貞操観念が逆転したインフィニット・ストラトス   作:コモド

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クラス代表をねらえ!

「一夏~! ひっさしぶりー! 元気してたー?」

「え、なんで居んの?」

 

 入学式の翌日にやってきたエクストリーム転校生は、どうやら一夏の友達だったらしく、一夏の横の席を確保すると、休み時間に親しげに話しかけていた。

 彼女の様子からして、けっこうな仲の良さが窺えたのだが、一夏は再会を喜ぶでもなく、心底どうでもよさそうな顔で転校生を出迎えていた。

 転校生にとっては感動、あるいは驚きの再会になると踏んでいたのか、梯子を外された彼女はズッコケていた。

 

「さっきの紹介聞いてた!? 中国代表候補生だって言ってたでしょうがッ!」

「なんで鈴が代表候補生になれるんだ? お前、二年前まで日本にいただろ」

「いやあ、それはひとえにアタシの才能ってやつ? なろうと思ったらあっという間だったわ」

「ふーん」

 

 ぼくは教室の最後列で最前列の二人の会話を聞いていたのだが、傍目に見ても二人の温度差が酷い。

 代表候補生ということは、ISのパイロットとしていずれその国のトップになれる適正と能力を持っているわけで、中国の人口を考慮すると、転校生は凄まじい競争を勝ち抜いた上澄みの限りなく上層の人のはずだ。

 それは自信になるだろうし、誇ったりもするだろうが、肝心の見せびらかしたい対象の一夏が全く興味ない。

 転校生の加入で席が一つずれ、ぼくの隣になったセシリアさんの方が対抗心を燃やして執心しているくらいだ。ところで、この代表候補生って制度、よくわからないんだけど、先生か代表候補生の人説明してくれません?

 

「つーか、なんでこんな中途半端な時期に転校してきたんだ? 普通に入学してくればいいだろ」

「それは、その……専用機が納期に間に合わなくて」

「鈴って昔からついてないよな」

 

 さて、この二人が旧来の友っぽい雰囲気で会話しているのをぼくらは耳を澄ましながら窺っていたわけだが、二人だけの空間を築かれて二人の関係に関心が高まらない筈がなく、野次馬根性とあわよくばこれをきっかけに一夏との橋頭保を築きたい面々が特攻した。

 

「ねえねえ、織斑くんと転校生ずいぶん仲良いみたいだけど、どういう関係なの?」

「フフン、知りたい? アタシたちはね――」

「ただの幼馴染だよ。小中って同じ学校だっただけだ」

 

 得意げに話そうとして、一夏のそっけない返事に転校生は撃沈していた。あれはどう見ても片思いだな。

 そしてこの会話を凄まじい形相で睨みつけ、一言も聞き漏らすまいとしている篠ノ之さんの姿がぼくの視界の端にあった。ただの幼馴染発言にほっとしたような、それでいて喜べない微妙な表情になっている。

 特攻組は恋人じゃないと分かってますます踏み込んだ。

 

「へー、幼馴染なんだ」

「どういう関係だったの? やっぱり家が隣同士で家族ぐるみで仲がよかったとか?」

「いや、鈴が転校してきたばかりの頃、女子にイジメられてたのを助けたら何か懐かれた」

「人のことペットみたいに言うなぁ!」

 

 ……女の子嫌いなわりにけっこう男勝り、いや女勝りで剛毅なところあるんだな一夏。

 そして不憫だ、転校生。これまでの会話を繋ぎ合わせると、小学校で転校してイジメられていたところを助けられて一夏を好きになり、そのまま中学生までずっと片思いで二年前に中国に帰ることになってしまったが、それからIS操縦者として努力して代表候補生にまでなって日本に戻ってきた。

が、専用機の開発が遅れて入学式に間に合わず転校扱いになり、念願叶って片思いの相手と再会を果たしたら第一声が「なんで居んの?」……。

一夏も酷い男だが、まぁ異性に興味なさそうだし、恋愛にも疎いっぽい。むしろ女嫌いと言っていた一夏が普通に話せる時点で良いポジションにいるのではないだろうか。

 

