――――関東 某市 裏路地にて
標的は三人。
麻薬密売を行う犯罪者だ。
人気のない裏路地で麻薬の取引とは、テンプレートすぎて笑えてくるよ。
おかげでこちらは仕事がしやすくて助かる。
粛清対象が最初から狩場にいるんだから……
「チクショウ、なんなんだァ、てめえは! いきなりやって来て仲間を
袋小路に追い込んだ
なんて健気な虚勢だろう……アァ……ボクにはその恐怖に怯えた心が丸見えだというのに。
まぁ、開幕早々に仲間の一人がやられているのだから無理はないか。
「う、うおおぉ!」
「テリャーッ!」
覚悟を決めて反撃に出る
『“個性”で硬質化させた右肩でのショルダータックル』
『伸ばした腕の振り降ろし』
だが、相手が動く前にこちらはすでに動きを読み切っている。
あとは冷静に対処するだけ。
「フッ!」
一息で懐に潜り込み、振り下ろされて勢いがつく前に右手で相手の腕をつかみ、一気に捻りあげて体勢を崩させる。
そうして体の位置を入れ替えてもう一人の攻撃の盾として使う。
「ガッ……クフッ」
「アニキ! てめえ、よくもや……ゴフッ」
「駄目だね……アァ……戦闘中に分かりやすく動揺するなんて」
仲間を攻撃して動揺したところを、左手首から伸びる暗器――リストブレード――で一突き。
口から血が溢れ、呼吸ができないそいつは首を抑えながら倒れ伏した。
助かる見込みは……ゼロだろう。
さて、残りは一人。まだ息があるな。
「な、なんでだ? 俺たちがお前になにしたってんだ!? なぜこんなことをするんだよ!!」
腕個性の
『何故』……か?
そんなの、もちろん決まっている。
「全ては、正しき社会の為に……!」
ためらいなく刃を振り下ろした。
ボクが自分の信念を見つけたあの日から、自分の手を血に染めることにずいぶん慣れたものだ。
まぁ、もう一年近くも経つのだから当然といえば当然かもしれないけれど――――
――――約一年前、ステインアジトにて
ボクはマスターと対峙し、見つけた信念を告げていた。
「“ヒーローの心の是非を判断する”……か。
……ハァ……おまえらしいといえばらしいが……随分と傲慢な考え方だな」
『一体、おまえは何様のつもりなのだ?』
そんな想いが、マスターの言葉には込められているような気がする。
だが、臆する必要は微塵も感じなかった。
「それはマスターとて、同じでしょう?
周りの人間が何と言おうとも、己の信念に従い行動する……そうでしょう?」
「……ハァ……おまえも言うようになった」
ボクの切り返しに、マスターは笑みを浮かべて言う。
「だが、俺とおまえの信念がもしぶつかり合ったときは……弱い方が淘汰されるわけだが……」
それは分かっているのだろうな?
そう、マスターの目が訴えかけてくる。
そんなもの、言われずとも分かっているさ。
「ボクを裁いていいのは真のヒーローの精神を宿した
例えマスターであろうと、ボクを裁くことは……認めない!」
意思を込めて視線をぶつける。
この点に関しては引くつもりはまったくない。
場合によっては、マスターとの対立すら辞さないつもりだ。
「なるほど……もしそうなったときは俺も全力でお前を敵とみなそう。
だが、その過程や認識に違いはあれど、“社会の歪みを正す”という目的は一致している。
ならば……ハァ……おまえの力を使わせてもらうぞ」
「……どうぞ、できることならば何でもします。
――――――全ては、正しき社会の為に」
が、その覚悟も幸いというべきか、いまのところは無駄に終わった。
目的のためにボクの力を使うことを許してもらえたので、感謝の意味も込めて一礼をする。
そして、顔を上げた時には、マスターが何かを取り出すところだった。
「……マスター、それは?」
革製の20cmほどの大きさの何か。
それをマスターは、こちらに差し出して言う。
「受け取れ……おまえの武器だ」
「武器? これが?」
受け取ってみてみれば、籠手の一種らしく、ベルトで腕に固定して使うようだ。
しかし、これは武器というよりは防具では?
