やはり最近の比企谷八幡の女の子事情はまちがっている。   作:八橋夏目

3 / 13
南のターン

 最近、あいつの周りがすごいことになっている。教室じゃ結衣ちゃんたちに囲まれて、放課後には生徒会長と一緒にいるのをよく見かけるのだ。

 

 

 そもそもうちがあいつのことを認識したのは去年の文化祭の時。実際には夏休み中の花火大会で結衣ちゃんと一緒にいたらしいけど、それは後になって気づいたことだ。

 文化祭の準備が始まった時、うちは実行委員に立候補した。その時は誰もやろうとしないからうちがやれば周りからも好印象で見られるかも、という軽い気持ちからだった。実際に実行委員が始まってからも実行委員長に誰もなろうとしないから実行委員長になった。たぶんそこから色々と崩れていってたんだと思う。

 軽い気持ちで始めた実行委員長は思いの外、うちには手にあまる役職だったようで、場を仕切りながらもうまく回るように頭の中で先を読んでいくことが難しかった。だから、同じ実行委員にいた雪ノ下さんに副委員長になってくれるように頼み込んだ。

 彼女は校内では誰もが知る秀才で、副委員長としても十二分の才能を発揮していた。彼女が指示を出すようになってから仕事の能率が早まり、少し緩めてもいいくらいの余裕さえできていた。そんな彼女を見ていると自分が実行委員長になった意味を見失ってしまった。すると、そこから段々とクラスの方に顔を出したくなり、委員会には遅刻するようにもなった。そんなある日、余裕があるということでクラスの準備にも参加できるように言った。これでうちも気兼ねなくクラスの方にいられるし、これでこそうちが求めていた文化祭だとも思った。

 だけど、余裕のあった時間は人手不足で仕事が停滞しており、これでは文化祭を迎えられないというところまで来ていた。うちがそれに気づいたのは文化祭のテーマを決める際に全員が集まった日。元々、うちを含めてほとんどの生徒がクラスの方を楽しみたいという思いが強く、会議にはやる気が一切感じられなかった。そんな中であいつはうちらに爆弾を落としてきた。

 

『人 〜よく見たら片方楽してる文化祭〜』

 

 それがあいつが掲げた文化祭のテーマだった。

 聞いた時には思わず絶句してしまった。

 よくこんな場面で自分が楽したいがためにそんなこと口にできるな、と思った。

 雪ノ下さんのお姉さんはバカだと言っていた。うちもそうだと思った。

 当の雪ノ下さんもあいつの説明を聞いた後、紙束で顔を隠して笑い、笑顔で却下した。

 そう、全員に否定された。でも否定されたのにあいつは平然としていた。まるでうちらを嘲笑うかのように。

 それからは全員強制参加となり、やってくれたなと思った。あいつはうまく雪ノ下さんを使って自分が楽になるように仕向けたのだ。まあ、雪ノ下さんにより仕事がなくなることは全くなく、逆に増えたりもしてたけど。それでもあいつは何も言わず全てをこなしていた。みんなの目には敵が黙々とやっているように見えたのだろう。俄然、やる気を出したみんな"の"おかげで無事準備は全てが終わった。

 その間、うちはただ判を押しているだけだった。

 

 

 ああ、うちっていらない子じゃん………………。

 

 

 そう思ってしまってからは全てが負の連鎖だった。オープニングセレモニーでの実行委員長の挨拶では緊張しすぎて言葉が続かなくなるし、何でもできる雪ノ下さんを見ていると自分が惨めに思えてしまった。

 それともう一人、普段はマンガとかでいうとこのモブキャラにしか過ぎないあいつが優秀だったことがさらに負のスパイラルへとうちを引きずり落とした。

 何時間、屋上にいたのかはわからない。今、体育館で何の催しがされているのかもわからない。そんなことを風に流していたらーー

 

 

 ーーあいつが来た。

 

 

 なんで来たのがこいつなのだろう。なんで葉山君じゃないんだろう。結局誰もうちのことなんて………。そんな考えが頭を過ぎったが、すぐに葉山君たちも駆けつけてきた。うちを連れ戻そうと必死に説得してくるが、こんな迷惑をみんなにかけたうちは最低だと口にしたら、それは他人の言葉としても突きつけられた。

