カントーチャンピオン ハチマン   作:八橋夏目

3 / 3
三日目

 サカキの家で朝を迎えるのが二回目ともなると、冷静な判断が下せるようになるものなんだな。

 昨日はあれから一日中、ずっとバトルをしていて俺もリザードンもフラフラになっていた。どうやって帰ってきたのかも記憶が怪しいところである。

 サカキが連れてきたのかどうかは知らないが、起きたら家主がいないってのは何なんだろうな。朝食が用意されている辺り、面倒見がいいと言うか何と言うか。

 取り敢えず、俺は用意されていた朝食を食べた。何気に美味くて驚いたが、あんな男でも料理ができるという事実の方が驚きだ。なんか負けた気がしてムカつく。しかも律儀にリザードンの分のポケモンフーズがあるというね。

 朝食を済ませてからは、すっかりやることが無くなってしまった。

 ソファーにドカッと座り天井を仰ぐ。

 あー、段々と思い出してきた。昨日はサカキとずっとバトルをしていた。ジムリーダーとしての実力はさながら、ロケット団の首領を務める者としての策の練り方には完敗だった。バトルには勝ってはいるものの、俺の思いつきもしないようなバトルの組み立て方で、ポケモンにというよりはトレーナーに揺さぶりを与えて、隙を作らされてしまった。俺がトレーナーとしてもっとしっかりしていれば、そんな隙を醸すことすら無かっただろう。

 それを言えば、あのグリーンにだって負けることは無かったはずだ。もっと俺がリザードンのことを知り、欠点を無意識の内に見ないようにしてさえいなければ、また違ったような展開を生み出せたかもしれない。

 ………………何を仮定の話をしてるんだろうな、俺は。そんなものは済んでからしか気付けないものだって言うのに。工程の前段階で推測はできても事実とはならない。出来事が起こって初めて事実になるのだから、推測だろうと仮定だろうと何の意味もなさない。だから、俺がグリーンに負けたのもサカキに動揺されまくったのも、全てが事実であり現実であり、必然的なことなのだ。俺がヒトカゲをもらって、トレーナーズスクールを卒業して、旅に出て、カントーリーグで優勝してグリーンに負けるまでが全て一本の糸のように繋がっている。

 ………………結局、俺はその程度の人間であり、トレーナーなのだ。ただの子供でしかない、自惚れていた存在。そんな奴がカントーのチャンピオンの座に就いたところで、重責から逃げたくなるだけなんじゃないだろうか。将又、カントーそのものを破壊してしまうだけなんじゃないだろうか。しかもサカキというカントーの凶悪犯と繋がりすら持ってしまっている。そんな奴が上に立ったら下の者は恐怖しか覚えないだろう。俺自身、悪の組織と繋がりを持つような奴がチャンピオンに就いたりしたら、騒ぎ立てたくなるくらいだ。

 それにカントーの四天王は過去に問題を起こしている。今でこそ解散して新しくジョウトの四天王として新メンバーを認可するか検討中であるが、過去の出来事が消えたわけじゃない。すなわち、四天王という言葉に恐怖心が植えつけられている奴もいないとは言えないということだ。チャンピオンだってそんな奴らからすれば、同立の立場のようなものであり、ジャーナリスト辺りはチャンピオンの身辺調査までしかねないだろう。そうなれば、サカキと繋がりがあると分かると、即刻叩かれるのはもはや目に見えている。

 そんな未来しか見えないチャンピオンの座に、一ジムリーダーでしかないグリーンに負けた俺が就いたところで、自分の首を締めることにしかなり得ない。

 ならば、どうするか。

 もはや、口にするまでもないな。

 特に、チャンピオンになりたいわけでもなければ、名声を上げたいわけでもない。俺はただ強いトレーナーになって静かに暮らせたらそれでいいのだ。

 これで、今日の予定はできたも当然だな。あちらさんから何を言われるか分からないが、不利益な未来しか見えない役職なんかは御免である。

 俺はソファーから立ち上がると積んであったチラシを一枚手にとる。机の上に転がっているペンで一言だけ擲り書きしておく。

 それから外に出て、リザードンの背中に乗って、ある場所へと向かった。

 

 

 

 昼過ぎに着いたのはジョウトにあるポケモン協会の本部。向かう先は理事の部屋。

 ヅカヅカ歩いて思いっきりドアを開く、なんてことはしない。すれ違う人も気に止めない程のステルス性能を発揮し、二日前に訪れた部屋を軽くノックする。中から「どうぞ」という反応が示されたため、ゆっくりとドアを開く。中には理事と秘書かなんかの女性がいた。当然、二人は俺が来たことに虚をつかれたような顔を見せてくる。隠す、なんてことはしない。そんなことを考える余裕すらないということが如実に物語っていた。それくらい、俺がここに来たのは予想外の出来事だったようだ。

