この世界でのぼくの異常な人気に、ふと疑問に思い、ネットに散りばめられた匿名の混じり気のない風評から、元の世界の女性に置き換えるとどのような人物像になるのか推測してみた。
まず、概ね、ぼくの容姿は持て囃され、美少年と形容されている。そこに『アイドルよりかっこいい、かわいい』だの尾ひれがつくが、まぁ斜に構えている人が多いネットでも絶賛されていたから顔は良いのだろう。
そこに顔以外の付加要素を足してゆくと以下のようになる。
『黒髪』で『スタイルが良く』、『清楚』で『育ちがよくお坊ちゃまっぽい』、これに『名門男子校だから恐らく童貞』に発覚当時中学生、現在高校生の『若さ』がつく。
この『スタイルが良い』の定義がイマイチわからない。AV男優を見るに、マッチョな男性がセクシーというかグラマーでセックスアピールになるようなのだが、ぼくにそんな筋肉があるわけがなく、モデル体型に近いのだと思う。
まとめると、元の世界の女性に置き換えたぼくは、黒髪の清楚な美少女で、名門お嬢様学校育ちで男慣れしてなさそうなモデル体型の女子高生になる。
すごい、ここまで男に媚びた属性がてんこ盛りだと返ってビッチっぽくなるくらいだ。
ここまで完璧な存在だったこの世界のぼくは、どんな性格をしていたのか大変気になる。スマホには女性のアドレスがほとんどなかったから、女遊びしていたわけではないだろうけど。
身体的には元の世界のぼくと差異は全くないから、ぼくの体がこっちに来たのか、魂だけ憑依したのか、それすら判別がつかないため、幾ら考えても栓無きことではあるが。
一夏が女嫌いを告白した翌朝、ぼくは同性の一夏と彼が嫌う女性たちとの付き合いのバランス感覚をどうすればいいか憂慮しながら朝食を摂っていた。
生徒は三食無料、寮もそこそこのホテルのようで住環境に不満はない。まぁ、異性ばかりで気を使わなければいけないのが難点だけれど、正直男子校だった中等部よりも気楽である。
見知らぬ人にいきなり親しく接されると、どうしても拒否感が出るのだ。この世界のぼくの友人だった彼らには悪いけど。話も女性の方が合うような感じもするし。
「あ、天乃くん。隣いい?」
注目されながらも声をかけてくる人もいないので、一人でもそもそ食べていたのだが、緊張がちな声色で近寄って来る人影が複数居た。
誰かと思えばセシリアさんの次にぼくの印象に残っているクラスメートたちだった。元気なショートカットが相川さんで、おさげが谷本さん、ほんわかした布仏さんに……黒髪ロングが鏡さん、一夏の隣の席のおとなしそうな人がかなりんと呼ばれたコかな?
ウチのクラスは代表候補生のセシリアさんや男子二人がいる問題の多そうなクラスだが(だから織斑先生が宛がわれたのだろう)、他は全員日本人で編成されている。行動力や社交性からして、彼女たちがクラスの中心になるだろうし、仲良くしておいて損はない。
ぼくは快く受け入れた。
「どうぞどうぞ」
「ありがとー。そいじゃ失礼して」
隣に相川さんが腰を下ろす。後ろの四人はぼくがOKを出すと、小さく「やった」と顔を見合わせて喜んでいた。まあ、こういうのは男女関係なくかわいいかな。
「あれ、織斑くんは居ないの?」
鏡さんが言う。ぼくは苦笑した。
「朝はいらないって、部屋にこもってるよ」
「へー、そうなんだ」
「まぁ男の子だしねえ」
女性陣は思い思いに口にする。本当は女の子がたくさんいる環境が嫌で籠城してるんだけど。
入学早々からこれだと、まだまだ先の長い一夏の学園生活が大丈夫なのか心配になるが、元の世界でいう男性恐怖症みたいなものなのかな。何で嫌いなのか聞けなかったが、会ってすぐに深く切り込むのも躊躇われるし、おいおい向こうから話してくれるまで待とう。
雑談を交えながらゆっくり朝食を楽しんでいたが、会話を重ねていく内に彼女たちが同年代の女性のモデルケースというかティピカルというか、一般的・普遍的な感性を持っていると思えてきた。
前々からこの世界には疑問が多かったから、思い切って聞いてみることにした。
「ねえ、やっぱり女の人って筋肉質な男の方がいいのかな?」
「えっ?」
切り出し方が唐突過ぎたのか、異性から好みの話をされて驚いたのか、五人はそろって固まった。
「それってどういう――」
「人によると思うなー。マッチョがいいって人も居れば、スレンダーがいいって人も居るし、行き過ぎなければどっちもありー」
