カントーチャンピオン ハチマン   作:八橋夏目

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二日目

 目が覚めると見たことのあるようなないような天井があった。横になっているようで、倒れる感覚はない。しかも寝心地がいい。まるでベットに寝かされて……………ベット?

 

「……やっと、起きたか」

 

 どこかで聞いたことのあるような、それも結構有名な声が聞こえてきた。

 気になってそちらに目を向けると一気に目が冴えた。

 

「どうやら昨日のことは覚えてないようだな」

 

 昨日?

 昨日は確かポケモン協会からカントーのチャンピオンに選任されて、報告がてらじーさんのところに行って…………………ああ、俺は負けたんだったな。それから…………それから俺はどうしたんだっけ?

 

「逡巡しても思い出せないときたか。流石にショックがデカかったようだな」

 

 というより何でこの人がいるんだ?

 身体を起こして顔を確認すると、ここにいるはずのない人物だった。

 

「………何でアンタがここにいるんだ、サカキ」

 

 ロケット団の首領、サカキが黒のスーツ姿で椅子に座っていた。

 

「別に可笑しな話でもないだろう? トキワジムの元ジムリーダーはこのサカキだったんだ。さらに言えば、オレはトキワシティ出身だ。オレがここにいても何も可笑しくはない」

 

 フッと鼻で笑うように澄ました顔を作ってくる。

 ムカつくが返す言葉が見つからない。

 

「………俺を助けてどうするつもりだ?」

「別にどうもする気はない。レッドに負けてからというもの自分を鍛えるために修行を重ねてきて、ようやくトキワの森に帰ってきたところで屍のように歩くお前を見つけてここへ連れてきたってだけのことだ。それにお前はオレの下にいたんだ。部下の面倒を見るのも上の者の務めってもんだろう?」

「俺は別にアンタの部下になった覚えもないし、アンタに賛同したこともない。ましてや忠義なんざこれぽっちも払ったことないぞ」

「まあ、短い間だったがオレと旅をしていたんだ。しかもオレの正体を知っても逃げようともしない。そんな奴を端から見たら、オレの部下と見られても可笑しくはないと思うが?」

「はっ、別にアンタが誰だろうが逃げるなんてことは全く頭になかったさ。仕掛けてくるなら返り討ちにするまでだからな」

「ほう、よく言う。今のお前ならば、オレは余裕で倒せそうだがな」

「それこそ、やってみないことには分かんねぇんじゃねーか?」

「全くだ。ならば今からどうだ? お前のリザードンはオレが回復させたからな。準備はどっちとも万端だ」

 

 こうして、二日続けてのバトルをする羽目になった。何で寝起き早々、バトルしなきゃなんねーんだよ。や、まあ売り言葉に買い言葉で引っ込みがつかなくなったんだけどよ。

 奴について行って外に出ると驚いた。

 ここ、まさかコイツの家か!?

 割と普通過ぎて驚いた。そりゃ確かに見たことのあるような天井だわな。

 

「何だ? そんな驚くようなものでもないだろ」

 

 いや、まあそうなんだけどよ。

 

「………逆に普通過ぎて驚いた」

「オレを何だと思ってるんだ………」

 

 世界最恐の集団の長。

 

「ふん、まあいい。ここら辺でいいだろう。早速始めるとするか」

 

 開けたところに行くとそう切り出した。

 仕方ない、ここまで来たらやるしかないか。

 

「お前は一体しか持っていないんだったな。ならば、オレも一体でいくとするか。行け、ニドクイン」

「ふん、専門外でないだけマシか。仕事だ、リザードン」

 

 サカキのジムリーダーとしての専門はじめん。『大地のサカキ』と呼ばれる程の手腕の持ち主なのだとか。以前、奴自身がそう話していたから間違いないだろう。

 

「がんせきふうじ」

 

 サカキがそう言うとニドクインは身体の周りに無数の岩を出現させる。先手で岩の防壁を作られてしまった。これでは近づくのは危険である。

 

「なら、かえんほうしゃ」

 

 だから遠距離の攻撃を仕掛けてみる。しかし、相手は元とは言え、カントー最強のジムリーダーだったのだ。これくらいのことで微動だにするはずもなく、逆に読まれてる節さえあった。

 

「飛ばせ」

 

 かえんほうしゃを遮るように岩を順に飛ばしてくる。

 

「ドラゴンクローで弾き飛ばせ」

 

 対してリザードンは竜爪を出し、爪を滑らせるようにして岩の軌道を全て逸らした。逸れた岩は俺の周りに落ちていく。

 

「どくばり」

 

 が、サカキは岩に紛れて毒針を飛ばしてきていた。流石のリザードンも弱点の岩技を看過することもできず、軌道を逸らすことに集中していたため、気付いた時には針が身体に刺さっていた。

 こうなると些か厄介である。毒で徐々に体力を奪われていき、反応も鈍くなってくる。

 

「もう一度ドラゴンクロー」

 

 ならば、毒が回りきる前に相手を倒してしまうのがベストだろう。ニドクインに直接触れれば、毒を巡らせてくることもあるが、既に毒に罹ってるのだ。そんなの気にする必要がない。

 スピードで先周りに成功し、爪を抉らせるが……。

 

「カウンター」

 

 突っ込んだ勢いをそのままに跳ね返されてしまった。後方の木々を幾つか伸し倒して、やっと地面に不時着する。

 

「カウンターかよ」

 

 これじゃどうやって倒せばいいんだ。

 今までの攻防だけで、近距離も遠距離も両方試した。だが、近づけばカウンターで弾き飛ばされ、遠距離からじゃがんせきふうじで軌道を遮られる。かと行って、飛行術でスピードの緩急をつけた所で変わりはない。