 

「……な、何用だ」

 

 しばらくしてようやく口を開いた。眼鏡をかけたハゲたおっさんでも焦るとおかしな表情になるもんなんだな。

 

「……今日はチャンピオンの座を返上しに来た」

 

 俺はそう告げる。

 

「……どういうことだ」

 

 険しい顔つきで俺を睨めつける。眼鏡越しの鋭い眼差しは確かに俺を、俺の心を縛り付けんとするものであった。

 

「どうもこうもそのまんまの意味だ。俺にはチャンピオンの椅子に座る器じゃない。この三日間でそれを嫌ってほど叩きこまれた。リーグを優勝したからと言って、俺が最強になったわけじゃない。だから、俺はチャンピオンの座から降ります」

 

 思えば、あのリーグの決勝戦から薄々感じていたのかもしれない。確かに、チャンピオンは強かった。彼女たちに勝てたのも連戦続きで、俺もリザードンもおかしくなっていたからだ。無双状態でただ戦うことだけを考えていた。だから、後先考えずにバトルに集中できて優勝した。ポケモンを手にしてリーグを優勝するまで全てが俺の物語であり、これからのことだってそうであり続ける。言わば、俺に降りかかる出来事は全て必然的な俺の物語。その過程に偶発的なものもあるだろう。だが、それすらも俺の物語の規定事項として成り立つ素材でしかない。

 

「な、何を言っているのか君は分かっているのかっ!」

「分かってますよ。というか分かってるからこそですよ。俺は三日前にここから帰る途中でオーキド研究所に寄った。そこでグリーンっていう奴とバトルをしたんだ」

「オーキド、グリーン!?」

 

 オーキドとグリーンを同時に出せば、さすがに一人しかいないよな。しかも偉大な図鑑所有者の一人でもあるんだ。その名は例えジョウトだろうと、知らない者はいないだろう。

 

「ああ、今想像されてる奴で合ってると思いますよ。トキワジムの新ジムリーダーのグリーン。俺はその人とバトルすることになった。彼もまたリザードン使いの一人でもある。そんな奴にポケモンもトレーナーとしても負けたんだ。『チャンピオンである俺』が『一ジムリーダーのグリーン』に負けたんだ」

 

 彼はロケット団を始め、四天王や仮面の男の事件で他の図鑑所有者たちと活躍している。対して、俺は特に何かをしていたわけではない。ただ変態にストーカーされたり、凶悪犯と旅をしていたようなしがないポケモントレーナーだ。

 

「グリーンと戦って勝てるのはレッドくらいだ。だが、そこに実力の差なんてのはないに等しい。君が本気のグリーンとバトルして負けるのは当然だと思うが」

 

 だが、やはりと言うか。目の前のおっさんたちには分かってもらえてないようだ。

 

「別に、そういうことを言って欲しいじゃないですよ。大事なのはチャンピオンがジムリーダーに負けたという事実。しかも同じポケモンを使った本気のバトルということ。それだけで、世間の目は俺がジムリーダーよりも弱いチャンピオンだと認識してしまうんです。いくらリーグで優勝したところでそんな事実が後から出てくれば、誰だって奇跡的に運良く優勝した人としか思いませんよ。チャンピオンと言ったって、ただの良くも知らない赤の他人。そんな奴を評価するのに事実と噂を信じるしかないでしょ。だから、俺はそんな目で見られるくらいならチャンピオンの座なんていらない。元々、俺は自分が納得する強いトレーナーになって静かに暮らしたいだけだし。地位とか名誉なんて興味もなければ、重責にしかならないまである。この三日間で有名人たちに会って改めて思いました。なので、チャンピオンの座はお返しします」

 

 俺は言いたいことを全て言い放ち、頭を下げた。これでさすがに引き止めようとは思わないだろう。チャンピオンと言ってもポケモン協会の雇われ職であることには違いない。そこに世間から冷ややかな目で見られるような存在を置けば、協会の名前に泥を塗ることにしかならない。そうなれば、信用は失われるし、世間からは叩かれる。この人だって、それは避けたい話のはずだ。

 

「………少し、焦りすぎたのかもしれんな……」

 

 ぽつりと。

 吐息を漏らすように理事がそう言った。

 

「理事……」

 

 秘書さんは驚いたような顔で彼を見る。

 

