大変お待たせして申し訳ありまうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!
「僕、シャルロット・デュノアはきみに出会うために日本にやってきて、きみに見せるためにこの制服を着て来たんだ。どう、似合ってるかな?」
転校生がスカートの端をつまんで、ぼくの前でくるりと回った。短めなスカートから伸びる生足は白く艶めかしくも美しい。
ひらりと金髪が揺れた。ふわりと石鹸の香りが舞う。くるりとターンを決めてからぼくに愛らしく微笑む。
その所作のひとつひとつが爪先から指先に至るまでかわいらしさの塊だった。えげつない美少女がそこにいた。
美少女転校生は返事を催促するように小首をかしげた。その仕草すら堂に入っていた。
「あ、うん。似合ってる……」
「ふふっ、ありがとう」
少し驚いた表情を一瞬だけ見せて、照れたように、それでいて屈託のない笑顔をぼくに向ける。受け答えも完璧だった。ここが教室のど真ん中でなければ。
転校生は自己紹介を終えるとぼくの後ろがデュノアの席だ。と織斑先生に言われ、ぼくの傍に来ると冒頭のセリフをぼくに向けてやらかした。
満足げな転校生の背後で、セシリアさんが物凄い顔をして転校生を睨んでいた。教室もざわついていた。
転校生がぼくの後ろの席につくと織斑先生が一声で静かにさせた。うなじに転校生の視線を感じる。
何が目的なんだろう。ぼくは不審に思った。セシリアさんもぼくに近づいてきていたけれども、ここまであからさまではなかったというか、そう。ぼくに媚びてきたわけではなかった。
箒さんや鈴さんたちとも違った。IS学園に入学してからの短いあいだでぼくはぼくを見る人の目に理解がつき、女の子がぼくを性的な目で見ているかどうかの区別はできるようになった。
その識別眼から言うと、彼女はぼくをエロい眼で見ているわけではない。ではどういう理由でぼくにアプローチをかけてきたのかと言われると答えに詰まるのだけれど。
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「唯、次の授業はISの実習だよね。僕まだ来たばかりで右も左も分からなくて……だから一緒に組んでくれないかな?」
次はISの授業かぁ、セクハラスーツに着替えなきゃいけないのかぁ。と辟易としながら、更衣室に向かおうと席を立った瞬間だった。
転校生のデュノアさんがはにかみながら言った。空気が凍りつくのを感じた。
「おい、そこのカエル女郎」
セシリアさんがとてもきたない言葉を吐いて立ち上がった。どうでもいいけど野郎はこちの世界だとメロウなんですね。
「なにかな、ライム女郎」
デュノアさんが応戦した。どうでもいいけどメロウって言い方だとあまり野蛮に聞こえないね。
「転入してきたばかりなのに、ずいぶんと馴れ馴れしいじゃありませんか。唯さんはわたくしと組むので、そういうことやめてくれます?」
「そうなの?」
デュノアさんがぼくを見る。ぼくも初耳だったのだが、これってもしかして助け船だったりするのだろうか。
とっさの判断にまごついて口ごもってしまった。そこに一夏がきた。
「ちがう。唯と組むのは俺だ。男子なんだから当然だろ」
「あら、そうでしたか」
「……ふーん」
ペアを横やり入れた一夏に奪われる形になったセシリアさんだが、べつだん悔しがることもなく、むしろにこやかに答えた。デュノアさんはどういう感情なのか判断に困る表情でぼくたちのやりとりを見つめていた。
「行こうぜ、唯」
「う、うん」
一夏に手をひかれて教室を出る。背中にデュノアさんの視線がこびりついている気がした。
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「あいつには気をつけろよ」
更衣室で『デザインが男性蔑視』と訴えられそうなISスーツに着替えている最中に一夏が厳しい顔つきで言った。ぼくは服を脱ぎながら「なんで?」と生返事した。
一夏はいつもの不機嫌そうな顔をますますしかめた。
「なんでって、あいつスパイとか工作員の類だろ。転校初日から、あんなことする奴、普通いるわけないじゃないか」
「あー……。やっぱり、そうなのかな」
俗に言う美人局やハニートラップなのだろうか。可能性として頭の隅にあった言葉が、一夏の注意で浮かび上がってくる。
けれどもそれにしては……
「でも、スパイってあそこまで狙いが見え見えな態度とるものなの?」
「うーん」
ぼくの疑問に一夏が唸る。だまさなければいけないぼくにファーストコンタクトから疑いをかけられ、周りにも警戒されるのは、ぼくが想像するスパイからあまりにもかけ離れたお粗末な手腕だ。
スパイがみんな、ソフト帽にサングラスとトレンチコートのコテコテの恰好をしているとは言わないけど、女スパイはみんな色っぽくて色仕掛けを得意としているとか、そういうイメージがあるし。
それを踏まえると、デュノアさんは別に色っぽくないとは言わないが、かわいらしい女性が初対面の男性を色仕掛けで籠絡しようとする、誰から見てもスパイらしいスパイだった。
怪しい行動を取っているので、まぁスパイに思えるのだが、現実のスパイがここまでわかりやすい行動を取るとも思えないので、ぼくにはスパイではないのかもしれないという疑念も生まれていた。
もっとこう、スパイってすごい人達なんじゃないの? 実はデュノアさんは注意を引くデコイで本命は別にあるとかじゃないの?
