「ーーーーむ、これは……もしや!」
武偵高の情報科の寮のとある一室で13、4歳くらいの長い金髪を前に二つ垂らして赤いリボンでまとめている少女はヘッドホン片手に電波計を見ていた。
「サラ!見てください!これは間違いなくーーー!」
少女は振り返るが、先ほど後ろにいた主人がいない事に気づく。
まさか……と、恐る恐る下を見ると、そこにはサラと呼ばれた女性が倒れていた。
「………………………………」
サラはピクリとも動かない。もしかしたら息をしていない……死んでいるかもしれなかった。
だが、少女はそんな状況に何故か呆れた感じに溜息をついた。
その瞬間、少女はキッチンへと走り出す。
湯を沸かし、棚を開けると雪崩のように緊急用と紙が貼られたインスタントコーヒーの袋が落ちてきて埋まってしまう。
コーヒーの山から這いでてきて袋を開けて沸いた湯にぶち込んだ。
お玉で飛び散るのも気にせず書き混ぜ、長い水筒に入れてサラの所へ戻り、そして
「早くおきなさいこのコーヒージャンキーがーーーーーーーっっっ!!!!」
熱々のコーヒーを口にぶち込んだ。
サラはパチリと目を開けた。
「目覚めました?」
「起きた」
砂糖入ってなかったから頭起ききってないかもと言いながら起きてきたのは清水更紗、情報科の三年生だ。
彼女は小さい頃からコーヒーを飲んでおり、彼女曰く「私の血液はコーヒーで、怪我したら間違いなく美味しいコーヒーが出てくる」と真顔で言って周りを引かせた事がある。
彼女が倒れていた理由は単純で、コーヒーの成分であるカフェインが切れたからだ。
コーヒーをいつも飲んでいないと倒れるカフェイン欠乏症という持病を抱えている。
そしてこれが日常茶飯事である少女にとっては熱々のコーヒーをぶち込むのは玄人の域に達している。
「で、どうしたのレトラ?」
「あ、はい。これを聞いてください」
レトラはサラにヘッドホンを渡す。
「………これは」
「ええ、『武偵殺し』がよく使う電波のパターンですわ」
サラとレトラは今までずっと『武偵殺し』を追っていた。
「武偵殺し』は遠隔操作で爆弾を使う。その際の電波には特徴的なパターンがあり、それを追っていたのだ。
「………これ、は電波が近い……?」
「近い?どういうことですの?」
「あれ、遠くなった……なんで?」
サラは疑問を浮かべる。
まるで爆弾が私達のいる学生寮を通りすぎたような……
「ッ!」
サラは双眼鏡を取り、窓を明けて周りを見渡す。
そしてある一点を見つめる。
サラは双眼鏡を置き、机にある充電中の携帯を手に取り、電話をする。
「すぐに考えれば分かった事なのに………もしもし、リヴィア?」
『なにどうかした、サラ?』
電話の相手はキンジの部屋にいるリヴィアだった。
あー…と頭を抱えるサラ。
「貴女…今、寮の部屋にいるね。これから直ぐ遠山君の所に行って」
『えー?なんで?』
「彼はいま、『武偵殺し』に世にも珍しいチャリジャックに遭っているから」
『……………は?』
雨が降ったら、雨を浴びて楽しめーーーと言ったのはアルチュール・ランボーだったか?
バスに乗り損ねた俺はそのランボーだったかに倣って、仕方なしに通学路の光景を眺めながらチャリで登校することにした………が、
「その チャリには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります 」
奇妙なーーーチラシを切り貼りして作った脅迫文みたいな、妙な声。
「チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります 」
ああ、これはあれだ。ネットで人気のボーカロイド。あれで作った人工音声だろ。
そんな分析をしてしまってから、聞こえたセリフの一部を思い出す。
ーーーー爆弾……だ?