「だねー。デブだったりガリガリだったり、極端にムキムキじゃなければ別に気にしないよ」
谷本さんが身を乗り出して何か聞き返そうとしたのを布仏さんが遮って答え、それに相川さんも同調した。
「そうなんだ。でもグラビアアイドルはマッチョな人が多くない? それって筋肉に魅力感じる人が居るってことじゃないの?」
「えーと……ま、まぁそれなりに引き締まってる方がいいのは確かなんだけど、正直アメリカの俳優みたいに凄いマッスルなのは色気通り越して引くなぁ」
「それに運動してるわけでもないのに、見せ筋つけまくってるの見ると、そこまで女にモテたいのかって思っちゃうかな」
なるほど、胸や尻がデカすぎても引いちゃうと同じ感覚なのか。あと、筋肉は女性の胸とちがって鍛えようと思えば身につけられるから、あまりセックスアピールに必死だとビッチに見えると。……変な価値観。
ぼくが一人納得しながら、それでも腑に落ちない妙な気分に陥っていると、鏡さんは期待しているような、含みのある笑みを浮かべた。
「意外だなー。天乃くんもそういうの気になるんだ」
「へ?」
………………ああ、今のは『男は胸が大きい娘の方が好きなのか尋ねる女の子』になるのか。めんどくさい。ぼくは慌てて取り繕う言い訳を考えた。
「いや、あの……男子校育ちだから、そういうのに疎くて、気になってしまって」
「へー。まぁ、あの黒薔薇学園育ちだもんね。もしかして、同年代の女の子と接する機会も、殆どなかったり?」
「……はい」
たぶん。この世界の記憶がないから確証ないけど環境的に機会に恵まれてないし。
頷くと、この五人だけでなく周りからも「おー」と感嘆の声が漏れた。聞き耳に立てていたのか。
嫌な空気になったので、ぼくは話を変えることにした。
「みんなはどうなの? みんな可愛いけど、彼氏とか居たりしなかった?」
「居ない居ない!」
「うんうん、彼氏なんて、全然!」
「フリーもドフリー! ノーマークよノーマーク!」
話題を振ると、必死なくらいアピールされた。嘘でもちょっと前は居たとか見栄張ったりしないのか。潔い。
「そうなんだ。でもIS学園生ってエリート中のエリートだし、男の子にモテモテでしょ?」
ぼくに下心が集中されても困るので、意識を外に向けようと画策する。彼女たちは彼女たちで、学年で一番とか、学校で一番可愛いレベルの容姿をしている。
普通に異性に人気あるだろうし、他校の男でも見つければいいんじゃないかと思ったぼくだが、発言した途端にみんなの顔が暗くなり、空気が冷えた。
「……? どうしたの?」
「あのね、天乃くん……教えてあげる。――IS学園に出会いは、ない」
谷本さんが憂鬱な顔色で断言した。え、そうなの?
「IS学園は、ISの特性上、生徒は女性のみ。おまけに安全と情報保護のために、生徒は外界から隔離された場所で寮生活を強いられる。他校との交流は一切なし。外出にも面倒な書類に長々と理由を記入して許可をもらわなければならず、外の人が訪れる学祭も生徒が配るチケットがないと入れないから必然的に保護者に限られる。そうなると出会いは長期休暇でナンパして彼氏をゲットすることに限られてくるんだけど……」
「全寮制だから滅多に会えないんで、強制的に遠距離恋愛になるのよね。それで、その、満足できるわけもなく長続きしなくて……」
「卒業したら引く手数多で、合コンでもモテるって聞くけど、少なくとも在学中は諦めろってのが現状なのよね……」
一様に暗い顔で話す面々にぼくは少し同情してしまった。そういう事情でぼくに殺到するわけか。いや、全然良くないんだけど。
「さすがに入学前から彼氏居るコのことは分かんないけど、まともな恋愛はここでは望めないわけですよ、私たちは」
「天乃くんとなら話は別だけどねー。あたし、彼女に立候補しちゃおっかなー」
「調子乗るなボケー、コイツぅー!」
「ギャー」
最後はボケでお茶を濁していたが、これは本気だろう。確かに、二人部屋でプライベートはあってないような環境で、十代男子並みの性欲に苛まれ続けている彼女たちの前に、世間知らずのお坊ちゃまがきたら跳びかからずにはいられない。
ぼく、大丈夫? レイプされない? みんな可愛いから、ぼく自身はそんなに抵抗感ないけど、後々面倒になりそうでやっぱり何とかしないといけないのかなぁ。
校則で不純異性交遊禁止だったりしないの?