 

 

 会話は織斑先生と山田先生が入ってきたところで打ち切られ、ISの座学の授業になった。

 予習はしてきたが、この世界はぼくが元いた世界よりかなり文明が進んでいるようで、3Dホログラムがそこら中にあったり、勉強はともかく時代が飛躍した感覚についていけなかった。

 ちょっとした浦島太郎の気分だったが、教科書は電子媒体ではなく紙媒体で購入が必要だったり、時代が進んでもそういうところは変わらないのだと少し残念な気分になった。

 ぼちぼち授業が始まり、山田先生が教壇に立ち、講義を始めようとしたとき、ぼくの隣の布仏さんが手を挙げて立ち上がった。

 

「はい、先生~!」

「なんですか、布仏さん」

「教科書忘れたので、隣の人に見せてもらっていいですか?」

「はい、構いません。でも初日から忘れ物とは感心しませんね。今日は大目に見ますが、次は許しませんよ?」

「はい、すいません~」

 

 布仏さんは形だけ反省した素振りを見せると、くるりと反転して、仏さまに祈るポーズでぼくの方を向いた。

 

「というわけで天乃くん、見せて見せて~」

『!?!!?!』

 

 教室の空気が一変した。

 

「しまったぁ!!」

「その手があったか!!」

「うるさいぞ貴様ら」

 

 何人か席を立ち、クラス中から感心と驚きの怒号が飛び交った。が、織斑先生の一声で沈黙した。

 

「別に構いませんけど……」

 

 この机と椅子、動かせないから物理的に無理じゃない? と言おうとしたら、OKをもらってご機嫌な布仏さんは丸椅子を取り出してぼくの横にやってきた。

 用意周到ですね。

 

「よろしく~」

「あ、はい」

 

 教科書を二人の中間地点に移動させると、それを覗き込もうと身を寄せてくる。当たり前だが女の子の匂いがした。この世界の女子も男の匂いを嗅いで興奮したりするんだろうか。

 周囲から恨みがましい声なき声がする。

 

(やられた……!)

(席が隣だからこそできる裏技……!)

(先生の評価を犠牲にしても構わない……その覚悟がなければ成立しない策……!)

(普通は照れや相手への迷惑を考えて躊躇してしまう筈なのに、奴には全く迷いがない……!)

(ちくしょう……ちくしょう!)

(人畜無害そうな顔して、なんて奴……!)

 

「あ、一夏。アタシも忘れたから見せて」

「いまカバンに仕舞ったのなんだよ」

 

 最前列では転校生が布仏さんを真似しようとして失敗していた。そろそろ織斑先生がキレそうだから授業に集中した方がいいと思う。

 授業内容はISの歴史や国際的にどう扱うか、条約や法律上での注意点など、そういったところを掻い摘んでおさらいする感じだった。

 男女逆転しているから当たり前だが、法律も微妙に違うんだよね。と言っても性別が逆転してるだけなんだけど。

 

「?」

 

 授業を聞いている最中、ぼくの右手に布仏さんの手が当たって、何かと思って目をやると慌てて引っ込んだ。

 見ると焦った表情をして顔を赤らめて目を伏せていた。どうやらわざとではなく、ふとした拍子に手が触れてしまっただけらしい。

 法律のことを考えていた為、こういうので手を握るのも身体接触型のセクハラになるのかなと思い立ち、恥ずかしがる布仏さんが可愛らしかったから、悪戯心が湧いた。

 少し置いて、おずおずと机に手を戻してきた布仏さんの小指を、ぼくの小指でくすぐった。

 

「っ」

 

 身を竦ませた布仏さんは驚いた様子でぼくを見た。ぼくは「気にしてないよ」と笑いかけたら、布仏さんは安堵したのか喜んだのか、どちらとも取れる曖昧な笑顔を浮かべて、おっかなびっくりぼくの手に自分の手を重ねてきた。

 あれ?

