少女はお辞儀することにした   作:ウンバボ族の強襲

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ちょい長め


嘆きのマートル

 ある日の午後。

 それは、とても平和な何の変哲もない日常だった。

 

 ハッフルパフとレイブンクローの生徒がぺちゃくちゃと楽しそうにおしゃべりをしながら角を曲がる。おそらくは新入生なのだろう、杖や教科書、鞄は新品。一人は既に兄か姉が居たのか、そのおさがりと思しきローブは若干くたびれてはいるものの、入念に手入れされ、きちんと寸法を直してあった。

 お互い、今の授業で出された宿題の文句を言いながらも、その目はキラキラと輝いていた。これから先は楽しいことが沢山あると信じて疑わないような眼差しだった。

 そんな可愛らしい二人の新入生の足元が、爆発する。

 考える間もなく、そこから殻なしロブスターのようなキメェ生き物が飛び出した。

 どう考えてもホラー。ぎゃーーと声を上げたふたりの新入生は悲鳴を上げたままパニクって走り出した。

 わけもわからず二人はその辺に何か植えてあった低木に逃げ込む。

 その低木は急に火を吹き、燃え上がる。よく見るとその木には看板が吊るしてあり『ウィッカーマンはこちら』と書いてあった。

 そこに、優しいハッフルパフの上級生がアクアメンティで水をぶっかけ、恐怖とパニックで泣き叫ぶ下級生を助けようと試みる。

 が、そんな彼を上から狙う影があった。

 

「「「「ステューピファイ!!」」」」

 

 現れたのは緑ローブの集団。

 乱舞するステューピファイ光

 声を聴きビビったハッフルパフの上級生は伏せるが間に合わない、頭に失神光線を喰らい、ばたり、とぶっ倒れた。

 

「ホーンビー!! 誰かーー! ホーンビーが死んだーー!」

「なんだとーソレハタイヘンダーー! 皆ーースリザリンがハッフルパフをやったぞー!」(棒)

「それはスリザリンが悪いなー!」(棒)

「悪い奴はころさなきゃー!」

 

 だが争いは終わらない。

 緑色集団を見た地上の紅軍団が、上に杖を向ける。

 そして、始まる。

 

 

 獅子と蛇の戦い。

 

 

「アッセンディオ!! ステューピファイ!!」

「プロテゴ!」

「レダクト! ウィンガ―ディアムレビオーサ!!」

「ボンバーダ!!」

 

 

「インセンディオ――――」

「ボンバーダ――――」

 

 

 

「「マキシマァアアアアアアアアア!!」」

 

 

 何かが砕けるような音がする。

 バキバキバキ、と城が抉れる音が響く。

 

 とあるスリザリンの女生徒、ベス・ラドフォードはそんな音を聞きながら――――。

 

 

 

「…………何がどうなってるのかしら……」

 

 

 

 トイレの便座をつるりとピッカピカに磨いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、数日前にさかのぼる。

 

 秘密の部屋が開かれ、フィルチの猫が石となったあの日。

 まぁぶっちゃけフィルチの猫だから別にいーや、と皆そう思って放置していたら、立て続けに一人、二人と『マグル生まれ』とされているグリフィンドールの1年生、レイブンクローの1年生が無残な姿で発見されていた。彼らはそれぞれ姿見と、池の前で。

 ソレ流石にヤバいだろ、とここで初めて焦り出したので急きょ全校集会が開かれることに。

 それは、マクゴナガルの変身術の後だった。

 授業中、やたらと熱心であり、ミゴトに小さな蜥蜴をゴブレットに変えることができたセオドール・ノットがノートを見直している間、ダフネがノットに「ねぇねぇ、ここの杖ってどうやって振ればいいのー?」と聞いている姿を横目で見ながらベスはぼーっと空を見上げる。

 

「で、どうだろう? マグル生まれの奴を僕たちで調べて、リストを作っておくんだフォイ。そうすればきっとスリザリンの継承者はもっと『仕事』がやりやすくなる――――そ、そう思わないか?ラドフォード?」