後で調べてみようと思うぼくだった。
●
一夏が先に行っててくれというので、一人で登校したぼくが昇降口に着くと、セシリアさんとばったり出くわした。
「あら」
「おはようございます、セシリアさん」
男子校で仕込まれた癖で、上品に微笑みながら挨拶する背筋がむず痒くなる行為をすると、セシリアさんは優雅に微笑み返した。
「はい、おはようございます。ふふ、朝から唯さんと会えるだなんて、今日はついていますわ」
まぁ、クラスが一緒だから不幸でも教室で会いますけどね。特に会話も思いつかないからどうしたものかと困っていたが、世辞を述べたセシリアさんはえらい綺麗な手を差し出してきた。
「ここで会ったのも何かの縁。わたくしにエスコートさせてくださいな。と言っても、教室までの短い間ですけども」
何でこんな気障ったらしいセリフポンポン出てくるんだろうと不思議に思うものの、特に断る理由もないのでぼくはその手を取ってしまった。
だって物凄い美少女の誘いなんだもの。これは仕方ないよ。
並んで歩いてみて、横顔の綺麗さ、肌の白さ、毛先が巻かれた金髪の見事な鮮やかさとか、そういった彼女を構成する派手な部位よりも、意外と背が低いことが目についた。
背丈は日本人の女性と大差がない。他の女性的な部位は発育が良いようだけど、まっすぐに伸びた背筋や、自分が特別なのだと他者に認識させるオーラが大きく見せているようだった。
「日本には慣れましたか?」
「部屋が少し狭いですわね。それに使用人も居ませんから、身の回りのことを自分でやらなければいけないのが不便で仕方ないですわ。その他には思うところはありません」
使用人だって、使用人。住む世界が違うとしみじみ思わされる単語が出てくるなぁ。
ぼくが本物の上流階級の人の話に感心していると、こちらにも話を振られた。
「唯さんはどうなのですか? 女子校に入学した男性の初日の感想が聞きたいですわ」
「特に何も。皆さんはとても親切ですし、今のところは問題ありません」
「本当ですか? 困ったことがありましたら、いつでもわたくしを頼ってくださいね? 必ず駆けつけますから」
……こういうのを積極的というのだろうか。肉食系女子とでもいうのだろうか。
可愛い女の子に言い寄られるのは素直に喜ばしいことなのだけれど、初対面から守護ると言われても警戒心が先に立つのは当然なわけで、少なくとも元の世界でぼくが女だとしたら、こんなこと言ってくる男に心を許したりしないと思った。
幾ら何でもイケメン白人に話しかけられただけでホイホイついていく女の子なんて居るわけないよね。
「あの、どうしてぼくにそこまでしようとしてくれるんですか?」
「どうしてとは?」
「面識もない人に突然、私が守ってあげると言われたら、不自然だと思うのは普通じゃないですか?」
「何もおかしくないですわ。男を守るのは女として当然のことですもの」
お前怪しいんだよ、と指摘したら、セシリアさんはあくまで男女の共通認識として当然のことをしたまでだと宣う。なにその男が絶対奢らなければいけないみたいな価値観。
唖然とするぼくにセシリアさんは余裕を携えた微笑を向けた。
「織斑さんのように頼れる近親者が居るわけでもなく、寄って来るのは牙を隠そうともしないケダモノばかり。大人も女性ばかりで気を許せる者が居ない環境。そんなあなたに手を差し伸べてあげたくなるのは女性として当然だと思いませんか?」
あー、そこまで考えてくれてたのか。父性みたいなものかな。納得しかけたぼくにセシリアさんは、僅かに柳眉をしかめて言う。
「もちろん、誰でもいいと言うわけではないですのよ? わたくしの祖国・イギリスの男ときたら、プライドが高くて、粗野で皮肉屋で、全く可愛げがありませんの。それに比べて、唯さんは素直で慎み深く、愛らしい。噂にきく日本男児そのものではありませんか。
わたくし、そういう男性をとても好ましいと思っているんですの」
……日本男児? 大和撫子の、この世界バージョン? そんなもの幻想で既に実在しないニンジャ、サムライと同格の存在なのに、外国人はまだ信じてるの!?