 

「イタッ」

 

 今度はぼくが戸惑ったのだが、突然布仏さんが顔を仰け反らせて、小さく呻いた。

 コロコロと机の上に千切られた消しゴムが転がる。飛んできた方に振り向くと、隣のセシリアさんがにっこりと微笑んでいた。

 どっちに向けてか分からないけど、怒っているのは分かったぼくと布仏さんはそれからずっと大人しくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタが天乃唯? ふーん。写真よりかっこいいじゃん」

 

 一夏がぼくをお昼に誘ってきて、それについてきた転校生と一夏を介して知り合った際に、ぼくを見ての感想がこれである。

 食堂のテーブル席で、転校生・一夏・ぼくの並びで座って昼食を摂っていたのだが、否が応にも目立つ。聞き耳立てられているのはいつものことだが、今日は一夏がセットで、男子二人を転校生が独占している状態だから余計に目立つらしい。

 転校生がぼくに色目を使ったのを見るや、一夏は呆れ顔になった。

 

「気をつけろよ、唯。コイツほんとスケベだから」

「ちょっ! な、なに言ってんのよ!」

「小学生のときから部屋にエロ本置いてたじゃないか。エッチで綺麗なお兄さんだっけ?」

「わー! わー!」

「他にも、俺と弾が着替えてるところを蘭と一緒に覗こうとしたりな。普段は仲悪いくせに、こういう時だけ一致団結するんだよな、女って」

「お願いだからやめてよ! 転校初日からアタシのイメージがエロ女になるじゃない!」

 

 ぼくは適当に笑って聞かなかったことにした。うーん、覗きはともかくエロ本は普通じゃないかな、男なら。

 しかし、なんだろう、この二人の関係。やんちゃな弟と口うるさいしっかり者の姉? なんか一夏が異性として見てなさそうな反応だ。

 転校生が対外的な印象を気にして半泣きなので、ぼくがフォローしてあげることにした。

 

「あはは……でも年頃の女の子ってそういうのに興味津々だって聞くし、しょうがないんじゃないかな」

「そうかぁ?」

「そ、そうよ! そうなの! そういうものなの! いやー、天乃くんは理解があって助かるわー、あはははは」

 

 転校生はぼくに乗っかって冷や汗を掻きながらやり過ごした。ぼくに理解されても一夏に理解されなきゃ意味ないけどね。

 お互いに自己紹介して、名前で呼び合うことを許したところで、このテーブルに突撃してくる猛者がいた。怖い顔をした篠ノ之さんだった。

 

「一夏!」

 

 テーブルに両手をついた篠ノ之さんは覚悟を決めた面持ちで一夏を睨みつけた。

 

「この女はお前のなんだ!?」

 

 なにこれ、修羅場? ぼくは不謹慎ながら心を躍らせ、周囲も盛り上がったが、一夏はきょとんとして答えた。

 

「なにって、幼馴染だけど」

「なら私は!?」

「幼馴染だけど」

 

 ぼくは力が抜けて椅子からずり落ちそうになった。一夏って神経図太いな。こういう風に問い詰められて、平然と受け答えできるメンタルは素直に凄い。

 

「そ、そうか」

 

 一分の隙もなく、異性として見てませんと返された篠ノ之さんは、振り上げた拳の行き場に困って頬を引き攣らせていたが、やがて彼女を睨んでいた鈴さんの視線に気づいて睨み返していた。

 

「立ってないで座れば?」

「う、うむ」

 

 一夏のメンタルはどうなっているんだろう。恋敵同士を同じ席に座らせて、自分は呑気に昼食を食べられる胃袋もどうなっているんだろう。

 篠ノ之さんは一夏の隣に座りたかったようだが、一夏をぼくと鈴さんで挟んでいる形になっている為、ぼくの隣に腰を下ろした。

 

「篠ノ之さんでしたよね? 天乃唯です、よろしくお願いします」

「え!? あ、あぁ! よ、よろしく……」

 

 ぼくが声をかけると、先ほどまでの勢いはどこへ行ったのかキョドりだして、視線をさ迷わせ始めた。

 ……これは異性とろくに接する機会のなかった人の反応だ。座る位置も微妙に距離が空いてるし。ぼくは会話のネタと緊張を解そうと一夏から聞いていた話題を切り出した。

 

