柄な男がどっしりと構えていた。
「やっときたか」
「うん、ただいま。支度は終わった?」
「終わった。あいつは具合悪くて中で休んでる」
「了解。ちょっと僕も疲れたから中で寝ていい?」
「目的地を決めてからにしようぜ」
そう言って後部の開け放たれたランプから車内へ乗り込む大柄な男は彼の幼馴染である。中で寝ている痩せた青年も同じく幼馴染であった。
腐れ縁もここまで続くともはや運命だな。と心の中でつぶやくと車外においていた小型のラジオと双眼鏡、地図を持って男に続き車内へと入り込んだ。
「今いるのが巡ヶ丘東運動公園だったよね」
「ああ。確か国内で初めて感染者が出たのが隣の町だからもしかしたらかなり多くのゾンビがいるかもしれねぇな」
「最初の感染者がこのあたりで発生したなら犯人もこの近くにいた可能性があるね」
「じゃあ危険だがしばらくこのあたりに拠点を張って探索してみるか?」
「そうしよう。できれば拠点は大きな施設がいいな。学校とか」
「もう少し西に行けば巡ヶ丘高等学校があるぞ」
「・・・生存者がいる可能性もある。警戒は必要だけどそこにしよう」
「ルートは任されても大丈夫か?」
「うん、好きに考えていいよ。30分後に出発するからそれまで僕は寝てる」
「お前はすぐに寝られるからいいよな。まあこれから寝られる時間が取れるとは限らないから今のうちにゆっくりしとけ」
大柄な男はそういうと車両の前方、操縦席へと体を移した。
戦闘時には装甲板で覆われているはずの操縦席であるが、彼らの乗る車両はボルト止めされたウインドシールドが装着されている。道路交通法に対応するためだけに取り付けられた、防弾でもなんでもないただのガラスである。戦闘があった時にはこころもとないが、操縦には便利なのでそのままにしてある。出発はまだなので乗車用のハッチをあけたまま手元のコンソールをいじって後部ランプを閉め、パソコンの座席左に設けられた情報共有装置の電源を入れる。各方面からの通信が途絶えて久しいが未だGPSが使える今、使えるのはもっぱらナビゲーションシステムだけだった。
画面に表示されているのは周辺の地図。紙の地図から読み取った巡ヶ丘高校の位置を入力し、最短ルートを表示する。
『目的地までの道のりを表示します。交通ルールに従って走行してください』
間の抜けた音とともに案内が開始し、ルートが青い線で表される。交通ルールなんて壊滅した世界で意味などないのだがそこは災害前のシステムである。仕方がない。
「繁華街はなるべく避けて・・・住宅地を縫うように・・・か」
ゾンビが多くいそうな場所を避け、ルートを修正していく。
「こんなもんか」
ちょうど30分が過ぎたあたりで修正が完了、目的地までの所要時間は26分だった。
「そろそろ出発するから席に座っとけよ。後方、側方警戒頼んだ」
「・・・ん。もうそんな時間か。わかった。ほら、お前もそろそろ起きろ」
「なんだよぉ、腹痛ぇのに」
「昨日期限切れの饅頭食べすぎたからでしょ? ほら、銃持って」
「ったく・・・」
半目で睨む目の前の青年から痩せた青年はしぶしぶといった形で差し出されたM4A1ライフルを手に取り天井のハッチを開けて外の警戒を始めるため天井のハッチを押し上げた。
「ねぇねぇりーさん」
「なあに由紀ちゃん」
「雨が降ってきそうだねー」
「・・・そうねぇ。洗濯物取り込んでおかなくちゃね」
「胡桃ちゃんも呼んでくる?」
「お願い。でも廊下は走っちゃだめよ~」
「はーい!!」
りーさんと呼ばれた若狭悠里は同級生の丈槍由紀から教えられ、慌てて立ち上がった。同じく同級生の恵飛須沢胡桃を呼ぶように頼み、暖かな生徒会室から屋上へと一人で向かう。
巡ヶ丘高校生徒会室。そこは学園生活部の部室として今は使用されている。
「めぐねぇも手伝ってよー」
「はいはい、急がなくっちゃダメねぇ」
由紀にせかされて動き出すおっとりした女性は佐倉慈教諭。このご時世に部活動として学園生活部を立ち上げた張本人であり顧問でもある。
「あ、胡桃ちゃん呼んでこなきゃいけないんだった!!」
「自分から言い出したんじゃない・・・」
苦笑しながら慈が返すと由紀はすぐに連れてくるからりーさんと先に行っててと言い残して反対方向へと走って行ってしまった。
「・・・大丈夫かしら」
校内のゾンビはすべて始末したはずだし校庭にさえ出なければ大丈夫だろう。しかしなんとなく不安を覚えた慈はしばし躊躇した後由紀と同じ方向へ歩き出した。
「由紀ちゃんまってぇ~」
そのころ悠里はというと・・・
(本当に大雨が降りそうねぇ)
一人で下着やシャツといった洗濯物を取り込み始めていた。
(胡桃ちゃん呼ぶように言っちゃったけど一人でも大丈夫だったかしら)
限りある物資を節約するため細かい洗濯物は手洗いで済ませており、その分少ない量の洗濯物しか今日は干していなかったのだ。
「これで全部ね。下に行ってたたんでしまいましょう」
ものの数分ですべてを取り込み終わり、屋上の出口へ足を向けたその時、乾いた音が聞こえた気がした。
(・・・何の音?)