「あ?」

「…………何でもない」

「じゃ黙ってフォイフォイ言ってろフォイカスが」

 

 

(この『継承者』……随分と手際がいいわね……私だったら、もっと躊躇するんだけど――全くためらいがない、割には狙う場所が微妙すぎる)

 

 ベスは宙にふよふよ浮かぶ蝋燭をぼーーーっと見ていた。

 

 

(もし私だったら――フィルチの猫なんか狙わないわ。だって誰も気にしなかったもの。それにぶっ殺すのも1年生ばかり――ってどうゆうことなのかしら? 確かに1年生を『削る』と上級生、特に後輩ができたばかりの2年生や5年以上の上級生たちへの精神的打撃は大きい。だけど、それを狙うのなら私だったら7年生もしくは寮の『監督生』を抜く)

 

 最高学年の7年生。または寮を束ねる立場の監督生を抜く。

 こうすれば全ての生徒に揺さぶりをかけることができる。

 

 

(もしかして、『継承者』は知らないのかしら――? 『穢れた血』で、かつ『監督生』『7年生』もしくは『寮で目立つ誰か』という条件をフルで満たす者の存在を)

 

 横でマルフォイが何か言っているのを無視し、ベスは黙考を続ける。

 

(この前提で考えると……『継承者』ホグワーツの人間関係、もしくは生徒のプロファイルに明るくない。そういう場所に居ると考られる――つまりは、3年以下の下級生に存在すると思っていい。

 ……と、思わせる為のブラフ? 自分の存在をくらます為の……うーん……分からん、メンドクセ、もういいや)

 

 

 

「しーーーーずーーーまーーーれーーーー!!」

 

 

 ダンブルドアが吠えた。

 

 

「皆、うろたえるでない。今回の騒動で、確かにミセス・ノリスと、グリフィンドール、そしてレイブンクローの生徒が犠牲になった。ワシの大事な手駒が減った、実に残念じゃ。遺憾の意」

 

 

 

「うわあいかわらず最悪だ」

「コイツついに言いやがったな手駒とか」

 

 

 

「シレンシオ! ワシが喋ってんだろーが。そのまま黙って鼻呼吸してろカス」

 

 

 ダンブルドアは生徒の口を縫い合わせると何事もなかったように続行。

 

 

 

「じゃが恐るるには足らぬ。今、スプラウト先生が、マンドラゴラを育てておる。奴らが成長した暁には煮殺して生きながら釜茹でにされたマンドラゴラの恨みたっぷりのエキスを吸わせるのじゃ。そうすりゃ治るわ石化位軽い軽い。お前らの頭と同じ位軽い軽い」

 

 

 

「おっふ……」

「糞カリキュラム組んだサラザールスリザリン卿に感謝」

「まぁソイツのせいでこんな事になってんだけどな」

「マジかスリザリンって本当クズだな。校長と同レベルじゃん」

 

 

 

「シレンシオ。うっせー黙るのじゃ。

 

 そもそも、諸君……何をうろたえておるのじゃ」

 

 

 

「え」

「は?」

「ん?」

「…………これは」

 

 

 

 頭沸いたんじゃねーか? この爺。

 

 ホグワーツ一同はそんな浅はかな事を思った。

 

 

 

 

「だから、何をうろたえておるのじゃ? お前らは何じゃ? 栄えあるホグワーツの生徒ではないのか??」

 

 

「……」

「お、おう……」

「……?」

 

 

 

「いいじゃろう。いい機会じゃから、このワシがお前ら愚民共にひとつ学校の先生らしく教育してやろう、ありがたい話じゃから這いつくばって感謝して一言一句漏らさずによく聞くがいい」

 

 

 それを聞いてほとんどの生徒は思い出す。

 

 

 そうだ、コイツ学校の先生だったんだ。と

 

 

 

 

 

 

「生徒諸君たちに告ぐ!! 諸君らは何だッ!?

 諸君らは豚か!? 家畜か!? ブヒブヒ泣きわめき怖い恐ろしいとグタグタ鳴きながらも何もせず、ただ飯を喰らい寝るだけの家畜か?? 出荷される日をただ待つだけの愚かしい生き物か?

