第10回カントーリーグを優勝して数日後、カントー・ジョウトポケモン協会から正式にカントーのチャンピオンに任命された。何でも俺とバトルした前チャンピオンが大会後に辞退したらしい。押し付け感が否めないが、実際バトルして勝ってるのだし他に適任者がいないっちゃいないわな。
取り敢えず、帰宅次いでにオーキド研究所に立ち寄った。だが、それが運の尽きだった。
久々のオーキド研究所に入ると一人の少年がいた。少年と言っても俺よりも歳上なのは間違いない。
「あー、と………博士は………」
知らない人なので何と声をかけていいものか分からない。そもそも人に声をかけるとか滅多にしないから、口が開いただけでも凄いことだと思う。偉いぞ、俺。
「おじいちゃん、客だぜ」
一応通じたのか、奥にいるであろうじーさんを呼んでくれた。この人、めっちゃいい人かも。
「ちょっと待っておくれ。今行くからの」
じーさんの声がした。どうやら、まだくたばってないようだ。安心安心。
「待たせたの………と、なんじゃハチマンか」
暫く経って奥から出てきたじじいの最初の言葉がこれだった。
「随分なご挨拶だな、じーさん。そろそろくたばってないか心配で見に来たってのに」
「そう簡単にくたばったりせんわい。現役こそ降りたがワシはまだまだやれるぞ」
流石が初代リーグ優勝者。言葉に重みがある。
「それで、今日はどうしたんじゃ? 態々こんな田舎に立ち寄るくらいじゃ。何か用でもあるんじゃろ?」
まあ、何も無ければ滅多に来ないからな。
「ああ、なんかリーグ優勝したらチャンピオンに任命されたから、一応その報告をしにな」
「はあ?! お前さんがチャンピオンじゃと? 何かの間違いではないのか?」
驚くのはいいけど、ちょっと失礼じゃねーか?
「ポケモン協会の帰りに寄ったんだから嘘も何もないだろ」
「そうか………。お前さんもとうとうチャンピオンにまで昇り詰めたのか………」
なんか褒められてる気がしない。
「リーグで前チャンピオンを倒したのは知ってるだろ? その人が大会後に辞退したらしいんだ。それで後埋めのために俺が選ばれたんじゃねーの」
「ああ、何じゃそういうことか。じゃが、それでも歴としたチャンピオンに変わりないからの」
「なあ、おじいちゃん。チャンピオンがどうのとか言ってるけど、こいつ誰なんだ?」
横で聞いていたさっき少年が加わってきた。
「おお、そうじゃったな、グリーンよ。此奴はヒキガヤハチマンと言って、前にワシがポケモンを渡した奴なんじゃよ。それがこの前のカントーリーグで優勝してポケモン協会からチャンピオンに任命されたんじゃ」
グリーン………?
どっかで聞いた名前だな。
「チャンピオンね。こんなガキがなって大丈夫なのか?」
ん?
そういやじーさんのことを「おじいちゃん」って呼んでなかったか?
「まあ、そこは何とかなるじゃないか?」
まさか、だよな………?
「というかジムバッジは集めてたのか?」
「そうそう、お前さんのとこにも行ってるはずじゃぞ?」
ああ、やっぱりそうか。
「トキワジムの新ジムリーダーのグリーン?」
「ああ、そうだ。オーキド博士の孫のグリーンだ」
ということはつまり………、
「図鑑所有者?!」
「まあ、そう呼ばれることもあるな」
マジか…………。
確かにじーさんの孫だし研究所に来れば会うこともあるとは思っていたが。まさかこのタイミングでかよ。
「あ、の………、一つ確認したいんだが、ジムのポケモンはアンタのベストメンバーか?」
トキワジムにはどうしても腑に落ちないことがあった。それはメンバーが彼のベストではなかったということだ。旅をしていたりして本人が相手をしない所もあるって聞いたことあるが、正しくトキワジムがそれだった。相手は映像という名のコンピューターがやり、本人ではなかった。そのためあのジムだけはまだ勝った気がしていない。働きたくないのに何故かあそこだけは本人とやりたくて仕方がなかった。
「もちろん、違う。ベストメンバーは常に手持ちにいる」
やっぱり………。
これじゃ勝った気がしないのも当然だ。他のジムじゃ全てがベストメンバーだった。なのにトキワジムだけベストじゃないのは何か違う。
「ん? お前さん、グリーンとバトルしたいのか?」
そんな俺の表情から察したのか助け船を出してくれた。マジで顔に出てたのかね。なんか恥ずいな。
「何だ、そういうことか。なら、早く言えばいいものを。おじいちゃん、庭借りるよ」
「一応チャンピオンになるだけの実力はあるのじゃ。手加減はなしじゃぞ」
「分かってるよ」
一言も了承してないのに、トキワジムジムリーダーとバトルすることになった。
研究所の庭へと二人の後を追って行くと。
「審判はワシがしてやろう。存分に暴れるがいい」
じーさんが審判を務めることになった。
「お前、確かおじいちゃんの話では、リザードン一体しか連れていないんだったな」
「あー、まあ………」
じーさん、孫に何を話してるんだ?