「篠ノ之さんって剣道の全国大会で優勝したんですよね。凄いじゃないですか」

「い、いや! そ、そんなことはないぞ、全然! 大したことじゃない……です」

 

 肩がガチガチで表情も硬い。これはダメっぽい。この反応を見ていた鈴さんは、篠ノ之さんを鼻で笑って意地悪く口元を隠した。

 

「ぷぷ、なにその処女丸出しの反応」

「くっ……!」

「鈴も中学の頃、口癖みたいに『早く処女卒業したい』って言ってたろ。もう卒業したのか?」

「……」

 

 鈴さんは押し黙った。なにこのグダグダなお昼……

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みの一件でドッと疲れたぼくは早く学校が終わればいいと思いながら残りの授業を過ごした。

 放課後のホームルームの時間になり、あとは帰るだけだと肩の力が抜けたあたりで山田先生が言った。

 

「そういえば再来週行われるクラス代表を決めなければなりませんね」

 

 なんですか、それ。浦島太郎の気分が抜けないぼくを置いて話は進む。

 話を掻い摘んでいくと、現時点でのクラスごとの実力を測るためと競争意識を生むために年始に実施している行事らしい。

 あの、これ二年生以上ならともかく一年生は専用機持ち以外はろくにISを操縦する機会もないから、代表候補生がいるウチの圧勝で終わるんじゃ……

 

「誰か立候補や推薦はいるか?」

「わたく――」「アタ――」

「天乃くんがいいと思いまーす!!」

「賛成ェー!」

「やっぱり男子が代表の方が華があるし!」

「異議なーし!」

 

 二人くらい立候補しようとしていたが、誰かがぼくの名前を挙げると全員が賛同して、ぼくの同意を得るだけの空気になった。いやいや……

 

「無理です、操縦経験もろくにないですし」

「えー」

「その通りですわ! 専用機持ちとはいえ、代表候補がいる他クラスとの戦いに素人同然の唯さんを出すなど無謀も良い所です!」

 

 ぼくが断ると、案の定不満が出たがセシリアさんがフォローしてくれた。助かった。

 ぼくが胸を撫で下ろしていると、セシリアさんは自分を誇るように胸元に手をやって言った。

 

「その点、専用機持ちで経験も同学年では抜きんでたわたくしなら、クラス代表に相応し――」

「はいはーい! 天乃くんやらないならアタシやるー! 専用機持ちの代表候補生なら文句ないでしょ!」

「大有りに決まってますわー!」

 

 鈴さんに割り込んで立候補されて頭にきたのか、机を叩いてセシリアさんが喧嘩を売った。

 

「何ですの!? あなた、英国代表であるわたくしを差し置いて選ばれるほど、自身が優れているとでも思っていますの!?」

「はあ? 当たり前でしょ。イギリスが世界の覇権国家だったのなんて大昔の話じゃない。見る影もなく落ちぶれた癖にプライドだけは昔のままって、実が伴ってなくて滑稽ねえ」

「はん! 専用機の納期さえ守れない杜撰な第二世界国家が、何を宣っているのやら。そのIS、本当に動くのですか?」

「あぁ!?」

「そこまでにしておけ。天乃は辞退、立候補はオルコットと鳳だな?」

 

 教室で代表を決めかねない一触即発の状態だったのを織斑先生が諫めて事なきを得た。

 そうか、この人たち国家の代表としてきてるから対抗意識強いのか。こえー。超こえー。

 

「話し合いでは決着はつかんだろう。明日の放課後、アリーナで試合を行い、勝った方を代表とする。それでいいな?」

「構いませんわ」

「上等、分かりやすくていいわ!」

 

 二人が燃えている。格闘技の試合前の睨み合い並みに視線がバチバチいってクラスも盛り上がっていたのだが、ぼくの耳には確かに聞こえた。

 

「やっぱり女子って野蛮だな……」

 

 なにその、盛り上がっている男子を尻目に盛り下がって、冷めた目で見つめる女子みたいな反応……一夏……

 

 

 




うわっ……この主人公、ビッチすぎ……?

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