そしてまた一回。次は連続した音のようだ。
(銃声!?)
判断してからは早かった。洗濯物を屋内の階段踊り場に放り、倉庫に入れてある双眼鏡を手に学校周辺を見回す。
「いた!!」
悠里の見た光景は学校すぐ近くまで迫った迷彩塗装された装甲車が周囲のゾンビを蹴散らしながら進むものだった。
「安全な道を選べって言ったじゃないか!!」
「うるせぇ!! 自由に決めていいって言ったのはそっちだろ!?」
「二人とも喧嘩してないでゾンビに集中してよ!」
最初は奴らの影が少ない道を順調に進んでいた一行だが巡ヶ丘高校が見えるまであと数ブロックというところで群れを作って徘徊していた連中と鉢合わせてしまった。防御力が高い車両である一方、大きな車格が災いし後退することもできず、やむなく強行突破をすることになったのだ。
「高校が見えてきた!!」
「門は開いてる! 校舎入り口に横付けして校内に退避するぞ!!」
「校舎の窓が割れてる・・・! もしかしたら中もゾンビだらけかも・・・」
「余計なこと考えるなよ! あそこしか退避場所がないんだ!!」
奇跡的に開いたままの門に突入し、校庭にもうろついている奴らを轢き倒しながら入り口で停車、すさまじい火線で応戦しながら校舎に突入する
「バリケードが打ってある!!」
わけにはいかなかった。
「クソ!! どっかに緩みはないか!?」
「ダメだ! 内側から完全に閉められてる!!」
「こうなりゃ最終手段だ、手りゅう弾使うぞ!!」
大きい方の男がチェストリグに吊るしてあるレモン大の物体を外し、ピンを外してバリケード前に投げようとする。
『待って待って待って今開けるから!!』
しかしそれは校舎内側から聞こえた声に中断させられた。
「生存者!?」
「とりあえず急いで開けてくれ!! リロードする暇もない!!」
20発しか入らない7.62ミリ弾倉を持つ64式小銃の青年はすでに小銃を背中に回し拳銃にシフトしている。卓越した射撃能力を持つ彼が一発一殺の魂で撃っているのにこの状況ではすぐに飲み込まれてしまう・・・・!!
「よし! 早く入って!!」
以外にも素早く開けられたバリケードに後退しながら侵入し、入ったそばからバリケードの再構築に入る。そして完全に塞いだのは一行が校庭に突入してからわずか3分の事だった。
「ふぅ・・・。助かったよ」
「動かないで!!」
スコップを構えるツインテールの少女があからさまにこちらを警戒していた。
それにしてもスコップとは分かってるじゃないか。
「胡桃ちゃん、そこまで警戒しなくても・・・。自衛隊の人よ?」
「いや念のためだ!! 迷彩服なんてそこらじゅうで売ってるし女子しかいないこの場所に入り込みたいためにあいつらをおびき寄せたのかもしれない!!」
「なんだとこの野郎!!」
「落ち着いてよ。ほら、銃おろして」
自分たちに外で何度か見たバンデットの烙印を押され、激高する男を青年が抑える。
しかし自分からここには女子しかいないとバラしているのを見る限りこの周辺にはバンデットが来なかったようだ。もし僕らがそう考えると先読みして校舎奥で男たちが待ち受けているなら話は別だが。
「まずは落ち着いて自己紹介しよう。僕は野比のび太。月見台高校の2年生で大きい彼が郷田武、もう一人が骨川スネ夫。全員同級生だ。敵意はないから安心してよ」