第一話
………ピン、ポーン………
慎ましいドアチャイムの音で目が覚める。
…………あの時のことが夢に出てきやがった。
枕元の携帯を見るとーーーー時刻は、朝の7時。
(こんな朝っぱらから、誰だよ……)
居留守を使ってやろうか。
だが、あのチャイムの慎ましさにイヤな予感がする。
「んー………たべられないー……すぅ」
……コイツ、なんてベタな寝言を。
とりあえずコイツも起こさなければならない。
ワイシャツをはおり制服のズボンをはき、向かいになる二段ベットの上段を見ると、だらーんとプラチナブロンドの髪が垂れていた。引っ張ってやろうか。
「おい、リヴィア。起きろ。朝だ」
「………う~ん、あさ~?おきる~」
片手をヒラヒラさせるが、すぐにだらんと元に戻る。
「はぁ……」
俺は溜息をついて部屋の廊下を渡り……ドアの覗き穴から、外を見た。
そこには………やっぱりか。
「…………はぁ」
ーーーー白雪が、立っていた。
純白のブラウス。臙脂色の襟とスカート。
シミ一つ無い武偵高のセーラー服を着て、漆塗りのコンパクトを片手に、何やらせっせと前髪を直している。
何やってんだ白雪。こんな所で。
そう思っていたら今度ははすぅーっはぁーと深呼吸を始めた。
相変わらずワケの分からんヤツだ。
ーーーーガチャ。
「白雪」
ドアを開けると、白雪は慌ててぱたんとコンパクトを閉じ、サッと隠す。
そして、
「キンちゃん!」
ぱあっと顔を明るくし、昔のあだ名で俺を呼んできた。
「その呼び方、やめろって言ったろ」
「あっ………ごっ、ごめんね。でも私……キンちゃんのこと考えてたから、キンちゃんを見たらつい、あっ、私またキンちゃんって………ご、ごめんね、ごめんねキンちゃん、あっ」
白雪は見る間に蒼白になり、あわあわと口を手で押さえる。
………文句をいう気も失せるな。
星伽白雪。
キンちゃんという呼び方で分かるように俺とコイツは幼なじみだ。
外見は名前の通り雪肌で、さっき直していたつやつやの黒髪は子供の頃からずっと前髪ぱっつん。目つきはおっとりと優しげで、まつ毛はけぶるように長い。
さすがは代々続く星伽神社の巫女さんだ。相変わらず、絵に描いたような大和撫子を地で行ってるな。
「ていうか、ここは仮にも男子寮だぞ。よくないぞ、軽々しく来るのは」
「あのね、キンジ。それを言ったら私なんかアンタと一緒に暮らしてんのよ。シラユキくらいどうってことないじゃない」
「………リヴィア、起きたのか」
白いキャミにブルーの瞳、ぼさぼさの長いプラチナブロンドの髪を櫛で整えながら現れたリヴィア。
「うん、チョー眠いけどね。あっ、シラユキの持っているのってまさかお弁当っ?」
「う、うん。わ、私、昨日まで伊勢神宮に合宿で行ってて………キンちゃんのお世話、なんにもできなかったから」
「いやだか「お弁当もーらいっ」っておいっ!リヴィア勝手に持っていくな
!………白雪、上がってくれ」
リヴィアが勝手に持って行ってしまったので仕方なく部屋に上げてやることにする。
「お……おじゃましますっ」
白雪は90度ぐらいの深ぁーいお辞儀をしてから玄関に上がり、脱いだ黒いストラップシューズを丁寧に揃えた。
俺はリヴィアのいる座卓の脇にどっかりと腰を下ろす。
「ね、ねぇキンジ、これ……なんかすごい」
「あん?何が……なっ」
リヴィアが漆塗りの重箱の蒔絵つきのフタを開けて見せる。
そこにはふんわり柔らかそうな玉子焼き、ちゃんと向きを揃えて並べたエビの甘辛煮、銀鮭、西条柿といった豪華食材と、白く光るごはんが並んでいた。
「これ……作るの大変だったんじゃないか?」
「う、ううん、ちょっと早起きしただけ。それにキンちゃん、春休みの間またコンビニのお弁当ばっかり食べてるんじゃないかな………って思ったら、心配になっちゃって………あ、ちゃんとリヴィアの分もあるから食べてね」
「え!?マジ!?」
リヴィアはそのまま重箱を持ってかきこんだーーーっておいっ、俺の分まで食うな!
「うっさい!全ての食い物は私のモノよ!久しぶりのコンビニ弁当以外の物が食えんのよ!?今の私は誰にも止められない!」
俺とリヴィアが白雪の弁当争奪戦を繰り広げていると白雪は笑いを堪えながらミカンをむき始めた。白い筋を丁寧に取って小皿をに乗せているところを見るに、それも俺たちにくれるつもりらしい。
俺はミカンだけはリヴィアに取られないように自分の傍におく。
まぁ………お礼ぐらい言っておくか。
「…………えっと、いつもありがとな」
「えっ。あ、キンちゃんもありがとう………ありがとうございますっ」
「なんでお前がありがとうなんだよ。ていうか三つ指つくな。土下座してるみたいだぞ」
「けっふ。そうよ、シラユキがお礼言う必要ないわ。けふ」
確かにそうだが、お前は礼くらいいえ。俺の分まで食いやがったからな。
「程良くダシのきいた玉子焼きに、口に運ぶたびに食欲が増すエビの甘辛煮、そして丁度いい塩気のきいた銀鮭、西条柿のしっとりしっかりとした甘さ………100点」
点数を付けてスケッチブックに絵を書くリヴィア。だから点数を付けるな。
「だ、だってキンちゃんが食べてくれてお礼を言ってくれたから……」
白雪は嬉しそうな顔を上げ、なんでか目を潤ませて蚊のなくような声を出す。
あ、あのなー。
なんでいつもそんなにオドオドするんだ。もっと胸を張って生きろ。
そんな、めったやたらに大きい胸をしてるんだから。
そう思ったら俺は……つい、本当につい。
白雪の胸を、見てしまった。
こっちに三つ指をつく白雪のセーラー服の胸元は、ちょっと弛んで開いている。
そこには深ぁーい胸の谷間がのぞいており、黒い、レースの下着がーーーー
(く………黒はないだろ!)
