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シルヴィがこの家に来てから長いようで短かった1日が終わろうとしていた。シルヴィは部屋に案内されてからずっと出てこない。ベルトが呼びに行く、と言ってあるのだから当たり前だ。
現時刻は7時。そろそろシルヴィもお腹を空かす頃合いだろう。
「ご飯にしたいが昼飯を豪勢にしすぎて材料がないな。書類まとめで買い出しにもいけなかったしな」
ベルトはというとキッチンの主である冷蔵庫様と睨めっこをしていた。ああでもない、こうでもないと1人で悪戦苦闘していると。
「あの、ご主人様」
「うわっ!!」
思いがけない奇襲を受けたベルトは情けない声を上げ、ビクッと身体を浮かせた。ベルトはそんな自分の女々しさに恥じらいながらもシルヴィの方へ振り向く。
「シルヴィちゃん、どうしたの?お腹空いた?」
ベルトは顔を林檎のように赤くして尋ねる。シルヴィもベルトを驚かせてしまったことを申し訳なさそうに顔を曇らせ
「も、申し訳ございません。驚かせてしまって」
「ううん、気にしないで。それで?」
ベルトは自分が怒ってないことを証明するように笑顔でシルヴィと同じ目線まで顔を持ってく。子供には同じ目線で話すことで警戒心を和らげてくれると聞いた。
シルヴィは気まずいのか視線を左右上下に泳がせ、下を向いて言葉を続けた。
「あの、私にできる仕事はないですか?難しいことはできませんが掃除とか洗濯、お皿洗いなどはできると思います」
今まで雑用の仕事をするのが日課だったシルヴィには休むとは何をすれば良いのか理解できない。逆に仕事を任されないことがシルヴィは怖かった。この家に奴隷なんて必要ない。そのうち捨てられるのではないかと。
ベルトも薄々とはそのことに気づいていた。
(今まで働くことが当たり前だったんだから、急に仕事がなくなったら不安にもなるよな。軽い仕事くらいなら任せてみようかな)
「そうだね、働かざる者食うべからずとも言うし。じゃあ今から夜ご飯を作るから手伝ってもらってもいいかな?」
シルヴィは初めて仕事を任されたことに安堵しているのか素直に頷いた。それからベルトとシルヴィは一緒にキッチンへと向かい、料理を開始する。
☆
「シルヴィちゃんは俺が切っていくレタスを水で洗ってもらっていいかな?ときどき虫が挨拶しに出てくるから気をつけてね」
「は、はい。でも良いのですか?ご主人様のお召し上がるものに私なんかが触れてしまって」
ベルトはシルヴィがときどき発する彼女自身を卑下する言葉には深く聞き返さないことにした。ベルトも聞きたくないことであり、シルヴィ自身も言っていて嬉しい内容ではないだろう。
「大丈夫、大丈夫!ほらほら、早く洗わないとどんどん切っちゃうよ〜!」
ベルトは慣れた手つきでどんどんレタスを切っていく。シルヴィが昔のことを思い出してしまう前に今の作業に集中していてほしいからだ。
「え、あ、はい」
シルヴィはわたわたと不慣れな手つきでレタスを洗っていく。その必死にレタスを洗っている姿が今日一番、女の子らしい姿を見れたとベルトは嬉しく感じた。
それから簡素なサラダは間も無く完成した。次に作るはハンバーグ。
「はい、これを持って」
ベルトが渡したのはハンバーグのもととなるひき肉。それをシルヴィは不思議そうにまじまじと見つめている。
「・・・これをどうすればよろしいですか?」
「うん、こうやって両手でペチペチして形を整えるんだ。星型でもハート型でも好きな形にして良いよ」
シルヴィはその言葉に頷きながらも戸惑うように控えめなペチペチをしている。型は普通に丸で作っているようだ。
☆
完成!とはいっても昼のご飯と比べるとシンプルなメニューだ。シルヴィが洗ってくれたレタスを基盤に作ったサラダ、2人でペチペチして作ったハンバーグ、それと昼に余っていたミネストローネ。
ベルトが両手を合わせるとそれを見たシルヴィもおずおずと両手を合わせた。
「いただきます」
「・・いただきます」
こうしてシルヴィとの二度目の晩餐は始まるのであった。するとシルヴィはどこか困惑した顔でベルトに尋ねる。
「あ、あの・・・このハンバーグ・・・」
シルヴィが持っている器のハンバーグは彼女が整えたひき肉の形とは全く違っていた。それもそうだ、そのハンバーグはベルトがシルヴィを喜ばせるために作ったハンバーグなのだから。
「あぁ、可愛いでしょ!クマさんの顔を意識して作ってみたんだけどどうかな?」