「ハルノが辞めた理由もまさに君と同じような内容だった。さすがに協会の名に傷を付けるのは避けたいことだ」

 

 ハルノ、というのが誰かは知らないが、前にも俺と理由で辞めた奴がいたんだな。

 

「………まあ、いいだろう。君の言い分はしかと受け止めた。だが、君の後釜がいないのもまた事実。こうなったら、特に表舞台に出るような存在でもないし…………」

 

 俺の言い分に許可をくれると後半はブツブツと何かを呟いていた。何を言っているのかは分からないが、俺の後のことでも考えているのだろう。

 

「ありがとう、ごさいます。短い間でしたがお世話になりました」

 

 もう一度頭をさげて、礼を言う。最後はちゃんと締めくくらないとな。それが常識ってもんだ。

 それから回れ右をしてドアノブに手をかけると再び声をかけてきた。

 

「………君がグリーンに負けたことはその口振りからして事実なのだろう。だが、君がカントーリーグで優勝したこともまた事実だ。しかもチャンピオンを相手に一体だけで勝ち進んだのは、君の実力だ。色々と否定しているようだが、そこだけは君が誇るべきことだと思う。………君の名前は置いておく。また、何かあればその時には手を貸して欲しい。元チャンピオンとして」

「………何かあれば、ですけどね」

 

それだけ言って、俺は部屋を出た。

 

 

 

 折角ジョウトに来ているということでウバメの森に立ち寄った。ここには時渡りのポケモン、セレビィの祠があり、祀られているのだとか。仮面の男の事件の時には最終決戦がここになったらしい。今ではその跡形も消えつつあり、ポケモンたちも静かに暮らせている。

 ………だから、先に謝っておこう。

 

「………何の用だ」

 

 ポケモン協会を出た辺りから数人の男たちに追けられてられている。気付いたのはリザードンで空を飛んでいる時。ふと、下を見ると数人の男たちが一定の間隔で追てきているようであった。街の近くじゃバトルになった際に被害が拡大する恐れがある。そう踏んだ俺はウバメの森に立ち寄ったのだ。

 

「ガキのくせ気付いていたか。だったら話は早い。オレさまたちと来い」

 

 リーダー格と思われる逆立ったオレンジ髪の体躯のいい男がそう突き付けてくる。見たことがない連中ではあるが、あまり好ましくない奴らであることは充分に感じとれる。

 

「嫌だと言ったら?」

「痛めつけてでも連れていく。素直に追てくるならオレさまの部下として、迎え入れてやるよ」

 

 ロケット団、かとも思ったが服装に「R」の文字が刻まれていない。それに俺にはサカキがいる。あいつの命令なしで、俺に手を出すことはないはずだ。昨日の時点では全くそのような話は無かった。今朝になって変わったとかなら分かるが、あいつがそこまで俺に対してしてくるとは思えない。

 

「………そもそもアンタたちは誰だ? 初対面の奴にはまず自己紹介をって母ちゃんから教わらなかったのか?」

 

 そう言ってやるが、当の俺はそんなことを教わった記憶がない。何なら自分から自己紹介するような機会が今まで無かったとまで言える。スクール時代に強制されるか聞かれたから答えるくらいだ。

 

「ああん? そんなもん知ったこっちゃねぇ。俺様が直々に誘ってやってるんだ。それだけで光栄に思うのが筋ってもんだろ」

 

 んなもん知るか。

 見ず知らずの男に声をかけられたら普通は怪しむもんだろうが。しかもこんな俺様キャラ。危ない奴以外の何にでもないだろうに。

 

「そんなの知るかよ。誰か部下に欲しいなら他を当たってくれ。俺は早く家に帰りたいんだ」

 

 そろそろ帰らねぇとコマチが寂しがってるだろうしな。待ってろよ、コマチ。お兄ちゃんはもうすぐ帰るからな。

 なんてフラグっぽいことを考えていると、俺様男がキレた。

 

「ああ、そうか! なら強引にでも連れて行くしかねぇなァ! エンテイ、ダークラッシュ!」

 

スーパーボールから出て来たのは三聖獣の一体、エンテイ。仮面の男の事件にも大きく関係していたらしい伝説のポケモン。

しかも奴が、命令した技は聞いたことのない技名。俺みたいに何か技以外の動作を指すのだろうか。

 

「チッ、リザードン。躱してドラゴンクロー」

 

 いくら相手が伝説と言えど、何もしなければあっさりやられてしまう。諦めが悪いとか思われようが身の危険を感じたら逃げることを考えるのが先決だ。

 

「ふみつけ!」

 