よく分からずに、観察してみると、手の内側部分に刃物が収納されていた。
アァ……なるほど。これは隠し武器――暗器の類か。
よくよく見てみれば腕の外側につけられた防御用の金属部分も、装飾が施されてちょっと変わった装身具に見えるようになっている。
ついでに言えば、偽装用の腕時計までついている念の入れようである。
さて、暗器なのはわかったけれど、どう使ったものだろうか?
「ソレは、昔どこかの暗殺者が使ったと言われているモノを、闇のサポートアイテムの開発者が独自に改造したものだそうだ。
リングに付いた紐を引っ張ることで刃が飛び出す仕組みだ……下手をすれば指を切り落としかねないそうだが……おまえならば大丈夫だろう」
「フム。そういう仕組みですか」
使い方を簡単に教わったので、さっそく装着する。
リングはあまり邪魔にならない小指に着けて、手首を返すように引っ張る。
瞬間、ジャキッ、という音を立てて刃が飛び出した。
これならば、武器を持っていることを相手に気づかれずに済む。
相手の意識を逸らして気配を消す使い方をすることもできるボクの個性と合わせれば、大衆の面前で暗殺も可能かもしれない。
一通り、使い道を頭の中でシミュレートした後、もう一度手首を動かして刃を戻す。
「マスター、ありがとうございます」
「ハァ……武器は与えた。だが、もしその使い道を誤ったと俺が判断したときは……おまえも粛清対象だ」
肝に銘じておけ。
と、再度釘を刺すマスターに、ボクは黙礼で答えたのだった。
この武器は、マスターに認められた証だ。
――――――――――――――――――――――――
周囲を警戒しながらアジトへ戻る。
マスターへの報告だ。
「ただいまもどりました、マスター」
「ハァ……結果は?」
刃物の手入れをして顔を上げずに尋ねるマスター。
ぞんざいな扱いのようだが、これでしっかりと意識はこちらに向いているのだからさすがである。
「はい。マスターの
残っているのはチンピラ程度……問題はありません」
そう。最近のボクの仕事は、マスターのヒーロー殺しによって、ヒーローサイドが混乱していることに乗じて活動を激化させたヴィランの
何度も言うようだが、徒に“力”を振りまく犯罪者も粛清対象だ。
やくざのような組織から単独の強盗殺人犯まで、全員粛清していった結果、街で表だって活動しようとするヴィランはいなくなっている。
「そうか。なら、この街での活動も終わりだ。この街の目を覚まさせるのには十分な血は流した……」
ボクの報告を聞き、この街での活動を終了することを決めたマスター。
刃物の手入れを終えて荷物をまとめ始める。
「では?」
「ああそうだ……ハァ……次の街へ移動する。
おまえも準備をしろ」
「……承知しました。それで、次の目的地は?」
移動用のボストンバッグに荷物を詰めながら行き先を尋ねる。
さて、次はどこに向かう?
「目的地は……ハァ……東京。
“保須市”だ」
――――――東京 保須市
拠点を確保し、いつも通りヒーローの調査に向かう。
ノーマルヒーロー「マニュアル」、原住ヒーロー「ネイティブ」、双子で活躍しているツインズヒーロー「ジェミニ」……
それなりに都市部ということもあって、ヒーローの数も多い。
特に、ターボヒーロー「インゲニウム」の規模は他と比べても格別。この街の大手ヒーロー事務所といえる。
若くして65人もの
念入りに調査すべきだろう。
調査も慣れたもので、表面上のデータはすぐに集まった。
『 ヒーロー「インゲニウム」
代々ヒーローをしている一家の長男で、二十代で独立し、現在では65名もの
“エンジン”の個性を生かした機動力で、
メディア露出は少ないものの、その硬派な印象からファンの支持は大きい。
奉仕活動もよくしており、特に個性の関係から交通安全のボランティアとして協力していることが多い。――――――』
調べた限り、まさにお手本のようなヒーロー像だな。
表面的には何ら問題ないけれど、ボクが重視するのはその内面、その精神や信念だ。
こればかりは、実際に接触してみるしかないな。
彼のパトロールルートとスケジュールはすでに調査済みなので、巡回したところで接触するとしよう。
――――――PM 06:00ごろ 保須市
日が落ち始める夕暮れ時にパトロールに出かけるインゲニウム。