酷い誤解だ。時代錯誤なセシリアさんの認識を解かなくてはと憤るぼくを見て、何を思ったのかセシリアさんは一歩踏み込んできた。
「そう思い悩まなくてもいいではないですか。迂遠な物言いで納得されないのでしたら、率直に申しあげますわ」
そう言うと、ぼくの顎に指で触れ、自信に満ち溢れた瞳でぼくを見上げた。
「――わたくしにも下心がありますの。こんなに美しい男の子を、他の女性に渡したくない。自分のものにしてみたい。あなたを見ていると、どうしようもなく独占欲が湧くのですわ」
妖艶な空気に気圧されて、ぼくは青い瞳に吸い込まれる感覚に陥った。すごい告白だ。こんな口説き文句言われたことない。
告白というには上から目線というか、ぼくが王冠か宝物みたいな扱いされてるように感じるけど、とにかく美少女に言い寄られるのは耐えがたい誘惑だと身に染みて実感した。
ラブコメの主人公って毎日これに抗ってるんでしょ? 修行僧でも目指してるのって耐性だよね。
「フフ、顔が赤くなってますわ。そういう初心なところも素敵です。さて、どうしましょうか。朝のHRまで時間もありますし、どこかで暇を潰し……」
そこまで言いかけたところで、ぎょっとセシリアさんが目を剥いて身を引いた。後ろ?
振り返ると、ぼくの背後に織斑先生が立っていた。いつの間に? 全く気配を感じなかったんだけど。
「朝からお盛んだな、オルコット。そんなに元気が有り余っているなら、グラウンドを走って発散してきたらどうだ?」
「お、オホホホホ、遠慮しますわ……では唯さん、御機嫌よう。教室でお会いしましょう」
セシリアさんでも織斑先生の威圧感には逆らえないのか、冷や汗を流しながら、引き攣った笑顔を残してスタコラと先に行ってしまった。
ポツンと佇むぼくの肩に手を置き、織斑先生は幾分柔らかい声音と微かな笑顔をぼくに向けた。
「大丈夫だったか、天乃」
「え、ええ……まぁ」
別にそこまで危ない目にあってないのだが、とりあえず合わせておく。織斑先生はすぐに厳しい顔つきになって小さく嘆息した。
「済まないな。女所帯だから、数少ない男のお前には、こういう輩が寄って来ることも多いだろう。弟ばかりに目が行って、天乃への配慮が足りなかったな。申し訳ないことをした」
「いえ……」
おざなりに答えて、確信する。この人、絶対ブラコンだ。しかもただのブラコンじゃない。超がつく本物のブラコンだ。
ぼくがちょっと冷めた目で見ていると、織斑先生はぼくに微笑みかけて、力強く語りかけた。
「困ったことがあったらすぐに私たち教師を頼れ。必ず力になる」
「はい……」
頷いておいてなんだけど……あれー?
セシリアさんと言ってること一緒……。
●
入学式の翌日に一夏が遅刻しかけるハプニングがあったものの、セシリアさんから変なことをされることもなく朝を終え、HRの時間となり、副担任のやたら胸元を強調する服を着た巨乳の眼鏡女教師、山田先生が教室に来て早々、こう言った。
「突然ですが転校生を紹介します」
そう口にした途端に教室がざわついた。そりゃそうである。だってつい昨日、入学式を終えたばかりだもの。何で転校生なのか、入学式に間に合わなかっただけじゃないのか。
みんなひそひそと疑問を口にしていたけれど、山田先生が精いっぱい声を張り上げると、すぐに静まった。
「では、入ってきてください」
扉が開く。入ってきた人影は、小柄で華奢だった。長めのツインテールを揺らした高校生よりも大分幼く見える少女は、教卓の傍で立ち止まると、八重歯を見せて笑った。
「中国代表候補生・凰鈴音! よろしく!」
(´∀`*)