高校生らしからぬけしからん下着から、俺は慌てて目を逸らす。が………
じわっ。
体の芯に血があつまるような、あの、危ない感覚がしてきた。
「………キンジ。こんな所でヒスるんじゃないわよ(ボソッ)」
んなこと言われるまでもない。
「ーーーーごちそうさまっ」
白雪から逃げるように俺は勢いよく立ち上がる。
ふう。どうやらセーフだったみたいだな。
白雪はテキパキと重箱を片付けると、今度はソファーに放られていた武偵高の学ランを取ってきた。
「キンちゃん。今日から一緒に二年生だね。はい、防弾制服」
俺がそれを羽織ると、今度はテレビの脇に放り投げてあった拳銃も持ってくる。
「………始業式ぐらい、銃は持たなくてもいいだろ」
「ダメだよキンちゃん、校則なんだから」
と、白雪はその場に両膝をついてこっちのベルトにホルスターごと帯銃させてしまう。
校則………『武偵高の生徒は、学内での帯銃と刀剣の携帯を義務づける』、か。
ああ、普通じゃない。
ウンザリするほど普通じゃないんだよ。武偵高は。
「それに、また『武偵殺し』みたいなのが出るかもしれないし……」
白雪は膝立ちのまま、心配そうなうわめで俺を見上げてきた。
「ーーーー『武偵殺し』?」
「ほら、あの年明けに周知メールが出てた連続殺人事件のこと」
「…………………」
ーーーーー『武偵殺し』
武偵の車などに爆弾を仕掛けて自由を奪った挙げ句、短機関銃《マシンガン》のラジコンヘリで追い回してーーー海に突き落とす。それが『武偵殺し』の手口だ。
「………でもあれは逮捕されたんだろ」
「で、でも、模倣犯とかがでるかもしれないし。今朝の占いで、キンちゃん、女難の相が出てたし。キンちゃんの身に何かあったら、私……私……ぐす……」
女難の相……ねぇ。
チラッと隣にいる食いしん坊を見る。
「う?」
ミカンを咥えたリヴィアがこっちを見て首を傾げる。ていうか俺のミカンまで食いやがったな、コイツ。
「はぁ、分かった分かった。ほら、これで安心だろ。だから泣くなって」
俺は溜息をつき、ナイフもーー兄の形見の、バタフライ・ナイフだーー棚から出して、ポケットに収める。
白雪はなんでかそんな俺をうっとりと眺め、ほっぺに両手をあてていた。
「………キンちゃん。かっこいい。やっぱり先祖代々の『正義の味方』って感じだよ」
「やめてくれよーーーガキじゃあるまし」
吐き捨てるように言う俺の胸に、白雪はるんるんと、どこからか取り出した黒い名札をつけてきた。
『遠山キンジ』
武偵高では、四月には生徒全員に名札を付けるルールがある。
俺はスルーするつもりだったが、白雪はそれを先読みして用意していたらしい。
さすが生徒会長で園芸部部長で女子バレー部長で偏差値75の超人的しっかり者だな。ぐうたらの俺にとっちゃ、すこぶるやりにくいヤツだ。
「………俺はメールをチェックしてから出る。お前、先に行ってろよ」
「私、学校行きたくな~い」
お前、元々学校通ってないだろうが。
「あっ、じゃあ、その間にお洗濯とかお皿洗いとかーーー」
「いいからっ」
「………は、はい。じゃあ……その。後でメールとか……くれると、嬉しいですっ」
白雪はもじもじとそんなことを言い、ぺこり。
深ーくお辞儀をしてから、従順に部屋を出て行った。
………ふう。
やっと面倒くさいのが出ていってくれたか。
どっかりとPCの前に座り、だらだら……とメールやWebを見る。
「キンジー、時間大丈夫ー?」
リヴィアに言われ、時計を見ると時刻は7時55分になっていた。
しまった。ちょっとだらだらしすぎたか。
「リヴィア、今日はついて来るのか?」
さっきリヴィアは学校行きたくないと言っていたが何故か毎日登校する俺についてくる。
「んー……私はあとで行く」
「あっそ」
58分のバスに乗り遅れたな。
しょうがない、自転車で行くか……。
ーーーー生涯。
生涯、俺はこの時の判断に一生悔やむことになる。
せめて、せめてこの時に無理矢理でもリヴィアを引っ張ってでも連れて行くべきだった。そうしたら状況が少しでも変わっていただろう。
何故ならこのあと、空から女の子が降ってきてしまったんだから。
『神崎・H・アリア』が。
一度ある事は、二度ある、みたいだな……。