-種馬視点-
午前中の調練が一段落した折、兵隊さんが俺を呼びに来た。
緊急の軍議を開くのだそうだ。なにかあったのかな?
後始末を三羽烏に任せ、軍議へと向かう。
皆、何事であろうかという面持ちだが、どうやら秋蘭と桂花は内容を知っているようだ。
華琳が来て、話を始める。
なにやら定軍山で起きたらしく、秋蘭に偵察をお願いするつもりだったらしい。
定軍山?なんだっけ…なんかあったような…
今朝の軍議の内容を思い出す。
黄忠が劉備陣営に加入したんだった!
定軍山に秋蘭が偵察に向かう…まずい、罠かもしれない…でもまだ赤壁の前じゃないか…
一人で考え込んでいるのを他所に、桂花が話し始めた。
猫耳 「――――こちらの偵察を誘き出す罠である事がわかったわ」
え?あれ?
軽く呆けてしまう。
なんでも桂花は、涼州制圧後から、何か行動を起こすだろうと予測して、馬超、馬岱に対して
間諜を貼り付けていたらしいのだ。スゲェ…
今回の発覚も、その副産物のようだ。
その後の三軍師の話も、無茶を打つ局面ではなく、基本追い返して、出来れば討伐というスタ
ンスで行くらしい。これなら安心だろうか…
ほっと一息ついたところで、桂花の具体案が示される。
猫耳 「囮となる偵察兵を率いるは秋蘭が適任でしょう」
思わず声を上げてしまった。
種馬 「ちょっと待ってくれ!別に秋蘭じゃなくてもいいだろ!?」
言ってから後悔した。
みんなが一斉にこちらを向く。
覇王 「どういう事かしら?一刀」
猫耳 「そうよ!どう見たって秋蘭が適任でしょうが!あんたは黙っていなさいよ!」
確かに適任者となると秋蘭なのだ。
答えに窮する。
種馬 「いや…危ないんじゃないかと…」
答えになっていない答えしか言葉にできない。
俺の知る歴史じゃ――なんて言う訳にはいかない。華琳にも堅く禁じられている。
そもそも、俺の知る歴史にしたって罠に落ちた夏侯淵が黄忠に討たれるというものだ。
その罠は既に桂花が見破っていると言っている。
常識人「危険は承知している。その上で私が適任という話だろう?
桂花にしても、私であれば問題ないと思っての事だぞ?」
猫耳 「そうよ!あんた!適当な事言ってんじゃないわよ!」
言葉に詰まっていると華琳が間に入ってくれた。
覇王 「お待ちなさい桂花。一刀…貴方の発言は何かしらの根拠があってのものなのかしら?」
種馬 「いや…なんというか…」
覇王 「もしかして、貴方の知る歴史とやらがその根拠だ、なんて言わないわよね?」
冷や汗がでる…フォローしてくれるのではないようだ…めちゃくちゃ怖い。
『そうだ』なんてとても言えない…
俯き、沈黙する事しかできない。
覇王 「仮に、万が一にもそのような根拠で発言したというのなら…貴方のその発言は私達を侮辱
している事と同義だと理解しての事でしょうね?
情報を手に入れた桂花の能力よりも、作戦行動を行う秋蘭の能力よりも、貴方の知ってい
る歴史の方がより重要という事なのかしら?」
華琳からの圧力が跳ね上がる。
その場に座り込みたい衝動を、なけなしのプライドを総動員して賢明に堪える。
覇王 「ねえ一刀…貴方は桂花の能力を、秋蘭の能力を、信頼に値しないものと思っているの?」
種馬 「そんな事はない!そんな事…あるわけない!」
覇王 「貴方の世界での歴史なんて私は知らないわ。
そのような不確定なものなど知りたくもない。
私は私の意志で生きている。それはここに居る皆も同じものよ。
どこか知らない場所で語られている歴史に踊らされているわけではないわ。
一刀?貴方が我々の知らない世界から来て、我々の知らない歴史を知っているという事は
承知しているし、それがある意味では貴方の『重し』となっているであろう事も理解して
いるつもりよ?
でもね?一刀…貴方が今生きているのはここなのよ?
…以前も聞いたけれど、貴方の知る歴史と同じという訳ではないのでしょう?」
あぁ…そうだ。
確かに俺の知る歴史とは違う。初めてこの地に来たときは驚愕の連続だったものだ。
性別の反転、真名の存在、有名人物の有無や歴史に登場するタイミング、黄巾党の発生原因、
董卓の横暴 ets ets …
史実と違う点を上げると枚挙に暇が無い。
だが、歴史の大筋の流れとしては俺の知るそれに限りなく近かった。
その不安がつい口を衝いてしまった。
俺が変えなければ、俺の知っている歴史通り秋蘭が死んでしまうのではないか…と。
桂花は、罠だと見破っていると言った。
秋蘭は、桂花が私を信頼して任せているのだと言った。
貴方はその二人を信頼していないのか?と華琳が言う。
そんな事はない!と俺は答えた。だがどうなのだろうか…
本当の意味で俺はみんなを信頼できていたのだろうか…
俺は歴史を知っているという事で、どこか上から見てはいなかったか…
もしもの時は、俺が動けば変える事ができると考えていなかったか…
…そんなものは俺の驕りだ。
確かにこの世界は、俺の知る歴史と似てはいる。
でも、違っているのも確かなんだ。同じものではないのだ。
俺の知る歴史通りに推移する確証など、どこにもないじゃないか。
それなのに、いざという時はみんなを守れる気でいたのか?俺は…
いつもあれだけみんなに守られている癖に…
自身の存在の矮小さを痛感させられる。
覇王 「貴方の不安が分かるとは勿論言わないわ。
貴方の知る歴史では、今回と似たような出来事で何かしらが起こったのかもしれないし、
貴方の先ほどの発言は、それを心配してのものなのかもしれない。
でもね一刀、私は…いえ私達はね、自身の存在というものに誇りを持っているの。
自身の行く末がどことも知らない場所で語られている歴史をなぞっているだけ、などと言
われるのは許しがたい事だし、そんな事は言わせないわ。
今という世を変えるべく、全知全能を尽くして生きている。私達は今を生きているの。
それを否定するなど何者にも許しはしないわ。その事は判って頂戴」
…いつの間にか華琳からの圧力はなくなっていた。
優しくこちらを諭すように語る華琳。
顔をあげ、みんなを見る。みんなも優しく、それでいて意思の篭った瞳で俺を見つめてくれて
いる(若干一名はマジ睨みしているが…)
こんな俺でも、みんなは信頼を寄せてくれているのか…
改めてみんなに守られている事を実感する。
種馬 「ごめん…ありがとう、みんな」
俺は今、この世界に生きている。
周りには、こんなに頼りになる、愛おしいみんながいる。
俺が信頼するべきはみんななんだ。
俺の知っている、当てになるかどうか判らない歴史なんかじゃない。
簡単には割り切れない、割り切れるものではない…でも…
みんなからの信頼には答えたい。本当の意味で、心から…
そうでなければ…今ここに生きているみんなの存在を否定し、俺の知る歴史を肯定するなど…
そんな男にみんなと共に歩む資格などないのではないか…