新品のシャツにフリースパーカーを羽織り、ジャージを履くと湯上りには少し暑いがまだ今は冬だ。湯冷めして風邪をひくことになったら目も当てられない。3階の拠点とした教室を開くと、新品同様のパリッとした迷彩服を着用したジャイアンとスネ夫の姿があった。二人とも教室の隅にまとめられていた机を6つ向かい合わせて日中に撃って空になってしまった弾倉に弾を込めている。ご丁寧にも一度弾倉をバラした後、汚れを落としオイルを吹く几帳面っぷりである。まぁ全部僕が教えたんだけど。
「二人とももう新しいの着ちゃったの? これからごはん食べて寝るだけなのに。見張りはあるけど」
「いやぁ、もう1ヶ月も迷彩服着てたからさ」
「他の服じゃなんか落ち着かなくてな・・・」
「適応力ってすごいね」
「古い方はどうした?」
「そこにまとめてあるけど・・・」
「これか・・・うわっくっさ!!」
1か月間血肉と泥にまみれていた服は相当な悪臭を放っていたらしい。僕なら初対面時の学園生活部みたいな冷静な対応ができないかもしれない。
「俺たちこんな臭いつけて同年代の女の子たちと話してたんだよな・・・」
「体洗っただけでここまで鼻がリセットされるとは・・・」
「ファブリーズあったっけ?」
「入れたっけな・・・あれでもないしこれでもないし・・・、あった」
持ってきた荷物の中をゴソゴソと漁るとそれらしきものが出てきた。
「リセッシュじゃねえか・・・まあいいけどよ。こいつ振りかけといて他の教室持ってこうぜ」
「流石にもう着ないんだから埋めるか焼いた方がいいんじゃない?」
「のび太はこの臭いと一緒に寝たいんだとさ」
「やめてよ! どっか持ってっていいよ!」
明日必ず処分することにしよう。このまま放置しては他の教室も臭いによって使えなくなってしまう。物資を1か所に置くことも考え直さなければならず、いずれは武器庫として教室を利用したい。長期滞在が見込まれたため、装甲車の中に入れていた物資はシャワーを浴びる前に二度手間になってしまったがあらかた校内に運び込んでいた。すでに車内に残されているものは着の身着のまま脱出しても一定期間生き延びられるような最低限の食料と武器弾薬である。
「暇なときに荷物整理しないとな」
「武器が多すぎなんだよ」
のび太の視線はまとめられた武器の中に何本かある大きな筒状の梱包に固定される。
その表面には110ミリ個人携帯対戦車弾と表記されていた。パンツァーファウスト3と呼ばれる対戦車/対人榴弾を国内でライセンス生産した、俗にいうロケットランチャーである。
「必要になるかもしれないじゃん」
「だからって・・・。一番の敵はゾンビなのに・・・」
「俺たちだって経験しただろうが。今になっては人間も敵の場合だってあるんだよ」
銃刀法によって国内の絶対量が少ない銃器とその弾薬は今後手に入る可能性が最も低いものであり、それがさらに敵となるような人物に渡った場合大きな損害が出ると判断したため持ってきてしまったのだ。こんなときに四次元ポケットが残されていたら便利なのだが。
「・・・僕も手伝うよ」
手持ち無沙汰だったのび太は駄弁りながらも弾込めの手を休めていなかった二人のそばに座り、山になった5.56ミリ弾に手を伸ばした。
ん? 5.56ミリ弾?