 

 否! 断じて否じゃ!!」

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 

 

「諸君らは人間じゃ! 己の意思で世界を選び、己の意志で生きる世界を拓く人間じゃ!

 意志こそ人の力。思考こそが人の武器。勇気と叡智を兼ね揃えしホグワーツの生徒たちがこのような場所でなぜ這いつくばっておる?

 なぜ考えぬ? なぜ怯える? 分からぬのなら教えてやろう―――良いか! 生徒たちよ!」

 

 

 

 大広間が、水を打ったように、しん、と静まり返った。

 

 

 

 

 

 

 

「な ぜ 戦 わ ぬ ??」

 

 

 

 

 

 ひとり、また一人と顔を上げていく生徒たち。

 

 君臨するのは。

 

 緋色を纏うホグワーツの王――――あるいは。暴君。

 

 

 

 

 

「ワシならこう考える。

 

 自分以外を全員殺せば大解決じゃ。

 

 良いか? 『継承者』はただ一人。そして諸君らは何人じゃ?  

 それは藁の山から針を見つけるような作業となることじゃろう。だが、考えてもみるがよい。

 

 

 殺していけば――――いつか、辿り着くのじゃ。

 

 『継承者』に、の」

 

 

 

 ダンブルドアは両手を大きく広げる。

 その姿はさながら、死をも知らぬ、不死鳥のようであった。

 一周回って神々しい。

 

 その姿。

 

 

 

 

 

 

「示された道はただひとつ。

 気を抜くな! 信じるな! 杖を決して手放すな!!

 死にたくなければ相手を殺せ! 生き残りたくば継承者を殺るが良い!!

 己の命、ひとつ生き残れば諸君らの勝利じゃ!! 

 

 

 今、殺戮の宴の幕は上がった!

 

 

 殺し合いの始まりじゃああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」

 

 

 

 

 

 

「……え?」

「フォイ……??」

 

(何が……起きたんだってばよ……?)

 

 ダンブルドアの圧倒的なカリスマにより、深い共感を覚えたホグワーツの生徒の中に殺戮衝動が芽生えた!

 この日から。

 

 

 楽しい学び舎であったハズのホグワーツは――血の雨降り、屍山築く、地獄の窯と化したのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マジでか。狂ってんなホグワーツ』

「本当それな」

『私生きてなくてよかったわー本当良かったわー安心だわー……安心……安心……』

 

 ベスの横でツインテール眼鏡っ子なゴースト少女が悲鳴を上げた。

 

 

『いやぁああああああああああああ! やっぱ死にたくなんかなかったぁああああああ!』

「……」

『うわあああああああん! ヤダヤダヤダーー!! やーーーーーだーーーー!!

 何でよ!何でよ何でよ何でよ!! 何で私みたいな不幸な人間が死ななきゃいけなかったのよ! 納得できないわ納得できない!! ひどいよぉおおおおおおおおおおおお!』

「うっせ」

『何で何で私が死ななきゃいけなかったのーーーー! ずっと不幸だったのに! ずっとずっと不幸だったのに!! いじめられて、眼鏡の事をからかわれて! 教科書をかくされて友達もいなくて一人でトイレで泣いてたら上から水ぶっかけられてーーー!』

「あっそ」

『こんな不幸な目にあったんだから私は幸せになる権利があったハズよ!! こんな不幸せにじっと我慢していたんだから私は幸せになっていいんだーーー! なのに酷いよ! なんでよ!! うわああああああああああ!!』

「……」

『あぁもうやだ。絶望しました。死にます』

「もう死んでるでしょ無理でしょ」

『そうでした。絶望しました。この世界は間違っています。呪います』

 

 ベスはすくっと立ち上がった。

 そしてマートルを真っ直ぐに見る。

 どこか睨み付けるかのような目に―――マートルが一瞬たじろいだ。

 

 

「うるさいのよ、黙ってよ」

『何よ! アンタに何が分かるのよ!! 私の何が分かるって言うのよ!!』

 

「知らないわよ。でもあなたの話を聞いていると腹が立つの。

 不幸? 不幸せだった? だから何よ? 