絶対碌でもないことだろ。
「それでチャンピオンになったって言うだから大したものだな」
ふっ、と息を吐くように言ってくる。
「それじゃ、準備は良いな? バトル始め!」
それを聞いたじーさんが俺たち二人に合図を出す。
「仕事だ、リザードン。相手はジムリーダーだが図鑑所有者だ。暴れていいぞ」
この人は今までジムリーダーよりも遥かに強い。戦っていなくてもひしひしと伝わってくる。それにジムのポケモンも自分たちで仕切ってたからな。相当育てられていることは間違いない。
「それじゃ、こっちもリザードン一体でいこう。行け、リザードン」
またリザードンとやることになるのか。
以前にもリザードンとやったことはあったな。あれ、いつだっけ………?
「小手調べと行くか。リザードン、きりさく」
「ドラゴンクローで受け止めろ」
二十メートルくらいは離れていたはずなのに、一気に距離を詰め、爪を立てる。だが、まだこれくらいのスピードならこっちも余裕で反応できるレベルだ。
「このスピードに追いつけるのか。受け方も爪の隙間に自分の爪を入れてとは、器用さも兼ね備えているようだな。ならば、この距離ならどうだ?」
特に技名を言うこともなく、相手のリザードンが空いている左腕で再び爪を立ててくる。
「ドラゴンクロー」
それならば、こちらも同じように受け止める。これでお互い腕は使えなくなった。だが、彼はそれが何ともないような風に見ていた。
「そらをとぶ」
そう命令されるとリザードンの両腕を掴んだまま、空へと翔昇る。まさに一瞬だった。俺たちが普通に空へと翔けるよう命じるよりも遥かに速い。
「降り落とせ」
空で急停止すると無防備になったリザードンを勢いよく地面へと降り払う。
「エアキックターン」
反撃するために、空気を力強く踏ん張る。落ちる力を翔昇る力に変え、上空のリザードンに向けて一気に距離を詰める。
「やれ」
それを見ると相手も重力に引っ張られるようにこちらに迫ってきた。
「かみなりパンチ」
いつかのリザードンと同じように弱点技である電気技を選択。自分と同じポケモンだった場合とかに、弱点の技を覚えられるってのはポイント高いよな。
「ほのおのパンチ」
対する相手のリザードンも拳で返してくる。
「リザァッ!」
さらに力を拳に加え、かみなりパンチを押し返された。そして、重力に逆らえず地面に叩きつけられる。
「リザードン!」
呻き声が聞こえたため、強く身体を打ち付けたのだろう。だが、まだまだいけるはずだ。
「リザードン、ハイヨーヨー」
お返しとばかりに今度はこちらが上を取る。地面を強く蹴り上げ、一気に相手のリザードンよりも高い位置を陣取った。そして、急降下して距離を詰める。
「かみなりパンチ」
「躱してきりさく」
ギリギリのところで翻り、躱された。それだけならまだしも背中を取られて、攻撃を受けた。再び呻き声をあげて地面に落ちていく。
強い。
というか一撃が重い。
スピード重視で育てていた俺たちに劣らない速さに重い一撃。
どの部分に於いても満遍なく育てられているようで、寸でのところで反撃をもらってしまう。
「ふん、これがチャンピオンか。落ちたものだな。スピードは問題ないが一撃が軽い。見切って躱せばどうってことないな」
はっ、全く大したものだ。これだけの攻防だけでまさか俺が感じたことを言い当てるとはな。
だけど、そこまで言われると腹立ってきたな。
「リザードン、ソニックブースト」
ゼロから最速に速度をあげ、上空へ。
「そらをとぶ」
負けじとさらに上空へと回避していく。
これじゃ、イタチごっこだな。何か変化を与えねぇと。
「えんまく」
「やれ」
えんまくを利用するために一旦停止。それを隙と見た彼は下降してきた。だけど、果たして姿を捉えることができるのだろうか。
「右に30度ってところだな」
ッ!?
黒い煙の中なのに、位置を特定できるのか⁈
なんて奴だよ。図鑑所有者ってのはこんなのがゴロゴロいるってことなのか?