そもそも男女が逆転してる世界で元の世界の美人局って効果あるの? ホストが貢がせる感じで情報を引き抜くのかな。
「たしかに決めつけるのはよくないけど、怪しいことには変わりないし。とりあえず警戒だけはしとこうぜ」
「うん……」
頷いたものの、ぼくの判断はどっちつかずの曖昧なものになった。怪しいと感じたのは事実だけど、スパイにしては手際が悪くて判断に困る。
現状、デュノアさんに対するぼくの認識はそんなところだった。
「じゃあ、二人組つくってくださいねー」
IS実習の授業が始まるや否や、山田先生がにこやかに言った。ぼくは一夏と組んだ。デュノアさんは余った。
「先生、組む人がいません」
さすがにこれは、ちょっとかわいそうだ。普通、美形の転校生なんてちやほやされそうなものなのに。まぁ、興味をもってくれそうな異性がぼくと一夏だけだからこうなるのも当然かもしれないけれど。
「あら、じゃあ先生と――」
「あの、よかったらぼくたちといっしょにやりませんか?」
「唯!?」
「いいの?」
見かねたぼくがデュノアさんを誘うと一夏は戸惑いの声をあげた。デュノアさんは渡りに船と言わんばかりの調子で笑顔になる。
一夏が何か言いたげに不貞腐れていたが、ぼくが引かなかったので渋々三人で準備体操をすることになった。
「ありがとう、唯。おかげでジャパニーズアニメによくある先生とペアを組まされて晒し者にされる羽目に陥らずに済んだよ」
「あはは、あれはアニメの世界の話だから。現実であるわけないよ」
ちなみにぼくは価値観の凝り固まった頭で、日本を勘違いしている外国人のようなことを言うデュノアさんを否定したに過ぎない。
小中と学校生活を送ってきて、一度も組めなかった経験も、組めない人を見た覚えがなかったので、滅多にないことを面白おかしく、ネットでネタにされているだけだと思っていた。
だからこの発言に誰かを傷つける意図があるわけではないことを言及しておく。
「先生と組んだほうがよかったんじゃないか? ほかの女子がデュノアを視線で人が殺せそうなくらい睨んでるぜ」
「いいじゃないか。だって唯が困ってる僕を見かねて助け船をだしてくれたんだよ。唯と組みたくても誘うことも誘われることもない人よりも僕は恵まれてるんだ。それはとても誇らしいことだと思う。だからどんどん見せつけてやればいいんだよ」
「……別に唯はお前と組みたくて組んだわけじゃないけどな!」
「わかってるよ。でもその気持ちが嬉しかったんじゃないか」
小っ恥ずかしくなる歯の浮くようなセリフをのたまうデュノアさんになぜか一夏が噛みついた。あべこべだから違和感は拭えないが、ぼくはこの光景に既視感を抱いていた。漫画やアニメによくあるヒロインの親友が、ヒロインと仲良くしている主人公と喧嘩するシーン。
あれを彷彿とさせる。まあ、まだぼくと一夏は親友と呼べるほど親しくもないし、ぼくとデュノアさんが主人公とヒロインというわけでもないのだけれど。
「織斑くんは僕と組みたくないみたいだから、準備体操は僕と唯でやろう」
「え?」
「ほらほら」
手を引かれて我にかえる。なし崩しに僕は一緒に準備体操をさせられていた。周りがやっているのを真似して形だけ合わせる。一夏はあまりの手際のよさに唖然として置いてけぼりをくらった。
ポツンと立っている一夏に山田先生が歩み寄る。
「織斑くん、わたしと組みましょうか」
「わたしがやりますので山田先生は全体指導に回ってください」
それを織斑先生がすかさずインターセプトした。なんてことだ。ぼくは一夏とペアだったはずなのに、いつの間にかデュノアさんとペアを組まされている。
開脚前屈をしているぼくの背中を押すデュノアさんが、胸を背中に押し付けて密着してきた。
「ごめんね。こうでもしないとお邪魔虫が来るから」
耳元でささやく。え、なにが? いまデュノアさんって着痩せするタイプなんだと実感させられて意識が別のところに行ってるんだけど。
「今だけでいいから、ちょっとだけ独占させて」
そう言って肩に頭を乗せてきた。頬に柔らかい髪が触れる。濃密になる甘い匂い。え、なに? ホントこれなに?
