( さてさて、これからどうしたものかな)
ベルトは部屋の片隅で小さくなって座っている少女を横目に頭を抱えていた。彼女はついさっき、昔に命を救った商人の男から譲り受けた子だ。
(後先考えずに返事してしまった。でも殺されるとわかっていてそのまま追い返すなんてできるわけがない)
彼女はというと、ずっと天井の一点を光のない瞳で見つめるだけ。生気なんて全くと言っていいほど感じられない。
(とりあえず話してみないことには始まらないよな。少しずつでもお互いを知ることができれば、、!)
ベルトは使い古したイスから腰を上げ奴隷の彼女の前まで歩み寄る。それでも彼女と目を合わすことができない。というより合わせようとしてくれないのだ。
「初めまして。俺の名前はベルト、一応この病院のオーナーで医者なんだ。ていってもこの病院には俺しかいないんだけどね。君の名前は?」
ベルトが声をかけると相変わらず目を合わせてはくれないがその質問に血の気のない唇から淡々と言葉を紡いでくれた。
「初めまして。私の名前はシルヴィと申します。・・・」
「・・・」
「・・・」
「え、えっと、失礼かもしれないけど歳は何歳かな?」
「いえ。たぶん18歳くらいかと思います」
「たぶん?」
「はい」
「・・・」
2人の間にはまたもや沈黙が流れる。病院のある一室には時計の振り子の音、窓の外から聞こえてくる風音、そしてベルトの息を呑む音だけが響き渡るのであった。
☆
シルヴィが新しいお家に連れてこられてから小一時間、新しいご主人様はいくつか質問をしてからまたもといた席に座って何かを考え込んでいた。
(どうしたのかな、もしかしてこれからどうやって悲鳴を上げさせるか考えているのかな?)
今、シルヴィの脳内には以前飼われていたご主人様にされてきたことを再び思い出していた。
以前のご主人様はとにかく悲鳴が大好きで特にお気に入りなのが薬品を使っての遊びだった。その薬品を肌にかけられるとたちまちにその箇所が火で炙られているように熱くなり、皮膚はいとも簡単にその薬品と共に地へと流れ落ちた。
(ここは病院っていってたし、きっともっと痛くて、苦しいお薬がたくさんあるんだろうな)
シルヴィは窓際に置いてある棚の段を上からゆっくり眺めていた。今まで文字を習うことがなかったシルヴィには薬品のラベルの文字は読めない。
だが、どの薬品を見ても昔のご主人様の持っていたあの薬品を連想させる。
(ここが私の最後のお家になるのかな・・・)
シルヴィはただ理由もなく棚の薬品一つ一つの読めない文字を目で追っていた。
☆
(困った。実に困ったな。質問してもその答えしか返してくれない)
ベルトはもといたイスに腰掛け頭を抱える。今まで女子という生き物と接する機会なんてほとんどなかった。ベルトの父親が生きていた頃は妹とも同居していたが父親が死去してからは父親の姉のもとに引き取られていた。
グゥゥゥ・・・
病院の一室の沈黙を破ったのはベルトの品のない腹の虫だった。それでもシルヴィはなにも反応を示さない。
(無い知恵を絞っても解決策なんてでてこないだろ。もう昼時だ。とりあえず飯だ)
「シルヴィちゃん、もうお昼の時間だからご飯にしよう。リビングはこっちにあるからついてきて」
「はい」
シルヴィはか細い腕を支点に立ち上がり、ベルトのもとに歩いてくる。側に寄ってみてわかる。
白銀の髪はまったく手入れなどされておらずまともにお風呂も入れてないのであろう。腕や足を見るに細すぎる。確実に栄養が足りていない。そしてシルヴィの瞳、孤独・絶望・諦め。とても冷たい瞳をしていた。
(きっとこの子はここに来るまでに俺なんかには想像もつかないような辛くて酷いことをされていたんだろうな。そんな日常が彼女には当たり前で、生きるために仕方のないことで・・・。簡単に心を開いてくれるなんて思えないけど少しずつでも彼女との距離を縮めたい。そのためにも・・・)
「じゃ、シルヴィちゃんはそこのイスに座って待ってて」
「いえ、私は床で大丈夫です。私のようなものが座ってはご主人様のイスが汚れてしまいます」
ベルトの心がズキっと痛む。
(いったいどれだけ酷い扱いをされていたんだ)
「そんなこと気にしなくて良いんだよ。もうシルヴィちゃんはこの家の同居人なんだから好きなようにくつろいで」
「ありがとうございます」
シルヴィは感謝の言葉を紡ぐのとは裏腹に部屋の端の床に座った。ベルトはそんなシルヴィの行動を見て心が締め付けられるような哀しさを感じた。
(きっとこの調子だとまともなご飯も食べさせてもらってないのだろう。こうなったら格別に美味いご飯を作って笑顔にさせてやる)
「よし!」
ベルトは両頬を叩いて気合いを入れ、キッチンへと向かった。
☆
テーブルには色とりどりの料理が不規則かつ綺麗に並べられている。楽しみに取って置いてあった大きめのビーフステーキや、豆のサラダ、ミネストローネからデザートのフルーツ盛り合わせなどなど。
(よし。我ながら良い出来だ。毎日、毎週、毎月一人飯食ってる俺にはこれくらい朝飯前だ!シルヴィちゃんの反応はどうだ!?)