 不幸自慢したいの? 可哀想なマートル、って言って欲しいの? 

 

 

 馬っ鹿じゃないの??」

 

 

『な――な―――――!!』

 

 

「私だってパパは死んじゃったわ。少し前まで顔も知らなかった! ママなんかアズカバンよ! 私よりずっとずっと辛い目に遭っているのよ! それだけじゃないわ。ハリーだってパパとママもいなくて、ずーっとマグルに虐待されてて――でも頑張ってるのよ!

 それに比べればあなたはマシだったんじゃない? 親いたんでしょ? 家あったんでしょ? 家族の顔を知ってたんでしょ? なにそれ。私もハリーも下手したら一生手に出来なかった『贅沢』じゃないの」

 

『で、でも私は――!』

 

「友達いなかった? だから何よ。私だって居ないわよ。でも私は逃げたりなんかしないわ。

 あなたは逃げたの。不幸だからとかテキトーな言い訳作って、現実と戦わなかった! そんな人間が幸せになる? じっと不幸を我慢していれば白馬の王子さまが出てきて幸せにしてくれる?

 

 本当馬鹿じゃないの? 戦わない奴が幸せになれる訳がないでしょ」

 

 

『う、うるさい!うるさい!! あなたみたいに可愛いければ――あなたみたいに! かわいくて綺麗で何でも出来て! 皆から勝手に一目置かれるような人間なんかに私の気持ちなんかわかんないんだーーー!!』

 

 

「目を覚ましなさいマートル! あなたはお馬鹿だけど脳ミソカスカスのピーブスじゃないわ!

 

 いい! あなたは分かっているじゃない!!

 

 

 

 

 間違っているのは――――世界よ!!」

 

 

 

 

 

『……ふぇ……?』

 

 

 

 

「マートル、あなたは正しいの! 間違っているのは世界なの。あなたみたいな子が幸せになれない世界なんか間違ってる!! あなたみたいな子が笑えない世界はおかしい!

 マートル……あなたは分かっていた。でも、戦わなかった。それだけが罪よ」

 

『…………』

 

 

「一人じゃ寂しかったんでしょ? だから戦えなかったんでしょ?

 

 だから――――私と、一緒に、戦いましょう!」

 

 

『…………え?』

 

 

 ベスはそう優しく囁くと。

 手をマートルに向かって差し伸べた。

 

 

 

「マートル……。……もう、独りじゃないよ。

 

 ひとりぼっちは、寂しかったんでしょ? ……ごめんなさい」

 

 

『…………!』

 

 

 マートルの目から。

 

 無くしたハズの、もう、とっくの昔に亡くしたハズの――熱い何かが、零れた。

 

 忘れていた。何かが。

 

 そう。

 

 

 これは。

 

 

 

 涙…………。

 

 

 

「もうあなたは、『嘆きのマートル』なんかじゃない。私の友達よ!」

 

『……とも……だち……?』

 

「そうよ。二人で世界と戦いましょう!

 この世界は間違っているわ。そして。

 

 

 

 

 悪いのは全部マグルよ」

 

 

『……悪いのは……全部……マグル……』

 

 

「そうよ! あなたが、可哀想だったのも、ずーっといじめられていたのも、眼鏡なのも、恋愛のひとつもできなかったのも、不幸なまま死んじゃったのも、その後もずーっと一人ぼっちだったのも……

 

 

全部マグルが悪いのよ」

 

 

『……』

 

 

 

 マートルの目から雫が落ちた。

 

 そして、すっかり乾いたマートルの瞳には。

 

 

 とびっきりの笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいわ! ベスは私の友達ね! そして――マグル殺す!!』

 

「ちょろい」

 

 

 何気。

 

 

 ベスにとって。

 

 

 はじめての。

 

 

 同性で年上の。

 

 

 

 友人……かも……しれなかった。

 

 

 

 

 

  

 





c+javaさん誤字報告あざしたー。マジでいつもありがとうございます。

ストックが。。。足りてない。。。

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