「のび太のはこっち」
デンッと机に置かれたのは7.62ミリ弾の弾薬箱。そしてジャイアンの視線の先には脱ぎ捨てられ部屋の隅に置かれた防弾ベストに入ったままの64式小銃の弾倉。
「まだ手つけてなかったのか。てっきり僕の分もやってくれてるものだと」
「のび太のくせに甘えんなよ?」
「そうだそうだ」
「あーあ、今度せっかく射撃指導してあげようと思ったのにな」
「ごめんよ心の友」
「ごめんごめん」
「現金な奴だなぁ」
とりとめのない話に邪魔されたりしながらようやく弾込めが終わったころ、女性陣がシャワーから戻ってきたのか黄色い声が廊下に響いて聞こえてきた。
「みんな!! ごはんの時間だよー!!」
丈槍さんが勢いよく扉を開けて中に飛び込んできた。
「おう。手を洗ったらそうしよう。どこで食うんだ?」
流石ジャイアン。ごはんのこととなると動きが速い。なんだかんだ言って戦闘中でも素早い動きをするジャイアンなのだが。
「今日は私たちの部室で食べまーす!!」
「いいの? 若狭さん」
「ええ。けど少し机が足りないからこの教室のを持ってきてちょうだい」
「任されよう」
「うわーすごい!! ジャイアンって力持ちなんだー!!」
「お、おう。こんなのどうってことないぜ」
普段から弾薬込みで10キロにもなる軽機関銃を愛用している彼の事だ。机3個を一度に移動させることなど造作もないのだろう。褒められていいとこ見せようとしているわけではないはずだ。ちょっと腕ピクピクしてるけど。あとバランス大丈夫かそれ。
「ふぅ・・・ふぅ・・・」
何とか学園生活部の部室まで机を運んだジャイアンは少し息が荒い。
この部室は生徒会室を拝借しているのだそうだ。
「じゃあ皆さんお待ちかね、グルメテーブルかけです。若狭さんから時計回りに食べたい物を言ってください」
「な、なんでもいいの?」
「どうぞどうぞ」
「じゃ、じゃぁ・・・牛丼を」
おおぅ、いきなりオッサン臭いものが・・・。
「じゃ、じゃあ私は焼肉定食!!」
「私はねー、うーん、ハンバーグセット!!」
「先生は鯖の味噌煮定食にしましょう」
「俺はかつ丼」
「僕はビーフステーキ」
「僕は肉じゃが定食にしよう」
それぞれの音声を認識し、各々の前に希望の夕食が出現した。驚きの肉率である。
「に、肉だ・・・」
「大和煮の缶詰じゃない・・・本物のお肉だよ・・・」
「お魚なんて久しぶりね~」
「これ、夢じゃないよな。夢みたいなテーブルかけだけど夢じゃないんだよな」
「うん。これは全部本物。さあ。みんないただきます!!」
「「「「「いただきまーす!!」」」」」
「おいしい・・・おいしい・・・」
「生きてて・・・よかった・・・」
「二人ともおいしいごはんなのに泣かないでよ~」
「由紀ちゃん、これはうれし涙よ?」
「そっかー、じゃあいいや!!」
これまで栄養補助食品や乾パン、缶詰めなど日本製とはいえ保存食で空腹をごまかしてきた彼女たちにとって、グルメテーブルかけはまさに夢のような道具だったのだろう。今までの辛さを思い出してしまったのか恵飛須沢さんが泣き出す始末だ。
「ええと、おかわりもしていいからね・・・?」
「「「「おかわり!!」」」」
最後は先生までおかわりすることになった。
「うー、流石に寒いな」
「そっか。夜に外出ることはあんまりないんだっけ。これとこれ。あったかいよ」
「あ、ありがと・・・」
現在時刻は20時ジャスト。先ほどの部屋着から着替え、新しい迷彩服と新しい防弾チョッキを身に着け、ヘルメットには単眼式の暗視装置、JGVS-V8を装着している。夜の警備は大体動く必要がないため、重くても優秀な性能を持つ機械に頼っていた。
寒がる恵飛須沢さんに念のため持ってきていた市販品のジャケットとマフラーを渡すと屋上の南辺に折り畳み椅子を設置して彼女に座るよう促す。4時間立ちっぱなしは無駄な疲労になるうえ、コンクリート上は冷たく、直接座るわけにもいかないからだ。他に眠気覚ましのコーヒーやグルメテーブルかけでは出せない嗜好品のガムなど、あらゆる(暇つぶし)道具を用意していた。
監視そのものは20時から翌8時までの12時間を僕、ジャイアン、スネ夫の三交代で朝まで見張るのが僕らの日課となっていたが、今回は丈槍さんを除いた学園生活部の3人が見学という形で参加することになり、そのグループ分けが夕食後に行われた。
ジャイアンは若狭さんと、スネ夫は佐倉先生と、そして僕は恵飛須沢さんとのペアになった。
「その、さっきはごめんね」
「え、何のことだ?」
「ほら、シャワー室で・・・」
「? ・・・あ、ああ思い出させるなよ//!!」
「え、あ、忘れてたのか」
「いや今ので思いっきり思い出しちまった。最悪だ・・・。お嫁にいけない」
「そんなことの心配できるならもう大丈夫かな」
「・・・何がだ?」
「ほら、初めて会ったとき恵飛須沢さん僕たちの事めちゃくちゃ警戒してたじゃん」
「それは・・・ほら、あの中じゃ戦闘力があるのは私だけだったし、男の人に歯が立つのかもわからなかったし・・・」
「でも今じゃ他の二人を下に置いたまま僕についてきてる。ジャイアンとスネ夫が同じ階にいるのに」
「それは・・・」