大通りを
「あの、インゲニウムさんですよね? ファンなんです。サインいただけませんか!」
「うん? おお! ありがとう。えぇっと、名前はなんて入れればいいかな?」
「はい、
ファンを装い、サインをねだると、快く応じてくれるインゲニウム。
事前の調査通り、こういったファンサービスもしっかり対応してくれるらしい。
「はい、どうぞ」
渡された色紙には、“INGENIUM TO NEMURU SATITOU”と達筆な字が書かれていた。
うん、なんというか、育ちの良さが現れているような字だなぁ。
まぁ、サインなんかはどうでもいい。目的はこれじゃない。
「ありがとうございます。ところで、インゲニウムさんに一つ尋ねたいことがあるんですけど……」
「うーん、そんなに時間はとれないから簡単なものなら……」
「はい、では、単刀直入に……インゲニウムさんは“どうしてヒーローをやってるんですか?”」
目的は、この質問をぶつけること。
別に答えは嘘を吐かれてもごまかされても、はたまた答えてもらえなくてもいい。
ただ、この質問をされたときにはわずかでも考えるはずだ。ヒーローを続けている理由を。
ボクはそれを個性で読み取ればいい。
「おいおい、全然簡単な質問じゃないぞ。難しいな…………うん、そうだね。
ヒーローを目指したのは代々ヒーローを続けている一族だからだったけど、こうして続けているのは
“迷子を見かけたら迷子センターへ手を引いてやれる。そういう存在が一番かっこいい”
と思うからかな。
答えになったかはわからないけれど」
たとえ話みたいな返事をもらったけれど、本心で言っているらしい。
要はこういうことか。
「いえ、ありがとうございます。参考になりました。
つまり、
“困っている人を見つけたら、迷わず助けてあげられる存在でいたい”
って、ことですよね? すごい立派だと思います」
心を読んでいるので、この解釈で間違いないはず。
現に、インゲニウムもボクの言葉を聞いてうれしそうに語りだした。
「そうそう、いやぁ、分かってもらえて嬉しいよ。
昔、弟に同じ言葉を言ったら、『何故迷子センターに勤めなかったんだ?』なんて、トンチンカンな答えが返ってきてさ。
分かりにくいたとえなんじゃないかと不安に思っていたんだよ」
「いやいや、そんなことないですよ。むしろ、弟さん、なんていうか生真面目なんですね」
弟の話をすると、インゲニウムの反応が少し変わった。
ふーん、随分と弟のことを大事にしているみたいだ。
「まあね。杓子定規というか、融通が利かないやつではあるなぁ……
でも、頭もいいし運動神経も俺よりずっと
誇らしげに語るインゲニウム。
「まぁ、そんな優秀な弟の憧れのヒーローでありたい、っていうのもヒーローを続けている理由だな」
家族に誇れる自分でいたい……か。
アァ……とても綺麗な理由だ。
しばらく話をした後、インゲニウムに別れを告げる。
この接触でよく分かった。
ヒーロー「インゲニウム」は紛うことなき善人だ。
ヒーローを続けている理由も立派で、家族への愛情もある、十人いれば十人が善人だと答えるような人物だろう。
そう、彼は善人だ。善人な
ヒーローを続ける理由は立派なものだったけれど、ボクは彼から大きな困難に直面した際にそれを乗り越えていけると感じるほどの“信念”を感じ取ることができなかった。
『信念の弱い者は信念の強い者に淘汰される』
常々、マスター・ステインが口にしている言葉だ。
この言葉に従えば、“強い信念”なきヒーローは、“強い信念”を持った真の
ヒーロー「インゲニウム」は、この強い信念が足りないと思う。
もし、真に強い信念を持っているのなら、マスターと対峙して退けるくらいはできるはずだ。
ヒーロー「インゲニウム」。さぁ……審判の時だ。
書けば書くほど、インゲニウム兄を粛清対象にする理由が分からなくなって大変でした。
まぁ、常人と違う価値観で動いているのがステインですからねぇ。よかった、自分はまだまとも見たいです(オイ
ぶっちゃけると、ステインの基準はオールマイトだと思ってます。
世の中のヒーローのいったい、どのくらいが合格できるのやら(汗)
賛否両論あると思いますが、次回も楽しんで頂けたらと思います。
次回予告
「覚がサイドキック相手に暴れたあとに、手がたくさんの人と会うぞ」