 これ、なんつー積みゲーだよ。

 

「来ないのか、ならばもう一度がんせきふうじ」

 

 今度は纏うことなくリザードンの頭上から出現させる。

 

「ハイヨーヨー、トルネードドラゴンクロー」

 

 竜爪を立てドリルのように身体を回転させ、岩々の中を突っ切って行く。

 やはり変わりがないと言っても、リザードンには飛行術を使う方が性にあってるのかもしれない。

 

「突っ込め」

 

 そのまま空に上昇したところで一気に下降させた。身体の回転はそのままに重力に引かれて地面へと迫る。

 だが、このまま技を当てたところでさっき変わらない。カウンターで反撃を受けるだけだ。

 

「ふん、それではさっきと同じではないか。がんせきふうじ」

 

 下降するリザードンを狙うように岩を一度に飛ばしてくる。しかし、それはドリルによって砕け岩の壁に穴があく。リザードンはそこを通過し徐々に距離を詰めて行く。

 

「やれ」

 

 目の鼻の先の距離まで迫ったところでリザードンに命令を出した。

 

「ニドクイン、カウンター」

 

 待っていたかのように腕を突き出してくるニドクイン。しかし、カウンターは技を返す技である。それも返す技があっての話。

 

「……なるほど」

 

 リザードンは指示通りに技を決めるフリをしてニドクインの腕を掴んだ。

 

「グリーンスリーブス・ドラゴン」

 

 そして、上空に投げ飛ばしドラゴンクローを連続で当てていく。攻撃の隙を与えないまま段々と上昇させていき、

 

「デルタフォース」

 

 大きな三角形を描きながら、ドラゴンクローで何度も斬りつけた。

 それを見ながらふと思った。

 確かにアレだけ技を当てているのに、相手が倒れるまでに時間がかかっている気がする。昨日のグリーンのリザードンならば上空へ行くまで連続して技が決まれば、最後地面に叩きつけるだけで戦闘不能に追い込めるのかもしれない、と。

 

「スイシーダ」

 

 ニドクインの反応が薄くなってきたので、地面に叩きつけるように指示を出す。

 

「やれ」

 

 ニドクインの意識があるのか怪しいところであるが、サカキの一言で動いた。いや、動いたというよりは出現させたと言った方が無難か。

 

「チッ、リザードン上から来るぞ!」

 

 リザードンを狙うように出現する無数の岩。あれはがんせきふうじか。叩きつけるか躱すか。命令一つで勝敗が分かれる節目ってことかよ。

 

「叩きつけてから、ローヨーヨー」

 

 リザードンも俺も丁度ニドクインを地面に叩きつける体制でいた。つまり、気持ちが地面の方に向かっている。ならば、躱したりするより先に当初の目的を遂行した方が上手くいく可能性は高い。逆に言えば、躱そうするとバランスを崩して、がんせきふうじの餌食になる可能性の方が高いってことだ。

 

「どくばり」

 

 岩を次々と落としながら、口からは毒針を飛ばしてきた。中々に、嫌な戦いをする。

 リザードンはニドクインを地面へと叩きつけ、滑空していくが、毒針が尻尾に刺さった。呻き声を上げながらも、何とかがんせきふうじを回避することはできた。だが、全くと言って余裕はない。毒が大分身体中に回ってきている。あまり無理をさせては後に残るものになるかもしれない。早いとこ毒を消してやりたいところではあるが………。

 

「戻れ、ニドクイン」

 

 サカキがニドクインをボールに戻して俺を見てくる。

 

「何だ、あの戦い方は。全ての攻撃を躱せば、絶対に負けないと言っていたお前はどこに行った? これでは、面白味の欠片もない普通のバトルではないか。グリーンに負けたのもそこにあるんじゃないか?」

 

 そして、奴はそう言い放ってきた。

 確かに昔の俺は相手の攻撃を全て躱せば負けないと考えていた。だが、上に行くほどそうもいかなくなってきたのもまた事実。躱すために培ったスピードで攻撃に転じるのが、今の主流となっている。飛行術もそのスピードを活かすためにアニメから覚えたのだ。それでもグリーンには勝てなかった。すなわち、俺はその程度のトレーナーってことで決まりだろ。

 

「思い出せよ、ハチマン。お前のリザードンはグリーンの攻撃力に叶わなかった。スピードも互角。アイツらに勝っているのは器用さだけだ。だから、思い出せ。いつまでも自分たちの力を過信しすぎるな。自分たちの武器を理解しろ。そうすれば、グリーンに勝つことも難しくはないはずだ」

 

 だが、コイツの目にはそうは映ってないらしい。逆に俺の方が現実を見ていないと言っているようにすら聞こえてくる。

 

「………アンタはそれでいいのか? いつの日か俺はアンタを、ロケット団を潰しにかかるかもしれんぞ。そんな奴を鍛えたりして何の得があるというんだ?」

「ふん、そんなもん強いお前と戦いたいというトレーナーとしての探究心だ。ロケット団を潰す? かかってくるなら、相手をするまでだ。お前の上を行き続けるのみだ。ロケット団を潰しにかかるくらい強くなったお前と戦うのみだ」

 

 はぁ……………。

 わけわかんねぇ。

 そんなこと、上に立つ者が望むことかよ。それじゃ、俺に潰されたって文句は言えねぇぞ。

 

「……アンタがそこまて言うのなら、付き合ってもらおうか。お前の言う強い俺になるために」

 

 取り敢えず、リザードンの毒を消して回復されてやり、サカキとのバトルという名の特訓を一日中行っていた。

 


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