「日本代表候補生の専用機? 知るかバカ! そんなことより男性IS専用機だ!」というメディア、スポンサー各企業、国民の総意により本来代表候補生のISに割かれるリソースを全力で注ぎ込み、ぼくのISが完成した。
求められているのはISを操縦できるパイロットではなくアイドルでした。
ぼくがISを操縦している映像や写真は大々的に宣伝され、史上初めてISに乗った男性として広告塔として表に立たされることになった。
『打鉄でもいいけど、なんかパッとしないじゃないですか』
ぼくの専用機が造られる過程で、関係者から出たひとことである。男がISに乗る記念すべき機体が量産機じゃ見栄えがよろしくないらしい。
経緯はどうあれ、ぼくがISに乗った事実は世間に凄まじいインパクトを与え、もうひとりの男性操縦者の専用機の開発プロジェクトが始動し、結果として代表候補生の専用機の開発はさらに遅れることとなった。
ぼくが謝る必要があるのかわからないけど、ごめんなさい日本代表候補生の人。せっかく日本代表候補生になったのに、ぼくがISに乗れたばっかりに後回しにされてしまって可哀想だ。
ともあれ、大人の事情で専用機パイロットにまでなったぼくは、待機状態ではネックレストップになっているISを引っ提げてIS学園に入学した。
予想はしていたが、半年前から騒がれていたぼくは奇異の目に晒された。視線が質量を持つことを実体験で確信する。
すごい見られてる。とっても見られてる。滅茶苦茶見られてる。
入学式が終わり、教室に移動して自分の席についてからもずっと視線が集中している。自惚れではなく、ぼくの席は一番後ろなのに振り向いている人が大勢いるからもうガン見されているといっていい。
一番前にはもうひとりの男性操縦者、織斑一夏くんがいるのだが、彼は肩を縮めて小さくなっている。
自己紹介も簡潔で控えめだった。なのにぼくのときだけ、クラスメートが騒ぎ立てたり、質問が飛び交ったりした。
どうやらぼくはメディアに露出しすぎて目立ち過ぎたらしい。本来、ぼくと織斑くんとで分散される注目度が、織斑くんの取材拒否でぼくに集中したから当然なのだけれど。
……ぼくは事前に、同学年にぼくを下心満載の目で見ている人が複数人いることを知っていたので、比較的マシだったが、前の世界の女性に相当する織斑くんには、かなりきついのではないだろうか。
ぼくからすると、俗っぽい言い方をしてしまえば、女の子の物凄い良い匂いがするのだが、織斑くんには男子校のむさ苦しい匂いに感じるのかもしれないし。
ぼくが心を空にして、クラスメートの黄色い声の荒波をやり過ごしていると、タイトなレディーススーツの凛々しい美人が教壇に上がった。
「このクラスの担任を勤める織斑千冬だ。適性と成績が優秀なだけで選ばれた貴様らを一人前に仕上げるのが私の仕事だ。このクラスには都合上、男子生徒が二人いるが、特別扱いする気はない。女子生徒諸君も色恋に浮かれることなく、勉学に励むように」
教室が浮かれているのを引き締める厳格な声と態度だが、反対に女生徒は色めきたっていた。
恐らく、前の世界観でいうオリンピック金メダリストに相当する有名人だから、憧れの選手に会って興奮してしまうようなものだと思う。
織斑先生は額に手をあて、これ見よがしにため息をついた。
「まったく……どうしてここの生徒はこんなのばかりなんだ。言っておくがお前たち」
呆れ顔から一転しておっかない顔つきになり、浮かれっぱなしのクラスを見渡して、
「私の弟に手を出したら殺すぞ」
……ぼくは?