「まぁ少しでも信頼してくれたならそれでいいんだ。お互い人間同士で警戒し続けてもいいことないしね」
「・・・そうだな。疲れるもんな」
「時間が無くて聞けなかったけど、どうしてスコップが武器なの? そりゃなかなか機能的だと思うけど」
聞いてから地雷を踏んでしまったと感じる。暗視装置を付けてない方の目で恵飛須沢さんの顔が歪んだのが見えてしまったのだ。
「はは・・・。機能的なのは分かってるよ。刺してよし、殴ってよし、掘ってよしだから」
「・・・そうだな」
会話が途絶える。車の音も聞こえない今では沈黙が耳に痛い。しかしこの沈黙を破ったのは以外にも恵飛須沢さんだった。
「・・・・わたし、さ。災害が始まったあの日、屋上でゾンビを殺したんだ」
「・・・誰がそうなったの?」
「部活の・・・先輩」
「好きだったの?」
「正直わからない。でも、このスコップで頭を割ったとき、どうしようもなく後悔したんだ。このまま襲われてあいつらの仲間になってしまったら、こんな後悔しなくてもよかったのかもしれないって」
「それは・・・」
「このスコップさえなかったらって。私が屋上に先輩を運ばなければって!!」
「いや、それは違うよ。恵飛須沢さん」
「その先輩がどんな人だったかを僕は知らない。でも君には感謝しているはずだ。罪のない人を追いかけまわして殺すことなく死ねたんだから」
「それに君にはもっと生きてほしいと思っているはずだ」
「そんなのわからない!! 死んじゃったら!! もう何もわからないよ!!」
「・・・どうして恵飛須沢さんはそのスコップを使って戦うの?」
「どうしてってそれは・・・私の最初の武器で・・・なぜかしっくりきて・・・」
「それが答えだよ。先輩は君に戦う手段をくれたんだ。こじつけと言われたらそれまでだけど、それでも君はこれまで戦ってきたんでしょ? 生きたいと思って、考えて」
「・・・」
「僕たちと初めて会った時だってそうだ。銃を持ってる相手で、しかも3人の男。それでも君は僕たちに立ち向かった。生き抜きたかったからだろう?」
「君はもっと強くなっていい。先輩のためにも、それよりも自分のために」
「ありがとう、なんか楽になった」
「それはよかった。でもほんとに何もしなくていいの? スコップがつらい記憶を忘れさせてくれないなら僕たちのライフルをあげることだってできるよ?」
「ライフルは・・・いいや。私には近接格闘のが向いてる」
「ライフルが近接格闘に向かないとは心外だな。64式はそうもいかないけど、89式ならなんでもできるんだぞ。あ、そうだ、これを君に渡しとくよ」
背嚢の底をガサガサと漁り、掌大の物をとりだした。もともと彼女に渡そうと用意しておいたものであり、しっかり整備されている。ジャイアントとスネ夫の了承もとってあった。
「これは・・・?」
「見ればわかるけど拳銃。信頼性重視で警察のリボルバーだけど」
渡したのは日本警察で最も配備数の多いS&W M37エアウェイト。装弾数5発の標準的な回転式けん銃である。僕が最初に手に入れた実銃でもある。
「ダブルアクションだから的に向かって引き金を引けば弾が出る。護身用だから見せて抑止するか隠して切り札にするかは自分で決めてくれ」
「どうして急に?」
「スコップじゃ人間は怯まない。少なくとも相手より早く銃を突き付けて動きを封じなくちゃ、ね」
「いいのか? こんなの渡しちゃって。お前たちが寝てる間に殺して全部奪っちゃうかもしれないんだぞ?」
「これは物資の供与って点でもいいけど、僕なりの信頼の証でもある。恵飛須沢さんにそんなことするメリットはないしそんなことができるならそんなに目を腫らしたりはしない」
「・・・そうだな。そうだよな」
「あ、忘れてた」
「なんだよ」
「女子の制服にはベルトがないみたいだからね。ショルダー式のホルスター」
「お前はなんでも持ってるんだな」
「持ってるものだけだよ。これはスコープがほしくてミリタリーショップに入ったときに持ってきたの」
「・・・そういう意味じゃないよ」
「ん?」
「なんでもない」
それからしばらくは、彼女は無言で屋上の手すりに寄りかかり、僕は暗視装置で周辺を監視する時間が過ぎていった。先ほどの沈黙より心地よい時間だった。
そして時計の短針が頂点に達しようとするころ
「胡桃でいい」
「・・・え?」
少し睡魔に襲いかけられていた僕は急に話しかけた恵飛須沢さんの言葉を聞き逃してしまった。
「名前、恵飛須沢じゃ呼びにくいだろ。胡桃でいい」
「名前、えぇ・・・、なんかわるいよ・・・」
「のび太!! 男だろ! しゃっきりしろ!!」
「は、はい! じゃあ胡桃さん」
「えぇ・・・同年代にさん付けかよ・・・」
「え、ダメだった?」
「ダメだ」
「うーん、仕方がないな・・・」
「・・・」
そんな、見つめられると勘違いしちゃうよ?
「く、胡桃」
「うん、のび太。これからもよろしく!!」
眠そうな目をしながら階段を上がってきたジャイアンと若狭さんに後を任せ、胡桃を教室(この場合寝教室か?)に送った後自分も教室に入って眠りにつく。装甲車で寝泊まりしていたときはあまり使わなかった寝袋が役に立ち、温かい中での安眠を誘うのだった。