いきなり何だ。どこのバカだ?どういう冗談だ。
眉を寄せて周囲を見回すと、ギョッしたことに俺の自転車にはいつの間にか妙な物体が並走してきた。
車輪を2つ平行に並べただけで器用に走る、タイヤつきのカカシみたいな乗り物。確か、『セグウェイ』とかいう乗り物だ。
「助けを 求めては いけません。 ケータイを 使用した場合も 爆発 しやがります 」
セグウェイはしかし無人で、人が立って乗るべき部分にはスピーカーとーーー一基の自動銃座が載っていた。
「ーーー!」
その銃座から俺を見つめる、銃口。
秒間10発の9ミリパラベラム弾をブッ放す、イスラエルIMI社の傑作
「なっ……何だ!何のイタズラだっ!」
なんだーーー!?
いきなり何なんだよ!?
混乱する頭でチャリをあちこちまさぐるとーーーサドルの裏に、いつの間にか変な物が仕掛けられていた。落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら指でなぞる。
ーーーーやばい。型までは分からないが、どうやらプラスチック爆弾らしい。それもこの大きさ。自転車どころか自動車でも跡形なく消しとばせるサイズだぞ。
ーーーー マ ジ か よ ーーーー
全身に悪寒が走り、冷や汗が滲む。
やられた。直感で分かる。こいつはイタズラじゃない。
嵌められた。なんてこった。チャリを乗っ取られた。
ーーーー世にも珍しい、チャリジャックじゃないか!
ちくしょう。
ちくしょう。
クソ、またか!
これは、あの時とさほど変わらないじゃないか!また『武偵殺し』か!
恨み言を吐きながら俺が全力で自転車をこいでいると、俺を監視していたセグウェイがグルンと向きを変え、発砲した。
い、いったい何がーーー?
「キンジ!」
「なっ!?リ、リヴィアっ!?」
後ろを向くと、そこには
「キンジ、何やってんの!?二度も『武偵殺し』に引っ掛かかってさあ!アンタはバカよ!!」
「うるせえ!今の俺に言ってもどうしようもねえよっ。とにかく何とかしろっ!ーーーリヴィア、
「ーーーーったく、
と言った瞬間、リヴィアの右腕から黒い影がうねり出てきた。
すると黒い影は、黒いショートソードに形作られた。
それを手に取り、セグウェイに一気に近づいてショートソードで一刀両断した。
「よしっ!」
「いいえ、まだよっ!!」
すると、ビルの物陰から14台ものセグウェイが出てきた。
なっ!?まだあれだけいんのかよっ!?
俺とリヴィアは万一に備え、とにかく人気のない場所を探して走り、走り、第二グラウンドへと向かった。
金網越しに見た朝の第二グラウンドには、いつも通り誰もいない。
「私、は!コイツらを何とか、するから!!じゃあ、ねっ!」
「お、おいっ!こっちの爆弾も何とかしろよっ!」
「それ、は!あそこにいるヤツ、にまかせるわ、よっ!」
ショートソードで銃弾を防ぎ、避けるリヴィアはグラウンドの近くにある7階建てのマンションーーー確か、女子寮ーーーの屋上の縁にいる女の子に指を指した。
遠目にも分かる、長い、ピンクのツインテール。
彼女はーーー有明の白い月をまたぐようにして、飛び降りた。
(ーーー飛び降りた!?)
一瞬ペダルを踏み外しかけた俺は、慌ててチャリこぎに戻る。
ウサギみたいにツインテールをなびかせて、虚空に身を躍らせたその女子はーーー
ふぁさーっ。と。
事前に屋上で滑空準備させてあったらしいパラグライダーを、空に広げていった。チャリをこぎつつその光景に目を丸くしていると、女の子はツインテールをなびかせ、あろうかことか、こっちめがけて降下してくる!
「バッ、バカ!来るな!この自転車には爆弾がーーーー」
俺の叫びは間に合わない。少女の速度が意外なまでに速い。
ぐりん。ブランコみたいに体を揺らしてL字に方向転換したかと思うと、右、左。少女は左右のふとももに着けたホルスターから、それぞれ銀と黒の大型拳銃を2丁抜いた。
そしてーーーー
「ほらそこのバカ!さっさと頭を下げなさいよ!」
バリバリバリバリッ!!