「・・・ご主人様。もしかしてお客様でも来られるのですが?でしたら私はどこかに隠れていた方が良いのでは?」
(そうきたかぁ・・・)
シルヴィはご飯にも目を向けず早く隠れようと床から立ち上がる。
「違う違う!これはシルヴィちゃんのご飯だよ!長旅でお腹も空いてるでしょ?」
「え?・・・」
シルヴィはここにきて初めて動揺を見せた。まさか自分のご飯だとは思ってもいなかったようだ。
「こ、このような豪華なもの私にはもったいないです。それにまだ・・・悲鳴を上げてないですよ?」
「悲鳴?」
シルヴィの言葉の中にある違和感のある単語を思わず聞き返してしまう。それもそうだ、普通の日常を送っている普通の人間にはそう聞き慣れている単語ではない。
「はい。以前のご主人様は私の悲鳴を聞くことで大変喜んでくださいましたし、ご飯も私が悲鳴を上げた日だけは少し豪華にしてくださいました」
シルヴィは辛かったであろう過去を話すと昔の火傷が痛むのか自分の両腕をさするように抱きしめた。そんな彼女を見たベルトはシルヴィの傍に寄って彼女の白銀の頭を優しく撫でつけた。
「そうだったんだ。・・・でもこれからはそんな辛い思いさせないから」
「?」
そのベルトの行動にシルヴィは困ったように首を傾げる。
(この子は俺が守ってあげたい。別にやましい気持ちからなんかじゃない、ただこの子、シルヴィを笑顔にさせたい。ただそれだけだ)
「よし!ご飯にしようか」
ベルトはそう言うとシルヴィを席につかせ初めての二人の食事を始めるのであった。
☆
「ご馳走様でした」
「・・・ご馳走様、でした」
ベルトは満腹に満たされたお腹を上下に何度もさする。シルヴィはというと食事が終わると困惑した表情で視線を泳がせている。こんなに満足ゆくまで食事をしたことはなかったのであろう、初めて感じる満腹感。だがそれと相まって伺えるのが不安や疑心の色である。
「この後は・・・どうなさいますか?」
シルヴィは手にしていたフォークをテーブルに置き、ベルトに向かって尋ねた。その一瞬をベルトは見逃さなかった。シルヴィのフォークを持っていた細い手が僅かに震えていたことを。
「そうだなぁ、じゃぁこの家の中を案内しようか。どこにどの部屋があるか知っておいたほうが良いしね。これから住むんだから」
ベルトは笑いながらそう伝え、シルヴィになるべく恐怖心を抱かせないように手招きでついてくるように促す。
「はい、承知いたしました」
シルヴィは恐さを胸の内に押し殺しそう言うとベルトと一定の距離を保ちながらついてくる。その距離は目測2.5mほど、さすがに1日目の少し豪勢な食事だけではダメか・・・と、ベルトは頭を垂らした。
それからベルトはシルヴィに無駄に広い病院内を一部屋一部屋簡素な説明をしながら回った。診察室や物置、トイレそしてベルトの自室。そこで今までずっと頷くだけだったシルヴィが初めて質問を口にした。
「すみません、図々しいのですが私はどこで寝たら良いですか?場所が無ければ外でも私は平気ですので」
と、シルヴィは淡々と言うがベルトがそんなことさせるわけもない。それにここは病院だ、使ってない部屋にベッドなんていくつもあった。
「女の子にそんなこと言えないよ。じゃぁシルヴィちゃんはここの部屋を使って。一応、お客人が急遽泊まることになったときに使ってもらう部屋なんだけど、俺がオーナーになってから一回も使ったことなかったな」
少しでも和んでもらおうと冗談交じりに笑みも混ぜベルトは言った。シルヴィは引け目を感じているのか何か伝えようとしたが、
「・・・それでは、ありがたく使わせていただきます。もしこの部屋が必要になったら教えてください」
「うん、そうするね。今日はいろいろあったから疲れたよね。夕食の時間になったら呼びに来るからそれまで休んでて」
そう言い残してベルトは部屋を後にしようとドアノブを掴んだそのとき、背中から今にも消えてしまいそうなほど弱弱しい声が聞こえた。
「あの、ご主人様。私は・・・これからどうなるんですか?」
シルヴィは初めてベルトと視線を合わせてそう問いを投げかけた。シルヴィは今までとの待遇の違いが激し過ぎて何か裏があるのではないかと不安を隠せないでいた。それからシルヴィはまた視線を足元へ落してしまう。
「私は悲鳴を上げることが得意です。それに力はありませんが雑用仕事もやります。御飯も少量で私は満足です。だから・・・どうか、お手柔らかにお願いします」
シルヴィはこちらの返事を聞く前に続けて言葉を紡ぎ、頭を深く下げた。まだシルヴィとの心の壁はとてつもなく大きいものなのだとベルトは改めて感じた。
☆
ご主人様が部屋を出ていかれてから一時間ほど経った。
(ご主人様は私なんかの奴隷のためにわざわざご飯を作ってくださったり、貴重なお部屋を一室貸してくださったり・・・とても親切にしてくださってます。でも私はそんなご主人様が怖い。実はご主人様には裏の顔があって、時が来たら優しくしてくださった分痛くて苦しいことをなさるんじゃないかと)
「私は奴隷。どこに行っても扱いは昔と一緒。ご主人様の望むことだけを私はすれば良いの」
シルヴィは自分に奴隷であることを言い聞かせ続けた。
お疲れ様でした。