 エンテイは青白い竜の爪で切り裂かれながらも、飛び跳ね、上からリザードンを踏みつける。

 

「かえんほうしゃ」

 

 地面に叩きつけるようにかえんほうしゃを吐き、上昇を促す。

 

「だいもんじ!」

 

 だが、だいもんじによりリザードンは拘束されてしまう。やはり、伝説の奴には分が悪いのだろうか。

 

「ダークラッシュ」

 

 再び聞きなれない技を命令する。するとエンテイは黒いオーラを纏い、リザードンに体当たりをカマす。急所にでも入ったのか、相当なダメージを受けたようで呻き声すら上げている。

 

「やれ」

 

 立ち下がるリザードンの様子を確認すると奴は部下だと思われる男に命令を出した。

 何をするつもりなのか分からないが、部下のおとこはスーパーボールを取り出し、腕に取り付けた機械? みたいなのに取り付ける。装着部分は掌で握るように持ち………、

 

 

 ーーーそのボールを投げた。

 

 

 ーーーリザードンに向けて。

 

 

 その行動の意味が分からなかった。リザードンは既に俺のポケモンであり、奴用のボールも健在のまま俺の腰に装着してある。なのに、何故そんなことを………。

 

 

 その答えはすぐに出た。

 スーパーボールはリザードンに当たり、奴を取り込んだ。何回か動いたが、カチッという音がした。なんてことはない。捕獲に成功した時の音である。

 わけが分からなかった。トレーナーのポケモンを強引に捕獲できるわけがない。再捕獲なんて聞いたことがない。これだけで、俺の頭は正常に動かなくなる。ただ一つ、理解したのは奴らが俺のリザードンを再捕獲したという事実だけ。

 そこで、夕日に照らされてできた俺の影が揺らめくように動く。

 

 ーーーああ、お前はそこにいるのか。

 

 時たまに姿を見せるそいつとはスクール卒業以来の付き合いだ。何かを感じとって来たのかもしれない。

 だが、ダメだ。今、お前が来てはダメだ。

 人のポケモンを奪える、しかもエンテイを捕獲しているような奴らにお前みたい珍しくポケモンを見せてはいけない。見れば奴らはお前を捕獲しにかかるはずだ。お前だけでもーーー。

 

 そう念を込めて、右足で二度地面を蹴る。

 きまぐれなのか理解したのか何かを感じたのか、奴が出てくることは無かった。

 安心と恐怖に駆られながら、俺は目の前にまで来た体躯のいい男に意識を奪われた。

 

 腹パンはないだろ…………。




行間

〜手持ちポケモン紹介〜 (カントーチャンピオン ハチマン編)


ヒキガヤハチマン
・リザードン ♂
 覚えてる技:かえんほうしゃ、はがねのつばさ、ドラゴンクロー、かみなりパンチ、えんまく
 飛行術(一応載せておきます)
 ・ハイヨーヨー:上昇から下降
 ・ローヨーヨー:下降から上昇
 ・トルネード:高速回転
 ・エアキックターン:空中でターン
 ・スイシーダ:地面に叩きつける
 ・ソニックブースト:ゼロからトップに急加速
 ・ブラスターロール:翻って背後を取る
 ・グリーンスリーブス:連続で攻撃して空中に釣り上げる
 ・デルタフォース:空中で大きな三角形を描くように連続攻撃
 ・ペンタグラムフォース:空中で五芒星を描くように連続攻撃


グリーン
・リザードン
 覚えてる技:きりさく、そらをとぶ、ほのおのパンチ、だいもんじ、etc………
 (※詳しくはポケスペの方を参考にしてください)


サカキ
・ニドクイン ♀
 覚えてる技:がんせきふうじ、どくばり、カウンター
 (※詳しくはポケスペの方を参考にしてください)


???
・エンテイ
 覚えてる技:だいもんじ、ふみつけ
 ダーク技:ダークラッシュ


〜設定紹介〜
チャンピオン:ポケモン協会からの指名制。選ばれる基準は色々。
就任者・・・カントーリーグ第10回まではハルノ→数日空けてのち三日間はハチマン→ワタル(名前のみ仮置き)→ユキノが一時期就任→ワタル(名前のみ仮置き)


四天王:カントーの四天王は理想郷事件の後なくなる。現在のセキチクにはジョウト四天王としてはぐれ四人組が在籍。
注)四天王といってもホウエン地方などとはシステムは別物。



申し訳ありませんが、ポケモンコロシアム(オーレ地方)の内容・設定を使わせてもらいます。といってもずっと先の話になりそうですが、この続きも書けるように頑張ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。