「先生ーッ! セクハラっ! そこの転校生が男子にセクハラしてますわ!」
沸騰しそうな頭を現実に戻したのはセシリアさんの怒声だった。スッとデュノアさんが離れる。
「ほらね」
その際にデュノアさんが小さく呟いた。セシリアさんがお邪魔虫……お邪魔?
いや、まあ、美少女と密着する時間を遮られたのは邪魔か。物思いに耽るぼくをよそにセシリアさんが額に血管を浮き上がらせながらデュノアさんに詰め寄っていた。
「あなたは代表候補生として自分を磨きに日本に来たのか、男と遊ぶために日本に来たのか、どっちなんですの?」
「言っちゃなんだけどさ、男の子が気になってISに身が入ってないのきみの方じゃないか」
「なんですって!?」
「お、なんだなんだケンカかー?」
「いいぞ、セッシー! そのキレイな顔をフッ飛ばしてやれー!」
「そうだそうだ! イケマンは殺せー!」
「でもセシリアもイケマンだよ?」
「……潰しあえー! 相打ちになれー!」
ヒートアップする金髪美少女二人とそれを煽るクラスメート。それを止めるべき教師は、男の子を巡って争うなんてわたしの時代にはなかった、わたしもこんな青春したかったと嘆いていた。もう一人は弟とのふれあいに夢中だった。
ぼくは冷や汗を流しながら間に入って仲裁した。それはさながら「わたしのために争わないで!」と泣く悲劇のヒロインのようだった。
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※(ここから先は主人公と一夏を美少女に脳内変換しながら読んでください)
結局、喧嘩は弟と二人きりの世界から帰還した織斑先生が、女子全員を授業中ずっと走らせることでおさめた。
ぼくと一夏は教師二人とマンツーマンで授業を受ける羽目になり、そのとき山田先生にどうして止めなかったのか訊いてみると、「中途半端に止めないで、思いっきりぶつからせたほうがすっきりするものですよ。女子なんて単純ですから、殴り合ったあとに友情が芽生えたりするものです」としれっと答えた。
山田先生の言う女子像が前の世界の男子そのままで、ぼくは閉口した。
殴っていい顔の作りじゃないと思うのだが、IS学園の女子は血の気が多いのでどんなに綺麗な顔立ちをしていても右ストレートでぶっ飛ばそうとするのである。
男女が逆転していない世界の彼女たちに会いたかった。きっとみんなお淑やかな美少女だっただろうに。性欲に負けて鼻の下を伸ばす様はどれほどの美少女であっても滑稽だし、暴力を振るおうとするのにはちょっと引いてしまう。
まぁ内面はさておき、彼女たちは見目麗しい美少女だ。美少女動物園というと聞こえが悪いかもしれないが、美少女だらけの箱庭に一夏と二人だけで放り込まれたわけで、自然とその美少女との接触が増えてくる。
そうなると男はどうなるか。むらむらするのである。興奮するのである。欲情するのである。とりあえず一回抜いとくかという気分になるのである。
きれいな女の子と一緒にいるだけで心が躍るのが思春期の男子だ。ぼくは躍りすぎて童貞をからかうビッチさながらに振る舞っていたが、迫られる側になってようやく自分が男であることを思い出した。
デュノアさんのやわらかさが鮮明によみがえる。それを皮切りにセシリアさん、箒さん、鈴さんたちとの記憶、クラスメートの制服から伸びる瑞々しい脚やISスーツ姿が次々と頭をよぎり、沸々と煮えたぎらせる。
思い起こせばだいぶ長い間ご無沙汰だった。中高生の性欲の恐ろしさをこういう閉鎖された環境になってまざまざと実感する。抜きたい。でも個室じゃない。どうしよう。
夕食をとってから、一夏と部屋で二人きりになって、悶々としながら考える。
トイレで……いやだめだ臭いでバレるししてる最中にノックされたらと思うとできない。風呂……あれ排水溝詰まるんじゃなかったっけ。野外……論外。
やはり箒さんのように、暗黙の了解を作って一人きりになるしかないのではないか。
ほら、デュノアさんはスパイ疑惑あるし、次にアプローチされたときに安易に揺らがないようにする対策としてね。処理しておかないと雑念がね。ぼくの意思を無視して身体が勝手に……なんてこともあるかもしれないからね。
そう、これは仕方のないことなんだ。自己弁護をしながらぼくは羞恥の衣を脱ぎ捨てて開き直った。
「一夏、ちょっと話があるんだけど」
「ん? なに?」
織斑先生から出された課題を黙々と進めていた一夏が手を止めてぼくを見る。ぼくはためらいがちに、しかし勢いよく言った。
「その、ちょっとのあいだ一人きりにしてほしいんだ」
「え、なんで?」
なんて察しの悪い男なんだろう。性欲に目がくらんだぼくは意を汲んでくれない友人を心の中でなじった。
「いや、ほら、その……さ」
「……?」
自分からは言い出しづらいので、なんとか察してもらおうと言い淀んでみたが、一夏は怪訝な顔をするだけだった。
「どうしたんだ?」
「えーと、だから……あー」
どうしてそんなに鈍いんだ。世界中の男が一夏なら人類は滅んでるぞ。
話が進まないのでぼくははっきり口にすることにした。
「あの、オ……オナニー……したいから」
「えっ」一夏は唖然としたかと思うと「ゆ、唯ってオナニーするのか?」とためらいがちに訊いてきた。
なぜ顔を赤らめる。男同士の猥談でなにを恥じらうことがあるのか。ぼくらは皆かつては「うんこ! ちんこ!」で笑える生き物だっただろう?