静まり返るクラスの中、ぼくはそう質問しそうになる衝動を何とか堪えた。
おかしいな。ぼくの名前が入ってなかったぞ。これじゃまるでぼくには手を出してもいいみたいじゃないか。
公私混同しない、特別扱いする気はないってさっき公言してたのに、さっそく翻意にしてるよ。
ケダモノの群れに放り込まれた弟が心配なのは分かるけども、ブラコンをこじらせているからか、ぼくが蔑ろにされている気がする。
ぼくの心の叫びが通じることはなく、織斑先生はそれ以上語らなかった。そうして、ぼくのIS学園生活が表面上は穏やかに、しかし内情は混然と始まったのである。
休み時間になると、ぼくと織斑くんの半径三メートルくらいに空白地帯が生まれていた。
クラスメートたちは皆遠巻きにぼくたちの様子を窺っている。廊下にはぼくたちを一目見にきた学園中の生徒でごった返している。何となく動物園の檻の中を彷彿とさせる光景だった。
彼女たちは一様にひそひそと何事か話し合っているが、ぼくにはその心情が容易く想像できた。
織斑くんは織斑先生が怖くて手が出せない。ならぼくに行くか? お前行けよ。お前が行けよ。誰も行かないなら私が行くけど。抜け駆け禁止。ならどうすんだよ。みんなで行こう。
躊躇いと好奇心と先んじたい功名心がひしめき合い、全員が様子見に徹していた膠着状態から、フットワークの軽い人が抜け駆けしようとする足を引っ張り合った末に、折り合いをつけて赤信号みんなで渡れば怖くないの結論に至って集団で動こうとする頃合いだ。
案の定、牽制し合うみんなを差し置いて、動く人がいた。長身で物凄くスタイルの良いポニーテールの女性が織斑くんの方に歩いていく。
女生徒が「しまった!」みたいな顔になったと思ったら、「え、織斑くんに!? なにあいつ勇者!?」と仰天し、固唾を飲んで凝視する。
綺麗な姿勢と足取りで悠々と織斑くんに歩み寄っていくが、辿り着く前に織斑くんが席を立った。
と、思いきやぼくの方へ向かってきた。というか走ってきた。そしてぼくの手を力強く握った。
「男ーーーーーーーーーーっ!!!!!」
あっ、はい。男です。
突然叫ばれてショートしたぼくに織斑くんが畳みかける。
「よかった、男がいて。天乃唯だよな? 俺は織斑一夏。よろしくな!」
「う、うん」
虚をつかれてぼんやりと返事するぼくの手をブンブンと振り回す。
「女子高に強制入学なんて聞いた時は頭が真っ白になったけど、同じ境遇の人がいるなら耐えられそうだ。お互い、助け合って生きて行こうな」
「そ、そうだね。二人だけの男だしね」
第一印象は、快活な美形の男の子だった。顔立ちは織斑先生に良く似ているが、笑うと人懐っこい愛嬌があって親しみやすい。
同じ造形なのに、どうしてこうも印象がちがうのか不思議になるくらいだ。
前の世界でも相当に女子に人気があっただろう。なぜかこの男女の立場が逆転している世界でも、美意識とでもいうか、美醜の感覚とでもいうべきか、そういった価値観は変わっていなかったから、きっと織斑くんはモテるはずだ。
怖いお姉さんがいなければ。
「一夏、少しいいか」
そして怖いお姉さんがいるのに、めげずにポニーテールの娘が織斑くんに声をかけた。
織斑くんは、「えー」とでも口にしそうな、不満げな顔をしたが、彼女の背中についていった。
名前を呼び捨てにしていたし、雰囲気からして昔なじみか、元々友達だったとかかな。
ぼくがじっと彼女を見ていると、不意に目が合った。どう反応したらいいかわからず、曖昧に笑いかけると、ぷいと逸らされた。
二人が教室を出ていく。周りの女生徒はポニーさんを「勇者だ」と尊敬するような口ぶりで讃えていた。別に手を出さなければ、話すくらい大丈夫だと思うんだけれど。
「もし、そこのあなた」
鈴の鳴るように澄んでいて、それでいて艶やかな響きの声のする方に目を向けると、ぼくの斜め前にいた長い金髪の白人少女が瀟洒な立ち姿でぼくの傍にやってきていた。
異国の人に話しかけられて、ぼくは僅かに緊張した。
「ぼくですか?」
「わたくしの眼には、あなたの他に何も映っていませんが」
それもそうだ。流れるように返されて、ぼくは返す言葉もなかった。
流暢に日本語を話すことにも驚いたけれど、なんというか、グイグイと距離を縮めてくる感覚にたじたじのぼくに彼女は優雅に微笑みかけてきた。
「あら、ごめんなさい。意地悪するつもりはなかったのですけれど。わたくし、セシリア・オルコットと申します。イギリス貴族・オルコット家当主にして代表候補生ですわ」
「天乃唯です。恥ずかしながら、オルコットさんのように誇れるものはありませんけど」
「そんなことありませんわ。男性の身でありながらISのパイロットとして努力しているではありませんか。わたくし、あなたとはぜひ、お近づきになりたいと思っておりましたの」
現代に貴族なんて本当にいるんだなとか、貴族のお嬢様と言われれば成程と頷きたくなる気品というか物腰に気圧されていたぼくの手を、オルコットさんはごく自然に会話の流れに乗って握った。
「あの……お、オルコットさん?」
「セシリアでかまいませんわ」
柔和な笑顔と対照的に行動は強引で、息がかかるほどに顔を寄せて言う。
「唯さん、周りが女性ばかりで不安になることもあるでしょう。でも安心なさって。わたくしがあなたの騎士になって差し上げますわ!」
「……はい?」
「わたくしに、あなたのことを守らせてくださいな」