「居場所がバレた! グリーンスリーブス・雷!」
これでえんまくの有効性がないのははっきりした。後はもう攻撃あるのみだな。
「連続で攻撃することでこちらに攻撃する隙を与えないってところか。リザードン、だいもんじ!」
勢いをつけて攻撃態勢に入ったところで大文字の炎が押し寄せ、リザードンを地面に叩きつけた。
何なんだ、この強さは。攻撃は当たらないし、戦略は読まれるし、一発の威力が半端ない。これじゃ、全くと言っていい程歯が立たないじゃないか。
「ハイヨーヨー」
「足掻くのが悪いとは思わないが、お前は今の自分の限界を知るべきだな。リザードン、もう一度だいもんじ!」
ハイヨーヨーで空へと翔昇ることも出来ないまま、大文字の炎に再び襲われた。しかも今度はリザードンを中心に『大』の文字が広がっている。
「きりさく!」
動きが鈍くなったところで、相手のリザードンが急所を狙って二度に渡る鉤爪の痕を残した。
「リザードン!?」
地面を這うリザードンからは返事がない。
俺は顔を顰めるしかなかった。
「リザードン戦闘不能。グリーンの勝ちじゃ」
………負けた。
俺が負けた………。
「その顔じゃ、負けるのも久しぶりって感じじゃな」
ああ、そうだよ。
負けるのなんてヒトカゲ……俺のポケモンになった時にはもうリザードだったか。まあ、そこはいいとしてバトルで負けたのはその頃以来だ。
「じゃが、まあお前さんは強くなったよ。ワシがポケモンを授けた子供の中には、お前さんのように一体でポケモンリーグを優勝するようなやつはまずおらん」
じーさんが俺を励まそうとしてくれているのが、ひしひしと伝わってくる。
だけど、そうじゃない。そうじゃないんだ。
「まあ、おじいちゃんの言うことは称賛に値することだ。お前はカントーリーグを優勝したことを誇っていいさ。ただ、そんなお前でもまだまだ修行すべきことがあるってだけの話だ。お前のリザードンはスピードは問題ないし、器用さはコイツより上だ。技の多様性がその証拠だ。だけど、一つ大事なものが欠けている。だからお前は、お前たちは俺たちには勝てなかった」
ああ、やっぱりそうか。
俺たちにはなくて、この人たちにはあったもの。
「………力の乗せ方がまるでなってない、とでも言いたいんだろう?」
「何だ、分かってるのか」
「バトルの最中に、アンタのリザードンの攻撃を見てて思っただけだ。スピードは互角で技の多様性はこっちに部がある。なのに、一発も攻撃が当たらないわ、受ける一発が重たいわでダメージの蓄積が尋常じゃなく早かった。しかも使ってるポケモンも同じなら能力としてもそれほど差があるわけでもない。だったら、一つ違うとすれば技の一発自体が重いってことだ」
何でも圧倒的な強さってのはスピードか攻撃か防御が群を抜いて高いってことだ。
その内の二つが互角同等の力を誇っているのなら、それはもう残りの一つが原因でしかない。
「そういうことだ。お前のリザードンはスピード重視で育てられ、尚且つ器用過ぎる。だから、そいつは毎度急所に当てることができていた。圧倒的なスピードで相手を翻弄し、隙を突いて急所を狙う。それがお前たちのやり方だった。なのにトレーナーのお前がそこを勘違いして、あたかもリザードンの攻撃力が高まっていると錯覚していた。違うか?」
急所、か………。
「確かに、言われてみればそうかもしれない。攻撃しても思った程ダメージが与えられていないってことが、度々あったからな」
何度も攻撃を繰り返しても倒れないやつもいたからな。それが一番の原因なのは間違いない。
「………でも俺はトキワシティのジムリーダーに負けたんだ。本当だったら、バッジはもらえなかっただろうし、俺だって受け取らなかったはずだ。要するにリーグ戦のシード枠で出場なんてあり得なかったんだ」
「出場する資格がないと言わないだけましだな」
「………バッジが揃えば本戦から出られるんだ。それだけでバトルで負けるリスクが少なくなる。そこを狙わない理由はない」
なんて言ってはみたものの。
さっきからマイナスな感情しか引き出されてこない。一ジムリーダーに負けた俺はチャンピオンとしての器を持っているとは思えない。別にチャンピオンが負けなしの最強だなんて思ってはいない。チャンピオンと言っても人間であり、ポケモンである。負けることもあるだろう。だけど、チャンピオンとしての責務というものが、今の俺に務まるとは到底思えない。その証拠に俺は今、負けたことに落ち込んでいる。普通だったら、ここでバトルに勝とうが負けようがスッキリした気持ちになってるはずだ。俺だって、ヒトカゲをもらった頃は負けても悔しくはあっても、スッキリした気持ちになっていたんだ。なのに、今になってこんな風に落ち込んでいるようじゃ、務めも碌に果たせないだろう。
だからやっぱり俺は………………ーーー。
「……………少し考えさせてくれ」
そう言って、俺はリザードンをボールに戻して研究所を出た。
特に目的があるわけでもなく、ただフラフラと歩き廻っていた。