俺が頭を下げるより早く、リヴィアの所からこぼれ戻ってきたセグウェイを問答無用に銃撃した!
拳銃の平均交戦距離は、7mと言われている。だが、少女と敵の距離はその倍以上ある。
しかも不安定なパラグライダーから、おまけに二丁拳銃の水平撃ち。
これだけ不利な条件が揃っていたにもかかわらず、彼女の弾は魔法のように次々命中していく。反撃するヒマなく、敵の銃座と車輪はバラバラにブッ壊されていった。
ーーーーうまい。
なんて射撃の腕だ。
あんな子が、うちの学校にいたのか?
くるっ、くるくるっ。
二丁拳銃を回してホルスターに収めた少女は、今度は、ひらり。
スカートのオシリを振り子みたいにして、険しい表情のまま俺の頭上に飛んできた。
そうだ。安心するのはまだ早い。向こうのオシリはどうでもいい。
こっちのケツの下にはビルの解体にでも使えそうな爆薬が貼り付いてるんだからな!
俺は少女から逃げるように、第二グラウンドへ入る、
「く、来るなって言ってんだろ!この自転車には爆薬が仕掛けられてる!減速すると爆発するんだ!お、お前も巻き込まれるぞ!」
「ーーーバカっ!」
俺の真上に陣取った彼女は……げしっ!
白いスニーカーの足で、俺の脳天を力いっぱい踏みつけてきた。
「武偵憲章一条にあるでしょ!『仲間を信じ、仲間を助けよ』ーーー行くわよ!」
女の子が、気流をとらえてフワッと上昇する。
華麗なパラグライダー捌きに、俺は踏まれた怒りも忘れてその光景を見上げてしまう。
なんて運動神経だ。でもスパッツぐらいはけ、と思う。まあ一瞬で飛んでったから、何も見えやしなかったけど。
ていうかーーー今の言いぐさ。
『いくわよ!』って、何をする気だ。
俺を助ける気か?
ーーーーどうやって?
少女はグラウンドの対角線上めがけて再び急降下し、こっちへ向けて鋭くUターンする。
そしてーーーーぶらん。
さっきまで手で引いていたブレークコードのハンドルにつまさきを突っ込み、逆さ吊りの姿勢になった。
そのまま、物凄いスピードでまっすぐ飛んでくる。
都合、俺はアイツに向かって走る形になった。
「ーーーーマジかよ……!」
相手の意図が分かって、俺は青くなる。
こっちが気づいたことに気づいたらしく、少女は、
「ほらバカっ!全力でこぐっ!」
大声で命令しつつ、逆さ吊りのまま両手を十字架みたいに広げた。
ーーーーバカはそっちだ!
そんな助け方あるか!
でも、他に方法もねえしーーーやるしかない、のか!
俺はヤケクソで、チャリをこぐ、
こぐ。こぐ。こぐ。全速力で!
俺はアイツに、アイツは俺に近づいていく。
2人の距離はみるみる縮まっていく。
ああ、昨日見たアニメ映画に、こういうシーンがあったな。
ーーーーでもあれ、男と女が逆じゃなかったか!?
そう自分にツッコんだ瞬間ーーー上下互い違いのまま、俺は少女と抱き合った。
そしてそのまま、空へとさらされる。
息苦しいくらいに顔が押しつけられた少女の下っ腹からは、クチナシの蕾のような、甘酸っぱい香りがしてーーーー
ドガアアアアアアアアアアンっっっ!!!
閃光と轟音、続けて爆風。
俺が乗り捨てたチャリが、木っ端微塵に爆発したのだ。
熱風に吹っ飛ばされながら、俺たちはーーー引っかかった桜の木にパラグライダーをもぎ取られ、グラウンドの片隅にあった体育倉庫の扉に突っ込んでいった。
がらがらと音を上げ、何にぶつかったのか分からず………
俺の意識は、途切れた。