「それは……ぼくだって男だし、したくなることだってあるよ」
「そ、そうなのか?」
「……え? まさか、一夏はないの?」
ぼくの唐突に閃いた疑問に、一夏は顔をさらに真っ赤にすることで答えた。嘘だろ……ぼくは呆然とした。医学的に? 生理学的に? 男はこの時期が性欲のピークなはずなのに。いったいどうなってるんだ。
「嘘でしょ、だって女に生理があるように男だってオナニーするじゃないか」
「女は生理の何倍もオナニーするぞ」
ぼくの持論を一夏が自信をもって断言したので、ぼくはきっと織斑先生がそうなんだろうなと勝手に決めつけた。
ぼくは少したじろいで言った。
「いや、でもさ、だったら一夏は性欲をどう処理してるの?」
「俺はあまりそういうのないからなあ」
当然のように答える一夏にぼくは空いた口が塞がらなかった。もしかして、本当に頭というか身体の作りがちがうのか。それとも社会構造と精神性が異なるとそれに引きずられて変わってしまうのか。
どちらにせよ、常識を壊されたぼくは軽いショックを受けて言葉を紡げなかった。
一方で、一夏は性について興味津々だった。
「な、なあ。その、唯はどうやってオナニーしてるんだ?」
「えっ」
一転して自分を掘り下げられる立場になり、気後れしたぼくは、照れながらも目を輝かせている一夏を突っぱねることができなかった。
目を伏せがちに、ぼそぼそと。
「ど、どうって……手で、こう……」
「……そ、それって気持ちいいのか?」
「気持ちよくなければしないんじゃないかな」
「そ、そうなんだ」
一夏がごくりと生唾を飲む。一夏は身を乗り出していたが、ぼくはすっかり萎えていた。
「オナニーってどういう姿勢でするんだ?」
「……人それぞれじゃない? 椅子に座ったり、仰向けだったり、胡坐だったり……」
「へえー。ちなみに唯はどんな格好でしてる?」
「教えない」
「えー」
……おかしい。男子の下ネタなのに全然楽しくない。むしろ恥ずかしい。どうしてぼくがこんな目に合わなければいけないんだ。
羞恥心に心が折れてしまい、話題を転換する気力もないぼくをよそに、ひとりウキウキの一夏はまた何か思いついたらしく顔をほころばせた。
「そういえば弾が言ってたけど、そういうのってさ、誰か好きな人のことを思い浮かべてするものなんだろ? 唯は誰でしてるんだ?」
「は?」
「誰? やっぱりセシリア?」
――このテンション、どこかで見た覚えが……あ。そうだ、他人の恋バナに遊び半分で首を突っ込もうとするときの女子にそっくりなんだ。
「……教えない」
「えー。教えろよー」
女子といるときは不機嫌そうな顔がデフォな一夏が珍しく天真爛漫な表情でからんでくるのは新鮮だったが、ぼくはとても萎びていた。
男の子と下ネタで盛り上がるのがこんなに苦痛だなんて思わなかった。
ぼくは野次馬根性で根掘り葉掘り人の恋愛模様を探ろうとする火がついた一夏をどうにかしようと画策したが、性欲が収まるのと同時にオナニー告白した羞恥心にメンタルを焼き尽くされ、自己嫌悪で死にたくなって頭が回らなかった。
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「今日も転校生を紹介します。ドイツから来たラウラ・ボーデヴィッヒさんです」
次の日の朝も、転校生が来ていた。
……このクラス転校生多っ。
少女漫画を参考にしようとしたのですが、数多くの少女漫画を読んでわかったことは、少女漫画が悪魔の本ということだけでした( ˘ω˘)