 あいつは全て分かっていたのだ。何も知らないくせに何もかもを見透かされているようだった。

 あいつはうちの核心を言葉でついてきた。でも言葉を返せないでいると代わりに葉山君があいつの襟首を掴みかかった。気づけばいろいろとこみ上げてきたものが全てあいつに対する怒りに変わっていて。

 なんとかエンディングセレモニーを終わらせて、実行委員長から解放された。

 

 

 次に学校に来た時にはあいつの悪評が学校中に広がっていた。いい気味だと思った。うちを散々馬鹿にしてくれたんだ。これくらい普通だ。

 

 

 程なくして、体育祭の準備が始まり、今度は雪ノ下さんたちの方からうちに実行委員長になるように頼み込まれた。なんでうちが、とは思ったが葉山君がまたしても賛同してくれたので引き受けることにした。

 今回は特に問題はなく順調に進んでいた。なのに、競技の内容で遥とゆっこと対立することになってしまった。文化祭では友達だったはずなのに。あれだけ、あいつのことを一緒に馬鹿にしていたのに。

 うちはすでに首脳部グループの人間としてみられていたらしい。それで気づいた。人間関係とはこんなにも脆く壊れやすいものだったんだ。

 どうしていいかわからないまま時間は過ぎていき、首脳部だけでの会議を開いた時に滬れからのことを話し合った。いろんな意見が出る中で、またしてもあいつは爆弾を落とした。

 それは体育祭そのものを人質に取るものだった。よくこんな最低な考えが思いつくなと思った反面、なぜか悔しくもなった。みんな、雪ノ下さんも結衣ちゃんも生徒会長まで理解を示していたのだ。だから、うちも腹をくくることにした。たぶん、これであいつの驚いた顔が見れる。これで、あいつに一泡吹かせることができるのなら安いもんだとさえ思った。

 会議当日にうちは決行した。それはとにかく謝ることだった。みんなの前でこれだけ謝ってしまえばうちに、うちらに反論する気が起きない、そう確信があった。それはうち自身が文化祭で経験したから。

 とにかく泣いて詫びて退場した。部屋を出てから、いろいろと文化祭のことが蘇ってきた。たぶん、あいつもあの会議の後はこんな気分だったんだろう。

 

 

 ああ、そうか。うちはあいつに助けられたんだな……………。

 あいつがいなければ文化祭の後の標的はうちに向いていたんだ。それをあいつは同情を煽ることでうちがやらかしたことを隠してしまったんだ。

 

 

 

 たぶん、それからだと思う。うちがあいつのことを目で追うようになっていたのは。

 だけど、あいつに近づこうとは思わない。あいつの周りにはすでに何人もの美少女がいて、うちなんかがいたところであいつの目には映らないから。

 でもようやく、結衣ちゃんが彼を気に入ってるのを理解できた。表には出さないがいつの間にか助けられてる、そんな不器用な優しさに惹かれているのだろう。それはたぶん、雪ノ下さんも同じで。

 三年になってからのあいつは拍車がかかったように女の子に詰め寄られている。クラス内だけでも結衣ちゃんに川崎さんに、あと戸塚君もなのかな。

 それ以外にも今の後輩生徒会長や妹だと思われる一年生に毎日のように抱きつかれている。そんなあいつを遠巻きに見ているのはうちと雪ノ下さんくらいだろう。逆になぜあの雪ノ下さんが見ているだけなのかもわからないけど、毎日教室付近で見ているのは怖いからやめてほしい。

 そう言えば、この前出かけた時にも見たことのない女の子と歩いてたっけ。小学生か中学生くらいの女の子と手をつないで歩いているのを見た。顔は似てないしアホ毛もないから、たぶん新手の女の子だろう。あいつ、いつもぼっちぼっち口にしているけどうちよりも交友範囲が広いことに気づいてるのかな。

 まあ、それよりも今はこの目の前の状況をどうにかしてやりたい。

 

 なんなのこれ。うちに対する嫌がらせかなんかなの。

 

 うちの前の席では腕を結衣ちゃんの胸に挟まれ、楽しく川崎さんと話しているあいつがいる。

 なんかいろいろと思い出していたら、段々腹が立ってきた。

 

「ちょ、なんだよ、相模。やめ、消しゴム投げんな」

 

 ふん、うちの目の前でいちゃいちゃしてるアンタが悪いんだから。

 バーカバーカ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。