― 翌朝 ―
朝練が無くなった僕の日常は起床時間が遅れ遅刻ぎりぎりで学校に到着し逃げるように家へ帰る。というまるで本当の犯罪者の様な日々。
忙しい両親は深夜に帰ってきては泥沼如く眠り僕のこんな日常を知るよしもない。
幼馴染みの和成君と話をして日々の気力を取り戻した僕は絶えず続く暴力にも耐え続けていた。
が
人間というものには限界が必ずある。
それは精神、肉体、どちらにも必ず。
ある一件を境に僕の中で僕自身を保っていた何かが壊れてしまった。
あまりにも呆気なく。
そして、その一件をきっかけに運命を変える出会いへ繋がってゆく。
和成君と話をした日から2日経った日のこと
いつものように逃げるように学校から帰ろうとしていた僕の袖を掴んだものがあった。無意識でそれを振り払おうとすれば心地よい声色が耳に入ってきた。
「や、やめて下さい」
「怖がらないで、テツ君。ごめんねあの日、休んだりしなければ テツ君じゃないって言ってあげられたのに…」
大きな瞳に今にも零れ落ちそうな涙を浮かべて話す君を久しぶりに見た。あの日を最後に桃井さんとは1度も話せていなかったのだ。
「桃井さん…」
「大ちゃん達がテツ君とは話すなって。でも私知ってるよ。大丈夫だからね、私は知ってるから」
その言葉がどれほど僕の心を癒してくれたか。言葉一つでここまで救われたのは人生で初めてだった。
「おい、さつき!!」
「桃っち!話しちゃダメっていったでしょ?!」
安らぎの時間はつかの間。
桃井さんの後を付けていたのか青峰君と黄瀬君がやってきて僕の前に立ちはだかる。黄瀬君が桃井さんを引き離せば青峰君のその大きな手で酷く殴られた。立っていることも難しくなり座り込めば漸く攻撃の手が緩められた。
「やめてよ!テツ君は何もしてないのに!」
「さつきは見てねぇから言えんだよ…」
「最初に裏切ったのは…黒子っ…いや、黒子でしょ。桃っち。」
明らかな拒絶と敵対の眼差し。
かつての相棒と1番仲の良かったはずの仲間は僕の心を簡単に引き裂いた。
(何故何もしていないのに…僕ばかり…)
言葉にならない声が微かに唇を動かし 3人に背を向け気付けば走り出していた。
行く宛すら何処にも無いのに。
これ以上無いほどに傷ついた僕の心と身体は自然と和成君と話した公園へと向かい ベンチに力なく座り込んだ。
ふと、気がつけば夕日が傷だらけの頬を照らしており、時計を見上げればいつもなら練習をしている時間だった。
僕は彼らに…いや、あいつらに裏切られた。
これまで過ごしてきた日々は一体何だったのかと思えるのも理由の一つとしてあいつらには僕が人を襲うような風に見られていた。ということに悔しさが溢れた。
悲しみよりも強く。
悲しみを塗り潰す勢いで。
そんな物思いに浸っていた時、近づく数人の足音に気付いた。もし同じ帝光生ならばまた殴られるのだろうか…そんな風に思っていると予想外の言葉をかけられた。
「なんだよ、帝光中は練習しなくても勝てるってか?余裕だな、ふはっ。」
暴言でもなく暴力でもなくただ単に落ちてきた皮肉に驚き顔を上げればそこには ―
「花宮、さん…」
悪童との呼び名が高い無冠の五将
花宮 真 。
彼の後ろには 霧崎第一のバスケットボール部、レギュラーメンバーが顔を揃えていた。
正直、帝光中の人で無かったのは有難いが今は何も話す気になれない。そう、反論しようとしたその時。
「…おサボりって訳でもなさそうだな。キセキに捨てられでもしたか?」
僕の状態を見た彼が放った一言は最終的な僕の砦、受け止めたくなかった事実を強く突きつけた。
― 苦しい ―
自覚した瞬間に上手く呼吸が出来なくなってしまった。脂汗が額に浮かび急激に顔色が青く、悪くなっていく。目の前に居る人に助けを求める事もなくベンチから崩れ落ちた。
side 花宮
テスト期間へ入る前日だった為 部活を早々に切り上げた。
「部活も大事だが成績も忘れない様に。各自ストレッチは念入りしておいて下さい。解散」
いつも通りに貼り付けた笑みで言えば各々支度を始めた。
「ねー。勉強教えてよん。花宮ー。」
見かけによらず筋肉質な腕がのしかかってきたかと思えば前髪によって見えない瞳がこちらを見据え笑っていた。
「他の奴に教えてもらえ、行くぞ。」
「えー。冷たい」
軽くあしらえばレギュラーメンバーの内慣れ親しんだ4人が自然と集まり体育館を出た。
今日、その公園に足を運んだのは全くの偶然だった。市内でも目立つ清楚な制服。かの有名なバスケットボール部の一員、黒子テツヤがそこに居たのも恐らく偶然。
「なんだよ、帝光中は練習しなくても勝てるってか?余裕だな、ふはっ。」
皮肉混じりに声をかければ 反論してくると思っていたが読みが外れた。
その代わり、黒子テツヤが通常の状態で無いことに気付いた。
傷だらけの頬、ボロボロの制服、一番は輝きを失った瞳。
推測出来る事実を述べれば 的を得てしまったのか過呼吸になり崩れ落ちた。
「おい、まずいんじゃないのか。」
「…誰か袋持ってねぇか!」
瀬戸の声で正気になれば鞄を漁りながら声をかけた。傍から見りゃそれは悪童の名も廃る程のただ1人の人間としての姿だったに違いない。
ザキの差し出した袋をもう既にぐったりとした黒子の口元に当てればゆっくりと呼吸が落ち着いていく。
顔色は戻らぬままにそのまま意識を失った黒子を背負い自室へと運ぶ事になった。
( 一体何があった。 )
問いかけても帰ってこない相手を少しだけ哀れに思った。事情を聞く価値とその後の算段を既に俺は立てていた。