……ひょっとして、口説かれているのだろうか。金髪白人の美少女が、自らを騎士と称して気障なセリフを恥じらいもなく口にするものだから、ぼくは疑心暗鬼になって現実を受け入れられずにいた。
セシリアさんにちゃんと向き合っていないからか、外野の声がいやに耳に届く。
「ちょ、天乃くんが金髪イケマン(※イケてるウーマンの略)の毒牙にかかっちゃうよ!」
「このままだと、気になる清楚なあのコがチャラい女にいつの間にか落とされてる鬱展開に!?」
「目の保養してる場合じゃねえ!」
ぼくがセシリアさんの綺麗な湖面のような青い瞳に映っている自分から視線が固定されて身動きが取れないでいるあいだに、周囲が大移動する気配を感じた。
セシリアさんは反応のないぼくに困った顔をしていた。
「ちょっと、聞いてまして? つまりですね、これからわたくしがあなたの剣となり盾となり――」
「――どっせい!」
「はぐッ!?」
またしても口説き文句らしきものを口にしようとしたセシリアさんは、押しかけてきた大勢の女生徒に弾き飛ばされて揉みくちゃになり、ぼくの視界から消えた。
入れ替わりに前にきた快活そうな女生徒が挙手し、元気にアピールしてくる、
「あまのくぅーん! アタシ、相川清香! 出席番号一番、一番だよ! 趣味はスポーツ観戦とジョギング! よろしくね!」
「布仏本音~。隣の席だよ~」
「あたしは谷本癒子! よろしく天乃くん!」
「な、何なんですのあなた方! 今はわたくしが――」
「新聞部でーす! 天乃くん、写真撮っていいかな!? できれば織斑くんと一緒に!」
「あああっ! 次から次へと~~~!」
濁流のごとく押し寄せるメスの群れ。人口密度が急激に上昇し、圧倒的な熱量と指向性の伴った情念が隠しきれずに迸っている。
彼女たちの顔には、『性欲』と書いてあった。義務教育から解放された途端、全寮制女子高に閉じ込められた彼女たちの前に現れた、唯一手が出せる異性を前にした態度がこれである。
これが前の世界の男か……ここまであからさまだったかな。大学生はともかく高校生はもう少しシャイだった気がしなくもない。
このバカ騒ぎは織斑先生が来るまで続いた。気分はオタサーの姫だった。いや、アナタハンの女王かもしれない。
●
長い一日が終わり、あてがわれた自室に赴くと、先客がいた。分かっていたが、織斑くんだった。
男子は二名、寮は二人部屋だから当然である。すでにTシャツにハーフパンツとラフな格好に着替えていた織斑くんは、入ってきたぼくを見て安堵の笑顔を浮かべた。
「おぉ! よかった、同じ部屋だな。もし女子だったらどうしようかと思ってた」
「あはは、さすがにそれはないと思うよ」
なったらその女子は織斑先生に殺されてると思うから。
と、まあ、笑えない冗談は置いておいて。ぼくは織斑くんが元の世界の女子高生に当たることから、話が合うかとか、男っぽくないと言われるかもしれないと多少警戒したのだけれど、そんなことはなかった。
挨拶を交わしてから、親睦を深めるためにとりとめのない雑談をしていたが、普通の男の子と何ら変わったことはなかった。
これなら意識することなく友人として接することができそうだ。会話がいくらか続いた頃には、お互いを名前で呼び合うようになっていた。
ぼくが学園生活に展望を見出していたとき、一夏は思い出したように憤懣をもらした。
「あ、そういえば今日、女子が唯に言い寄ってたよな。バカみたいに何人も何人もさー」
「え? あー、うん」
ぼくが言い澱み、歯切れの悪い言葉しか返せないでいると、一夏は咎めるように言った。
「気をつけろよ。女は全員ケダモノなんだぞ。四六時中発情して、男とヤることしか頭にない野蛮な生き物だ。唯なんて美少年だからみんな狙ってるぜ。危なくなったらすぐ助けを呼ぶんだぞ」
「そうかな……いくら何でも、そんなことする人たちじゃないと思うけど」
男性の立場からつい否定してしまう。ややこしいけれど、ぼくはこの批難を受ける立場だったのだ。こういう偏見には一言二言言い返したくなる。
これに対して一夏はムッとして強い口調で言った。
「女なんて男の顔と胸と尻しか見てないだろ」
ご尤もです。しかもこの世界の女子は男子の竿のサイズを推測して興奮するらしく、ズボンの膨らみを見て妄想を膨らませているとか。男が服に包まれた胸を見て興奮するのと同じですね。
まだ言い足りないのか、一夏はぷりぷりと怒り出した。
「今日一日見てて気づいたけど、唯はガードが緩いんだよ。男子校にいたから仕方ないのかもしれないけどさ、ここは女子校だってこと忘れちゃダメだぜ」
有り難い説教が続く。気をつけてなくては思うけれど、十五年も男として生きてきた意識を改善することは難しく、中学校は男子校で女子の目がなかったからそこは考えたことなかったのである。
さて、この世界の男子代表である一夏と接してきて、気づいたことがある。
説教を耳に入れながら、ぼくは隙を見て質問してみた。
「あの……一夏ってひょっとして、女の子のこと苦手?」
「え、うん。苦手つーか、嫌いかな」
その答え方がとてもあっけらかんとしたもので、「何言ってるんだよ、当然だろ?」とでも言いたげな顔で口にするので、ぼくはしばし閉口してしまった。
あーやっぱりそうか……そうきたか……
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