その形は一つの大きいハンバーグに二つの小さいハンバーグ、耳を意識してくっつけたものだ。顔はケチャップで描いている。こんなことしたことないベルトのクマさんの顔は少し歪んでいた。
「わ、私が食べてしまってよろしいのですか?」
「もちろんだよ、シルヴィのために作ったんだから。たくさん食べて」
シルヴィは反論のため口を開こうとした瞬間、ベルトはシルヴィの柔らかい髪を撫でつけそれを遮る。
シルヴィは納得のいっていない様子ではあったが結果、
「・・・ありがたく頂戴いたします」
その返事にベルトはテーブルの下で小さいガッツポーズをしたのであった。
☆
私は今、ご夕食を頂いてから自分の部屋にいます。ご主人様と一緒に食器を片付けた後にまた休憩時間というのをいただきました。
「・・・お腹いっぱい。こんなの初めて」
私は少し膨れた自分のお腹を一撫でしてベッドに腰掛ける。ベッドは優しくシルヴィを受け入れる。
「お布団もフカフカで・・・くんくん、良い匂いがする」
つい最近まで薄汚い倉庫のようなところで寝起きしていた。奴隷なんだからそれが当たり前。でも今のご主人様は?こんなに優しく、人として扱われたのなんて久しぶりだった。
「なんでご主人様は私みたいな奴隷に優しくしてくれるんだろう」
シルヴィは両足を抱き込み足の火傷を撫でる。こんな醜い姿の私なのに嫌な顔なんて一度もしてなかった。ついさっきまで気づかなかったけどご主人様、私の作ったハンバーグはご主人様が食べてたんだよね。普通の人間の方なら絶対気持ち悪がられてること。
「私・・・私分からない。もしご主人様のことを信じてしまって裏切られたら・・・」
そんな重い部屋の空気を破ったのはドアのノックの音だ。その主が誰なのかは聞かなくてもシルヴィには分かる。
シルヴィはベッドから降り、ドアを開ける。
「はい、どうなさいましたかご主人様」
思っていた通りそこに立っていたのは主人であるベルト様であった。
「いや、お風呂が沸けたから知らせに来たんだ。もしかして寝るところだったかな」
「いえ、そんなことはありません。何から何までありがとうございます」
お風呂まで支度してくださったのですか。命令してくだされば私が沸かしましたのに。
どうしてそこまで親切にしてくださるのですか?
ご主人様は奴隷のことを醜く思わないのですか?
なぜ殴らないのですか?
なにか目的でもあるのですか?
私の頭の中には様々な疑問が吹き返す。それを胸の内に留めておくことができず私は勝手に喋り出していた。
「ご主人様はどうして私なんかに優しくしてくださるのですか!?私の身体の傷を見て気持ち悪いって思わないのですか!?・・・もし私の悲鳴を聞くことを我慢しているようならそんなことしなくて大丈夫ですから!・・・これ以上優しく・・しないで・・・ください」
私は自分の言っていることが自分でも理解できなかった。それでもご主人様は理解しているのかのように私の言葉を正面から受け止めてくれていた。
私の片目から何かが流れ落ちてくるのを感じた。今までどんなに痛くて苦しいことをされてもこんな辛い感情を抱くことはなかった。
「殴りたいなら殴ってくださって構いません・・・他のことをお望みならなんでも言ってください!どんなことでも耐えてみせますから!だからっ・・・っ!!」
私の身体が急に暖かく、優しく包まれた。
「ご、ご主人様・・・?」
その正体はご主人様だった。ご主人様は私をその大きくて硬くて、でも優しい腕が包んだ。なんだろう、この気持ち。
「俺は絶対君を奴隷としてなんか見ない!!別に君を陥れるためにご飯やお風呂を沸かしたわけじゃないよ。たしかに君は今まで奴隷だったのかもしれない。たくさん辛くて酷いことをされてきたかもしれない・・・でももうそんな思いしなくて良いんだ。君のことは俺が絶対守るから、だから此処にいて良いんだよ」
私は泣いていた。悲鳴を上げたときに出した涙とは明らかに違う。なんだろう、これ、でも・・・嫌な気持ちじゃない。
私はなにかが切れてしまったかのようにご主人様の腕で赤ちゃんのように泣き喚いたのであった。
☆
数十分後、シルヴィは寝てしまった。ベルトは彼女をベッドに寝かせ布団をかけてあげる。
「張り詰めてた緊張や恐怖の糸が一気に切れたんだろうな。あんなに悩んでたなんて」
ベルトはシルヴィの頭を二度、三度と撫で下ろす。シルヴィは涙のせいか、目の周りが少し赤くなっていた。
「君のためなら何でもしてあげたいって、そう思えたよ。今日が初対面なのにね」
ベルトはゆっくり立ち上がると出口へと向かう。
「お休み。また明日」
ベルトは音を立てないようにゆっくりとドアを閉めた。
お疲れ様でした。